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 西加奈子さんの短編、『炎上する君』を紹介します。西加奈子さんと言えば、このブログの一番最初に紹介した本が西さんの『ふくわらい』でした。とてもパワフルで、エネルギッシュな文章を書かれる作家さんです。短編集を読むのは初めてでしたが、短編になっても話が小さくまとまらないところはさすがだと思いました。

炎上する君 (角川文庫)
西 加奈子
角川書店(角川グループパブリッシング) (2012-11-22)
売り上げランキング: 96,105



 短編になって小さくまとまるどころか、短編という小さな世界で西さんのダイナミックさがより生かされているように感じました。表題作がまさにそうですが、タイトルからしてすさまじいインパクトとよい意味での「破壊力」がありますね。目次にいきなり胸を躍らせ、期待を膨らませながらページを開きました。



内容紹介



ブックレビューリトル

は太陽の上で炎上し、私のお尻は愛される・・・!?
血沸き肉躍る、西加奈子さんが放つパワフルな短編集―

愛すること、悲しむこと、生きること。そんなテーマが、包み込むように大きく、そして優しく描かれる短編集。

西加奈子さんの持ち味である力強さや大胆さはもちろんですが、この短編集では「繊細さ」もまた堪能することができます。

火山から湧き出るマグマのような文章が心を襲います。エネルギーに飢えている人におすすめです。

ブックレビュー with「ブクログ」



 ブックレビューコミュニティ「ブクログ」に投稿した私の感想です。クリック先にあるブクログのページでは、他の方が書かれた感想も読むことができます。

著者 : 西加奈子
角川書店(角川グループパブリッシング)
発売日 : 2010-04-29
 ダイナミックでパワフル。野性的、動物的で血がたぎるよう。やはり西加奈子さんの作品は大好きです。

 表題作の「炎上する君」がまさにそうですが、タイトルからしてとてもパワフルですね。「太陽の上」「空を待つ」「私のお尻」…目次がもうすでに躍動していて、読み始める前から高揚感を覚えました。そして、各短編はそれぞれがタイトルに負けない「濃い」一編となっています。

 ぶつ切りや印象的な読点の打ち方、効果的な繰り返しなど、かなり癖のある文章が何だか癖になります。とにかく力強い。それでいて、今作は西さんの繊細さも感じさせる短編も詰め込まれていました。西さんのような作風の方が作中でふっと繊細な一面を見せると、いつも以上にその繊細さが心に染みわたってくるような気がしました。

 最後の短編、「ある風船の落下」に代表されますが、裸で叫ぶようなダイナミックな愛の表現がどうしようもなく好きです。人間の根源の部分に帰っていくようで、読みながらこちらまでムズムズしてしまうのです。劇的な幕切れを読み終え、大きな声で叫び出したくなりました。


ブログ+コンテンツ



 このブログ、「最果ての図書館」では、「ブクログ」の感想に加えて、ブログだけのオリジナルコンテンツを追加で掲載します。作中からの引用コーナー、キーワードの紹介コーナーなど、毎回さまざまなコンテンツをお届けします。今回は作中から印象的な言葉を引用する「コトノオト」のコーナーです。

コトノオト

何ものにも感動できない、いわば生きることへの不感症なのではないか、とおのれを呪った。もっと、血が滾るようなこと、これがあれば死んでもいい、と思うようなこと、それを探していた。銭湯以外に。



 表題作、「炎上する君」からのフレーズです。西加奈子さんの作品はダイナミックだと書いてきましたが、そのダイナミックさを象徴しているような一節だと思い、引用させていただきました。

 「血が滾るようなこと」「これがあれば死んでもいい、と思うようなこと」・・・これらはたぶん、西さんが自分の作品においてテーマにされていることの1つなのではないか、と私は想像しました。登場人物を眺めていると、貪欲に、自分の欲求に正直に、そして大胆に前進している人物がとても多いのです。そして皆、これがあれば死んでもいい、と思うような強い「芯」を持っている。それが読者を惹きつけるのではないかと思います。

 作品のテーマの1つに「愛」がありますが、西加奈子さんの描く「愛」は本当に読んでいて気持ちがよいのです。それも、愛という欲望を正面から見つめ、登場人物に叫ばせているからだと思います。

 野生に帰るような、あるいは何か大切なことを思い出させてくれるような・・・。西加奈子さんの『炎上する君』、ぜひ手に取ってみてください!



オワリ

『ふくわらい』西加奈子さん


 このブログの最初に紹介した記念すべき1冊です。最後の場面は既成概念をすべて打ち砕くようで本当にダイナミック。西加奈子、ここに極まれり、という感じでした。

『円卓』 西加奈子さん

 事あるごとに「うるさいぼけ」とガンを飛ばす主人公。次々と奇行に走る姿についていくのが大変ですが、この主人公もまた、欲望に正直な魅力的な人物です。

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小説, 西加奈子,



  •   06, 2016 00:47

  •  昨日はパワフルでエネルギッシュな原田マハさんの作品を紹介しましたが、今日紹介するこの方も負けじとパワフルな女性作家です。

    円卓 (文春文庫)
    円卓 (文春文庫)
    posted with amazlet at 17.02.11
    西 加奈子
    文藝春秋 (2013-10-10)
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     「サラバ」で直木賞を受賞された西加奈子さんの「円卓」です。西さんの作品は「ふくわらい」以来2冊目。作品から滲み出る独特の存在感は、この作品でも健在ですー。



    あくの強い作品



     一言で表すなら、「あくの強い作品」「生臭い作品」という感じです。これはほめ言葉で言っています。「ふくわらい」の衝撃的なラストも同じような雰囲気でした。テヘランで生まれ、小学校時代はエジプトで育ったという西さん。異国での生活が作品に色濃く反映されています。

     主人公は小学3年生の渦原琴子(うずはら・ことこ)。愛称は「こっこ」です。こっこちゃん、小学3年生。とてもかわいい少女のようですが、・・・とんでもありませんでした。

     こっこはかなりの毒舌家です。口癖は「うるさいぼけ。」 ただでさえ口の悪い感じのする関西弁ですが、関西弁の中でも最大級のパンチ力をもったどぎつい一言ですね。愛にあふれた家族に囲まれてはいるのですが、「孤独」を愛し、さまざまな「奇行」に走るこっこ。あくの強い作品の、あくの強い主人公です。

     西さんのホームグラウンド、関西。「書いていて、楽しいのだろうな」と感じました。汚い言葉も並びますが、直感とセンスに任せたような軽妙で奔放な文が並んでいきます。

    特別になりたくて



     奇行が目立つこっこですが、案外「小学3年生」という生物を上手く捉えているのではないか、と思いました。私は関西の生まれではないのでこてこての関西弁には若干戸惑いましたが、こっこが捉える世界が自分の小学生時代に重なるところがいくつかありました。この作品は映画化されているのですが、そのキャッチコピーも「小学三年生を経験したすべての大人たちへ…」というものだそうです。同じことを思った人は多いかもしれませんね。

     

    こっこは、孤独になりたい。誰からも理解されず、人と違う自分をもてあまし、そして世界の隅で、ひっそり涙を流していたいのだ。

    自分は可愛がられたいと思ったことなどないのである。ちゅーやんに向けるような、「いうてあの子孤独や」「可哀想」という、その憐れみが欲しいのに」


     大人は、どちらかといえば「周囲から浮かないように」「目立たないように」行動します。「まともな人」であることによって、自分を認めてもらおうとします。

     小学3年生の場合は全く真逆ではないでしょうか。目立たないように周囲にまぎれることなど知りません。子供たちが自分を認めてもらうことは、とにかく「目立つこと」。自分は人と違うと信じ込み、その人と違う面をとにかく強調します。

     孤独を愛する、といったらかなり偏屈ものに思えますが、こっこもその意味では普通の小学3年生です。自分は人と違うと信じ込んでいますし、孤独になりたいのではなくて「かわいそうという憐れみが欲しい」状態なのです。こんな精神構造、子供のころの自分にもあったなあ、と懐かしい気持ちになりました。

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     私が特に共感したのは、「眼帯がうらやましい」というところです。眼帯をしてきたクラスメイトのことをうらやましがるこっこ。とにかく人と違うことをしたいようです。こっこは不整脈で倒れた子のことさえうらやましがります。そして、自分も「不整脈」になろうとします。・・・滅茶苦茶ですね。

     でも、この「眼帯がうらやましい」は痛いほどよく分かりました。私も、学校に眼帯や松葉杖でくる人がいたらすごくうらやましかった記憶があります。眼帯も松葉杖も本人にとっては災難でしかないのですが、子供からしたら「みんなから違う」「特別扱いされる」ことがすごくうらやましかったのだと思います。この「眼帯」エピソードは子供の目立ちたがりをよく表していて、微笑ましかったです。

     大人が作る型には収まろうとしない子ども。そのはちゃめちゃさを「関西弁」がうまく表現しています。先ほども書いたのですが、西さんが本当に書いていて楽しそうです。自分のホームグラウンドで思う存分に暴れまわっている感じがします。

    書くことを怖れない



     西加奈子さんの「書くことを恐れない」姿勢がすごく好きです。「ふくわらい」「円卓」と2作読みましたが、ほかの作家さんには真似できない強烈な個性と存在感が印象的です。

     その個性に身を任せ、大胆な表現をしてくるところが素敵です。書くことには悩みや苦しみも伴うと思うのですが、そういった部分を超越しているような凄みのある文章です。西さんの作品は絶対に「普通の作品」にはならないと思います。次の作品を読むのが楽しみです。

     西加奈子さんは直木賞の授賞式で、選考委員の皆さんを「妖怪」と表現したそうです。そして、「私も皆さんのようなかっこいい妖怪になりたい」と宣言されたとか・・・。

     私から見れば、西加奈子さんも立派な「妖怪」ですけどね 笑。そして、この作品は妖怪の本領発揮、という感じでした。底の見えない、まだまだ可能性を感じさせる妖怪ぶり。本当に今後が楽しみです。





    こちらもどうぞ

    「ふくわらい」  西加奈子さん
     「ふくわらい」のレビューはこのブログの最初に書いた記念の記事です! 当時はまだどういった形のブログにしようか決めていなかったのでただ文章を並べただけの簡素な形になっています。でも、この作品がブログの最初の記事というのは今から思えばとてもよかったですね。勢いがつく感じがします。
    小説, 西加奈子,



    •   18, 2015 18:34
  •  記念すべき第1回目のレビューは、西加奈子さん「ふくわらい」をご紹介します。お名前はよく聞く作家さんですが、作品を読むのはこれが初。わくわくしながらページをめくります。以下、「ふくわらい」のレビューです。

    書影

    ふくわらい
    西 加奈子(著)
    朝日新聞 発売日:




     「ことば」と「からだ」、この2つがテーマになった作品でした。主人公の鳴木戸定(なるきど・さだ)は雑誌の編集部に勤務する女性。彼女は常人にはないある研ぎ澄まされた感覚を持っています。それは、身体のパーツを捉える感覚。目や鼻や口、そういった身体のパーツで人を捉えていくのです。そして、「ふくわらい」のようにそれらのパーツがばらばらに分類され、彼女の脳内で再構築されていきます。その一方で言葉に関する感覚は成熟していません。相手の言った言葉をただ繰り返したり、ほぼ全ての人に敬語で話しかけるなど、その感覚はどこかちぐはぐです。

     一方、定が連載を担当するプロレスラーの守口廃尊(もりぐち・ばいそん)。この人は、定とは異なり、言葉に対して研ぎ澄まされた感覚を持つ人物です。この人は言葉が身体と一致しないことに思い悩みます。口から出た言葉が、自分の全てになってしまう・・・、言葉にできないものもあるのに・・・そんな思いです。守口の言葉を少し引用してみます。

    もっとこう、モヤモヤとした、言葉にできないものがあるんだ。脳みそが決めたもんじゃない、体が、体だけが知ってるよう、言葉っちゅう呪いにかからないもんがあるんだよ

    「言葉を使うのが怖いときってあるよ・・・(中略)・・・その言葉がすべてになっちまうんだから」
     

    ことばとからだ、この2つの感覚に研ぎ澄まされた2人と、その他の一癖も二癖もある登場人物たち。言葉の一つ一つ、身体描写のひとつひとつに注目していきながら読み進めていきました。

     あまりにも常人離れした定はともかく、守口の感覚は私たちからしても少し考えてみればすぐに同じ思いにたどり着けるものだと思います。ことばとからだ、この2つは絶えず不完全で、なかなか一致してはくれません。言葉では感謝を示しているのに、口元がひきつっている・・・とか、体が何かこう叫んでいるのに、それを言葉にできない・・・とか。本の感想にしたってそうです。「感動しました」そんな風に書いたところで、その「感動」という言葉がどれだけ人間本来の思いを表現できているのか・・・。「感動」という言葉の後ろで、膨大な量の「言葉にならない」思いが消えていくのです。

     言葉に敏感な守口のポリシーは、「体感すること」でした。最終盤、守口の試合で、この「体感」することが生生と描かれています。必死に体を動かし、体で感じようとする守口。試合を終えた後、ありのままの自分の思いを吐き出すのです。一方、守口の応援に駆け付けた定。「守口さん!」気付けば彼女は守口の名前を叫び、応援していました。ここでも、定の言葉と身体が一致するのです。2人の言葉と身体が一致したその瞬間は、作中にある通り、まさに「生きている」瞬間でした。「生きている」、この言葉がこんなにしっくりきたのは初めてかもしれません。言葉と身体、この2つの一致が見せてくれた境地だと思います。

     安易に言葉で結論付けてしまわないこと、これが大切だと感じます。言葉にすれば、そこで終わってしまう。ならば、言葉にする前に、自分の体の、心の声を聞いてみること。そして、「体感」すること。これは小説を書く上でも大事なことなのかもしれません。

    西加奈子, 小説,



    •   12, 2015 18:39