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 筒井康隆さんの「旅のラゴス」という小説を紹介します。今、この本が謎のブームを呼んでいます。これまで年間3000~4000部ほどだった売り上げが、なんと1年間で10万部を超える大増刷となったそうです。本当に圧倒される作品です。今日は通常の2倍となる、約6000字のボリュームでこの作品の魅力に徹底的に迫ります。

旅のラゴス (新潮文庫)
筒井 康隆
新潮社
売り上げランキング: 257


 本屋さんの文庫本コーナーによく行かれる方は、かなりこの本を目にすることが多いのではないでしょうか。30年近く前に発表されたこの作品が、今になってもこれほどまでに売れている―たしかに「謎のブーム」です。その秘密は読めばわかります。1にも2にも、「作品の力」が生んでいるヒットだと思います。



謎のヒットの秘密は?


 「旅のラゴス」は筒井康隆さんの小説です。1986年に発表され、新潮文庫版は1994年に刊行されました。発表からもうすぐ30年、文庫本の刊行からも20年以上が経つ作品です。

 もともと安定した売り上げを記録していたそうですが、この最近の売れ方は群を抜いているそうです。1年間で10万部以上が増刷と、異例の売り上げとなっています。発行元の新潮社も、原因はよく分かっていないそうです。

テレビで有名人が紹介したわけでも、新聞に大きな書評が掲載されたわけでもありません。特別なきっかけに思い当たるものはないのです。ただ、インターネットで検索してみると、いつしか「面白かった小説」といったテーマの「まとめサイト」でよく見かけるようになりました。たくさん平積みしてくれる書店さんも増えました。

謎のヒットに注目集まる 筒井康隆『旅のラゴス』が売れています!

 ここに書かれているように、「ネット」と「書店」、そして「口コミ」の力がヒットの要因になっていると私は思います。ネットでのこの本の評判は大変高いです。「おすすめ本5冊」「人生を変えた10冊」などといった類のサイトには、かなりの割合でこの本が含まれています。まるでこの本を紹介することが暗黙の了解にでもなっているような、そんな勢いです。

 書店でも、かなり大きく扱われています。この本がどんな扱いをされているか調べるために、家の近くにある書店を5店回ってみました。なんと5店とも、平積み&ポップ付きでした。「こんな本を待っていた!」「旅をしたくなる1冊」「あなたも、主人公と一緒に旅をしませんか?」・・・書店員さんたちの熱い思いが伝わってくるポップとともに、大きく取り扱われています。

 口コミの効果もあると思います。この本をすすめる人を何人も見たことがありますし、アマゾンのレビューや読書メーター、各種SNSでも軒並み高評価です。これだけ多方面からプッシュされていれば、10万部の増刷も不思議ではないと思います。

 本屋さんで、様々なベストセラー作品と共にこの作品が並んでいるのは何だか不思議な光景です。本屋大賞を取ったわけでもなければ、直木賞や芥川賞を取ったわけでもない。ドラマ化、映画化されたわけでもなければ、作品に驚きのオチがあるわけでもない。平積みされている本の中で、異質な光を放っています。冒頭にも書いたように、「作品の力」1本で売れている本です。

 最初からハードルを思いきり上げてしまいましたが、大丈夫でしょうか。私は大丈夫だと思っています。どれだけハードルを上げても、この作品が軽く飛び越えていきそうな気がしてなりません。

想像を突き詰めていく



 もちろん、作品の好みがあるので、全ての人に受け入れられる本ではありません。ですが、「骨のある読書をしたい」「作品の世界にどっぷりと浸りたい」といった思いを持っておられる方には、自信を持っておすすめできる本です。これは私の感覚ですが、「血液が沸騰するような面白さ」があります。半年に1回は再読したくなるような魅力があります。

 この作品の世界では、人々が高度な文明を失った代わりに「超能力」を獲得します。そんな世界で、主人公のラゴスはひたすらに旅を続けます。1人の男の、生涯をかけた旅です。冒頭の設定を受け入れられるかで分かれそうですが、もし作品に入っていけたら、もう最後までページをめくる手が止まらなくなるでしょう。

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 最初の話は「集団転移」というタイトルです。何の説明もなく、物語はいきなり始まります。主人公のラゴスはそれが当たり前とでも言わんばかりに旅の道中にいます。タイトル通り、ここで登場するのが「集団転移」です。

数人以上の者の精神力の集合で一瞬のうちに異空間を越え別の場所に移動することを、都会の者はトリップと言っているが一族の者は転移と呼んでいるらしい。単独で行うには大変な精神力が必要で、成功例はおれの聞く限り二、三にとどまるが、四人以上のトリップであればおれもすでに十数回参加している。



 そして、その「転移」に必要なのが「想像力」です。転移をする先の地のことを必死で思い浮かべます。もし想像力が足りず、貧弱な想像をしてしまうと転移は失敗するのです。想像が固定されないように、人々は必死で己の想像力を高めます。失敗すると、転移した先で異物と融合し、「原子爆発」が起きてしまうのです。

ますますまずい。想像力は固定してしまってはいけないのだ。特に想像力の貧困な者が行く先の描写をしたりしてはより想像力の優れた者を貧弱な描写の枠内に閉じ込めることにもなり、だいいちにしらけてしまう。(中略)想像の内容は各個人ごとに異るのであり、各個人がそれぞれの思い入れによって想像した方が飛翔力はより強まるのである。


 この時点でまだ14ページなのですが、もうすでに好き嫌いが分かれそうな場面です。意味が分からない、という人と、のめり込んでいく人の2種類に分かれていきそうです。私は後者でした。全ての予定を後回しにして、この本を読み切ることに決めました。

 想像力、というのはそれがあるかないかによって読書の面白さを大きく変える、魔法のスパイスのようなものだと思います。この作品の冒頭本当に贅沢です。想像力のスパイスにそそられます。想像することによってテレポートをする、失敗すると原子爆発をしてしまう―すごい設定です。自分の中にある「想像力」のバロメーターが急上昇して、いきなり限界を超えてしまったような感覚があります。

壁抜けのすごみ



 いきなりすごい設定で始まった最初の短編が終わると、ラゴスの旅が本格的に始まります。本当にいろいろなことがあります。読み終えた後の充実感、濃密感がここまでの小説はなかなかありません。

 私と同じように「想像力」というワードに心を掴まれた人がいたとしたら、必ず印象に残っている話があると思います。3つ目の話、「壁抜け芸人」です。なにしろ、想像力を高めることで壁をすり抜けようとする人間が出てくるのですから・・・。

 例えば、壁の向こうにおいしい食べ物があると想像します。想像力を高めるために、徹底的な空腹状態になるのです。その上で、壁の向こうに食べ物がある、食べたい、食べたい・・・という欲望によって、壁をすり抜けるというのです。

 壁抜けのスキルが高まると、欲望ではなく、想像力で壁を抜けることができるようになるそうで・・・

「女だよ、女。壁の向こうにゃ凄え美人が寝ている。つまり欲望というより、こうなってくるともう想像力だな。なまなましい想像力だ」



 本当に「なまなましい想像力」です。心の中で様々な想像や妄想をしてしまうことは誰にでもあると思います。でも、その想像力によって「壁を抜ける」という想像はできるでしょうか?目の前に壁があったら、ぜひ見つめてみてください。「想像することにより、この壁をすり抜けられるのだろうか・・・」、実際はできないかもしれませんが、ワクワクするものがありませんか?

 このあたりにくると、ワクワクは止まりません。冒頭で限界を突破した想像力が、勢いをとどめることなくどんどん高まっていきます。私はすごい顔と姿勢でこのあたりを読んでいたことだろうと思います。

 そして、この「壁抜け芸人」という話はなかなかショッキングな終わり方をします。最大限に想像力を高めていましたが、それでも期待を裏切らないものでした。

壁からは彼の顔の顔面の中央部、即ちそれは額と眼と鼻と口、それに両頬の一部が突き出ていた。彼は口を開きなかば目を見開いていた。その下方から突き出た両手の指は苦しげに内側へ折り曲げられていた。



 なんと、壁抜けに失敗して、壁にのめり込んでしまったのです。集中して読んでいたので、この部分も想像してしまいました。壁に食い込んでしまった人間・・・本当にすごい小説です。どうして彼が壁抜けに失敗してしまったのかは、実際に読んで確かめていただきたいと思います。

果てしなく長い旅



夢中になって一気に本を読み終えた時、ある数字が目に入ります。心底びっくりしました。目に入ってきた数字は「251」、この本のページ数です。

 文庫本で251ページですから、作品としては普通か少し短いボリュームです。読むのにかかった時間も3時間以内でした。それなのに、すごく長い時間が経ったような気がしたのです。今まで読んだどんな長編よりも長さを感じました。251ページという本なのに、これは不思議なことです。

 時間が長く感じた、空間が歪んでいるように感じた―この本の感想で、こんな言葉がよく見られます。読後感はまさにその通りなのです。それほど作品に没入してしまうのだと思います。そして、1冊の本の中で様々なことが起こるので、その分長さを感じる、というのもあるでしょう。

 「旅をした気分になります」「主人公と一緒に旅をしませんか?」というこの本の売り文句は、決してそれっぽい比喩ではありません。「実感」です。

 ラゴスの旅は波瀾万丈です。二度も捕えられ、奴隷として働かせられたり、不思議な超能力を持つ人々と出会ったり、国王になってくれと言われたり・・・。後半になると、ラゴスは狂ったように多くの書物を読みます。いくつもの出会いと別れ、そして再会があります。そして、ようやく作品が終わりに近づき、旅も終わるのかと思った矢先、ラゴスはすぐさま「次の旅」に出るのです。

 まるで、同じ場所にとどまっていることは罪である、とでも言わんばかりに。

なぜ、旅にこだわる?



 「銀鉱」という話で、ラゴスは奴隷として連れて行かれます。しかし、彼はラウラという女性と出会いました。7年間もともに暮らした2人は、何も言わなくても互いの気持ちが分かるくらい心を通わせます。2人で結婚して、幸せに暮らしていこう―そんな風になりかけたとき、ラゴスは口を開きます。

 「もっと南へ、ひとりで旅を続けなければいけない」-。

 少し、唖然としてしまう場面です。ライラは必死に引き止めますが、彼は「だめだ」と強く言って、再び旅に出ます。7年間も連れ添った、大事な人を置いて。なぜ、そこまでして旅を続ける必要があるのでしょうか。

 彼が旅を理由は、彼のセリフのはしばしで、少しずつ語られていきます。

「旅をすることがおれの人生に与えられた役目なんだ。それを放棄することはできないんだよ」


 彼は、旅をすることが自分に与えられた役目なのだ、と言います。もう少し、彼の発言を追ってみます。

かくも厖大(ぼうだい)な歴史の時間に比べればおれの一生の時間など焦ろうが怠けようがどうせ微々たるものに過ぎないことが、おれにはわかってきたからである。人間はただ一生のうち、自分に最も適していて最もやりたいと思うことに可能な限りの時間を充てさえすればそれでいい筈だ。


そして、決定的なのは終盤に出てくるこの場面です。

旅をすることによって人生というもうひとつの旅がはっきりと見えはじめ、そこより立ち去る時期が自覚できるようになったのであろうか。



 彼が旅に託す思いが、だんだんと見えてきました。

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 人間は、人生において「安住」を求めようとします。就職して、結婚して、一軒家に住んで・・・。全ての人がそれを望むわけではありませんが、多くの人は望みます。安定した人生を送るために、基盤となる居場所を求めるのです。

 ラゴスの生き方は、それと全く逆です。彼は決して1つの場所に安住しようとしません。心を通わせた女性を捨ててまで、彼は「旅」をする人生を選びます。そして、多くの読者がそれに惹かれます。どうして、読者はこの小説に夢中になるのでしょうか。

 旅は、人間のルーツだから。私はそう思います。

 ここでいう「旅」とは、単なる旅行ではありません。もう少し抽象的なものを考えています。知らない人と出会うこと、知らないものに触れること、知らない場所に行くこと・・・たとえ現実では実践できなくても、人間が心の奥でそれらを望んでいるから、こんなにもこの小説は輝きます。そして、それらはすべて、「生きる喜び」につながっています。

 旅をすることにより、人間は「生きる喜び」という人間の原点に帰っていくのです。

求め続けて



物語の後半、ラゴスは狂ったように書物を読み漁ります。そこにある魅力に気付くのです。

さらに人間を見る眼や世界観、さらに人生観は二転、三転した。目まぐるしいほどの視野の移動と拡大があり、わたしの思考力、特に認識力は翻弄された。巨大な奔流が次つぎとわたしに襲いかかってきた。時おり読むことを中断しない限り精神が際限なく危険な状態に近づくのを避けることができなかった。



 小説、哲学、歴史、科学技術、病理学・・・彼は様々な書物を求め続けます。読書にのめり込んでたった時間は、なんと15年。彼は読書で得たものを丹念に、紙にまとめていきました。

 彼の学問の神髄が詰まった紙は、奴隷商人により、山の上からばらまかれてしまいました。15年間築いてきたものが、一瞬にして消え去るのです(こういう展開にも、この小説の面白さがあります。こんなことばっかりです)。

 大切な紙は山の下にばらまかれてしまいましたが、彼が学んで、心に刻んだことまで消し去ることはできませんでした。ばらまかれていく紙を見ながら、彼はあることを悟ります。それは、私が人生の座右の銘にしたいような、大切なメッセージでした。個人的にはこの作品のハイライトです。

 単に、男が旅を続ける小説です。本当にそれだけなのです。しかし、1冊読んだときにそれがいかにかけがえのないことかに気付きます。ラゴスという男は、常に前を向いて、足を前に出し続けている。圧倒されるでしょう。

 ちょっと大げさかな、とも思ったのですが、この作品のレビューをしめくくるとしたら、こんな言葉がいいと思います。

 この本には、人生の全てが詰まっている―。

◆殿堂入り決定!

「最果ての図書館」は『旅のラゴス』を「ゴールド」に認定しました。おめでとうございます!



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小説, 筒井康隆,



  •   13, 2015 23:40
  •  日が落ちて夜になった時、「家に帰らなくちゃ」と本能的に思います。小さいころから変わらないことです。昔は本気で「お化け」を怖がっていました。夜になる前に家に入らなければ大変なことになる、真剣にそう思っていた気がします。

     さすがにもうお化けを怖がる年齢ではありませんし、今は夜の街もすっかり明るくなってしまいました。しかし、夜がやってきた時の心のざわめきは、かすかとはいえ、今もたしかに残っています。



     森見登美彦さんの 「夜行」は、私の中にあったかすかな本能を呼び覚ますような小説でした。実に素晴らしい作品です。解釈は人の数だけあれど、誰もが、これまでしたことのない体験のできる作品だと思います。

     「非日常」は、小説のもっとも大きな魅力です。そして、「非日常」に案内するには、実に様々なアプローチがあります。この作品は、そんな非日常への誘いを、ある意味曖昧に、そして別の意味では鮮やかに、見事にやってみせています。



    内容紹介



    ファンタジー

    の夜は、どこに通じているのでしょう-

     学生時代に英会話サークルに通っていた5人が、10年ぶりに集い、鞍馬の火祭を見物しにいくことになります。久しぶりに会ったのに、全くそんな感じのしない面々。気のおけない仲間でした。

     しかし、そこには本来、もう1人の女性がいるはずでした。その名は長谷川さん。彼女は、10年前、ちょうど同じ火祭りの夜、忽然と姿を消したのでした。

     学生時代を思い返して歩いていた主人公の大橋は、ある女性の姿が画廊に入っていく姿を見ました。懐かしいと感じたその女性の横顔は、長谷川さんにそっくりだったのです。これは幻覚だ-彼はそう自分に言い聞かせます。

     女性を追って画廊に入った大橋は、そこで岸田道生という画家の銅版画を目にします。タイトルは「夜行 -鞍馬」。それは、全部で48ある「夜行」という作品群の1つだったのです。

     その夜、一行は近くの宿に泊まります。気の置けない仲間たちは、やがて、それぞれの「旅」の思い出をおもむろに話し出します。それは、大橋が見た「夜行」という絵と、そして行方不明になった長谷川さんを共通項に紡がれる、奇妙な記憶たちでした-。

    書評



    書評

    ◆ 暗がりから広がる

     森見さんの本を読むのは2年ぶりくらいだと思います。時間は空いてしまいましたが、好きな作家さんの一人です。主に京都を舞台に繰り広げられる、狂おしいほど愛しい日々や幻想的な物語。高校生の時にある作品を読んだときは、「京都での大学生活」に心底憧れたものでした。

     今回も楽しみに読み始めたのですが、「いつもの森見さん」を想像していた私は大きく驚かされることになります。それはいい意味で、です。久しぶりに読んだ森見さんですが、驚くほどよかった。今までの森見さんのよさは存分に発揮されているのですが、それに加えて抜群の構成力、絶妙な余韻、残像、深層に入り込む人物描写、などなど、とにかくすべてが驚くくらい高い水準にあります。

     作家として、森見さんは階段を一気に何段駆け上がられたのでしょうか。大ヒット作品だとは知っていましたし、高い期待もしていましたが、とにかく全てが想像以上のクオリティー。私はこれ以上ないくらい幸せな気持ちになりました。

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     夜になるとざわざわする-最初にそう書きました。たぶんそれは、暗闇の中で見えないものを想像してしまうからではないか、と私は思います。暗がりに包まれた時、見えない空間にある得体の知れない何か。もしかしたら何もないのかもしれませんが、「何かあるかもしれない」と思えば思うほど、それは暗がりの中で姿を大きくします。

     作品の登場人物たちは、それぞれの「旅」を振り返ります。みな、無事に帰ってくることができました。しかし、それぞれが拭い去ることのできない奇妙な体験をしていました。「夜行」という絵画の作品群、そしていなくなった「長谷川さん」が記憶をつなぎます。

    旅というのは密室のようなものだと最初に僕は言いました。

    (・・・)とはいえ、いつの間にか何かが僕の手に負えなくなっているようでした。僕らの閉じ込められている密室が薄暗くなってきて、その隅の暗がりで何が起こっているのか、見えにくくなってきたように感じられます。



     「旅」とはつまり、「非日常」へ出かけて行くということでもあります。大げさな言い方をすれば、「異世界への扉を開く」ということ。行ったことのない土地に行くと、新鮮でワクワクします。しかし、それと同時に、一抹の不安も心によぎらないでしょうか。ちゃんと、帰ってこれるのだろうか、と。この作品は、そんな小さな「暗がり」を、実に上手く広げています。

    うまく理由は言えませんが、何かとても大事なことを見落としているように思えたのです。



    前夜からの出来事が切れ切れに脳裏に浮かんでは消えていきます。何かそこに脈絡があることは分かっているのに、今の自分にはどうしてもそれを掴むことができないのです。



     こんな描写が、何度も出てきます。そう、彼らの語る旅の記憶は、とても曖昧で、輪郭が見えてこないのです。

     彼らはそれぞれが奇妙な体験をしました。 いたはずの人がいないこと。あるいは、いないはずの人がいること。「夜行」の作品は、彼らの心を揺さぶります。そして、いなくなった長谷川さんが彼らの頭をよぎります。

     「誰が誰なのか」、それすら見えなくなるのです。私も、1回読んだだけでは分からないことが多すぎます。しかし、そんな曖昧さ、輪郭のなさはこの作品の欠点ではなく、「魅力」です。矛盾しているような言い方になりますが、この描き方は曖昧でありながらある意味とても「鮮やか」です。

     「非日常」というものを、これほど曖昧に、それでいて幻想的に描き出せる作品はなかなかありません。余韻や残響、そういったものまで全て、絶妙なバランスで調合されている。万華鏡をくるくると回しているような、そんな体験でした。ちょっと不気味ではあるのだけれど、断片が組み合わさって模様ができた時、はっと心を奪われるのです。

    たとえば子どもの頃、午後にうたた寝などをして、唐突に目が覚めたときのような感じでした。家がよそよそしく感じられて、家族の姿はどこにも見えない。自分が今どこにいるのか誰も教えてくれない。何か大事な出来事が進んでいるのに自分だけが置いてけぼりになっている。そんな感覚に似ているんです。



     なんて上手い例えだろう、と思いました。そうです。うたた寝から覚めた時のあの感じです。一瞬、昼か夜かも分からなくなる。ここはどこか。一体どれだけ寝ていたのだろうか。・・・脳が目覚めるまでには、そんな混乱がありますよね。

     この作品には、なかなか「目覚め」「夜明け」が見えてきません。自分は夢の中にいるのか。夢から醒めたようだけど、これは「夢から醒めた夢」ではないのか。暗がりの中で、疑心暗鬼になりながら手を伸ばします。

    ◆ 隣にいる人の夜

     作品の終盤には、意外な展開が待っているでしょう。シンプルに解釈するなら、2つの世界、パラレルワールドということになるのでしょうか。しかし、ゆっくりと終盤を読み返してみると、そうではないような気もしてきました。こんな一節が出てきます。

    ふいに僕は妙な気分になりました。真夜中の世界に宙づりにされるような感覚に襲われたのです。そんなにも夜が深く、広く感じられたのは初めてのことでした。今こうして自分が夜をさまよっているとき、どんなにも遠い街も同じ夜の闇に包まれて、膨大な数の人々がそれぞれの夢を結んでいる。この永遠の夜こそが世界の本当の姿なんじゃないだろうか。



     作品でずっと語られてきたのは、主人公の大橋がいた世界。作品の終盤のほうで明かされる、もう1つの世界。・・・だけではなかったのではないでしょうか。「膨大な数の人々が『それぞれの夢』を結んでいる」というのですから。

     深みにもぐってみたところで、少し恐ろしいことを思います。

     自分の隣にいる人が、自分と同じ景色を見ているかは分からない
     自分の隣にいる人が、自分と同じ世界を生きているかは分からない


     この物語が、もしこういうことに集約されるなら。実は数えきれないほどの世界が広がっていたら。ワクワクしてきました。万華鏡は、何度でも回して、そのたびに模様を変えそうです。

     何の変哲のない日常や、現実世界も、もしかしたらそうであるかもしれない。そして、「そうであるかもしれない」という小さな暗がりを広げてくれるものが、小説です。そして、「夜」や「暗がり」は、人間にそんな想像を許す不思議な空間です。

     「あそこにはお化けがいる」-そういって怖がる子供が、馬鹿にできなくなりますね。

    まとめ

    まとめ



     肝心なところをネタバレしないように、と思いながら気を付けて書いていたのですが、もしかしたらこの作品にはバラすネタもないのかもしれません。読んだ人は、「暗がり」からそれぞれの物語を想像する。きっと、違う人が読んだら私とは全く違う感想になるわけで、だからこそ手に取って読んでみてほしいと思います。

     森見さんは、小泉八雲に肩を並べたかもしれません。この小説が、これから読み継がれる「現代の怪談」になるということです。少なくとも、1回読んで終わり、何も感じなかったという作品ではありません。

     私も、またいつか手を伸ばすでしょう。せっかくなら、今度は暑い夏に読んでみましょうか。背筋がちょっとひんやりする-そんな体験をしてみたいものです。



    ◆ 殿堂入り!

    『夜行』をゴールドに登録しました。私の中では森見さんの作品で文句なしの最高傑作です。



    オワリ

    『新釈 走れメロス』 森見登美彦

     数々の名作文学を森見さんがパロディーしたとても楽しい短編集です。森見さんのパロディー作品から入って原作も読んでみれば、ますます読書の幅が広がります。


    小説, 森見登美彦,