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  •  偉大な作家の文章には「圧」があります。文章からものすごい「圧」が押し寄せてきて、それが読者を「圧」倒し、制「圧」します。単純に面白いだけの作品を書く作家とは乗り越えられないような大きな差があって、それこそがこの「圧」の存在だと私は思うのです。

     先日紹介したカズオ・イシグロさん(『わたしを離さないで』)はまさに圧で読者を凌駕した作家でした。イシグロさんの素晴らしかったところは「抑圧」の力です。徹底的に抑圧された文体は、一見波風が立たない静かな雰囲気を醸し出しつつも、その裏で蠢く圧倒的な感情が作品を際立たせていたのです。文学界の巨星と呼ぶにふさわしい、偉大な作家でしょう。

    時をかける少女 〈新装版〉 (角川文庫)
    筒井 康隆
    角川書店
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     今日はもう一人、文学界の巨星を紹介したいと思います。文章の「圧」・・・ということを考えていて私が真っ先に思い浮かべたのが、今日ご紹介する作家、筒井康隆さんの書く文章でした。今日は代表作の『時をかける少女』を紹介します。去年読んだ『旅のラゴス』が秀作で相当期待値が高まっていましたが、期待に違わず「圧」を感じさせる文章でした。しかも、その「圧」はイシグロさんとは全く異なるタイプのものだった、というのが面白いところです。

    (約3200字)

    時をかけても



     たまには、私の「率直な感想」から始めようかな、と思います。ブログを書こうとすると、公開する以上はちゃんとした文章を書かなければいけないと思っていつも肩に力が入ってしまいます。いつも自分を大きく見せようと思って何だか文章が肩肘張ったものになってしまうので、たまには自分の率直な感想を書いてみよう、と思った次第です。

     読んでいた時に感じていた率直なこと、というと以下のような感じになります。


     すごい
     面白い
     ビリビリする
     なんだこの「ワクワク感」は!

     これだとあまりにも貧しくて、チラシの裏に書いておけ、という感じのブログになってしまいます。ただ、今作に関しては、長々と難しいことを書くよりも、上のような率直な感想の方が作品の魅力をより正確に捉えているような気がするのです。『時をかける少女』はどういう小説ですか、と聞かれたら、「すごく面白くて、ビリビリして、なんだこの『ワクワク感』は!と叫びたくなる小説です」と私は答えたいです。

     ストーリはSFの王道をゆくものです。主人公の和子は、「時間をさかのぼる」という不思議な体験をします。最初は和子の言うことなど信じなかった友人の吾朗も、彼女が未来で体験した火事や地震のことを過去の世界でぴたりと言い当てたので、彼女の言うことを信じるようになります。

     もう1人の友人、一夫が言いました。

    「ううん。ぼくもよく知らないけれど、本で読んだことがあるんだ。世の中にはときどき、超能力のある人がいて、その人は、自分の思った場所へ、瞬間に移動することができるんだってさ。テレポーテーション(身体移動)っていうんだそうだ。君はきっと、トラックにひかれそうになったとき、君自身も知らなかった君の能力を使って、時間と空間を移動したんじゃないだろうか?」



     「ザ・SF」という感じの、王道の展開ですね。和子に起こったのは、テレポーテーション(身体移動)タイムリープ(時間跳躍)でした。

     この作品の刊行から約50年がたっているということに心から驚きます。全く色あせない。1967年に子どもたちをワクワク指せた小説は、2016年にも変わらずに子どもたちをワクワクさせることでしょう。映画にドラマと何度も何度も繰り返し映像化されている理由がよく分かります(おそらく、シリーズもの以外の小説では映像化された回数が最も多い作品ではないでしょうか)。50年の時をかけ、これからもかけ続けていく作品だと思いますが、その魅力は未来永劫色あせないような気がします。

    筒井康隆の「圧」



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     『時をかける少女』は少年少女向けに書かれた作品です。ですから、文章はとても平易なものとなっています。冒頭で『旅のラゴス』に触れましたが、『旅のラゴス』のような硬派で本格的な文章とは大きく異なります。

     文章の「圧」という話をするなら、『旅のラゴス』を引っ張ってくるべきだと思います。あの作品にはこちらの体を突き動かすような圧がありました。思い返すだけでワクワクします。

     ですが、『時をかける少女』にも、私はたしかに筒井さんの「圧」を感じました。硬派な作品とは全く趣が異なるのですが、そうだからこそ際立つ圧というものもあるのではないでしょうか。

     作品をリードする福島先生はこう語りかけます。

    栞

    「科学というものは、不確かなものを確実にしていかなければならないためのその過程の学問なんだ。だから、科学が発展していくためには、その前の段階として、つねに不確実な、ふしぎな現象がなければならない



     この場面を読んでいて、これは筒井康隆さんの「決意表明」のようなものではないか、と私は思いました。科学の前提にある「不確実性」、そこに「物語」が絡むとこんなにも胸躍るストーリーが生まれるのです。SF世界を自由自在にかける筒井さんが立つ、たしかな土台の存在を感じました。

    福島先生は、熱心にしゃべりはじめた。目は、急に輝きだした。和子はこんな福島先生を見るのははじめてだった。一夫も吾朗も、先生の調子にのまれてかたずをのんで聞いていた。



     福島先生は「筒井さん」で子どもたちは「読者」。私にはそんな風に思えました。胸躍るSF世界を語ってくれる筒井さんと、かたずをのんでそれを聞く私たち。この一説には、筒井作品の魅力がぎゅっと詰まっています。

     上に引用した中盤の場面が、私の言う「圧」だったのですが、伝わったでしょうか。ダイナミックな文章は紙の上で躍動し、時代を超え、世代を超えて私たちを夢中にさせます。

     テレポーテーションとタイムリープの結末はどうなるのでしょうか。読み進めていくと、期待を膨らませた読者を裏切らず、さらに惹きつけるような終盤が待ち受けていました。

    未来への照射力



     結末を知る面白さを損なわないためにネタバレを最小限にさせていただくと・・・終盤にはある「未来人」がやってきます。その未来人が暮らしていたのは、西暦2600年の世界です。

    二六二〇年。原子力の平和利用で、地球の文明は大きく飛躍し、さまざまな科学的な発明が行なわれた。だが一方では、あまりに科学が高度に発達したため、一般の人たちは、これらの科学知識に、ついていくことができなくなってしまった。

    ・・・(中略)そして、二六四〇年。とうとう画期的な発明がなされた。これが・・・



     このあたり、好きな人は本当に好きだと思います。私も大好きです。小学校の時に星新一さんのショートショートをむさぼるように読んでいたことを思い出しました。星さんのショートショートで鍛えられただけあって、このあたりになると想像力がたくましくなります。未来人が時をさかのぼって現代にきたわけとは?一文字も逃すまいと夢中になって読みました。

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     はるか先の未来を描くわけですから、作者は想像力に頼るしかないわけです。想像力が乏しい人だったら、物語はここで一気に枯れていくでしょう。しかし、筒井さんは真逆でした。この場面から、物語はさらにギアを上げ、加速していったのです。そのことが、筒井さんの持つ想像力の豊かさを雄弁に物語っていました。

     誰も知らないことなのに、説得力すら感じてしまうのです。筒井康隆さんは、どんな未来を、どこまで見抜いていたのでしょうか。実際の2600年が訪れるとして(それまでに地球は滅びていると思いますが・・・)、筒井さんの描く世界が待っていたとしても不思議ではない、そんな説得力を帯びた描写でした。

     未来を射抜く、たしかな「照射力」。それもまた筒井さんの作品の魅力です。序盤はまさに「時をかける」ようなストーリーに胸を躍らせ、中盤から終盤にかけての謎解きで圧倒する。筒井康隆さんを堪能させていただいた1冊でした。



    オワリ

     筒井さんの最新作、まだ読んでいないのですが読んでみたいです。ご本人があそこまでおっしゃるのですから、読み手としても相当気合を入れて挑まなければいけないと思っています。

    『旅のラゴス』筒井康隆さん

     『旅のラゴス』のレビューです。謎のヒットが続いているということですが、読まれればきっとその理由が分かると思います。


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    小説, 筒井康隆,



    •   24, 2016 18:32
  •  筒井康隆さんの「旅のラゴス」という小説を紹介します。今、この本が謎のブームを呼んでいます。これまで年間3000~4000部ほどだった売り上げが、なんと1年間で10万部を超える大増刷となったそうです。本当に圧倒される作品です。今日は通常の2倍となる、約6000字のボリュームでこの作品の魅力に徹底的に迫ります。

    旅のラゴス (新潮文庫)
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    新潮社
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     本屋さんの文庫本コーナーによく行かれる方は、かなりこの本を目にすることが多いのではないでしょうか。30年近く前に発表されたこの作品が、今になってもこれほどまでに売れている―たしかに「謎のブーム」です。その秘密は読めばわかります。1にも2にも、「作品の力」が生んでいるヒットだと思います。



    謎のヒットの秘密は?


     「旅のラゴス」は筒井康隆さんの小説です。1986年に発表され、新潮文庫版は1994年に刊行されました。発表からもうすぐ30年、文庫本の刊行からも20年以上が経つ作品です。

     もともと安定した売り上げを記録していたそうですが、この最近の売れ方は群を抜いているそうです。1年間で10万部以上が増刷と、異例の売り上げとなっています。発行元の新潮社も、原因はよく分かっていないそうです。

    テレビで有名人が紹介したわけでも、新聞に大きな書評が掲載されたわけでもありません。特別なきっかけに思い当たるものはないのです。ただ、インターネットで検索してみると、いつしか「面白かった小説」といったテーマの「まとめサイト」でよく見かけるようになりました。たくさん平積みしてくれる書店さんも増えました。

    謎のヒットに注目集まる 筒井康隆『旅のラゴス』が売れています!

     ここに書かれているように、「ネット」と「書店」、そして「口コミ」の力がヒットの要因になっていると私は思います。ネットでのこの本の評判は大変高いです。「おすすめ本5冊」「人生を変えた10冊」などといった類のサイトには、かなりの割合でこの本が含まれています。まるでこの本を紹介することが暗黙の了解にでもなっているような、そんな勢いです。

     書店でも、かなり大きく扱われています。この本がどんな扱いをされているか調べるために、家の近くにある書店を5店回ってみました。なんと5店とも、平積み&ポップ付きでした。「こんな本を待っていた!」「旅をしたくなる1冊」「あなたも、主人公と一緒に旅をしませんか?」・・・書店員さんたちの熱い思いが伝わってくるポップとともに、大きく取り扱われています。

     口コミの効果もあると思います。この本をすすめる人を何人も見たことがありますし、アマゾンのレビューや読書メーター、各種SNSでも軒並み高評価です。これだけ多方面からプッシュされていれば、10万部の増刷も不思議ではないと思います。

     本屋さんで、様々なベストセラー作品と共にこの作品が並んでいるのは何だか不思議な光景です。本屋大賞を取ったわけでもなければ、直木賞や芥川賞を取ったわけでもない。ドラマ化、映画化されたわけでもなければ、作品に驚きのオチがあるわけでもない。平積みされている本の中で、異質な光を放っています。冒頭にも書いたように、「作品の力」1本で売れている本です。

     最初からハードルを思いきり上げてしまいましたが、大丈夫でしょうか。私は大丈夫だと思っています。どれだけハードルを上げても、この作品が軽く飛び越えていきそうな気がしてなりません。

    想像を突き詰めていく



     もちろん、作品の好みがあるので、全ての人に受け入れられる本ではありません。ですが、「骨のある読書をしたい」「作品の世界にどっぷりと浸りたい」といった思いを持っておられる方には、自信を持っておすすめできる本です。これは私の感覚ですが、「血液が沸騰するような面白さ」があります。半年に1回は再読したくなるような魅力があります。

     この作品の世界では、人々が高度な文明を失った代わりに「超能力」を獲得します。そんな世界で、主人公のラゴスはひたすらに旅を続けます。1人の男の、生涯をかけた旅です。冒頭の設定を受け入れられるかで分かれそうですが、もし作品に入っていけたら、もう最後までページをめくる手が止まらなくなるでしょう。

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     最初の話は「集団転移」というタイトルです。何の説明もなく、物語はいきなり始まります。主人公のラゴスはそれが当たり前とでも言わんばかりに旅の道中にいます。タイトル通り、ここで登場するのが「集団転移」です。

    数人以上の者の精神力の集合で一瞬のうちに異空間を越え別の場所に移動することを、都会の者はトリップと言っているが一族の者は転移と呼んでいるらしい。単独で行うには大変な精神力が必要で、成功例はおれの聞く限り二、三にとどまるが、四人以上のトリップであればおれもすでに十数回参加している。



     そして、その「転移」に必要なのが「想像力」です。転移をする先の地のことを必死で思い浮かべます。もし想像力が足りず、貧弱な想像をしてしまうと転移は失敗するのです。想像が固定されないように、人々は必死で己の想像力を高めます。失敗すると、転移した先で異物と融合し、「原子爆発」が起きてしまうのです。

    ますますまずい。想像力は固定してしまってはいけないのだ。特に想像力の貧困な者が行く先の描写をしたりしてはより想像力の優れた者を貧弱な描写の枠内に閉じ込めることにもなり、だいいちにしらけてしまう。(中略)想像の内容は各個人ごとに異るのであり、各個人がそれぞれの思い入れによって想像した方が飛翔力はより強まるのである。


     この時点でまだ14ページなのですが、もうすでに好き嫌いが分かれそうな場面です。意味が分からない、という人と、のめり込んでいく人の2種類に分かれていきそうです。私は後者でした。全ての予定を後回しにして、この本を読み切ることに決めました。

     想像力、というのはそれがあるかないかによって読書の面白さを大きく変える、魔法のスパイスのようなものだと思います。この作品の冒頭本当に贅沢です。想像力のスパイスにそそられます。想像することによってテレポートをする、失敗すると原子爆発をしてしまう―すごい設定です。自分の中にある「想像力」のバロメーターが急上昇して、いきなり限界を超えてしまったような感覚があります。

    壁抜けのすごみ



     いきなりすごい設定で始まった最初の短編が終わると、ラゴスの旅が本格的に始まります。本当にいろいろなことがあります。読み終えた後の充実感、濃密感がここまでの小説はなかなかありません。

     私と同じように「想像力」というワードに心を掴まれた人がいたとしたら、必ず印象に残っている話があると思います。3つ目の話、「壁抜け芸人」です。なにしろ、想像力を高めることで壁をすり抜けようとする人間が出てくるのですから・・・。

     例えば、壁の向こうにおいしい食べ物があると想像します。想像力を高めるために、徹底的な空腹状態になるのです。その上で、壁の向こうに食べ物がある、食べたい、食べたい・・・という欲望によって、壁をすり抜けるというのです。

     壁抜けのスキルが高まると、欲望ではなく、想像力で壁を抜けることができるようになるそうで・・・

    「女だよ、女。壁の向こうにゃ凄え美人が寝ている。つまり欲望というより、こうなってくるともう想像力だな。なまなましい想像力だ」



     本当に「なまなましい想像力」です。心の中で様々な想像や妄想をしてしまうことは誰にでもあると思います。でも、その想像力によって「壁を抜ける」という想像はできるでしょうか?目の前に壁があったら、ぜひ見つめてみてください。「想像することにより、この壁をすり抜けられるのだろうか・・・」、実際はできないかもしれませんが、ワクワクするものがありませんか?

     このあたりにくると、ワクワクは止まりません。冒頭で限界を突破した想像力が、勢いをとどめることなくどんどん高まっていきます。私はすごい顔と姿勢でこのあたりを読んでいたことだろうと思います。

     そして、この「壁抜け芸人」という話はなかなかショッキングな終わり方をします。最大限に想像力を高めていましたが、それでも期待を裏切らないものでした。

    壁からは彼の顔の顔面の中央部、即ちそれは額と眼と鼻と口、それに両頬の一部が突き出ていた。彼は口を開きなかば目を見開いていた。その下方から突き出た両手の指は苦しげに内側へ折り曲げられていた。



     なんと、壁抜けに失敗して、壁にのめり込んでしまったのです。集中して読んでいたので、この部分も想像してしまいました。壁に食い込んでしまった人間・・・本当にすごい小説です。どうして彼が壁抜けに失敗してしまったのかは、実際に読んで確かめていただきたいと思います。

    果てしなく長い旅



    夢中になって一気に本を読み終えた時、ある数字が目に入ります。心底びっくりしました。目に入ってきた数字は「251」、この本のページ数です。

     文庫本で251ページですから、作品としては普通か少し短いボリュームです。読むのにかかった時間も3時間以内でした。それなのに、すごく長い時間が経ったような気がしたのです。今まで読んだどんな長編よりも長さを感じました。251ページという本なのに、これは不思議なことです。

     時間が長く感じた、空間が歪んでいるように感じた―この本の感想で、こんな言葉がよく見られます。読後感はまさにその通りなのです。それほど作品に没入してしまうのだと思います。そして、1冊の本の中で様々なことが起こるので、その分長さを感じる、というのもあるでしょう。

     「旅をした気分になります」「主人公と一緒に旅をしませんか?」というこの本の売り文句は、決してそれっぽい比喩ではありません。「実感」です。

     ラゴスの旅は波瀾万丈です。二度も捕えられ、奴隷として働かせられたり、不思議な超能力を持つ人々と出会ったり、国王になってくれと言われたり・・・。後半になると、ラゴスは狂ったように多くの書物を読みます。いくつもの出会いと別れ、そして再会があります。そして、ようやく作品が終わりに近づき、旅も終わるのかと思った矢先、ラゴスはすぐさま「次の旅」に出るのです。

     まるで、同じ場所にとどまっていることは罪である、とでも言わんばかりに。

    なぜ、旅にこだわる?



     「銀鉱」という話で、ラゴスは奴隷として連れて行かれます。しかし、彼はラウラという女性と出会いました。7年間もともに暮らした2人は、何も言わなくても互いの気持ちが分かるくらい心を通わせます。2人で結婚して、幸せに暮らしていこう―そんな風になりかけたとき、ラゴスは口を開きます。

     「もっと南へ、ひとりで旅を続けなければいけない」-。

     少し、唖然としてしまう場面です。ライラは必死に引き止めますが、彼は「だめだ」と強く言って、再び旅に出ます。7年間も連れ添った、大事な人を置いて。なぜ、そこまでして旅を続ける必要があるのでしょうか。

     彼が旅を理由は、彼のセリフのはしばしで、少しずつ語られていきます。

    「旅をすることがおれの人生に与えられた役目なんだ。それを放棄することはできないんだよ」


     彼は、旅をすることが自分に与えられた役目なのだ、と言います。もう少し、彼の発言を追ってみます。

    かくも厖大(ぼうだい)な歴史の時間に比べればおれの一生の時間など焦ろうが怠けようがどうせ微々たるものに過ぎないことが、おれにはわかってきたからである。人間はただ一生のうち、自分に最も適していて最もやりたいと思うことに可能な限りの時間を充てさえすればそれでいい筈だ。


    そして、決定的なのは終盤に出てくるこの場面です。

    旅をすることによって人生というもうひとつの旅がはっきりと見えはじめ、そこより立ち去る時期が自覚できるようになったのであろうか。



     彼が旅に託す思いが、だんだんと見えてきました。

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     人間は、人生において「安住」を求めようとします。就職して、結婚して、一軒家に住んで・・・。全ての人がそれを望むわけではありませんが、多くの人は望みます。安定した人生を送るために、基盤となる居場所を求めるのです。

     ラゴスの生き方は、それと全く逆です。彼は決して1つの場所に安住しようとしません。心を通わせた女性を捨ててまで、彼は「旅」をする人生を選びます。そして、多くの読者がそれに惹かれます。どうして、読者はこの小説に夢中になるのでしょうか。

     旅は、人間のルーツだから。私はそう思います。

     ここでいう「旅」とは、単なる旅行ではありません。もう少し抽象的なものを考えています。知らない人と出会うこと、知らないものに触れること、知らない場所に行くこと・・・たとえ現実では実践できなくても、人間が心の奥でそれらを望んでいるから、こんなにもこの小説は輝きます。そして、それらはすべて、「生きる喜び」につながっています。

     旅をすることにより、人間は「生きる喜び」という人間の原点に帰っていくのです。

    求め続けて



    物語の後半、ラゴスは狂ったように書物を読み漁ります。そこにある魅力に気付くのです。

    さらに人間を見る眼や世界観、さらに人生観は二転、三転した。目まぐるしいほどの視野の移動と拡大があり、わたしの思考力、特に認識力は翻弄された。巨大な奔流が次つぎとわたしに襲いかかってきた。時おり読むことを中断しない限り精神が際限なく危険な状態に近づくのを避けることができなかった。



     小説、哲学、歴史、科学技術、病理学・・・彼は様々な書物を求め続けます。読書にのめり込んでたった時間は、なんと15年。彼は読書で得たものを丹念に、紙にまとめていきました。

     彼の学問の神髄が詰まった紙は、奴隷商人により、山の上からばらまかれてしまいました。15年間築いてきたものが、一瞬にして消え去るのです(こういう展開にも、この小説の面白さがあります。こんなことばっかりです)。

     大切な紙は山の下にばらまかれてしまいましたが、彼が学んで、心に刻んだことまで消し去ることはできませんでした。ばらまかれていく紙を見ながら、彼はあることを悟ります。それは、私が人生の座右の銘にしたいような、大切なメッセージでした。個人的にはこの作品のハイライトです。

     単に、男が旅を続ける小説です。本当にそれだけなのです。しかし、1冊読んだときにそれがいかにかけがえのないことかに気付きます。ラゴスという男は、常に前を向いて、足を前に出し続けている。圧倒されるでしょう。

     ちょっと大げさかな、とも思ったのですが、この作品のレビューをしめくくるとしたら、こんな言葉がいいと思います。

     この本には、人生の全てが詰まっている―。

    ◆殿堂入り決定!

    「最果ての図書館」は『旅のラゴス』を「ゴールド」に認定しました。おめでとうございます!



    小説, 筒井康隆,



    •   13, 2015 23:40
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