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  •  岡田准一さんが主演の映画『追憶』を鑑賞してきました。公開初日の、最初の上映回です。ゴールデンウィーク最後の週末に、大変上質で、贅沢な時間を過ごすことができました。今日は、鑑賞してきたばかりのこちらの映画の感想をお届けします。

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     降旗康男監督と木村大作カメラマン。日本映画界を代表するレジェンドふたりがタッグを組んだ本作、『追憶』。主演の岡田准一さんをはじめ、小栗旬さん、柄本祐さん、長澤まさみさん、木村文乃さん、安藤サクラさん、吉岡秀隆さんなど、日本を代表する俳優・女優たちが一堂に会しています。鑑賞前から全幅の信頼をおくことのできる顔ぶれです。そして、高い期待値に違わず、素晴らしい作品に仕上がっていました。

     過去に重い十字架を背負ったまま分かれた3人が、1つの殺人事件を通じて悲しい再会を果たします。3人はそれぞれ「被害者」「容疑者」、そして「刑事」-。苦悩と葛藤が交錯し、新たな時が動き始めます。

     ※公式にあるストーリー以上のネタバレはしていません



    全体の感想



     「いい映画をみた」

     そんな言葉がもっともしっくりくるような気がします。静かで派手な展開はありませんが、とても上質で、濃密な時間を過ごすことができました。ストーリーが落ち着いている分、俳優さんたちの抑えながらも魂のこもった演技や、舞台となっている富山や能登といった北陸の景色の美しさに目が行きます。

     ストーリー自体はテレビで放送されている2時間ドラマでも見かけるようなものかもしれません。ですが、この作品は「映画館で見てよかった」と思わせてくれる作品でした。北陸の風景の、息を飲むような美しさ。そしてノーメイクで撮影したという俳優さんたちの息づかい。大きなスクリーンだからこそ味わえるものだと思います。

     客層についても触れておきたいと思います。お客さんはシニアの方が中心でしたが、若い女性の方の姿も目立ちました。高齢の方は夫婦で鑑賞されている方が多かったように思います。若い女性は岡田さんや小栗さんのファンの方でしょうか。

     岡田准一さんが出演される映画は幅広い世代の方が見に来られている印象があります。もはや1アイドルグループのメンバーという立ち位置を超えて、広く一般の方にも支持される俳優になっているのでしょう。何より、映るだけで画面が一気に引き締まり、「凄み」すら感じさせる演技は圧巻です。

     このあとは、「ストーリー」「キャスト」「風景」の3テーマに分けて感想を書いていこうと思います。



    テーマ感想*「ストーリー」「キャスト」「風景」



    ◆ ストーリー / サスペンスとして、ヒューマンドラマとして

    「……忘れても、いいんだよ」

    「覚えておいて……欲しいんだ」



     幼いころの「ある記憶」を巡って交錯する台詞。幼いころにあまりにも大きな「十字架」を背負ってしまった3人は、大人になり、それぞれの家族と暮らしています。あの日の記憶をずっと閉じ込めておいた者、全てを背負い続けていた者……。3人を再び出会わせたのは、3人のうちの1人が被害者になってしまった、あまりにも悲しい殺人事件でした。

    「俺たちはもっと早くに会うべきだった!」



     「刑事」として、「容疑者」である啓太(小栗さん)に向き合う篤(岡田さん)。向き合ううちに2人は今の立場を超え、「あの日」へと帰っていきます。重い十字架が再び呼び起こされる苦悩、かつての友とこのような形で向き合っていることへの葛藤・・・。複雑な感情が絡み合っていきます。

     ストーリーとしては、サスペンス:ヒューマンドラマ=2:8という感じでした。容疑者となってしまった啓太は、最初なかなか心を開こうとしません。「本当に、かつての仲間を殺してしまったのではないのか」そんな不安も頭をよぎる演技でした。

     犯人が分かるのは、終盤に差し掛かろうかという割と早いところ。「えっ」。あまり推理ものとして見ていなかった私は、結構グサリとくる展開でした。犯人はさらっと分かってしまいますが、これでは殺されてしまった悟(柄本さん)があまりに可哀想で、報われません。観終わってから徐々に心にドスンと沈み込んできます。

     犯人が分かった後、圧巻の人間ドラマが作品を締めくくります。ここでは、もう1つの大きな「秘密」が明らかにされます。やはり私は全く推理などしていなかったので、「な・・・」と絶句してしまいました。その秘密が明らかになった時、この物語に一気に「厚み」が加わります。ネタバレしないと言ったので控えますが、「私たちが想像を絶するくらいの、もっと大きな覚悟があった」そんなところです。

    スクリーンショット (49)
    (公式サイトより)

    ◆ キャスト / まさしく、日本最高峰

    岡田准一さん

     圧巻の一言です。他の追随を許さない存在感、画面に映るだけで「圧」がすごい。まだ30代だとは信じられませんね。

     圧倒的な存在感もあるのですが、私が今回見入ったのは岡田さんの「影」の部分、それに人間の「弱さ」を実直に演じておられることの凄さでした。過去から背負ってきた苦しみの大きさを、こんなにも素直に表現できることは素晴らしいと思いました。母親が自殺未遂を図った後、病院で「寂しさ」を吐露する場面は特に素晴らしかったです。傷付いて、弱りきった心がこんなにも率直に表現できるものか、と思いました。

    小栗旬さん

     岡田さんの圧巻の演技に全く気圧されず、同じくらいの存在感で渡り合っています。岡田さんと小栗さんが2人で演技されるシーンは本当に贅沢で、これだけでもこの映画を見に行く価値はあります。前半で、なかなか篤に心を開こうとしない抑えた演技が素晴らしく、作品全体をきりりと締めているように感じました。

    柄本祐さん

     報われない被害者、悟を演じた柄本さん。真実を振り返ってみると、それは悟にとってあまりにもむごく、救いようのないものでした。柄本さんの演技は、そんな底の見えない悲しみを全て一身に背負っているようで、悟への感情移入度を高めてくれます。ちょっと微笑んだときに、そこに張り裂けんばかりの悲しみも見て取ることができて、胸を締め付ける。そんな演技でした。

    安藤サクラさん

     ・・・作品を見た方は分かるかもしれませんが、ある意味上の3人を上回る存在感を放っていたかもしれない「MVP候補」。演技が上手い方だとは知っていましたが、想像をはるかに上回る素晴らしい演技でした。冒頭、子どもたちを絶対に守り抜こうとして見せた覚悟を見せたと思えば、作品の最後では「温もり」「優しさ」を感じさせる演技で見事に作品を締めくくって見せました。圧巻の一言です。



     もっと書きたいのですが、きりがないのでこのあたりにしておきます。知っている役者さんばかりで本当に豪華ですよ(刑事役で安田顕さんが出演されていることを知らず、登場された時はなんて贅沢な・・・と思いました)。俳優さんたちの渾身の演技の詳細はぜひ劇場でご覧ください。

    ◆ 風景 / 北陸の厳しさと温かさ

     当たり前のように見ている風景が、こんなに感情豊かで贅沢なものだったのか。そう気付かされます。大きなスクリーンで見ることができて本当によかったです。公式サイトにはロケ地の選定や撮影の詳細が書かれていますが、この映画のために選び抜かれ、こだわり抜かれた風景だったことがよく伝わります。降旗監督と木村カメラマン、映画界のレジェンド2人だから撮れた奇跡の連続です。

     立山連峰に囲まれた街並み
     どこまでも広がる雄大な海
     心に染み入る夕焼け

     全て胸に焼き付けておきたいです。北陸の厳しくも温もりのある風景が見事に綴られています。

     そして、エンドロールでちょっとしたサプライズ。なんと、「撮影者・岡田准一」の文字が!事前にほとんど予習もせずに見に行ったのでけっこう驚きました。この映画には岡田さんが撮影したシーンも含まれています。鑑賞後に詳細を確認し、その場面を頭に描きました。これは、ぜひもう一度見に行きたくなる仕掛けかもしれませんね。

    まとめ



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    かで、しかし豊潤な「日本映画」-


     「いい映画をみた」、最初に書きました。映画館を出て、最初にそう思って、その後で、

     「いい映画にお金を払えるって幸せなことだな」そんなことも思いました。そんなことを思わせてくれる、素晴らしい作品です。一人でも多くの方に届いてほしいと思います。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。



    オワリ

    映画『追憶』 公式サイト

     キャストインタビューやロケの詳細などは必見です。

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     この作品を読み切るのに、とてもエネルギーを要しました。読みながら、自分の精気が吸い取られていくようでした。艱難辛苦、ただひたすらに、苦しく、息が詰まるような作品です。

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     長塚節の「土」です。日本の農民文学を代表する作品と言われています。正直言って、作品の内容には読者を牽引していくような面白さはありません。日本の農民の苦しく、貧しい生活がひたすら綴られていく、そんな作品です。それでも、この作品は読者を牽引していきます。苦しい読書になることは間違いありませんが、そこに書かれていることからは決して目を離せなくなるのです。



    内容紹介



    日本近代文学

    に生まれ、土と死ぬ-農民と密着する「土」を描く

     長塚節は茨城の豪農の家に生まれました。この「土」という作品は彼の代表作であり、日本農民文学を語る上で欠かせない1冊です。

     夏目漱石は、この作品を「最も貧しい百姓」の物語、と評しました。貧しい、というのは単に経済的な困窮を指すわけではありません。百姓の家に生まれ、決して抜け出すことのできない階級構造の中で、死ぬまで働き続ける。その空間の中で彼らを支配していく、圧倒的な「貧しさ」がこの作品には書かれています。卑しさ、さもしさといった精神的な貧困もそこには含まれています。

     窒息してしまいそうな、苦しい読書になります。ただ、この作品は、農民の生活のありのままを、まるで当時の空気を缶詰に詰めたかのように、そのままに伝えてくれます。

    書評



    書評

    ◆ 土の「写生力」

     夏目漱石がこの作品に寄せた文章、「土に就て」はこの作品を語る上で欠かせないと思うので、少し引用させていただこうと思います。

    「土」中に出て来る人物は、最も貧しい百姓である。教育もなければ品格もなければ、ただ土の上に生み付けられて、土とともに生長した蛆(うじ)同様に哀れな百姓の生活である。



     漱石はかなり辛辣なことを書いています(ここには引用しませんが、さらに辛辣な表現もあります)。書いてあることはかなり辛辣ですが、実際に作品を読んでみると、漱石の感想は実に的確なものであるという印象を受けます。決してこの時代の農民を侮蔑するわけではありません。この作品に書かれていることは、漱石がこんなことを書くくらいに、どうしようもなく「貧しい」ものなのです。

     漱石が「ただ土の上に生み付けられ、土とともに生長した」と書いていますが、さすがの着眼点だと思います。作品中には、題にもなっている「土」が数多く描かれています。「土」というのは、農民にとって切っても切り離せない存在でした。土の上で生まれ、土の上で死ぬ-「土と密着する農民」の作品と言えるかもしれません。

    お品はこうして冷たい屍になってからもその足の底は棺桶の板一枚を隔てただけでさらに永久に土と相接しているのだった。



     お品という登場人物が亡くなった後の描写です。死んでしまったあとも、土から離れることのできない農民の姿が強調されています。生きている時は土に足を付けながら働き続け、そして死んだ後も土の上で眠るのです。

     

    春はそうして土からかすかに動く。(中略)水に近い湿った土が暖かい日光を思ういっぱいに吸うてその勢いづいた土のかすかな刺激を根に感ぜしめるので・・・



     かと思えば、このような繊細な描写も出てきます。こうやって季節の訪れ、移り変わりを土を通して描く表現が多用されています。農民は、土のかすかな変化から季節の移ろいを察知することができたのでしょう。

     とにかく、「土」と切り離しては語れない作品です。長塚節は写生主義を志向していました。それだけに、土の「写生力」は見事です。丹念で、緻密で、どこか「執念」のようなものすら感じさせる描写で、その描写が、私たちに当時の農民の生活をありのままに伝えてくれます。

    ◆ 逃れられない貧しさ

     土と切っても切り離せない農民。私はそこに「残酷さ」も感じ取りました。作品の中で、「牽引」ということばが使われています。土は、農民を「牽引」しているのです。それはどういうことか。私は、農民が土から離れられないことが、逃れられない貧しさを象徴しているように感じました。

     働けども働けどもいっこうに豊かにならない生活。変わらない「搾取」の構造。

     そして何よりも、そういった生活の中で「精神の貧困」が彼らを覆う。貧しさ、卑しさ、さもしさ。目を覆いたくなるような精神的な貧しさが、容赦なく、やはり見事に「写生」されています。

    彼の心はひたすら自分をみじめな方面に解釈していればそれで済んでいるのであった。彼のやつれたからだからその手がひどく自由を失ったように感ぜられた。・・・



     この箇所などは典型的です。「みじめさ」を自己受容していく-それは何よりも「貧しい」ことでした。「苦しい読書」と書いたのはこのあたりが特にそういうことなのです。こういう言い方はよくないかもしれませんが、「人間社会の最底辺」というものを見たような気がしました。しかしそれは、農民たちにとってはどうすることもできないことでした。

    まとめ



    まとめ

    しいから読め、と漱石は言いました

     漱石もまた、この作品が苦しいものであると述べています。その上で、「面白いから読めというのではない、苦しいから読め」ということを書いています。漱石のこのことばには、いったいどんな意味が込められているのでしょうか。

     私なりに考えて見えたのは、「最も貧しい状況に置かれた時に、真の『人間の姿』があぶり出されるのではないか」ということでした。長塚節の描写は素晴らしく、私たちに農民の生活のありのままを伝えてくれます。



     私は「貧しさ」のほうばかり取り上げましたが、この作品からは貧しさだけではなく、貧しさの中でもかき消されることのない愛情や慈しみ、いたわり、思いやりといったことも書かれています(苦しみが中心ではありますが)。そういったことも含めて、「真の人間の姿」なのだろう、と思います。

     漱石の言葉を借りるようではありますが、「苦しいですが、ぜひ読んでいただきたいです」。


    近代日本文学, 長塚節,



     毎年、春になると桜に関する本を手に取りたくなります。文学好きの私は、これまでは桜が登場する文学作品をよく手に取っていました。今年はいつもと少し趣向を変えてみようか、と思い手に取ったのがこの本です。

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    岩波書店
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     「桜」というこれ以上ないくらいにシンプルで潔いタイトル。この本は、農学博士の筆者が「生き物としての桜」について書いた本です。桜といえば日本の春を象徴する植物であり、日本人の心といってもいいくらいにその存在が多くの人に根付いていますが、そもそも「桜」とはどんな植物なのでしょうか。そんな関心から手に取りました。

     本当は桜が満開の時に合わせて紹介したかったのですが、なかなか時間がとれず、やっと紹介できました。毎朝通る道に咲き誇っていた桜はすっかり葉桜になってしまいましたが、過ぎ去った満開の時を想いながら書いていこうと思います。



    内容紹介



    自然科学

    っているようで知らない、「生き物としての桜」-。

     「桜には何種類あるの?」
     「ソメイヨシノの他には?」
     「いつから日本人はお花見をするようになったの?」

     私が読む前に思っていたことは上のようなことでしたが、筆者はこれらの疑問に全て丁寧に答えてくれています。一番最初の「桜の種類」についての質問はよくされるそうですが、分類が複雑で、答えるのはとても難しいそうです。私たちが思っているよりもかなり複雑な「生き物としての桜」について、専門家の筆者が分かりやすく知を拓きます。

     植物分類学上の桜について。「染井吉野」をはじめとする、日本に生息する桜について。そして、桜と人のかかわり、歴史について。この本を読めば、桜について多くのことを知ることができます。そして、日本人にとって一番身近とも言えるこの花をめでる気持ちを、ますます深めることができるのではないかと思います。

    書評



    書評

    ◆ さくら、さくら

     専門家の筆者は、桜の表記一つをとってもかなり細かく、正確な表記を追い求めています。いろいろな表記が出てくるので少し混乱してしまう箇所もありましたが、表記一つでもこれほど注意を払わなければいけないという点に、一般人の私たちが知らない「桜」という生き物の存在を感じました。

     上の内容紹介でも触れた桜の種類について触れておくことにします。桜と言えば地方ごとに様々な名前の桜が存在していますが、生物学上の分類で「種」として見た時、日本にあるサクラ類の種類は10種しかないそうです。ヤマザクラ、オオシマザクラ、カスミザクラなどなど・・・。

     「ソメイヨシノは挙げないの?」と思った方もおられるかもしれません。何を隠そう、私もそうでした。ソメイヨシノは桜の「種」ではなく、「栽培品種」(人によってつくられたもの)なのだそうです。筆者は、種と栽培品種を区別するためにソメイヨシノを「染井吉野」と漢字で表記しています。

     日本の桜といえば染井吉野ですが、その歴史は意外と浅く、栽培品種として世に出たのは江戸時代の終わり、全国に広がったのは明治時代になってからです。爆発的に広まった理由は、「お花見」と関係がありました。

    多くの花見客がこうした花見をおこなうためには、花つきがよい、木が早く大きく育つ、一斉に咲くなどの条件が必要である。(中略)”染井吉野”はこれらを兼ね備えた特徴をもっており、庶民が理想とするお花見の桜であったからこそ、爆発的に広がったと考えられる。そして、”染井吉野”が広がることで、現代の我々がおこなっているお花見の様式も定着したといえるだろうか。



     染井吉野が栽培品種で、「人によってつくられたもの」であると書きましたが、この「人によってつくられた」という部分がとても大事で、この本の裏のテーマになっているといってもいいかもしれません。

     人によってつくられた、ということは、「人にとって都合のよいもの」である必要があった、ということです。春になると見事に咲き誇り私たちの目を楽しませる桜ですが、お花見との関連を見ると、「お花見としての桜」としての側面がとても強いことが分かります。

     私たちが求める「お花見としての桜」に対して、筆者が研究を続ける「生き物としての桜」。照らし合わせながら読むと面白いかもしれません。「生き物としての桜」についての記述は、おそらく私たちの多くに新鮮な驚きを与えてくれることでしょう。

    ◆ 人とさくらの命

    a0001_016360.jpg

     4月の上旬、朝通る道には満開の桜が咲き誇っていました。桜並木の下で立ち止まることを計算して、ちょっと早く家を出ます。春の空気はふんわりとしていて、まるで桜の花びらのように薄桃色に染まっているかのようでした。

     桜の下にやってきて、立ち止まります。見事な景色です。桜の下にいる、それだけで全てが満ち足りた気持ちになりました。そして、ちょっと新しくなった生活に向けて、そっと背中を押してくれるような感じもしました。

     「日本人の心」と書きましたが、私は本当にそうだなあと思っています。桜はなんといっても咲き誇るタイミングが見事です。卒業式と入学式、出会いと別れ。桜はそんな春の季節に合わせて咲き誇ります。薄桃色の花びらが、まるでこれから始まる新しい生活への期待と不安を映し出しているように思えて、花びらに自分を重ねたこともあります。

     すっかり日本人の心に根付いている桜。しかし、筆者が伝えてくれるようにその歴史は意外にも浅く、爆発的に広まったのは明治時代になってからでした。桜が日本人の心に根付くのには、何か他にも理由があるのでしょうか。筆者が興味深いことを書いていたのでご紹介します。

     染井吉野が短命だ、というよく言われる説に疑問を呈し、自説を展開する筆者。染井吉野はお花見のために栽培されたので、その寿命というのは人の管理の手によっていると指摘します。そして、染井吉野の「寿命」を考えた時に、興味深いことが見えてくるのです。

    このように見ると、”染井吉野”の一生は人の一生とタイムスケジュールがよく似ていることに気がつく。

    (中略)現在植栽されている”染井吉野”の古木の多くは、第二次世界大戦後に植栽されたもので、団塊の世代とほぼ同じ年齢である。この世代の人たちが、自分とほぼ同じ年齢の”染井吉野”に人生を重ね合わせてみることは、ごく自然な感情であろう。



     すごく素敵なことだと思って感じ入りました。出会いと別れの季節に重なるということだけではなく、人と桜の「人生」が重なり合っている-そんな側面もあるというのです。そう考えれば、歴史が浅いにもかかわらず、人の心に桜が根付いている理由にも納得がいきます。

     団塊の世代の方は、桜に自分の人生を重ね合わせるということをするのでしょうか。平成生まれの私にはまだ思い描いたことのない景色でした。今は想像するだけですが、それはとても素敵なことだと思います。人間と自然がシンクロして、一緒に年をとっていく。なんて美しい光景だろうと思います。

     私も、これから毎年桜を見つめ、少しずつ人生と重ねていけたらと思います。この本を読んで、桜について見つめることができたのは素晴らしい体験でした。

    まとめ



    まとめ



     桜に人生を重ね合わせたい、と書きましたが、そのためには今後も桜が変わらず咲き続けることが必要です。最後に筆者は、「桜の保全」について書いています。

     地球温暖化の進行が、染井吉野の開花にも影響を与えています。桜が開花する前には、冬の時期の「低温刺激」が必要なのだそうですが、気温の上昇が発育に異常をもたらし、地域によっては開花の心配をしなくてはいけないところも出てくるようです。他にも、劣悪な栽培環境についての記述もあります。

     「人とともに」歩んできた桜。美しさに見入るだけではなく、人の手で大切に守り育てていくことも大切なのだと痛感します。私たちの人生の側で常に咲き誇ってきたかけがえのない存在へのまなざしを忘れないようにしたいものです。桜の季節は過ぎてしまいましたが、広がる葉桜に「次の春」と「これから」を想います。




    オワリ

    『桜の森の満開の下』 坂口安吾

     2年前の春に紹介した「桜本」。桜で思い出される有名な文学作品ですね。美しいはずの桜を見てざわざわと心を揺さぶられる心理描写が見事だと思います。


    新書, 勝木俊雄,



     宮沢賢治の生涯を「食」にフォーカスして描いた漫画が発売されました。1冊で心も体もいっぱいに満たされるような、そんな素敵な作品になっています。

    宮沢賢治の食卓 (思い出食堂コミックス)
    魚乃目 三太
    少年画報社 (2017-03-27)
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     表紙で右上を眺めている優しそうな男性がこの漫画の主人公、宮沢賢治です。温もりのある作品だということが感じていただけると思います。宮沢賢治の「孤高の人」などとイメージしている方がおられたら、さっそく裏切られるビジュアルかもしれません。表紙に書かれているこの絵には、この作品の魅力がたっぷりと詰まっています。

     宮沢賢治の生涯はとても有名で、国語の教科書にも掲載されるくらいです。私も、知っているエピソードがたくさんありました。ですが、作者の魚乃目さんが、「食」を通して、温もりで味付けしたこの作品は、私たちに新しい宮沢賢治を教えてくれるに違いありません。



    内容紹介



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     漫画の中身はお見せできないので、帯の写真を紹介します。この作品で描かれるのは、おそらく、人々のこれまでのイメージを塗り替えるような「新たな宮沢賢治」の姿です。

     宮沢賢治の作品には息をするのも忘れるような美しさがあります。そのため、宮沢賢治というとどこか聖人化、神格化されたイメージを持たれることがあります。私もそんなイメージを持ってしまいがちな一人です。彼の作品は、本当に人間がこれを生み出したのかというくらいに美しく、おののいてすらしまうからです。

     しかし、いったん宮沢賢治という「人間」に着目してみるとどうでしょうか。彼はとても人間味のある人でした。作品からは想像できないような豪快なエピソードもあります。この作品は、そんな賢治の人間味あふれる部分を伝えてくれるでしょう。「モノマネと冗談の名人」「涙もろくて、情に厚い」帯に書かれているように、彼の愛すべき人間としての姿が描かれます。

     「・・・そして、食いしん坊」

     この作品でフォーカスされるのが「食べ物」です。1話につき1つの食べ物がテーマになっていて、全10話から構成されています。「鳥南蛮そば」「ハヤシライス」「サイダーと天ぷらそば」「樺太のほっけ」・・・などなど。食べ物の描写は本当に魅力的で、食欲をそそります。そして、食を通じて見えてくる賢治の「人生」や「世界観」がありました。次からの書評パートでくわしくご紹介します。



    書評



    イーハトーヴ

    こが面白い!「宮沢賢治の食卓」3つの魅力

    ① 喜怒哀楽の、ダイナミックで豊かな描写
    ② 食べ物を美味しく魅せる、様々な工夫
    ③ 「食」から見えてくる賢治という「人」


     作品の魅力を、3つに分けてご紹介します。

    ① 喜怒哀楽の、ダイナミックで豊かな描写

     まず、これが最初に印象に残ることではないかと思います。魚乃目さんの絵にはとても温もりがあって、そして喜怒哀楽の描写が豊かです。からだいっぱい、コマいっぱいに感情が描かれているので、読んでいると感情がコマを飛び越えて、読者にも押し寄せてくるような感覚になります。

    「沼田くん」
    「はい」

    「お腹空いてねーが?」(一品目 鳥南蛮そば)



     特に、食べ物が出てくる時の賢治は本当に幸せそうで、二カッと笑った顔にこちらにも笑顔が伝染しました。もちろん、描かれるのは楽しそうな顔ばかりではありません。時には顔をくしゃくしゃにして泣き、時には烈火のごとく怒ります。全ての感情が「全力」で「ダイナミック」。それが、読者の心を掴みます。

    ② 食べ物を美味しく魅せる、様々な工夫

     さまざまな食べ物が出てきますが、その描写が秀逸で、食欲をそそります。食べ物を美味しくさせるために、絵以外にもいろいろな工夫がされているように感じました。

     私が好きだったのは、「口を大きく開けて食べるところ」です。賢治は食べ物をほおばる時、大きく口を開けます。それで満面の笑みを見せるものですから、もう何を食べても極上の食べ物に見えてきます。

    「いただきます!!」

    「うめえなっす!!はじめて食べる味だ」(五品目 樺太のほっけ)



     「花巻の方言」「オノマトペ」も食べ物を美味しく引き立ててくれるでしょう。方言は温もりや優しさを感じさせる不思議な言葉の魔法ですね。それに、「ぐつぐつ」などのオノマトペもとても種類が豊富で、臨場感を出しています。宮沢賢治といえば天才的な感覚で独自のオノマトペを使いこなしましたが、作者も本家に負けず、オノマトペを効果的に用いています。

    ③ 「食」から見えてくる賢治という「人」

     「食」が「人」をつくる

     そのことを、強く感じさせられる作品でした。食は「いのち」です。生命をつなげるだけではなくて、食べたものが血となって肉となって人間を作っていく。そのことに思いを馳せます。知っているエピソードがたくさんありましたが、それらに「説得力」を感じたのは、人を作っているものである「食」にこの作品が立ち返ったからではないかと思います。

     「お腹、すきませんか?」

     その言葉が、不思議な魔法のように思えました。食べ物を通じて感じる「生きるよろこび」「幸福感」、満たされた私たちが忘れかけていることが鮮やかに描かれていて、はっとさせられるのです。

    IMAG0300_BURST002_1.jpg

     最後に、印象的だったエピソードを2つご紹介します。

    ◆ 「アイスクリーム」(3品目)


     賢治について知っておられる方は気付けるかもしれません。この話では、賢治の最愛の妹、トシとの別れが描かれています。取り上げられる作品は「永訣の朝」です。

    どうかこれが天上のアイスクリームになって
    おまへとみんなとに聖い(とうとい)資糧(かて)をもたらすように (『永訣の朝』)



     アイスクリームは「雪」のことです。本当の食べ物ではないので、この話は特別な位置づけにあるかもしれませんね。亡くなる直前、冷たいあめゆぢゅ(雨雪)を食べたいといったトシ。賢治は必死にかけまわって雪をとってきます。そして、迎える最後の時-。胸が締め付けられるようなエピソードです。

     トシが亡くなった後、賢治の慟哭が1ページをまるまる使って描かれます。圧倒されました。1冊の中でもっとも心を動かされた1ページかもしれません。

     悲しいエピソードには違いないのですが、それでも根底に「温もり」があるというのがこの作品の魅力だと思いました。賢治がどれだけトシのことを愛おしく思っていたのか、トシがどれだけ周りの人に愛されていたのか、それがひしひしと伝わってきます。

    ◆ 「弁当」(九品目)

     賢治は勤めていた学校にいつも弁当をもってきていたと言います。それだけで賢治に親しみを感じることができるような、弁当というのはそんな不思議な食べ物ですね。

     賢治の同僚の先生が病気で学校に来れなくなり、賢治はその先生のもとに通います。手には母に作ってもらったお弁当、そして先生を援助するためのお金を握りしめて。

    「うわ~
    うめぇ・・・・・・
    こんな美味しい物
    はじめて食べた」



     ビフテキが詰まったお弁当。賢治の優しさが調味料になって、世界で一番ぜいたくな食べ物になったようです。作った人の顔や気持ちが見える弁当。豪華な料理が並んでいるこの作品の中で、ひときわ輝きを放っていました。

     ですが、先生は結局亡くなってしまいます。トシと同じ結核で、亡くなった日も、奇しくも妹トシが亡くなった日と同じだったそうです。このことは、賢治に大きな無力感を与えることになります。

     賢治の作品にどこか漂う「かなしみ」。そして、「ほんとうのさひわい」を求める旅。それらは、こういった体験から生まれた賢治の価値観だったようです。もう一度、彼の作品に立ち返りたくなります。

    まとめ



    まとめ



     「おなかいっぱい」になる、素敵な1冊でした。多幸感がからだを包みます。読む人を幸せにできる、素晴らしい漫画だと思いました。

     そして、今後何度もこの本を開きたくなるような、そんな予感も覚えました。ちょっと寂しくなった時に居場所を求めたくなるような、そんな雰囲気があります。

     このブログでこれまで紹介してきた作品も収録されていますが、この本を読んだ後ではまったく感想が変わりそうです。もう一度、賢治の作品を読み返したいと思います。今度は賢治という「人」を感じながら。そんな旅になりそうです。




    オワリ

    宮沢賢治の食卓 第1話試し読み

     第1話が無料で試し読みできるようです(2017/4/16現在)。ぜひ読んでみてください。

    宮沢賢治・イーハトーヴへの旅 旅程表

     今回で19回目になりました。宮沢賢治の作品や宮沢賢治に関するトピックを取り上げています。


    魚乃目三太, 宮沢賢治,



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