HOME > ジグムント・バウマン
 この本の著者であるバウマンさんは今年の1月に亡くなられました。とても有名な社会学者で、私はたくさんのことを教わりました。今後も現代社会を鋭く射抜いてほしいと思っていただけに大変残念です。そんな彼が遺した本が、邦訳され出版されました。私は、この本に書かれていることが今後の人類への大きな「宿題」のように思えてなりません。

自分とは違った人たちとどう向き合うか ―難民問題から考える―
ジグムント・バウマン 伊藤茂
青土社
売り上げランキング: 8,114


 Strangers at Our Doorという本を、伊藤茂さんが邦訳されました。題名は『自分とは違った人たちとどう向き合うか 難民問題から考える』です。本質を見抜いた、素晴らしい題名を付けられたと思います(私自身、この題のインパクトによってこの本を手に取ることになりました)。

 改めて考えます。この世にいる、自分以外の全ての人は「他者」です。他者が心の中で何を考えているのか、そしてどう行動するのか、私たちは本質的に「分からない」。その「分からない」から、全ては始まっていたのです。



内容紹介



社会科学

「われわれ」と「彼ら」。急速に亀裂を広げている世界へ―。

 アメリカ・トランプ政権の誕生、イギリスのEU離脱、そしてヨーロッパでの極右政党の台頭。バウマンが、最新の世界情勢を見つめ、そして警鐘を鳴らします。

 世界で最近起こったこれらの出来事には、驚くほどくっきりと共通点を見出すことができます。それは、「移民排斥」です。過激で攻撃的な移民への発言が、彼らへの敵意を煽り立て、そして排斥しようとする動きが一つの国を動かすまでになっています。なぜ、そういった過激な主張が支持されるようになったのでしょうか。

 社会を覆う漠然とした不安について唱え続けてきた社会学の巨頭、バウマン。彼が踏み込むのは、私たちが本質的に抱いている「見知らぬ者への恐怖」です。恐怖が生まれ、増幅し、そして排斥へと通じる道。バウマンが鋭く切り込みます。現代社会を見つめる上で必読の1冊です。


書評



書評

◆ 大きな未知への恐怖

 なんとなく、今の社会が大きな不安に覆われているような気がする。

 そんなことを感じている方にこそ、ぜひ手に取っていただきたい1冊です。私が本を手に取ったきっかけも、間違いなくその「不安」にありました。海の向こうで起こっていることは、決して対岸の火事ではないでしょう。これだけの大きな波が一気に世界を飲みこんでいる。事態に直面すると、改めて打ち震えます。

 「どうして人間が、ここまで残酷になれてしまうのだろうか」

 移民排斥や相次ぐテロ事件のニュースを見て、こうは思わないでしょうか。この本が、その疑問に答えてくれます。根本にあるのが、私たちが見知らぬ他者に抱いている恐怖。そして、それが排斥へと通じるメカニズムがこの本に書かれています。

見知らぬ人についての情報は皆無に等しいので、彼らの戦略を適切に解釈することができず、彼らの狙いは何なのか、次に何をするのかを予測して適切な対策を講じることができない。そして、私たちが作ったものではないがゆえにコントロールできない状況の下で、どのように振る舞い、どう対処したらいいか分からないことが、不安と恐怖心の元になるのだ。



 平和な社会に身を置いていると気付きにくいかもしれませんが、私たちは他者に「不安」と「恐怖心」を抱いています。他者は自分とは違う。心の中で何を考えているか分からないし、どういう行動に出るかもわからないからです。

 そんな状態なのに、私たちが普段他者と円滑にコミュニケーションをとっていることは、考えてみると不思議です。さしたる不安や恐怖心も抱かず、どうしてそんなことができてしまうのでしょうか。私なりに考えてみました。

 私たちは、コミュニケーションをとっている「ように見える」ということなのでしょうか。自分とは違う他者。それを、「きっとこの人も同じようなことを考えているのだろう」と自分の側に引き込む。あるいは、考えることをやめて、経験から得たマニュアル通りの行動をする。一見私たちが上手くはかっているコミュニケーションというのは、実はそんなことに集約されるのかもしれません。

 何が言いたいのかというと、私たちは他者を「理解」「受容」するという次元には至らないまま生活しているのではないか、ということです。「不安」や「恐怖心」を、「無関心」で眠らせておいているだけではないのか、ということです。

 バウマンも、「無関心」という語を用いています。それは、静かなようで、何よりも恐ろしいエネルギーだったのです。

◆ 「人間ではない」の恐怖

 「どうして人間が、ここまで残酷になれてしまうのだろうか」

 この問いに対する、著者が考える答えを書くとこのようになると思います。

 「見知らぬ他者を『人間』という領域から除外するから(=同じ人間と思わなくなるから)」

 どうでしょうか。私にとっては、とても納得のいく答えでした。同じ人間なのに、考えられないような残酷な仕打ちをしてしまう時。メカニズムは単純でした。同じ「人間」ではない。相手を「人間」から除外する。そのことによって、痛みも苦しみもなくなるのです。

この種の責任転嫁や中傷がもたらす全体的な影響は何よりもまず「移民の非人間化」(人間性の抹殺)である。非人間化は、彼らを合法的な人権の保持者のカテゴリから排除する道を開いたり・・・して、悲惨な結果をもたらすことになる。



 人間ではないのだから、人権はない。もしそう言い切る人がいたとしたら、実に強力で分かりやすい論理です。ですが、「人間ではない」などいう前提が許されてよいはずはありません。

 「そんな過激なことは考えないよ」

 そう思った人がいるかもしれません。私も読みながら思いました。しかし、バウマンはそのような思い込みにもするどく踏み込みます。彼が使うのは「無関心化の領土の拡大」という言葉です。つまり、「非人間化」は「無関心化」によっても進行していく、ということです。

 残酷なのは、過激な主張を繰り返す政治家や、暴力に走るテロリストたちだけではない。もし私たちが彼らが存在する世界を当たり前のように許容し、そして何も思わなくなってしまうとしたら、私たちもまた、そこに加担しているということなのだ。

 私は、そのように解釈しました。

 移民が「分かりやすい敵」に仕立てられ、私たちが社会に感じている不安を和らげるはけ口として利用されているような状況に、バウマンは警鐘を鳴らしています。『自分とは違った人たちとどう向き合うか』というタイトルに引きつけて考えてみると、深刻な状況が見えてきます。私たちは、「向き合うこと」を放棄し、自分とは違う人が「存在すること」それ自体を否定しようとしているのではないか。それが、今世界で起こっていることの、もっとも恐ろしい本質ではないかと思います。

まとめ



まとめ



 切り捨てること、見捨てること、考えないようにすること、そもそも「なかった」ことにすること。

 どれも簡単で、すぐに選べる道です。ですが、それを選ぶということはどういうことか。その道の先に何が待っているのか。バウマンが、この本で示してくれます。それを読めば、進み出した道から引き返そうという気持ちになると思います。

 代わりにバウマンが示すのは、「対話」の道です。

 綺麗ごとをいうな!というお叱りの声が飛んできそうです。私も、読んでいて解決部分が弱いように感じました。しかし、読み終えた後、改めて思いを巡らせてみて、そして気付きます。

 その道しか、ないのです。

 か細くて先があるのか分からない道です。道のりは険しく、まっすぐ進んでいける保証もない道です。しかし、道は一本しかない。そう気付けば、私たちは覚悟を決めてその道を行くしかありません。

 見知らぬ他者と向き合う、という簡単なようでもっとも困難なこと。それが、私たちに問われています。



オワリ

『想像するちから チンパンジーが教えてくれた人間の心』 松沢哲郎

 この記事の前の記事で紹介した本です。チンパンジーの研究者の方が書かれた本で、今日の記事とは全く関係のないようにも思えますが、私は2冊を関連付けるつもりで続けて紹介しました。素晴らしい本なので、ぜひこちらも知っていただきたいです。

スポンサーサイト
社会科学, ジグムント・バウマン,