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  •  素晴らしい本に出会うことができました。最高のコンサートのあとに、観客が自然に立ち上がって、万雷の拍手を送る-そんな風景が脳裏に浮かびました。今、まさにそんな気持ちです。この本に、最大限の感謝を示したいと思います。

    想像するちから――チンパンジーが教えてくれた人間の心
    松沢 哲郎
    岩波書店
    売り上げランキング: 166,222


     著者は、京都大学霊長類研究所でチンパンジーについて学び続けてきた松沢哲郎さんです。本のジャンルは「自然科学」です。しかし、この本は、「人間が見つめられている」という点では、人文科学としての色も濃いかもしれません。

     私たちの「隣人」、チンパンジー。彼らは、私たちにたくさんのことを教えてくれるのです。



    内容紹介


    自然科学

    じところ、違うところ。「隣人」を見つめ、自分を見つめる

     チンパンジーの研究を通して見えた「人間とはなにか」。

     それを書きたかった、と著者の松沢さんは述べておられます。読んでいくうちに、その真意を知ることができます。人間とチンパンジーは、遺伝子レベルではほとんど違いのない生き物なのだそうです。ゲノムの違いはわずか1.2パーセント。つまり、チンパンジーは、人間と98.8パーセントまでは同じ生き物なのでした。

     そう考えると、ヒトとチンパンジーなどと境界線を引いてしまうのは違うだろう、という気になってきます。チンパンジーは、まさに人間の「隣人」と言えるのです。人間が特段優れているだろう、などといった思い込みは、この時点で捨て去ることができます。

     しかし、遺伝子レベルではほんのわずかの違いがありました。そしてそれは、とても大きな違いでもありました。

     その「違い」が教えてくれること。私たちが、見つめなくてはいけないこと。著者がつづる、研究の集大成です。

    書評


    書評

    ◆ 他者を理解するという営み

     本書の構成を簡単に整理します。まず、チンパンジーのことを長年研究してきた著者が、チンパンジーの生態について語ります。「心」「ことば」「きずな」、そんなことがキーワードになります。その後で、チンパンジーを見つめることを通じて、「人間を見つめる」ということがなされます。このような形で改めて人間という存在に立ち返ると、実に多くの発見があるのです。

     人間が得た数々のちから。その中でも、「他者を理解する」という営みは、本当にかけがえのないものなのだと気付かされます。著者は、チンパンジーの子どもが、試行錯誤しながら模倣していく過程を記述した後で、こんな風に書いています。

    模倣という能力を使って、他者がやっていることを自分でもやってみると、こうすると熱いんだ、こうすると痛いんだ、こうすると悲しいんだ、こうするととても嬉しいんだ、ということを自分が体験する。自分がしていなくても、前にもその行動をしていた他者が、あるいはまた別の見知らぬ他者が、そのことをしているとき、その人の心のなかにどういう気持ちが生じているかがわかるようになる。(p72)



     私たちが普段当たり前のようにしている「他者理解」という営みが、どれだけ尊い営みだったか、そのことに気付かされます。「こうすると痛いんだ」「こうすると悲しいんだ」。他者理解とは、そういったことの蓄積であり、その結果できあがったかけがえのない結晶なのでした。

     この描写のように、改めて「人間」という存在に立ち返ってみることで見えてくることがたくさんあります。

     もう一つ、感じ入ったトピックをご紹介します。それは、「教育」に関する人間とチンパンジーの違いです。前述のように、チンパンジーの教育というのは、子どもが親の姿から一生懸命「真似る」教育でした。これを、著者は「教えない教育、見習う教育」と呼びます。

     では、人間はどうでしょう。おそらくすぐに分かっていただけるはずです。人間は、「教える」教育をします。しかし、「教える」ということには、私が思っている以上に深い意味がありました。

    ①教えること

    ②手を添えること

    ③認めること(うなずくこと。微笑むこと。ほめること。) 
    (p140)




     ②と③を見て、はっとさせられないでしょうか。教えることは、手を添えることであり、認めることだというのです。チンパンジーのお母さんは、このようなことをしません。とすれば、これは人間特有の営みということになります。

     「こうやってやるんだよ」。そう言って、手を添えてあげること。

     「よく、できたね」。そうやって、ほめてあげること。認めてあげること。

     はたして、私はどれだけできていただろうか、と思います。これは、チンパンジーを見つめることによって浮かび上がってくる、人間特有の営みなのです。教育における、「認める」という行為の大切さを著者は強調します。

     忘れかけていた大事なことを教わったようでした。この本から教わること、チンパンジーから教わること。数えだせば、きりがありません。

    ◆ ぜんぶ、抱きしめよう

     他者を理解する、という営みを、人間は進化の過程で発展させてきました。そして、「想像するちから」というものを得たのです。

    人間は、進んで他者に物を与える。お互いに物を与え合う。さらに、自らの命を差しだしてまで、他者に尽くす。利他性の先にある、互恵性、さらには自己犠牲。これは、人間の人間らしい知性のあり方だといえる。(p79)



     惰性のように生きていると、見つめることや想像すること、それに感謝するということを忘れてしまいがちです。大昔から続く進化の過程に、いったいどんなドラマがあってのことでしょうか、「人間」という生き物が誕生することになりました。私たちは、もっと「人間を見つめる」ということをするべきだ-そう思いました。そしてそれは、「自分自身を見つめる」というところから始まるのかもしれません。

     人間という生き物の尊さを知った上で、「だけど」と思います。

     「想像するちから」は、ある意味ではとても残酷なものなのではないか。

     想像することには、たくさんの「痛み」を伴います。私はそのことを思い出しました。想像できるからこそ、たくさんの痛みや苦しみが襲い掛かってくるのです。私が思ったことに、著者は最後に答えてくれました。こんな風に書かれています。

    今ここの世界を生きているから、チンパンジーは絶望しない。(中略)それに対して人間は容易に絶望してしまう。でも、絶望するのと同じ能力、その未来を想像するという能力があるから、人間は希望をもてる。どんな過酷な状況のなかでも、希望をもてる。人間とは何か。それは想像するちから。想像するちからを駆使して、希望をもてるのが人間だと思う。(p182)



     「想像するちから」を、まず「絶望すること」に置き換えていることに感じ入りました。想像できるからこそ、絶望してしまう。なるほど、これも「痛み」の一種と言えると思います。

     その上で、絶望ができるから、希望をもてるのだ。著者はそう述べています。これが、答えではないでしょうか。

     想像するちからによって、人間は他者の痛みや苦しみ、悲しみまでも背負うことになった。それはとても残酷なこととも言えるでしょう。「自分とは関係のない他人のことでも苦しむなんて・・・」そう思う人もいるかもしれません。

     しかし、その想像するちからは、人間に与えられた、かけがえのないちからでした。そのことを教わった時、私たちが到達できる結論はたった一つです。

     想像するちからを、受け入れよう。
     痛みも苦しみも悲しみも、全部抱きしめよう。

     そして、最後は希望につなげよう。


     チンパンジーが教えてくれる、一番大切な教えです。

    まとめ



    まとめ



     私のつたない文章でどこまで伝わったか分かりませんが、大変素晴らしい本です。人間の「想像するちから」について書いた最後の章などは、本を持つ手が震えるほどです。

     ふだんなかなか読まないジャンルの本でしたが、本当に数えきれないくらいの気付きがありました。何十年億年もかけて地球上の生命体が営んできたことというのは、それほど大きいことなのだと思います。そして、研究の末に、私たちに大切なことを教えてくださった著者の松沢さんにも、最大限の敬意を表したいと思います。

     「ちょっと、生まれ変わってみようか」そんな気持ちになれるはずです。そしてそれもまた、人間の尊い営みです。




    ◆ 殿堂入り決定!

    「最果ての図書館」は『想像するちから-チンパンジーが教えてくれた人間の心』を「プラチナ」に登録しました(リンク先に「プラチナ」の本の一覧をまとめています)。




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