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ヘッダー(エンターテインメント)


 カテゴリエンターテイメントのまとめページです。このブログで紹介しているエンターテイメントの本を一覧で掲載しています。リンクからそれぞれの本の書評をご覧になることができます。蔵書は少ないですが、一冊一冊、心を込めて紹介するようにしています。ぜひご覧ください。なお、掲載順は作者名のあいうえお順です。

 この図書館では、とくに優れていると感じた本について、「プラチナ」「ゴールド」「シルバー」の3段階で「殿堂入り」としています。殿堂入りとした本には、作品名と作者名のあとにランクを記しています。ぜひ、本選びの参考にしてみてください。

 あなたの、あなただけの一冊が見つかりますように。



エンターテイメント




▽朝井リョウ
『スペードの3』 朝井リョウ
『何者』 朝井リョウ(シルバー)

『図書館危機』 有川浩

▽池井戸潤
『俺たちバブル入行組』 池井戸潤
『下町ロケット』 池井戸潤
『民王』 池井戸潤

▽伊坂幸太郎
『SOSの猿』 伊坂幸太郎
『残り全部バケーション』 伊坂幸太郎

『明日の記憶』 荻原浩



『ふがいない僕は空を見た』 窪美澄



『雪と珊瑚と』 梨木香歩

『神様のカルテ0』 夏川草介

▽西加奈子
『炎上する君』 西加奈子
『円卓』 西加奈子
『ふくわらい』 西加奈子

『すれ違う背中を』 乃南アサ


▽原田マハ
『さいはての彼女』 原田マハ
『太陽の棘』 原田マハ


『命売ります』 三島由紀夫

『誰かが足りない』 宮下奈都

『新釈 走れメロス』 森見登美彦


『ジョーカー・ゲーム』 柳広司



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  •   01, 2015 00:00
  •  記念すべき第1回目のレビューは、西加奈子さん「ふくわらい」をご紹介します。お名前はよく聞く作家さんですが、作品を読むのはこれが初。わくわくしながらページをめくります。以下、「ふくわらい」のレビューです。

    書影

    ふくわらい
    西 加奈子(著)
    朝日新聞 発売日:




     「ことば」と「からだ」、この2つがテーマになった作品でした。主人公の鳴木戸定(なるきど・さだ)は雑誌の編集部に勤務する女性。彼女は常人にはないある研ぎ澄まされた感覚を持っています。それは、身体のパーツを捉える感覚。目や鼻や口、そういった身体のパーツで人を捉えていくのです。そして、「ふくわらい」のようにそれらのパーツがばらばらに分類され、彼女の脳内で再構築されていきます。その一方で言葉に関する感覚は成熟していません。相手の言った言葉をただ繰り返したり、ほぼ全ての人に敬語で話しかけるなど、その感覚はどこかちぐはぐです。

     一方、定が連載を担当するプロレスラーの守口廃尊(もりぐち・ばいそん)。この人は、定とは異なり、言葉に対して研ぎ澄まされた感覚を持つ人物です。この人は言葉が身体と一致しないことに思い悩みます。口から出た言葉が、自分の全てになってしまう・・・、言葉にできないものもあるのに・・・そんな思いです。守口の言葉を少し引用してみます。

    もっとこう、モヤモヤとした、言葉にできないものがあるんだ。脳みそが決めたもんじゃない、体が、体だけが知ってるよう、言葉っちゅう呪いにかからないもんがあるんだよ

    「言葉を使うのが怖いときってあるよ・・・(中略)・・・その言葉がすべてになっちまうんだから」
     

    ことばとからだ、この2つの感覚に研ぎ澄まされた2人と、その他の一癖も二癖もある登場人物たち。言葉の一つ一つ、身体描写のひとつひとつに注目していきながら読み進めていきました。

     あまりにも常人離れした定はともかく、守口の感覚は私たちからしても少し考えてみればすぐに同じ思いにたどり着けるものだと思います。ことばとからだ、この2つは絶えず不完全で、なかなか一致してはくれません。言葉では感謝を示しているのに、口元がひきつっている・・・とか、体が何かこう叫んでいるのに、それを言葉にできない・・・とか。本の感想にしたってそうです。「感動しました」そんな風に書いたところで、その「感動」という言葉がどれだけ人間本来の思いを表現できているのか・・・。「感動」という言葉の後ろで、膨大な量の「言葉にならない」思いが消えていくのです。

     言葉に敏感な守口のポリシーは、「体感すること」でした。最終盤、守口の試合で、この「体感」することが生生と描かれています。必死に体を動かし、体で感じようとする守口。試合を終えた後、ありのままの自分の思いを吐き出すのです。一方、守口の応援に駆け付けた定。「守口さん!」気付けば彼女は守口の名前を叫び、応援していました。ここでも、定の言葉と身体が一致するのです。2人の言葉と身体が一致したその瞬間は、作中にある通り、まさに「生きている」瞬間でした。「生きている」、この言葉がこんなにしっくりきたのは初めてかもしれません。言葉と身体、この2つの一致が見せてくれた境地だと思います。

     安易に言葉で結論付けてしまわないこと、これが大切だと感じます。言葉にすれば、そこで終わってしまう。ならば、言葉にする前に、自分の体の、心の声を聞いてみること。そして、「体感」すること。これは小説を書く上でも大事なことなのかもしれません。

    西加奈子, 小説,



    •   12, 2015 18:39
  •  ブックレビューも第10回となりました。今回紹介するのは伊坂幸太郎さんの「SOSの猿」です。300ページに満たない本なので、2日で読もうと思っていたのですが、なかなか時間がかかりました。「難解な伊坂哲学」という感じ・・・。では、以下、「SOSの猿」のレビューです。

    SOSの猿SOSの猿
    (2009/11/26)
    伊坂 幸太郎

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    極上のエンターテイナー



     伊坂幸太郎さんの作品は、これで4作目になります。他の作家と比べて際立つのはそのエンターテインメント性の高さ。想像の斜め上を行くような展開に度肝を抜かれます。今作も伊坂さんらしさは健在!2つの物語が交錯していくあたりからは驚かされっぱなしです。

     2つの物語を見ていきましょう。まずは1人目の主人公、遠藤二郎。彼の特性は、人の痛みや悲しみ、そういったことにとても敏感であるということ。人が苦しんでいるとき、そのSOSが聞こえてしまいます。おせっかいで、お人よしの彼。そんな彼が断わり切れずに引き受けてしまった仕事、それは「引きこもり少年の悪魔祓い」でした・・・。

     もう一人の主人公、五十嵐真。彼もなかなかの曲者。「因果関係」を突き詰めていくことに傾倒する、変人システムエンジニアです。一瞬で300億円もの損失を出してしまった、というとんでもない株取引の因果関係を探ります。原因は担当者の操作ミスとすぐに結論付けられそうな事案なのですが、彼はそこでは納得しません。操作ミスの原因は?その原因の原因は?さらにその原因の原因の原因は?・・・うーん、頭が痛くなってきますね。

     全くつながりそうにもないこの二つの話がつながっていきます。その役目を果たしたのが、先程出た「引きこもり少年」、そして「孫悟空」でした。(何のことかさっぱり、という方もいると思います。私もさっぱりです、読んだのに 笑)

    どうして猿なの




     猿というとどのようなイメージがありますか。「猿まね」「猿知恵」など、否定的なイメージがありますね。狡猾で、浅はか、そしてずるがしこい。かなりひどいレッテルが張られている感じはあります。無意識のうちに、「猿」と聞いて馬鹿にしている節はありませんか?

     で、伊坂さんが「猿」(この作品では「孫悟空」)をどのように捉えたかというと・・・。こんな印象的な部分が終盤にありました。

    眠る大猿は、自我の深層に隠れた無意識の存在ではないだろうか

     
     そんなことを言われたら、そんな風にも思えるような、思えないような・・・。作品の中で猿は大きな役割を果たします。この作品では「感受性」が一つのテーマになっていて、猿はその一つの結実として描かれています。感受性が極限まで高められていくことで、当たり前だと思っていた世界がグワングワンと歪んでいきます。

    「分かる、と無条件に言い切ってしまうことは、分からないと開き直ることの裏返しでもあるんだ。そこには自分に対する疑いの目がない」


    「これがすべて」と言い切ることは難しい。本当にすべてを知っているか、もしくは、全てを知っていると勘違いしているかのどちらかで、大半は後者だ、と五十嵐真は知っている。


    「全部が正しいとか、全部が悪い人間はいない」



     普遍的に正しいことなどない、ということが強調されています。人のSOSが聞こえる二郎や、徹底的に因果関係を突き詰めていく真。何だか変な人たちだと思っていたのに、いつの間にかこちらが彼らの方に引きずり込まれていく、そんな感じがしました。

     そして、この「感受性」の象徴として、そして物語をつなぐ存在として登場したのが「引きこもり」。この設定がまた上手いのです。「引きこもりなんてただの甘え、社会不適合者だ」なんて断定する人もいるかもしれません。でも、この本を読んだらそんなことは言えなくなります。すぐに結論付けて、実は何も考えようとしていない・・・そんな私たちが見ている世界がひっくり変える瞬間に度肝を抜かれます。

    思考を開放せよ



     猿と言えば、こんな有名なことばがありますね。

     見ざる、聞かざる、言わざる

     日本では、いわゆる「事なかれ主義」という意味で使われる言葉です。世の中で生きていくときに、人々は多かれ少なかれ「思考停止」をしなければいけません。時には割り切らなければいけないこともあるし、他人に構っていられないこともある。そんな風に生きていくために必要な「思考停止」ですが、そのせいで盲目になっていることが多いということも忘れてはいけません。

     たまには、「見てみる」「聞いてみる」「言ってみる」。そうした時に、世界が大きく動き出すかもしれません。私たちが全く想像もしていなかった方向へ・・・。

    小説, 伊坂幸太郎,



    •   07, 2015 22:52
  • 何者
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    朝井 リョウ
    新潮社
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    臓を突きぬかれるような、そんな衝撃-。 

     皆さん、「意識高い系」という言葉を知っていますか。大学生あたりは馴染のある言葉だと言います。一言で説明するのは難しいのですが、例えばボランティアやインターンシップなどで自己PRに躍起になったり、SNSでやたらと背伸びして自分語りをするような人たちのことを指します。そういった人たちを誉めているわけではなく、これは「蔑称」です。「あいつら、痛い。何やってんの」といった感じに。
     私はこの言葉を聞くと胃がむかむかします。意識高い系が嫌いだから?そうではありません。嫌いなのは・・・。これは今日の感想の最後で話しますね。今日は朝井リョウさん、「何者」をご紹介しようと思います。以下、「何者」のレビューです。



    ギスギス



     主人公の拓人は就職活動中の大学5年生。同じような状況にある就活生たちと仲間をつくります。共に夢をかなえるために・・・ってそんなきれいな小説ではありません。彼らのリアルと同時進行するのが「ツイッター」。物語の隙間隙間に彼らの「つぶやき」が挟み込まれ、現実とネットと2つの世界が交錯します。

     こんなに「自分世代」の小説を読んだのは久しぶりです。仲間とつるみながら、片方ではツイッターの画面に目を落とし、そして今の自分のことをつぶやいていく・・・。本当にリアルで、「こんな小説がほしかったんだよ」という感じ。仲間同士で集まっているのに、全員がスマホに目を落としていたり、講義中にも必死にツイッターで何かをしていたり、せっせと写真をとって、ツイッターにアップしてみたり・・・。たまに視野を広げてこんな風景を目にした時、なんとも言えない気持ちになります。どっちがリアルで、どっちが虚構なのか・・・。

     自分だって例外じゃありません。SNSに熱狂するのはさすがに気が引けてしまうので距離を置いていますが、いつも心にもないことを言っては愛想笑いをし、適当に話をつないで・・・。本質的にはSNSに熱狂している人たちと何も変わらないんですよね。「現実を直視したくない」「自分を傷つけたくない」・・・そして、「自分って何者?」この本のタイトルにたどり着きます。

    壮絶なブーメラン



     本編に戻りましょう。この話に出てくる大学生は、主人公含め、いかにも今どきの大学生です。冒頭に出てきたような「意識高い系」もばっちり登場します。理香さんという人は、海外ボランティアやインターンシップに精を出し、それらの経験で自分を塗り固めたような典型的な「意識高い系」。隆良くんもタイプは違いますがそういったきらいがあります。スーツを着て一斉に就活に励む就活生たちを「想像力がない」と見下し、俺は違うんだとクリエィティブを目指す。こういった人々の痛い姿が「主人公目線」で描かれます。読んでいる人はまず間違いなく思うでしょう。「こいつら、痛い」と。私のような現役バリバリ世代ならなおさらのことです。

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     主人公目線、にかっこをつけました。これが大事なんです。主人公がどういう人物かというと、そういった痛い人たちに心の中でつっこみ、そして見下す「観察者」。例えば、こんな風に。

    想像力が足りない人ほど、他人に想像力を求める。他の人間とは違う自分を、誰かに想像してほしくてたまらないのだ。


    ちゃんと生きてるものに通ってるものを「脈」って言うんだよ



     こういう気持ち、正直に言えば、私にもあります。いや、むしろ、「私は人のことを心の中で見下したりしない」と言える人の方が少ないでしょう。こういう風に思ってしまうことは自然で、決して責められる類のことではないと思います。しかし、主人公は「重症」でした。彼の歪んだ一面がラストで明かされます。ずっと主人公目線で読んでいたものですから、ラストを読んだ時は心臓が潰されるような感じがありました。人を見下し、自分は違うから、そんな風に思っていた主人公。ラストでは、彼に壮絶なブーメランが刺さっていきます。

    醜いのは誰だよ



     意識高い系と聞くとむかむかする、と冒頭に書きました。なぜなのでしょうか。

     自己アピールに躍起になっている人たちを見て、不快になり、嫌いになります。

     だけど、そんな意識高い系を醜い顔で笑っている人たちがいる。意識高い系(笑)、と。何も行動を起こさない人が、何か行動を起こした人を笑う。嫌いになります。

     だけど、だけど、そんな意識高い系(笑)を見て、「嫌な奴ら」なんて冷めた目でみている自分がいます。また、こんな風に人を馬鹿にする。じゃあ、自分自身はどうなの??・・・嫌いになります。

     意識高い系がむかむかする訳、それは自分へのブーメランでした。この話の主人公と同じなんです。結局は自分に返ってくる、自分が見ている。大馬鹿野郎だったこの話の主人公ですが、一歩間違えれば自分もこんなことになっている、そんな風に感じるから怖さが増幅します。

     

    十点でも二十点でもいいから、自分の中から出しなよ。自分の中から出さないと、点数さえつかないんだから。これから目指すことをきれいな言葉でアピールするんじゃなくて、これまでやってきたことをみんなに見てもらいなよ」



     今日は吐きそうなくらい胸糞のレビューでした。最後に救われるようなセリフを引用します。「自分を出すこと」、本当に大事だと思います。一番単純なようで、一番難しい。「自分を出すこと」がさらりとできてしまう人のことは本当に尊敬します。そして、そんな人と一緒にいたいな、という気持ちになります。自分がそうなれる日はまだまだ遠そうだけど。

    ◆殿堂入り決定!

    「最果ての図書館」は『何者』をシルバーに認定しました。おめでとうございます!





    こちらもどうぞ


    「スペードの3」 朝井リョウさん
     ぜひ、セットで読んでほしいです。こちらは本のあらすじではなく、朝井リョウさんという人について書いている記事です。かなり踏み込んで書いたので、ぜひ目を通してみてください。
    小説, 朝井リョウ,



    •   09, 2015 23:46