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  • イーハトーヴ


     このコーナーでは、作家、宮沢賢治の作品や宮沢賢治について書かれた評伝を紹介しています。キーワードは「イーハトーヴ」です。

    (光村図書 「国語」小学6年より)


     「イーハートーヴ」とは、宮沢賢治が物語の舞台にした空想の世界のことです。実際の岩手県をモデルにしたと言われています。上に引用した素敵な地図は、畑山博さんが描かれたものです。宮沢賢治の物語の数々が、このイーハトーヴという地で展開していることがよく分かります。

     そんなイーハトーヴの世界を旅しながら、作品を味わい、現代社会にも通じるテーマを見つけていけたらなと思っています。宮沢賢治について書かれた評伝も紹介していきます。私自身、宮沢賢治についてはほとんど知識がない状態からのスタートです。たくさんの作品に触れていきたいと思います。




    #1 「やまなし」 (前編) ( 2015.3.29 )

    #2 「やまなし」 (後編) ( 2015.3.30 )

     記念すべき最初の作品は「やまなし」です。聞き覚えのある方が多いのではないでしょうか。小学校6年生の教科書に掲載されている作品です。やまなしの香りがただよってきそうな作品。宮沢賢治の卓越した感性を味わいました。

    #3 心を通い合わせて -評伝・宮沢賢治 ( 2015.3.31 )

     宮沢賢治について書かれた評伝、「イーハトーヴの夢」を紹介しました。「やまなし」とセットで教科書に掲載されています。宮沢賢治の生涯と作品に込められたメッセージについて、分かりやすく解説されていました。

    #4 「注文の多い料理店」 ( 2015.4.13 )

     代表作の1つ、「注文の多い料理店」です。読書感想文で読んだ、という方も多いかと思います。人間も動物も植物も命は平等、そんな賢治の思想が色濃く反映されています。

    #5 「宮沢賢治のちから」 ( 2015.4.22 )

     宮沢賢治について書かれた新書を取り上げました。私のような入門者向けの内容でしたね。宮沢賢治の作品を語る上で欠かせない3つのキーワード、という形でまとめてみました。

    #6 「どんぐりと山猫」 ( 2015.5.8 )

     今までとは打って変わってとても楽しいお話です。山猫からある「さいばん」に出てほしいと手紙をもらった一郎くん。山に行くと、そこには「どんぐり」がいて・・・!?争いの無益さを説いた短編です。

    #7 「セロ弾きのゴーシュ」 ( 2015.5.17  )

     人間が動物から「気付き」を得るお話。音楽をテーマにしており、宮沢賢治の研ぎ澄まされた感性が垣間見えるかっこうとの会話の場面にも注目しました。

    #8 「永訣の朝」 ( 2015.5.31 )

     初めて詩を扱いました。教科書にも掲載されている、「永訣の朝」という詩です。特徴的なリフレインやローマ字など、解釈が難しいですね。渾身の1行につながるまで、私なりに解釈してみました。

    #9 「からすの北斗七星」 ( 2015.6.17 )

     戦争をテーマにした作品は少ないそうです。からすが北斗七星にささげた祈りの内容とは?そして、賢治がそこに込めたメッセージは?美しい描写の数々が、物語の次元を高めます。

    #10 「北守兄弟と三人兄弟の医者」 ( 2015.7.4 )

     宮沢賢治のメッセージがシンプルに伝わってくるお話です。童話らしく、小気味よいテンポで進むストーリーも魅力的。ただ、漢詩をルーツにしているので、冒頭は少し読みにくさがあるかもしれません。

    #11  争いと競争のはなし ( 2015.7.21 )

     第6回で紹介した、「どんぐりと山猫」を再読してみます。専門家の方の解釈を参考にしながら、「健全な争い」と「醜い争い」について考えていきます。

    特別編 「注文の多い料理店」の読書感想文を書こう! ( 2015.8.11 )

     読書感想文関連で「注文の多い料理店」への検索が急増していることを受け、急きょ作った記事です。「注文の多い料理店」は第4回で読んでいますが、こちらの記事は読書感想文を意識した実践編です。

    #12 「ツェねずみ」 ( 2015.8.31 )

     性格が最悪のねずみが登場します。自業自得としか言えないような哀れな結末になっていますが、「ああ、こんな性格だと嫌われるんだな」という風に、教訓に捉えるのもいいと思います。

    #13 「いちょうの実」 ( 2015.9.28 )

     季節もすっかり秋になったころに。朝の冷たい空と共に描かれるいちょうの実たちの旅立ちの時―。美しい表現と共にお楽しみください。

    #14 「雪渡り」 ( 2015.12.06 )

     更新がすっかり滞っている間に、季節は秋を通り過ぎ、冬になりました。ということで、冬に読みたい一編を紹介します。きつねと人間が心を通い合わせる、温かくも少し皮肉の混じった佳編、『雪渡り』です。

    #15 「よだかの星」 ( 2015.12.27 )

     宮沢賢治が生涯にわたって問い続けた「自己犠牲」-。それがもっとも色濃く、儚く、そして美しく描き出された作品の1つがこの「よだかの星」だと思います。胸がかきむしられるような思いに耐えながら読んでいきます。

    #16 「黄いろのトマト」 ( 2016.1.17 )

     宮沢賢治の素晴らしい感性を、「色」の描写を通じて感じることのできる作品です。ガラス瓶の「茶」、深い海の「青」、そして燦然と輝きを放つトマトの「黄」。色とりどりの「イーハトーヴシアター」にご案内します。

    #17 「なめとこ山の熊」 ( 2016.2.22 )

     小川洋子さんのラジオをきっかけに選んでみました。第4回の「注文の多い料理店」とも絡めて読んでいます。資本主義への憎しみ。殺生への憎しみ。そんな憎しみまでもを美しさに昇華させる、宮沢賢治の真骨頂です。

    #18 宮沢賢治のオノマトペ・ラボ (2回シリーズ) スペシャル! ( 2016.3.23~ )

    コーナーの1周年を記念したスペシャル企画です。宮沢賢治の作品に登場する数々の「創作オノマトペ」に着目し、その秘密に迫ります。前編は「実験編」、後編は「鑑賞編」となっています。

    #19 『宮沢賢治の食卓』 魚乃目三太 ( 2017.4.16 )

     「食」にフォーカスして宮沢賢治の生涯を描いた素敵な漫画をご紹介します。温もりあふれる作者の絵で賢治の人間味ある部分に触れると、賢治のことがもっと好きになれるはずです。


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    •   01, 2015 17:13
  • イーハトーヴ


     宮沢賢治の特集をお送りしています。前回、前々回は教科書に掲載されている作品、「やまなし」を読みました。今回は、宮沢賢治とはどういう人だったのかをまとめたいと思います。

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     今回紹介する作品は、小説家の故・畑山博さんが宮沢賢治についてまとめた評伝、「イーハトーヴの夢」です。実はこの作品は、「やまなし」とセットになって教科書に掲載されています。宮沢賢治の生き方、思想、そういったものが大変分かりやすくまとめられた作品です。ぜひ、「やまなし」と照らし合わせて読んでいただきたいと思います。
    ※引用は全て「イーハトーヴの夢」からです。



    物語が生まれたわけ




     宮沢賢治は1896年、岩手県の花巻に生まれました。この年は多くの災害に見舞われた年だったそうです。三陸の大津波、洪水、大地震、伝染病・・・1年の間にこれだけのことが起こり、岩手県内だけでも5万人以上が亡くなったという大変な年でした。

     自身は裕福な家庭に生まれた賢治でしたが、自然災害は容赦なく農民たちを苦しめます。そんな光景を見て、賢治は大きな決断をしました。

    「なんとかして農作物の被害を少なくし、人々が安心して田端を耕せるようにできないものか。」賢治は必死で考えた。
    「そのために一生をささげたい。それにはまず、最新の農業技術を学ぶことだ」



     賢治は盛岡高等農林学校に入学します。学者になる道もありましたが、それを断り、25歳の冬に花巻の農学校の教師になりました。

     厳しい自然災害と、苦しい農作業。宮沢賢治の作品には、そんな困難から生まれた「あるメッセージ」が込められていました。畑山さんはこう書きます。

    暴れる自然に勝つためには、みんなで力を合わせなければいけない。力を合わせるには、たがいにやさしい心が通い合っていなければいけない。そのやさしさを人々に育ててもらうために、賢治は、たくさんの詩や童話を書いた。


     
     改めて、「やまなし」を読み返してみます。やまなしだけを読むと、水中の幻想的な様子、透明感のある美しい文章などに目がいきます。ですが、その背景に「自然の厳しさ」があったこと、そして心を通い合わせるというメッセージが込められていたことを含めて読み返すと、ずいぶん印象が変わります。

     幼いころから自然の厳しさを見せつけられてきた彼が、こんなに美しい物語を生み出したということに、私は思うところがありました。自然を恨み、憎んでも不思議ではありません。ですが、彼は受け入れました。それこそが「やさしさ」なのだろうか、と思います。

    イーハトーヴの夢



     宮沢賢治の物語は、「イーハトーヴ」という1つの世界の下で展開しています。イーハートーヴというのは彼が想像して作った地名なのですが、「岩手」をモチーフにしているというのが定説です。

     畑山さんは、宮沢賢治の物語の舞台を地図上にまとめ、イーハトーヴのパラレル地図を作りました。とても素敵な地図です。
    イーハトーヴの地図

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     「やまなし」の舞台となったのは、「イサドの町」の近くに流れている小さな川です(お父さんのかにが、イサドの町に行く、と言う場面がありました)。

     他にも、有名な作品に出てきた舞台がたくさん登場します。

     風の又三郎や、セロ弾きのゴーシュ、グスコーブドリの伝記・・・などなど。右下にある「種山・銀河鉄道駅」はもちろん「銀河鉄道の夜」ですね。

     このイーハトーヴでの物語を通じて、賢治が追い求めた理想がありました。

    賢治がイーハトーヴの物語を通して追い求めた理想。それは、人間がみんな人間らしい生き方ができる社会だ。それだけでなく、人間も動物も植物も、たがいに心が通じ合うような世界が、賢治の夢だった。一本の木にも、身を切られるときの痛みとか、日なたぼっこのここちよさとか、いかりとか、思い出とか、そういうものがきっとあるに違いない。賢治は、その木の心を自分のことのように思って、物語を書いた。



     やさしさや思いやりというのはよく言われることですが、それらが動物や植物にも向けられている、というのが注目すべき点です。優しく、思いやりを持って・・・というのは私も意識していることですが、正直それは「人間に対して」が精一杯です。

     せわしなく、窮屈な毎日は「優しさを削がれる」日々なのかもしれません。失われていく優しさを掘り起こす、宮沢賢治の物語にはそんな側面もあるのだと思います。動物や植物、それらにも目を向けることができるのは物語の魅力ではないでしょうか。

    悲しみの果てに



     下は有名な詩、「雨ニモマケズ」を書いた手帳です。厳しい自然に直面してきた、ということをもっともストレートに表現した作品ではないでしょうか。
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     宮沢賢治といえば、忘れてはいけないのは最愛の妹、トシとの別れですね。トシとの別れは作品に色濃く反映されています。この別れを描いた「永訣の朝」という詩があるのですが、私はあまりにも悲しすぎて、この詩を直視することができません。悲しい別れ、そんな言葉には到底収まることのない賢治の痛切な思いを感じることができます。

     自身も、病気と闘った末、37歳の若さでこの世を去りました。悲しみと苦しみが渦巻き続けた人生だったように思います。それでも、彼の中には変わらぬ「やさしさ」があった―その尊さを噛みしめます。

     宮沢賢治は、他の文学者とは全く次元の違う人です。他の文学者たちが難解なテーマに悶々とし、作品を通して懊悩していた間、宮沢賢治は独自に作り上げたイーハトーヴの世界で自然まで包括した優しさを求め続けていました。

     よく言われることですが、まさに天才というべきその感性自然との交感力の高さには特筆すべきところがあります。

     3回シリーズにしようと思っていたこのコーナーですが、今後も継続することにしました。イーハトーヴの世界にはまだまだ魅力的な場所がたくさんあるようです。そこに込められたメッセージは、現代社会が受け止めるべきものだと思っています。今後は定期的に宮沢賢治の作品を紹介していこうと思います。



    こちらもどうぞ

    「永訣の朝」 宮沢賢治
     本文中で触れた、妹トシとの別れを綴った詩です。これも教科書で読んだ気がします。最後の5行は一生忘れられないくらい印象に残っています。

    教科書への旅 #3 「やまなし」 宮沢賢治
     宮沢賢治について学んだあとで読み返すと、作品の印象が大きく変わることに驚かされます。
    宮沢賢治,



    •   31, 2015 18:47
  • イーハトーヴ

     ※この記事は「注文の多い料理店」の感想を書いたものですが、読書感想文を書くとしたらどのような視点になるかをまとめた別記事も用意しています。読書感想文関連の検索で来られた方は、ぜひそちらの記事を読んでみてください。

     →「注文の多い料理店」の読書感想文を書こう!

     
     宮沢賢治の作品を読んでいる特集コーナーです。「やまなし」を前後編で読んだ後、宮沢賢治の生涯について簡単に整理していました。今日は第4回目になります。小学生の読書感想文として読まれることも多いこの作品です。

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    宮沢 賢治

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     「注文の多い料理店」です。私も読書感想文を書いた記憶があります。あれから10年以上、あらためてこの作品を読み返してみます。



    あらすじ



     2人の若い紳士が、犬を連れて山に狩りにきていました。お腹が減った2人は、山奥で立派な西洋造りの家を見つけます。そこにはこんな看板がかかっていました。

     RESTAURANT WILDCATHOUSE (西洋料理店 山猫軒)

     戸には、「どなたもどうかお入りください」の文字が。お腹が減った二人は、喜んでレストランに入っていきます。「当軒は注文の多い料理店ですからどうかそこはご承知ください」こんな注意書きがありました。注文が多いとは、山の中にあるのに随分流行っている店なのだな、と2人は期待して扉を開けたのですが・・・

    「注文の多い料理店」の感想



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     子どものときは、調子に乗っている2人の男が懲らしめられる、いわゆる「勧善懲悪モノ」として楽しんでいたと思います。ですが、前回見ていた宮沢賢治の思想的な面も考慮に入れると、違った見方ができそうです。

     ストーリーの方はあまりにも有名なので、ネタバレをしても大丈夫かと思います。「注文の多い」とは、客が店にする料理の注文ではなく、店側が客に出す注文のことでした。2人の男は指示に従って店の奥に進んでいくのですが、その指示がおかしなものだということに勘付きます。「体にクリームを」「体に塩を」・・・2人は店の奥にいた山猫に食べられようとしていたのでした。絶体絶命というところで、2人は連れていた犬に救われます。

     最初に目につくのは、2人の「紳士」という設定。それに、その紳士が繰り広げる会話の場面です。

    「ぜんたい、ここらの山は怪(け)しからんね。鳥も獣も一疋(ひき)も居やがらん。なんでも構わないから、早くタンタアーンと、やって見たいもんだなあ。」
    「鹿の黄いろな横っ腹なんぞに、二三発お見舞いもうしたら、ずいぶん痛快だろうねえ。くるくるまわって、それからどたっと倒れるだろうねえ。」


     2人が動物の命を軽視している、ということが分かります。前回見たように、宮沢賢治というのは、人間も、動物も、植物も、命はみな平等という価値観を強く持った人です。ということは、2人は宮沢賢治にとって「罰を受けるべき人間」「忌まわしい存在」ということになります。楽しい勧善懲悪モノとしてももちろん読めるのですが、作者が自分が嫌悪する存在を主人公にして、そこに制裁を加えるという形の作品といえそうです。

     「紳士」ということばが私はすごく気になります。山奥に狩りにやってくる人たちにしては、ちょっと場違いな気がしませんか?「狩人」でもよかったですし、「村人」でもよかったのです。「紳士」ということばを選んだのも作者からのメッセージと捉えると、これはこれで興味深いです。

     二人の若い紳士が、すっかりイギリスの兵隊のかたちをして・・・

     冒頭文はこう始まります。何気ない個所ですが、宮沢賢治が主人公たちに制裁を加えていた・・・と考えると、ここには「西洋への嫌悪感」が含まれているのでしょうか(そういえば、作品の中ではレストランは「西洋料理店」と訳されています。西洋は明らかに意識されていますね)。紳士、というどちらかと言えば裕福な階級の2人を主人公にしたのも、そういった裕福な人々に対する嫌悪感があったのかもしれません。

     問題は、なぜ宮沢賢治が裕福な人々を嫌悪していたか、ということですね。これは、話を進めていくとなんとなく見えてきます。

    「壺の中のクリームを、顔や手足にすっかり塗ってください」
    みるとたしかに壺の中のものは牛乳のクリームでした。
    「クリームを塗れというのはどういうんだ。」
    「これはね、外が非常に寒いだろう。室(へや)の中があんまり暖いとひびがきれるから、その予防なんだ。・・・」


     
     「おかしいと思えよ!」と突っ込みを入れたくなる箇所ですね。明らかにおかしいのに、2人が気付かずにとんちんかんなことを言っている、というのはこの物語の面白味で、子どものときは面白おかしく読めました。

     ただ、今ここに感じるのは、2人にあまりにも想像力が欠如している、ということです(また出ました、想像力!)。食べられようとしているのに、まんまと騙されて、明らかにおかしい指示に立ち止まることもなく店の奥に進んでいます。

     冒頭の部分も、想像力の欠如に置き換えることができます。2人の軽率な会話からは、動物の命を奪うという行為に対する自覚が感じられません。

     そんなことを考えながらこの話をまとめると、この話はこんな構成になっています。

    動物の命の重さを感じることのできない、想像力に欠けた2人

    おかしな指示に違和感も覚えず、店の奥に進む想像力に欠けた2人

    こっぴどい目にあう

    自分たちが食べられそうになることで、命の重みを知る


     
     ちょっと説教臭くなってしまいましたが、子ども向けの短いお話にこれだけのメッセージが込められています。最後に2人を救うのは犬、というのも印象的です。人間はどうしても傲慢になってしまい、動物の命を軽んじてしまいますが、最後はそんな動物に命を救われます。「命の重さは人間も動物も平等」というメッセージが伝わります。

     再読して初めて気付いたのですが、この物語の最後がかなり印象的です。

    しかし、さっき一ぺん紙くずのようになった二人の顔だけは、東京に帰っても、お湯にはいっても、もうもとのとおりになおりませんでした。



     2人をひどい目に遭わせただけでなく、二度と消えることのない傷跡を残したという結末です。改めて読むと、なんて怖い話なのでしょう。この結末はいろいろと解釈できそうです。私は、「他人の痛みを理解することができないのなら、忘れることがないように一生傷にして残しておけ」という強い主張なのかな、と思いました。



    イーハトーヴ

    心を通い合わせて―評伝・宮沢賢治
     宮沢賢治の生き方と思想について、簡単にまとめています。

     青空文庫でも宮沢賢治の作品はたくさん読まれているようです。先月のランキングを見ると、「雨ニモマケズ」が2位、「銀河鉄道の夜」が7位、そして今日紹介した「注文の多い料理店」が14位、先日紹介した「やまなし」が18位と20位以内に4作品も入っていました(ただ、上には上がいて、夏目漱石は20位以内に5作品です!)。
    宮沢賢治,



    •   13, 2015 21:40

  •  ブログ開始から100日が経過しました!訪問者も、区切りよく今日で2000人に到達です。最初は常連さんのアクセスがほとんどだったのですが、最近は検索でアクセスされることが多く、全体の半分が検索によるアクセスです。もちろん、常連の方もいつもありがとうございます!変わらず感謝しております。

     先月からやっているのが、宮沢賢治の特集「イーハトーヴへの旅」です。教科書の作品、「やまなし」を読んだとき、もっと宮沢賢治の作品に触れたいと思って始めたものでした。名前は聞いたことがあるけど読んだことがない・・・そんな作品ばかりでした。このコーナーではたくさんの作品に触れていきたいと思います。

     宮沢賢治の作品だけでなく、宮沢賢治について書かれた本も紹介していきます。第5回目の今日は、こちらの本を参考に、宮沢賢治についてまとめてみたいと思います。

    新書で入門 宮沢賢治のちから (新潮新書)
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     大事なキーワードを選んでみました。キーワードごとにまとめてみたいと思います。



    その1 自己犠牲

     これまでも触れたかもしれませんが、「自己犠牲」は宮沢賢治の作品において重要なキーワードです。自己犠牲とは、自分を削ってまで他者に尽くすことをいいます。この本でも、賢治の自己犠牲について触れられていました。

    賢治の作品において、贅沢な食べ物を口にするものは、必ずと言っていいほど悲惨な結末が用意されている。(中略)こうした物語を書くことで、賢治は自らを断罪していたのだろうか。日々の糧にも困る農民たちにとっては夢のようなこれらのご馳走を、賢治は実際に食べることができる立場にあったのだから。



     宮沢賢治は地元花巻の名門一家に生まれました。恵まれ、裕福な環境です。しかし、恵まれた環境のもとに生まれながら、賢治の隣には常に「厳しい農村の姿」がありました。自分が食べるものに困らない中で、すぐ近くには、食べるものがなく、飢えに苦しんでいる人がいる・・・。そんな環境で培われていったのが、「自己犠牲」の精神です。

     小さい頃読んだ宮沢賢治の伝記漫画で、すごく記憶に残っている絵があります。豪華なご飯を前に、子供のころの賢治が張り裂けそうな顔をしているシーンです。「自分だけこんなに恵まれていてよいのだろうか」・・・そういった葛藤だと思います。

     今の日本人にも、少し共感できる部分はあるでしょうか。世界で貧困に苦しむ子供の姿を見た時、「日本人だけこんなに恵まれていていいのか」と思うことがあります。そういう気持ちは多くの人が持つのかもしれませんが、宮沢賢治の場合は、その自己犠牲の精神が徹底的に追求されていました。

    おまへがたべるこのふたわんのゆきに
    わたくしはいまこころからいのる
    どうかこれが天上のアイスクリームになって
    おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに
    わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ



     教科書に載っていた「永訣の朝」という詩です。最愛の妹トシの死に際して作った詩なのですが、この最後の部分は圧巻です。妹の死は、最後に世界中に押し広げられます。「おまえと、世界のみんなに幸せをもたらしてくれるように」、それを、賢治は「わたくしのすべてのさいはひをかけて」願っています。自分などどうなってもいい、皆に幸せをもたらしてほしい。この徹底した自己犠牲の精神が、読むものの心を打ちます。特に日本人は、共感できる部分が多いのではないでしょうか。

    その2 共感覚

     これは初めて聞く言葉でした。筆者が引用したのは、代表作「銀河鉄道の夜」で、ジョバンニとカムパネルラが「プリシオン海岸」の白い岩の上を銀河鉄道に向かって走る場面です。森の中からきれいな音色が聞こえてくるのですが・・・

    だまってその譜を聞いていると、そこらいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白な蝋のような露が太陽の面をかすめて行くように思はれました。



     音色を聞きながら、景色が見える。聴覚と視覚が同時に働いている状態ですね。こういった感覚の超越を、「共感覚」というそうです。1つの刺激に2つ以上の期間が反応し、感覚が混合してしまうのだとか。

     小説を読んでいたらそういう描写がよく出てくると思います。ですが、私はそれは一種の演出だと思っていました。自分が共感覚を経験したことはおそらくないですし、こういうのは小説によくある描写なのだ・・・と。

     そうではなく、おそらく本当に感覚を超越していたのが宮沢賢治という人だと思います。ただの演出ではないことは、先日読んだ「やまなし」を思い返せばすぐに分かります。きっと、私たちには見えないものが見えて、私たちには聞こえないものが聞こえて・・・そんな感覚の超越が、幻想的な物語世界を作るのだと思います。

     共感覚の例として、もう1つあげられているのが「黄いろのトマト」という作品。この作品でどんな感覚が融合しているのかというと・・・。

    まるでまるでいい音なんだ。切れ切れになって飛んでは来るけれど、まるですずらんやヘリオトロープのいいかをりさへするんだらう、その音がだよ。


     「聴覚」と「嗅覚」の融合ですね。本当に音と匂いを同時に感じていたのでしょうか。体験してみたくなります。

    その3 「ほんたう」の探究者

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     宮沢賢治は教師を務めている間にもっと大きなものを目指していたと分析する筆者。その、もっと大きなものとは?

    それまでにも賢治は、「ほんたう」や「まこと」を強く意識し、とくに童話作品のいたるところにこれらの言葉をちりばめてきた。



     前回読んだ「注文の多い料理店」の冒頭にも、「ほんたうのたべもの」とありました。ほかの作品にも「ほんとう」はかなり意識されているようです。先ほど紹介した、「銀河鉄道の夜」の冒頭文も、

    「ではみなさんは、そういうふうに川だと云いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」

    と、やはり「ほんとう」が出てきます。

     「銀河鉄道の夜」で何度も「ほんとう」に言及されていることを指摘する筆者。しかし、賢治がそこにたどりつくことはなかったと言います。

    同作で賢治は、「ほんたうのさいはひは一体何だらう」というジョバンニの問いかけに対して、カムルパネラに「わからない」と答えさせている。(中略)彼は、終生「ほんたう」へたどり着くことができなかったのである。「ほんたう」へ行きつくための「迷いの跡」こそが、彼の歩んだ道であった。


     私たちも、「ほんとう」とは何なのか、それは全く分かっていません。しかし、分かっていないことをたいして意識もせず、当たり前のように受け流しているのだと思います。

     しかし、賢治の場合そうはいきません。先ほども書いたように、人には見えないものが見え、聞こえないものが聞こえ・・・という超越した感覚の持ち主でした。宗教の信仰や、妹トシとの別れもあります。そう考えると、彼が追い求めてきた「ほんとう」は、私たちが想像しているよりもずっと深く、遠いところにあったのではないでしょうか。

     最後のほうに、こんなことが書かれていました。確かにそうだよなあ、と思わせられたのです。

    賢治の原作を読んだことがなくても、宇宙を走る汽車のビジュアル・イメージに接したことのない日本人はいあにのではないか。


     そうだと思います。よく言われますが、宮沢賢治の作品は日本人の思想の深くに根付いています。日本人ならだれでも銀河を走る汽車の姿を浮かべることができる、というのはよく考えればすごいことです。どうして日本人全員の認識に根付いているのか。そして、何が根付いているのか。「イーハトーヴの旅」は次回以降に続きます!



    こちらもどうぞ

    「注文の多い料理店」 宮沢賢治
    前回はこの作品を読みました。「食べ物」に対する賢治の思いをふまえて読むと、印象が変わります。

    次回予告
     「セロ弾きのゴーシュ」を読む予定です。予定は変更するかもしれません。
     ※「銀河鉄道の夜」はこのコーナーの一番最後、とっておきとして扱おうと思います。
    宮沢賢治,



    •   22, 2015 23:40
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