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 前回スタートした連載企画、「銀河鉄道の夜」。今回は第2話です。

 さて、コーナーのロゴを新しくしてみました(スマホでもきれいに表示されるサイズにするためです)。そして、ロゴの下にも書いたのですが、このコーナーは「毎週日曜日よる9時」 に更新する連載企画です。投稿時間も固定することにしました。毎週日曜の夜は、「最果ての図書館」で「銀河鉄道の夜」!ぜひ、のぞきにきてくださるとうれしいです。

 そして、連載の回数ですが、全10回を予定しています。ということは、最終回は・・・。いえいえ、何でもありません。

 コーナーの概要をご紹介したところで、今夜もさっそく、銀河鉄道への旅へと出かけていきましょう。



今夜のあらすじ



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 冷たいこころ

 ジョバンニは銀河のお祭りの烏瓜(からすうり)流しに行くため、坂を下りていました。そこでジョバンニは、クラスメートのザネリとすれ違います。ジョバンニはザネリに声をかけるのですが、ザネリにこう言われてしまいます。

 「ジョバンニ、おとうさんから、ラッコの上着が来るよ」

 ザネリは、漁に出ているジョバンニのお父さんのことをいつもからかうのです。ジョバンニは、ばっと胸がつめたくなり、悔しくてたまらないのでした。

 町に出たジョバンニは、時計屋に飾られている星座早見を見つけます。ジョバンニはその図にすうっと魅入られました。「この中を歩いてみたい」、彼はそう思ってうっとりするのでした。

 牛乳屋を訪れたジョバンニでしたが、お母さんに届ける牛乳をもらうことはできませんでした。その帰り、ジョバンニはまたザネリたちに出くわします。「ラッコの上着が来るよ!」今度はみんなに馬鹿にされるのでした。そしてそこには、カムパネルラの姿もありました。カムパネルラは気の毒そうに、少し笑ってうつむいていました。

 辛くなったジョバンニは泣きたいのをがまんして走り出します。黒い丘の上に向かい、そして、体をどかっと野原におろしました。

 そのときです。ジョバンニは聞きました。野原から、汽車の音が聞こえてきたのです・・・。

 to be continued

解説



 前回の1話と今日の2話が作品の導入部分です。今日の部分は、何度読んでもその美しさにため息がこぼれます。ジョバンニの深く暗い海のような悲しみを丁寧に描きながら、徐々にムードが高められていきます。そして、いよいよ彼の前に銀河鉄道が開けてくるのです。今日はその瞬間まで。物語の構成もそうなのですが、賢治の描写1つ1つが本当に美しくて、物語の導入部でこれ以上素晴らしいものはない、と私は思っています。

 彼らが暮らす町や、ジョバンニが駆けていく野原の描写も本当に美しいんです。文章を読んでいるというより、幻想的な絵巻物をめくっている気持ちになります。こういった細部にまで渡った美しさがあるから、銀河鉄道が見えてくる場面がより際立ってくるのだと思います。

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 さて、今日は「ジョバンニとザネリ」というテーマで読んでいくことにしましょう。私が今回読んでみて改めて思ったのは、宮沢賢治は「純粋な邪悪心」を描き出すのもまた抜群に上手いな、ということでした。

「ザネリ、烏瓜ながしに行くの。」ジョバンニがまだそう言ってしまわないうちに、その子が投げつけるようにうしろから、さけびました。

「ジョバンニ、おとうさんから、ラッコの上着が来るよ。」



 漁に出ていてなかなか帰ってこれないジョバンニのお父さん。そんなお父さんが学校に持ってくる珍しい標本を、クラスメートたちはからかい、冷やかします。物珍しいものを見るとからかいたくなるのは子供の性です。そして、悔しそうにするジョバンニを見てもっとからかいたくなるのも、やはり子供らしいことです。ザネリたちの、子供ならではの「純粋な邪悪心」というのは、自分の子供のころを思い出すとよく分かります。純粋なだけに、厄介な存在ですね。

 ただ、ジョバンニにとってそれはただの冷やかしではありませんでした。一生懸命働いているお父さんが侮辱されたのです。ジョバンニもまた、純粋な存在です。だから、頭が割れるような、世界がひっくり返るようなショックがあったのだと思います。だから、こんな描写になります。

ジョバンニは、ばっと胸が冷たくなり、そこらじゅうきいんと鳴るように思いました。



 私は、賢治の勢いがあってダイナミックな描写も好きです(例えば、「鉄砲玉が飛び出すような」など)。この「ばっと胸が冷たくなり」もとても印象的な描写です。ジョバンニがその瞬間に感じたショック、そしてその後で覆われる深い悲しみ、そういったものが、読者にも「ばっ」と一瞬で伝わってくる、そんな風に感じないでしょうか。

 このあとの文章を読んでいると、不思議なことに、ひんやりとする感じが肌に伝わってくるのです。「ばっと胸が冷たくなり」という描写はそれだけインパクトがあって、読者にも深い悲しみを感じさせました。

 ジョバンニは、孤独を深めていきます。

(ぼくはどこへもあそびに行くとこがない。ぼくはみんなから、まるで狐のように見えるんだ)



 幼い子供が、これほどまでに孤独を深めていくことにぞっとします。どんどん世界にジョバンニの居場所がなくなっていくのが辛い。このままでは、ジョバンニが消えてしまう。最初に読んだとき、私はそんな風に直感的に思ったものでした。

 今にも消え入りそうなジョバンニの前に開けた銀河鉄道。いよいよ、次回から旅の本編が始まります。いったい、それはどんな意味を持った旅なのでしょうか。

銀河アルバム



 宮沢賢治の心象スケッチをコレクションしていきます。今日は時計屋さんで星座早見を見つけた場面から。

銀河アルバム

 幻想度 ★★★★★

いちばんうしろの壁には空じゅうの星座やふしぎな獣やへびや瓶(かめ)などの形に書いた大きな図がかかっていました。ほんとうにこんなような蠍(さそり)だの勇士だのそらにぎっしりいるだろうか、

ああぼくはその中をどこまでも歩いてみたいと思ったりしてしばらくぼんやり立っていました。



 「銀河鉄道の夜」の冒頭部分が本当に美しいんだ、という話をしました。ここもその1つです。この場面が、これから始まる銀河鉄道の旅の素敵な「予告編」になっていることが分かります。例えばここに出てくる「さそり」は、物語の後半で重要なエピソードとして出てくるんです。宮沢賢治が作品の冒頭から、実に丁寧に世界観を作っていたことが分かりますね。

 そして、星座の図を見て、「この中を歩いてみたい」と思うその豊かな想像力は、毎度書いていることですが見事なものです。ジョバンニの前に銀河鉄道が見えてくるまでに、こんな風に丁寧にムードが高められていっているんですね。



銀河サイドバー

 日曜日のよる9時に更新していこうと思うのでよろしくお願いします。長い連載で完走できるかちょっと不安ですが、ぜひ気長に見守ってやってください。

エピソード・リスト
1話から読む
「イーハトーヴへの旅」(宮沢賢治のコーナー)

★ 次回予告

第3話 「銀河ステーション」

 青い琴の星を見たジョバンニは、気付くと「そらの野原」に立っていました。そして、どこからか不思議な声が聞こえてきます。「銀河ステーション、銀河ステーション・・・」。その時、目の前がばっと明るくなりました。

 ごとんごとんと揺れる音。そう、ジョバンニは、本当に列車に乗っていたのです。そして、ジョバンニの目の前にある子供が姿を見せたのでした・・・。


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宮沢賢治,



 宮沢賢治の生涯を「食」にフォーカスして描いた漫画が発売されました。1冊で心も体もいっぱいに満たされるような、そんな素敵な作品になっています。

宮沢賢治の食卓 (思い出食堂コミックス)
魚乃目 三太
少年画報社 (2017-03-27)
売り上げランキング: 12,259


 表紙で右上を眺めている優しそうな男性がこの漫画の主人公、宮沢賢治です。温もりのある作品だということが感じていただけると思います。宮沢賢治の「孤高の人」などとイメージしている方がおられたら、さっそく裏切られるビジュアルかもしれません。表紙に書かれているこの絵には、この作品の魅力がたっぷりと詰まっています。

 宮沢賢治の生涯はとても有名で、国語の教科書にも掲載されるくらいです。私も、知っているエピソードがたくさんありました。ですが、作者の魚乃目さんが、「食」を通して、温もりで味付けしたこの作品は、私たちに新しい宮沢賢治を教えてくれるに違いありません。



内容紹介



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 漫画の中身はお見せできないので、帯の写真を紹介します。この作品で描かれるのは、おそらく、人々のこれまでのイメージを塗り替えるような「新たな宮沢賢治」の姿です。

 宮沢賢治の作品には息をするのも忘れるような美しさがあります。そのため、宮沢賢治というとどこか聖人化、神格化されたイメージを持たれることがあります。私もそんなイメージを持ってしまいがちな一人です。彼の作品は、本当に人間がこれを生み出したのかというくらいに美しく、おののいてすらしまうからです。

 しかし、いったん宮沢賢治という「人間」に着目してみるとどうでしょうか。彼はとても人間味のある人でした。作品からは想像できないような豪快なエピソードもあります。この作品は、そんな賢治の人間味あふれる部分を伝えてくれるでしょう。「モノマネと冗談の名人」「涙もろくて、情に厚い」帯に書かれているように、彼の愛すべき人間としての姿が描かれます。

 「・・・そして、食いしん坊」

 この作品でフォーカスされるのが「食べ物」です。1話につき1つの食べ物がテーマになっていて、全10話から構成されています。「鳥南蛮そば」「ハヤシライス」「サイダーと天ぷらそば」「樺太のほっけ」・・・などなど。食べ物の描写は本当に魅力的で、食欲をそそります。そして、食を通じて見えてくる賢治の「人生」や「世界観」がありました。次からの書評パートでくわしくご紹介します。



書評



イーハトーヴ

こが面白い!「宮沢賢治の食卓」3つの魅力

① 喜怒哀楽の、ダイナミックで豊かな描写
② 食べ物を美味しく魅せる、様々な工夫
③ 「食」から見えてくる賢治という「人」


 作品の魅力を、3つに分けてご紹介します。

① 喜怒哀楽の、ダイナミックで豊かな描写

 まず、これが最初に印象に残ることではないかと思います。魚乃目さんの絵にはとても温もりがあって、そして喜怒哀楽の描写が豊かです。からだいっぱい、コマいっぱいに感情が描かれているので、読んでいると感情がコマを飛び越えて、読者にも押し寄せてくるような感覚になります。

「沼田くん」
「はい」

「お腹空いてねーが?」(一品目 鳥南蛮そば)



 特に、食べ物が出てくる時の賢治は本当に幸せそうで、二カッと笑った顔にこちらにも笑顔が伝染しました。もちろん、描かれるのは楽しそうな顔ばかりではありません。時には顔をくしゃくしゃにして泣き、時には烈火のごとく怒ります。全ての感情が「全力」で「ダイナミック」。それが、読者の心を掴みます。

② 食べ物を美味しく魅せる、様々な工夫

 さまざまな食べ物が出てきますが、その描写が秀逸で、食欲をそそります。食べ物を美味しくさせるために、絵以外にもいろいろな工夫がされているように感じました。

 私が好きだったのは、「口を大きく開けて食べるところ」です。賢治は食べ物をほおばる時、大きく口を開けます。それで満面の笑みを見せるものですから、もう何を食べても極上の食べ物に見えてきます。

「いただきます!!」

「うめえなっす!!はじめて食べる味だ」(五品目 樺太のほっけ)



 「花巻の方言」「オノマトペ」も食べ物を美味しく引き立ててくれるでしょう。方言は温もりや優しさを感じさせる不思議な言葉の魔法ですね。それに、「ぐつぐつ」などのオノマトペもとても種類が豊富で、臨場感を出しています。宮沢賢治といえば天才的な感覚で独自のオノマトペを使いこなしましたが、作者も本家に負けず、オノマトペを効果的に用いています。

③ 「食」から見えてくる賢治という「人」

 「食」が「人」をつくる

 そのことを、強く感じさせられる作品でした。食は「いのち」です。生命をつなげるだけではなくて、食べたものが血となって肉となって人間を作っていく。そのことに思いを馳せます。知っているエピソードがたくさんありましたが、それらに「説得力」を感じたのは、人を作っているものである「食」にこの作品が立ち返ったからではないかと思います。

 「お腹、すきませんか?」

 その言葉が、不思議な魔法のように思えました。食べ物を通じて感じる「生きるよろこび」「幸福感」、満たされた私たちが忘れかけていることが鮮やかに描かれていて、はっとさせられるのです。

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 最後に、印象的だったエピソードを2つご紹介します。

◆ 「アイスクリーム」(3品目)


 賢治について知っておられる方は気付けるかもしれません。この話では、賢治の最愛の妹、トシとの別れが描かれています。取り上げられる作品は「永訣の朝」です。

どうかこれが天上のアイスクリームになって
おまへとみんなとに聖い(とうとい)資糧(かて)をもたらすように (『永訣の朝』)



 アイスクリームは「雪」のことです。本当の食べ物ではないので、この話は特別な位置づけにあるかもしれませんね。亡くなる直前、冷たいあめゆぢゅ(雨雪)を食べたいといったトシ。賢治は必死にかけまわって雪をとってきます。そして、迎える最後の時-。胸が締め付けられるようなエピソードです。

 トシが亡くなった後、賢治の慟哭が1ページをまるまる使って描かれます。圧倒されました。1冊の中でもっとも心を動かされた1ページかもしれません。

 悲しいエピソードには違いないのですが、それでも根底に「温もり」があるというのがこの作品の魅力だと思いました。賢治がどれだけトシのことを愛おしく思っていたのか、トシがどれだけ周りの人に愛されていたのか、それがひしひしと伝わってきます。

◆ 「弁当」(九品目)

 賢治は勤めていた学校にいつも弁当をもってきていたと言います。それだけで賢治に親しみを感じることができるような、弁当というのはそんな不思議な食べ物ですね。

 賢治の同僚の先生が病気で学校に来れなくなり、賢治はその先生のもとに通います。手には母に作ってもらったお弁当、そして先生を援助するためのお金を握りしめて。

「うわ~
うめぇ・・・・・・
こんな美味しい物
はじめて食べた」



 ビフテキが詰まったお弁当。賢治の優しさが調味料になって、世界で一番ぜいたくな食べ物になったようです。作った人の顔や気持ちが見える弁当。豪華な料理が並んでいるこの作品の中で、ひときわ輝きを放っていました。

 ですが、先生は結局亡くなってしまいます。トシと同じ結核で、亡くなった日も、奇しくも妹トシが亡くなった日と同じだったそうです。このことは、賢治に大きな無力感を与えることになります。

 賢治の作品にどこか漂う「かなしみ」。そして、「ほんとうのさひわい」を求める旅。それらは、こういった体験から生まれた賢治の価値観だったようです。もう一度、彼の作品に立ち返りたくなります。

まとめ



まとめ



 「おなかいっぱい」になる、素敵な1冊でした。多幸感がからだを包みます。読む人を幸せにできる、素晴らしい漫画だと思いました。

 そして、今後何度もこの本を開きたくなるような、そんな予感も覚えました。ちょっと寂しくなった時に居場所を求めたくなるような、そんな雰囲気があります。

 このブログでこれまで紹介してきた作品も収録されていますが、この本を読んだ後ではまったく感想が変わりそうです。もう一度、賢治の作品を読み返したいと思います。今度は賢治という「人」を感じながら。そんな旅になりそうです。




オワリ

宮沢賢治の食卓 第1話試し読み

 第1話が無料で試し読みできるようです(2017/4/16現在)。ぜひ読んでみてください。

宮沢賢治・イーハトーヴへの旅 旅程表

 今回で19回目になりました。宮沢賢治の作品や宮沢賢治に関するトピックを取り上げています。


魚乃目三太, 宮沢賢治,



スクリーンショット (24)

 前回に引き続き、「宮沢賢治・イーハトーヴへの旅」の1周年記念スペシャルです。「宮沢賢治のオノマトペ・ラボ」と題して、宮沢賢治の作品に登場する数々の創作オノマトペを紹介し、その秘密に迫っています。

 前回は「実験編」と題し、宮沢賢治の創作オノマトペに見られる様々な法則を紹介しました。宮沢賢治が慣習的なオノマトペに少し手を加えて独自のオノマトペを生み出していく様はまるで面白い実験でも見ているかのようで、「実験編」というタイトルを付けるに至りました。さて、今回は「鑑賞編」をお届けします。宮沢賢治が独自のオノマトペを生み出していったメカニズムを理解したところで、今回はそこから生まれる文学的な味わいをじっくりと鑑賞してみようと思います。



イントロダクション



賢治オノマトペの謎を解く
田守 育啓
大修館書店
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 前編では、田守育啓さんが書かれたこの本を参考にさせていただきました。田守さんの専門は言語学であり、文学ではありません。というわけで、この本も文学的視点からではなく、言語学的視点、特に音象徴学的視点から書かれています(p246)。私はいつも文学の視点からのみで賢治の作品を読んでいるので、この「文学から切り離したアプローチ」というのはとても新鮮でした。賢治作品の魅力がこれまでよりもさらに増したように思うのです。

 今回の鑑賞編では、田守さんの言語学的なアプローチを生かしつつ、私が普段このコーナーでやっている文学的なアプローチと絡めていく形でオノマトペを鑑賞してみたいと思います。鑑賞の対象として、これまでこのコーナーで紹介してきた作品の中から3つの作品を選びました。紹介する作品は、『なめとこ山の熊』『どんぐりと山猫』、それに『やまなし』の3作品です。

『なめとこ山の熊』×オノマトペ



なめとこ山の熊 (日本の童話名作選)
宮沢 賢治
偕成社
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#17 『なめとこ山の熊』

 『なめとこ山の熊』はこのコーナーの前回に紹介した作品です。「人間と動物が心を通い合わせる」という賢治の願いが追及された作品だと思います。最後に人間の小十郎は死んでしまうのです。悲しさと、やるせなさと、しかしどこか満たされたような、そんな感情が込み上げてくる結末は賢治の作品の中でも指折りの完成度だと思います。

 この作品にはたくさんのオノマトペが出てくるのですが、作品を覆う雰囲気である、悲しさややるせなさをまとったオノマトペが多いように感じます。人間も動物も植物もその価値は平等である、それが宮沢賢治の信念でした。しかし、現実の世界ではそうはいきません。食うもの、食われるもの―自然界にはピラミッドがありました。そして、人間同士でもピラミッドは存在しています。まるで作品全体が、そのことを嘆いているようです。この作品から1つオノマトペを紹介することにしましょう。

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小十郎がまっ赤な熊の胆をせなかの木のひつに入れて血で毛がぼとぼと房になった毛皮を谷であらってくるくるまるめせなかにしょって自分もぐんなりした風で谷を下って行くことだけはたしかなのだ。



 「ぐんなり」した風、という表現が使われています。「ぐんなり」は力が抜けたり衰えたりするさまを表す語句ですね。「ぐんなり」は慣習的なオノマトペにも存在しますし、ぐんなりした風、という表現がとりわけ奇特なものである、というわけでもありません。しかし、この表現を作品全体を踏まえて見つめてみると、これがただ力の弱い風ではないことが分かります。

 風も共に悲しんでいる

 私が感じた印象を一言で言い表すとそうなります。先程、この作品は作品全体が悲しみややるせなさをまとっている、と書きましたが、そう感じさせるのは、風や山、川など、この作品に出てくる自然の事物が、印象的なオノマトペを伴って、まるで感情を持っているかのように描かれているからです。

 人間が生きるために熊を殺さなければいけないこと。人間である小十郎も、熊も、そして自然も、そんなことは望んでいないのです。それなのに、小十郎は熊を殺さなくてはいけない。「熊が憎いわけではないんだ」、小十郎の言葉に自然が呼応しているようです。この「自然も一緒に悲しんでいる」ということを、作品を読んでぜひ感じていただきたいと思います。

『どんぐりと山猫』×オノマトペ



 悲しみのオノマトペから、打って変わって面白いオノマトペを紹介することにします。このコーナーでは第6回で紹介した『どんぐりと山猫』です。

どんぐりと山猫 (日本の童話名作選)
宮沢 賢治
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#6 『どんぐりと山猫』

 深い悲しみをまとった作品だけではなく、賢治はユーモラスで茶目っ気たっぷりな児童文学作品もたくさん世に残しています。『どんぐりと山猫』はその一つです。こういった楽しい作品では、まるでスキップでもするような、軽快でリズミカルなオノマトペがたくさん見られるように思います。

onomatopoeia lab

まはりの山は、みんなたったいまできたばかりのやうにうるうるもりあがつて、まつ青なそらのしたにならんでいました。



一本のぶなの木のしたに、たくさんの白いきのこが、どつてこどつてこどつてこと、変な楽隊をやつてゐました。



 「うるうる」というと、目から涙がこぼれる様子や、しっとりしたものを表す時に用いる言葉です。山が「うるうる」盛り上がる、という文脈に当てはめられて、このオノマトペがもっているみずみずしさが見事に生かされています。たった今できたばかりのような、という表現がさらにいいですね。自然の生命力を感じることが出来ます。

 この記事を書いている今、ちょうど町は春でいっぱいです。賢治のこの表現を知っているからでしょうか、町のいたるところに「うるうる」があるように思えます。こういったところからも、改めて賢治の「自然をつかまえる力」を感じるのです。

 2つ目に紹介するのは「どってこどってこどってこ」です。とても楽しくて踊るような表現ですね。この例のように、賢治の作品には「3回の繰り返し」がよく登場します。凡人の私だったら、「どってこどってこ」と2回の繰り返しにしているような気がします。日本語のオノマトペでは同じ音を2回繰り返すものが多いですし、おそらくそのほうが形としてはしっくりくるのでしょう。しかし、賢治は独特の「3段オノマトペ」を用いるのです。

 この効果は、声に出してみると分かりやすいと思います。私などは、黙読をしていても、3段オノマトペに出会うと思わず声を出してしまうのです。それくらい、作品に勢いをつける表現ということでしょう。3回の繰り返しのうちの3回目は、念を押すように、力強く読みたくはならないでしょうか?賢治が意識してやっていたかどうかは分かりませんが、こういうところでもそのセンスが光っています。

『やまなし』×オノマトペ



 最後は国語の教科書にも掲載されている『やまなし』です。悲しみ、面白味、との流れにのれば、この作品に出てくるのは「不思議なオノマトペ」とでも言えるでしょうか。

童話絵本 宮沢賢治 やまなし (創作児童読物)
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#1 『やまなし』

 前回紹介した「かぷかぷわらう」もそうですが、凡人の私たちには決して思いつけないような、奇想天外な創作オノマトペがたくさん登場します。あまりにイレギュラーなそれらに、最初は目を丸くしてしまうかもしれません。ですが、それらは決して遊びで適当に作られたわけではなく、その場その場にフィットした、絶妙な表現になっているのです。2つ紹介したいと思います。

onomatopoeia lab

三疋(ひき)はぼかぼか流れて行くやまなしのあとを追いました。



やまなしは横になって木の枝にひっかかってとまり、その上には月光の虹がもかもか集まりました。



 小学校のテストで太字の部分が空欄になっていたとします。「ぼかぼか」や「もかもか」を記入しても、おそらく×になってしまうでしょう。そういう意味で小学生に「こんな表現もあるんだよ」とは教えにくいのですが、こういった変則的なオノマトペにこそ賢治の特筆すべき感性を見出すことが出来ます。

 上の文なら、普通は「ぷかぷか」流れて行く、となるでしょう。それなら○がもらえそうです。それを「ぼかぼか」と表現した賢治。やまなしの重量感、そして、そんなやまなしが鈍い動きで浮き沈みしながら流れて行く様子が見事に表現されています。テストの正解は別にして、文学としてどちらが優れた表現か、と問われれば私は迷わず「ぼかぼか」です。こんな風に、賢治の創作オノマトペは時に慣習的に存在するオノマトペを超えた見事な表現を見せます。

 虹が「もかもか」集まる、というのも何とも不思議な表現です。「もやもや」が変形したのでしょうか。様子を思い浮かべると、「ぼやぼや」あたりも近いかもしれません。賢治が選んだ表現はそのどちらでもない、「もかもか」でした。ここから先は想像力の領域です。それぞれの人が目の奥に異なる景色を浮かべることでしょう。私は、賢治の想像の世界に存在していた「もかもか」を思い浮かべるだけでわくわくします。

 「宮沢賢治のオノマトペ・ラボ」、いかがでしたでしょうか。オノマトペ、という新たな視点から賢治の作品を再構築できて、私自身とても楽しく、そしてたくさんの発見ができたシリーズでした。次回以降は通常のレビューに移ろうと思います。今回のシリーズで得た「オノマトペ」という視点も生かしながら、今度はどんな作品を紹介しようか、今から考えています。



イーハトーヴ

宮沢賢治のオノマトペ・ラボ (実験編)

 前回の記事もぜひ合わせてご覧ください。


宮沢賢治,



  •   02, 2016 23:57
  • スクリーンショット (24)


     このブログのコーナー、「宮沢賢治・イーハトーヴへの旅」にたくさんのアクセスありがとうございます。昨年の3月末に開始したコーナーなので、ちょうど1周年を迎えることになります。1周年への感謝とたくさんのアクセスへの御礼の意味合いも兼ねて、第18回の今回は初めてのスペシャルを企画しました。

     「宮沢賢治のオノマトペ・ラボ」と題し、宮沢賢治の創作オノマトペの秘密に迫る2回シリーズです。気合を入れてプロモーションパネルまで作成してみました。いつもとは違う「イーハトーヴへの旅」のスペシャル版、ぜひご期待ください。



    斜め上のオノマトペ



    「クラムボンは笑ったよ」
    「クラムボンはかぷかぷ笑ったよ」
    「クラムボンははねて笑ったよ」

    「クラムボンは死んだよ」
    「クラムボンは殺されたよ」



     ご存知の方も多いと思いますが、これは宮沢賢治の『やまなし』という作品からの一節です。そして、この場面に出てくるクラムボンが「かぷかぷ」笑うという表現は、数多くある宮沢賢治の創作オノマトペの中でももっとも有名なものの一つに挙げられるのではないでしょうか。

     私は小学6年生の教科書でこの作品に出会いました。「かぷかぷ」笑う、という表現はおそらく生きてきて初めて目にしたものだったと思います。笑う様子を形容するオノマトペはたくさんあります。ゲラゲラ、クスクス、ニヤニヤ・・・いろいろありますが、どれも笑っている様子がすぐに目に浮かびます。イメージとすぐに結びつくたくさんのオノマトペ、これだけでも十分な種類が揃っているように思うのですが、宮沢賢治という人はその「斜め上」を行くのです。

     「かぷかぷ」笑う、そのオノマトペが提示する新たなイメージはとても豊かで、私は今まで知らなかった表現の世界に胸躍らせました。独特のオノマトペは「かぷかぷ」だけではありません。たくさんの作品で、まるで息をつくかのように、宮沢賢治は独創的なオノマトペを次々と生み出していきます。教科書や辞典は教えてくれない豊かなオノマトペの数々に出会えることは、私が宮沢賢治を大好きな理由の1つです。

    宮沢賢治を語る上で忘れてならないのは、作品に見られる賢治の語感の鋭さである。特に賢治独特のオノマトペおよびその使い方は誰にも真似ることができない、賢治だけに与えられた天賦の才である。宮沢賢治のほとんどどの作品にもオノマトペが溢れ、オノマトペが賢治の作品の特徴の一つとして挙げられるほどである。



     このように語るのは、言語学者の田守育啓(たもり いくひろ)さんです。宮沢賢治のオノマトペを特集したいと思い立ち、何か良い文献がないかと探したところ、田守さんが著されたこんな本と出会いました。

    賢治オノマトペの謎を解く
    田守 育啓
    大修館書店
    売り上げランキング: 381,349


     とにかく宮沢賢治のオノマトペがたくさん詰まった、賢治ファンの私にとっては夢のような1冊でした。賢治の作品に出てきたオノマトペをまとめた巻末の「賢治オノマトペ索引」などは永久保存版でしょう。今回のスペシャルはこちらの1冊から多くのことを参考にさせていただいています(記事中の参照・引用は、特に記載のない限り『賢治オノマトペの謎を解く』からのものです)。

     ということで、宮沢賢治の独特のオノマトペについて、さっそく見ていこうと思います。

    オノマトペの秘密



     ここまで「オノマトペ」ということばを注釈なしで用いてきましたが、「オノマトペ」には様々な種類があります。まずはその点をおさえておきたいと思います。

    語句
    オノマトペ

    …オノマトペには3種類あります

    ① 擬声語 …動物の鳴き声や人間の声を真似て創られたもの
    例 ) ワンワン(鳴く) きゃーきゃー(騒ぐ)

    ② 擬音語 …自然界の物音を真似て創られたもの
    例 ) ザワザワ(揺れる) ゴロゴロ(鳴る)

    ③ 擬態語 …音響とは直接関係しない、動作・事物の状態、痛みの感覚、人間の心理状態などを象徴的に表したもの
    例 ) めそめそ(鳴く) くるくる(回る)



     オノマトペの種類と具体例を簡単にまとめました。ただ、今回の特集において上で説明したようなことはほとんど意味を持ち合わせていません。理由は2つあります。まずは宮沢賢治が使ったオノマトペの多くは既存のオノマトペの中にはない「創作オノマトペ」であったから、もう一つは、賢治はオノマトペを使うとき、役割や文法などといったことからは時に大きく逸脱していたからです。

     「かぷかぷ」笑う
     「すぱすぱ」歩く(『風の又三郎』)
     「つるつる」とした空(『なめとこ山の熊』)

     このように、賢治の作品には日本語の他の文脈からは考えられないような独創的なオノマトペの数々が登場します。これらのオノマトペを、賢治は一体どういう風に生み出しているのでしょうか。オノマトペの天才などと言われる彼ですから、何もないところから空想力で創作オノマトペをオノマトペを生み出している、とイメージされる方もいるかもしれません。しかし、実際はそうではありません。宮沢賢治は既存のオノマトペに様々な「法則」のもとで「アレンジ」を加えていたのです。


    このような賢治独特のオノマトペは全くの無から創作されたのではなく、その創作にも法則があり、慣習的オノマトペを何らかの形で利用して創作されたと考えられる。



     田守さんは、慣習的オノマトペと賢治のオノマトペを比較し、賢治が慣習的オノマトペにどのようなアレンジを加えていたのか、そこにある「法則」の存在を明らかにしていきます。私たちの耳になじんだおなじみのオノマトペが、少し手を加えるだけで全く違う響きをもった新しいオノマトペに生まれ変わる。オノマトペが変身していく様はまるで何かの「実験」でも見ているかのよう。そうなると、賢治の作品は様々な創作オノマトペが生み出される「ラボ」というところでしょうか。今回の特集のタイトルはそんなイメージから付けています。

     では、賢治が創作オノマトペを生み出していった法則とはどのようなものなのでしょうか。パネルで簡単に紹介したいと思います。

    スクリーンショット (25)

     全部で4つの法則がまとめられています。矢印の左側が慣習的オノマトペ、右側が賢治の創作オノマトペです。2つを見比べて、ニュアンスの違いなど、ぜひイメージしていただけたらと思います。

     まずは「別の音にチェンジ」。普通は足が「ぎくっと」鳴る、とするところを、賢治は足が「きくっと」鳴ると表現するのです(『フランドン農学校の豚』)。「ぎ」が「き」に変わって、印象はどう変化するでしょうか。「きくっと」鳴ると表現すると、ちょっと間が抜けたような、例えば自転車のタイヤがパンクした時のような印象を受けました。足が突然ふにゃっと曲がった様子がよく表現されているのかもしれません。

     こんな風に、賢治が創作オノマトペを生み出していった法則と、創作オノマトペによって得られる印象を考えていくと大変面白いです。まずは「音の挿入」から。「ぐにゃり」に撥音(ん)を挿入した「ぐんにゃり」(『土神ときつね』)は首を垂れる場面の描写ですが、よりがっかりしているような、体から力が抜けるようなさまが伝わってきます。右下の「音の反復」はどうでしょう。「くつくつ」が「くつくつくつ」(『水仙月の四日』)になっただけですが、これだけで場面が生き生きしてくるから不思議です。鍋の中にあるものがより激しくに立っている様子が目に浮かぶようです。全体的に言えることですが、まるで呼吸をしているような生き生きとした文に変化しています。

     私が一番面白いなと思ったのが左下の「音の入れ替え」でした。賢治の創作オノマトペの醍醐味とも言えるかもしれません。「こっそり」咲くではなく、「そっこり」咲く(『鹿踊りのはじまり』)・・・一見意味不明です。無意味に音を入れ替えて遊んでいるだけでは?と思われる方もあるいはいるかもしれません。私も最初は違和感しか覚えませんでしたが、この「そっこり」という表現は味わううちに旨味が出てくるのです。これは私の勝手なこじつけですが、「そっこり」は、「こっそり」と「もっこり」と「ほっこり」のニュアンスが組み合わさったようなイメージを覚えます。こっそりと、もっこり、そしてほっこり咲いているのです。単に音を入れ替えただけで、これだけの味わいが生まれることに驚かされます。

    天からの才能



     田守さんの本から4つの法則を紹介しました。せっかくですから、クラムボンが「かぷかぷ」笑うという『やまなし』の描写も考えてみようと思います。勘の良い方はすぐに気付かれると思いますが、これは「ぷかぷか」や「ぷくぷく」から生み出されたオノマトペであると推測されます。水中に泡が浮かぶ様子を、笑うという動作に見立てているのです。

     水中に浮かぶ泡から笑うという動作を連想する流れは比較的分かりやすいです。しかし、この箇所が単純に「ぷかぷか」笑うや「ぷくぷく」笑うだったらそんなに目を引く表現にはならなかったと思います。こういうところでさっと創作オノマトペを生み出す―。宮沢賢治の作品から受ける生き生きとした印象の生命線がここにあります。

     宮沢賢治のオノマトペの法則を紹介しましたが、賢治は上に書いたように理詰めでオノマトペを生み出していったわけではないと思います。賢治の作品を読んでいて思うのは、彼が「本当に見ている」「本当に聴いている」ということです。

     慣習的なオノマトペでも十分にイメージは伝えることが出来ますし、何の不足もありません。しかし、私は賢治の創作オノマトペを見るたびにはっとします。それに触れた後水面を見ると本当に泡は「かぷかぷ」浮かんでいるようですし、空を見上げると空が「つるつる」しているようです。「本当の様子を、ことばで見事につかまえている」、そんな印象があります。

     いうまでもなく、本当の様子をことばでつかまえるということは至難の技のはずです。そんな難しいことを、さらりとやってのけてしまう。その場その場の「本当の様子」にジャストミートするオノマトペを、まるで息を吐くように生み出してしまう。ことばにするとその時点で偽物になったような感覚をいつも抱いてしまう私にとって、賢治のこの才能は本当にうらやましいです。

     前編の今回は「実験編」ということで、宮沢賢治の創作オノマトペの法則を明らかにして、慣習的なオノマトペからの変化を見てみました。次回は「鑑賞編」として、賢治の創作オノマトペをよりたくさん、じっくりと見ていこうと思います。



    イーハトーヴ

    「宮沢賢治・イーハトーヴへの旅」 旅程表

     これまでの連載もぜひご覧ください。

     後編の「鑑賞編」は近日中にアップ予定です。
    宮沢賢治,



    •   23, 2016 00:31