HOME > 長塚節
 この作品を読み切るのに、とてもエネルギーを要しました。読みながら、自分の精気が吸い取られていくようでした。艱難辛苦、ただひたすらに、苦しく、息が詰まるような作品です。

土 (新潮文庫)
土 (新潮文庫)
posted with amazlet at 17.03.25
長塚 節
新潮社
売り上げランキング: 13,981


 長塚節の「土」です。日本の農民文学を代表する作品と言われています。正直言って、作品の内容には読者を牽引していくような面白さはありません。日本の農民の苦しく、貧しい生活がひたすら綴られていく、そんな作品です。それでも、この作品は読者を牽引していきます。苦しい読書になることは間違いありませんが、そこに書かれていることからは決して目を離せなくなるのです。



内容紹介



日本近代文学

に生まれ、土と死ぬ-農民と密着する「土」を描く

 長塚節は茨城の豪農の家に生まれました。この「土」という作品は彼の代表作であり、日本農民文学を語る上で欠かせない1冊です。

 夏目漱石は、この作品を「最も貧しい百姓」の物語、と評しました。貧しい、というのは単に経済的な困窮を指すわけではありません。百姓の家に生まれ、決して抜け出すことのできない階級構造の中で、死ぬまで働き続ける。その空間の中で彼らを支配していく、圧倒的な「貧しさ」がこの作品には書かれています。卑しさ、さもしさといった精神的な貧困もそこには含まれています。

 窒息してしまいそうな、苦しい読書になります。ただ、この作品は、農民の生活のありのままを、まるで当時の空気を缶詰に詰めたかのように、そのままに伝えてくれます。

書評



書評

◆ 土の「写生力」

 夏目漱石がこの作品に寄せた文章、「土に就て」はこの作品を語る上で欠かせないと思うので、少し引用させていただこうと思います。

「土」中に出て来る人物は、最も貧しい百姓である。教育もなければ品格もなければ、ただ土の上に生み付けられて、土とともに生長した蛆(うじ)同様に哀れな百姓の生活である。



 漱石はかなり辛辣なことを書いています(ここには引用しませんが、さらに辛辣な表現もあります)。書いてあることはかなり辛辣ですが、実際に作品を読んでみると、漱石の感想は実に的確なものであるという印象を受けます。決してこの時代の農民を侮蔑するわけではありません。この作品に書かれていることは、漱石がこんなことを書くくらいに、どうしようもなく「貧しい」ものなのです。

 漱石が「ただ土の上に生み付けられ、土とともに生長した」と書いていますが、さすがの着眼点だと思います。作品中には、題にもなっている「土」が数多く描かれています。「土」というのは、農民にとって切っても切り離せない存在でした。土の上で生まれ、土の上で死ぬ-「土と密着する農民」の作品と言えるかもしれません。

お品はこうして冷たい屍になってからもその足の底は棺桶の板一枚を隔てただけでさらに永久に土と相接しているのだった。



 お品という登場人物が亡くなった後の描写です。死んでしまったあとも、土から離れることのできない農民の姿が強調されています。生きている時は土に足を付けながら働き続け、そして死んだ後も土の上で眠るのです。

 

春はそうして土からかすかに動く。(中略)水に近い湿った土が暖かい日光を思ういっぱいに吸うてその勢いづいた土のかすかな刺激を根に感ぜしめるので・・・



 かと思えば、このような繊細な描写も出てきます。こうやって季節の訪れ、移り変わりを土を通して描く表現が多用されています。農民は、土のかすかな変化から季節の移ろいを察知することができたのでしょう。

 とにかく、「土」と切り離しては語れない作品です。長塚節は写生主義を志向していました。それだけに、土の「写生力」は見事です。丹念で、緻密で、どこか「執念」のようなものすら感じさせる描写で、その描写が、私たちに当時の農民の生活をありのままに伝えてくれます。

◆ 逃れられない貧しさ

 土と切っても切り離せない農民。私はそこに「残酷さ」も感じ取りました。作品の中で、「牽引」ということばが使われています。土は、農民を「牽引」しているのです。それはどういうことか。私は、農民が土から離れられないことが、逃れられない貧しさを象徴しているように感じました。

 働けども働けどもいっこうに豊かにならない生活。変わらない「搾取」の構造。

 そして何よりも、そういった生活の中で「精神の貧困」が彼らを覆う。貧しさ、卑しさ、さもしさ。目を覆いたくなるような精神的な貧しさが、容赦なく、やはり見事に「写生」されています。

彼の心はひたすら自分をみじめな方面に解釈していればそれで済んでいるのであった。彼のやつれたからだからその手がひどく自由を失ったように感ぜられた。・・・



 この箇所などは典型的です。「みじめさ」を自己受容していく-それは何よりも「貧しい」ことでした。「苦しい読書」と書いたのはこのあたりが特にそういうことなのです。こういう言い方はよくないかもしれませんが、「人間社会の最底辺」というものを見たような気がしました。しかしそれは、農民たちにとってはどうすることもできないことでした。

まとめ



まとめ

しいから読め、と漱石は言いました

 漱石もまた、この作品が苦しいものであると述べています。その上で、「面白いから読めというのではない、苦しいから読め」ということを書いています。漱石のこのことばには、いったいどんな意味が込められているのでしょうか。

 私なりに考えて見えたのは、「最も貧しい状況に置かれた時に、真の『人間の姿』があぶり出されるのではないか」ということでした。長塚節の描写は素晴らしく、私たちに農民の生活のありのままを伝えてくれます。



 私は「貧しさ」のほうばかり取り上げましたが、この作品からは貧しさだけではなく、貧しさの中でもかき消されることのない愛情や慈しみ、いたわり、思いやりといったことも書かれています(苦しみが中心ではありますが)。そういったことも含めて、「真の人間の姿」なのだろう、と思います。

 漱石の言葉を借りるようではありますが、「苦しいですが、ぜひ読んでいただきたいです」。


スポンサーサイト
近代日本文学, 長塚節,