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 カテゴリ「友情・恋愛」のまとめページです。このブログで紹介している友情・恋愛の本を一覧で掲載しています。リンクからそれぞれの本の書評をご覧になることができます。蔵書は少ないですが、一冊一冊、心を込めて紹介するようにしています。ぜひご覧ください。なお、掲載順は作者名のあいうえお順です。

 この図書館では、とくに優れていると感じた本について、「プラチナ」「ゴールド」「シルバー」の3段階で「殿堂入り」としています。殿堂入りとした本には、作品名と作者名のあとにランクを記しています。ぜひ、本選びの参考にしてみてください。

 あなたの、あなただけの一冊が見つかりますように。



友情・恋愛




『レインツリーの国』 有川浩



『クラウドガール』 金原ひとみ

『すべて真夜中の恋人たち』 川上未映子


『よだかの片想い』 島本理生



『永すぎた春』 三島由紀夫

『恋文の技術』 森見登美彦


『本屋さんのダイアナ』 柚木麻子


『勝手にふるえてろ』 綿矢りさ

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  •   01, 2015 00:00

  • 文が小説になりました

    書影

    恋文の技術
    森見 登美彦(著)
    ポプラ社 発売日:




     こんにちは、おともだちパンチです。ブックレビューの第2回は、森見登美彦さん「恋文の技術」をご紹介します。実は私のハンドルネーム「おともだちパンチ」は森見さんの「夜は短し歩けよ乙女」という作品から頂戴しているものなんですね。森見作品の魅力はどこにあるのか、そういったことも考えながら、以下「恋文の技術」のレビューです。



    手紙の魅力



     「恋文」「文通」・・・この言葉の響きだけで、ご飯3杯は食べられそうな気がします。主要なコミュニケーションツールがLINEやtwitterなどのSNSにとって代わってしまった今でも、直筆の手紙が持つ魅力は色あせることを知りません。手紙にはどんな魅力があるのでしょうか。森見さんは以下のように書いています。

    なぜあんなにも夢中になったのであろうと考えるに、それは手紙を書いている間、ポストまで歩いていく道中、返信が来るまでの長い間、それを含めて「手紙を書く」ということだったからだと思います。



     SNSは「直感」と「瞬発力」のツールでしょう。数えきれないくらいの言葉が次々に生み出されては、それらの多くはすぐに消えていく・・・。「思い」を込める暇もなければ、「思い」を読み取る暇もない、そんなことが時に気ぜわしさとなり息苦しさとなります。じっくりと、ゆっくりと・・・手紙からその人の思いを手探りで掴んでいく、そんな体験に現代人は飢えているのかもしれません。

    天才のリズム



     さて、作品をみていきましょう。くだらなくも愛おしい、何だか癖になる文章はこの作品でも健在です。「桃色ブリーフ」「阿呆」「破廉恥」「おっぱい」・・・といつもこんな感じなのでありますが、神出鬼没で当意即妙、摩訶不思議なその文体には熱狂的なファンが数多く存在します。一見くだらないようなことを、これほどまでに愛おしく描ける、これこそが森見さんの才能なのだと思います。

     能登の地で一人懊悩する大学院生、守田一郎が、様々な人と手紙のやり取りをする本作。ユーモアが混ざったテンポのよい文体に、「ああ、文才あるな」と読み進めるのですが、恋する相手、伊吹さんのこととなるとそんな手紙の調子は一転。気取ってみたり、砕けてみたり、改まってみたり・・・どこかちぐはぐな彼の恋文が展開される第9話「失敗書簡集」には大いに笑わされました。今作は「手紙」という手法を取ったことで、森見さんの文章の魅力がいつもにも増して感じられたように思います。その心地よいテンポはまさに「天才の文才」。思わず声に出してみたくなる、そんな名文が詰まっています。

    息苦しい現代社会へ



    「教訓を求めるな、ということです。教訓を得ることもできない阿呆な話が人生には充ち溢れているということです」



     この一言がよかったですね。森見さんが描くような大学生活を送ってみたい、と思っても、現実はなかなかそうはいきません。乾ききって、息苦しい世界に窒息しそうになります。肩の力を抜いて、背筋を伸ばさず、思いっきり笑う、そんなことが小説の中なら許される、そこに心地よさを感じます。

     ニッコリ笑って「やむを得ぬ!」、伊吹さんのそんな微笑ましい姿が最後に描かれていました。しかめっ面で「許さぬ!」とばかり言っている現代社会にも、こんな人が増えるといいんですけどね。



    オワリ

    「新釈 走れメロス他四篇」 森見登美彦さん

     「走れメロス」や「桜の森の満開の下」など、日本文学の名作がパロディーになりました。文学が森見さんの作風に染まっていくのが分かって面白いです。

    小説, 森見登美彦,



    •   17, 2015 12:24

  •  有川浩さんの作品はいつも楽しく読ませていただいています。この本は5冊目になります。ただ、今回はいつものように「楽しく」とはいきませんでした。

    レインツリーの国 (新潮文庫)
    有川 浩
    新潮社
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     図書館戦争シリーズから生まれた作品、「レインツリーの国」です。今日は長文になると思います。それに、批判的な目線が入ると思います。自分でもどうまとめてよいか分からない、そんな作品でした。



    「障がい」という言葉



     この本は、「図書館内乱」という作品とリンクしています。そして、「図書館内乱」の中の世界では、この作品が痛烈に批判されている一説があります。

    一言で言って薄っぺらい。身障者をダシにお涙頂戴を狙う思惑が鼻について怒りさえ覚える。キャラクターも人間としての厚みがまったくなく、感情移入できない。デビューしてから今まで読んできたが、今作で見切った。はっきり言ってこれがこの作者の限界。こんなものは小説ではなく自分の願望を投影した妄想だ。


     面白いのは、この批判は誰かから浴びせられたものではなく、有川さんが自分で自分の作品に浴びせたものである、ということです。この作品を出したら、こういった批判を口にする人がいるだろう、ということを有川さんはあらかじめ予想しているようです。そして、「図書館内乱」を読めばわかるのですが、そういった批判を有川さんは憎んでいます。

     上の批判は全くの的外れです。特に、「身障者をダシにお涙頂戴を狙う思惑が鼻について怒りさえ覚える」の部分がそうですね。この本を読んだ感想がそれだというのなら、こんなに悲しいことはありません。有川さんもそういうことは十分に分かってこの部分を執筆し、おそらく自分に対する戒めにされたのでしょう。

     たしかに、障がい(難聴)を扱った1冊です。ですが、私は「健常者と障がい者」といったようなテーマでこの本の感想を書こうとは思えませんでした。これは、障がいの有無は関係なく、誰にでもあてはまる話です。

     自分と同じ人間は1人もいない

     当たり前のことです。自分と同じ人間は1人もいないですから、他者を理解することは「分からない」から始まります。分からないのに、人と関わらなければ人は生きていくことができません。誰にとっても、誰が相手であろうとこれは同じです。

     そう考えると、「障がい」がメインテーマではないことが分かります。障がいは1つの特徴、アクセサリに過ぎないのではないでしょうか。背が高い、低いと同じ1つの「特徴」です。私たちは傲慢にもそれに「障がい」という名前を付けて差別しています。「障がい」・・・改めて見ると吐き気のするような言葉ですね。「がい」の字をひらがなにして和らげてはいますが、それでもこの言葉がいかにひどいものか分かります。

     1つの特徴に私たちが勝手に与えた「障がい」という言葉はいったん切り離すことにします。私たち全員に、永遠に問われ続ける「他者理解」というテーマでこの本を読んでいくことにします。

    想像を絶すること



     自分と違う他人のことを想像しなければいけない、という感想がまずは浮かびます(このブログでもそういったことを書いたことがあります)。ですが、私が浮かんだのは「想像を絶する」という言葉でした。「想像力の限界」といってもいいかもしれません。

     主人公の伸さんは、難聴であるひとみさんのことを懸命に理解しようとします。難聴について調べ、思いをぶつけ、分かり合おうとする。その過程が丁寧に描かれていて、「他者理解」について多くのことを考えさせます。

     それでも、「限界」だというのだから私が言っていることは残酷です。率直に言うと、伸さんに共感できない箇所が何か所かありました。

    「今お前が突き飛ばした女の子、耳に障害持ってんねんぞ!」


     歩道でひとみさんがカップルが突き飛ばされた時、伸さんは激昂してこう叫びます。二人の「ズレ」として描かれるこの場面ですが、本当に残念でした。

     ひとみさんが突き飛ばされたことに怒るのは当然です。しかし、伸さんは「耳に障害」と口に出してしまいました。激昂した時に思わず口にした言葉がどんな意味を持つかは、すぐに分かると思います。それは「本音」です。

     一生懸命難聴について調べたから「こそ」でしょう。思わず飛び出た「障害」のことば(この本では障害、と漢字で表記されているのでそれにならいます)。1つの特徴が「障害」と呼ばれてしまうことを、私は重く捉えています。この部分は「すれ違い」といった生易しいものではありません。「断絶」です。

     この場面の後、言い争う二人。世界で不幸なのは君だけじゃない、と思った伸さんは、自分のとっておきの不幸エピソードをひとみさんにぶつけてしまいます。父親が脳腫瘍を患い、自分のことを忘れてしまったというものです。そして、そのあと・・・。

    「頼むから慰めんといてな。君が俺には障害のことホントの意味で慰められんし、理解できひんて何度も言うように、俺にとってもこれはどうしようもない種類のことやから。(中略)そこは俺が君を突っぱねてええよな?君が俺を突っぱねるみたいに


     「断絶」第2弾です。伸さんもこれを口に出してしまったことを「忌々しい」「自分のプライドに沿わない」と嫌っていますが、私はそれを含めてもやはり、これを口に出してしまったことに闇を感じました。

     有川さんはどうして伸さんにこの設定を付け加え、このセリフを言わせたのでしょうか。他人の不幸など、他の人間がどれだけ想像しても決して分かるものではありません。ましてや、比べてよいものではありません。

     不幸なのはあなただけじゃない
     傷ついているのはあなただけじゃない
     私も不幸なんだ、私も傷ついているんだ

     不幸なんて分かりえもしないのに、こういうことを言っているわけです。もちろん、理解することの難しさ、壁の大きさ、人間の未熟さ、そういったことを克明に描写している点で、この作品は素晴らしいのかもしれません。ですが、正直に思いを吐露すると、私はこの主人公をどうしても受け入れることができませんでした。(上に挙げた2か所の他にも、です)

    分からない時、どうするか



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     有川さんの作品は容赦ありません。内面に潜んでいる汚い気持ちや打算的なことも容赦なくあぶりだします。それでいて展開はどストレートでベタ甘。分かりやすく、楽しく、そして心をえぐってきます。

     ただ、私がその「分かりやすさ」に甘えていた部分があったのかもしれません。共感した、感動したとよく言っていましたが、その無責任さを痛感したような気がします。

     分からないものは、分からない

     私が思ったのはそんなことです。もちろん、一生懸命「分かろう」と努力することは大切です。「分からないから」と最初から切り捨てていいわけではありません。

     でも、分かろうと精一杯努力したうえで、「分からない」にたどりつくことは絶対にあります。そんな時どうすればいいか。私は、「分からないことは分からないままにして、黙って寄り添う」ことだと思っています。

     伸さんが口にした言葉を、正直私は受け入れられませんでした。
     
     俺には障害のことホントの意味で慰められんし、理解できひん

     こう自分で言っている伸さん。それなら、黙って寄り添ってほしかった気がします。分からないことは普通で、精一杯想像した上でそこにたどり着いているのだから、何も悪くありません。そこにたどり着いたのなら、言葉にせず、黙ってほしかった・・・というのが私の感想です。言葉にすることの愚かさ、とでも言いましょうか・・・。

     感情をストレートに言葉で起こしてくれる有川さんの作品。でも、時には「沈黙」もほしい気がします。




    こちらもどうぞ

    作家さんの本棚 002 有川浩さんの本棚
     有川さんの本を5冊読んだので、本棚のページを開設しました。こちらもあわせてチェックしてみてください。
    小説, 有川浩,



    •   24, 2015 16:59

  •  「親友になろう」「もう、絶交だから」。小学生の時、毎日のようにそんなことを言っていました。「親友」「絶交」その言葉の意味をよく考えもせずに。そこにあったのは、「好きか嫌いか」という単純な感情です。

    本屋さんのダイアナ
    本屋さんのダイアナ
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    柚木 麻子
    新潮社
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     今年発表された本屋大賞2015では第4位にランクインしました、柚木麻子さんの「本屋さんのダイアナ」という作品です。2人の少女が主人公の、ダブルヒロイン小説になっています。何もかもが違う2人。自分と違うものを持った相手が大好きで、うらやましくて、でも時にはうらめしくて・・・。作品では10年以上の時間が流れます。波乱万丈の人生を乗り越えて、2人が本当の「親友」になるまでの物語―。



    正反対のふたり



     ダブルヒロインは、何もかもが正反対です。正反対なのですが、共通点があります。「自分に対するコンプレックス」、そして「相手へのうらやましさ」です。正反対だからこそ、自分が持っていないものを持っている相手がうらやましくて仕方ないのです。

     まずは、矢島ダイアナ。ダイアナなんて、素敵な名前!と思われたでしょうか。実はこの名前、漢字で書くと「大穴」となります。競馬が大好きな彼女のお父さんが、世界一ラッキーな女の子になれるようにとこの名前を付けたのです。「矢島大穴」・・・。素敵な名前・・・ではありませんよね。最近何かと話題になる、キラキラネームです。

     ダイアナは、いつもこの名前で馬鹿にされ、苦しんできました。父は行方不明で、母親が彼女を育てました。「なめられないように」、そんな理由でお母さんは彼女の髪を金髪に染めてしまいます。キラキラネーム、そして金髪。いわゆる「ヤンキー」と言われてしまいそうな子供です。もしクラスにいたら、私だったら避けてしまうかもしれません。

     もう一人は神崎彩子(かんざき・あやこ)。この子はダイアナと正反対。名前は普通ですし、両親のまっとうな愛情を受けて育ってきました。学校では「優等生」「いい子」タイプです。どうしてこんな正反対の二人が一緒になったのでしょう。

    「えっ、ダイアナっていう名前、嫌なの?可愛いのに」
    「可愛くなんてないよ。だーいっきらい」

    「15歳になったら名前って自由に変えられるんだって。そうしたら私、普通の名前に変えるの。それと、お父さんを探しに行くんだ。こんな名前にしたことの文句を言ってやるの」



     「特殊」なダイアナは、「普通」の彩子がうらやましいのです。一方「普通」の彩子は「特殊」のダイアナがうらやましいのです。自分と違ったものを持った女の子―2人はたちまち惹かれあいます。そんな2人をつないだのは、「秘密の森のダイアナ」という1冊の児童書でした。本が大好きなダイアナと、お父さんが本の編集者をしている彩子。1冊の児童書を通して、2人は仲を深めていきます。

     そんな2人に別れの時がやってきました。小学校卒業です。「普通」と「特殊」は同じ道には進めないのです。彩子は受験した私立の中学校へ、そしてダイアナは公立の中学校へ。2人は別の道を進みます。

     ここまでで物語は3分の1。しかし、この小説がすごいのはここからです。

    呪いとの闘い



     ここまで読んで、心が温かくなる、ほっこりしたお話を想像した方がいるかもしれません。しかし、2人が別々の道を歩むようになってから、物語は急展開を見せます。「波乱万丈」という言葉がぴったりな、山あり谷ありの人生です。ラストで2人が10年ぶりに再会するまで、嵐のような日々が続きます。どれだけ波乱万丈か、ちょっとのぞいてみましょう。

    「十六で子供産んだ、あんたに言われたくねえよ!」

    「てめ、ふざけんな!親に向かってあんたとか、なめんのもいい加減にしろよ!」

    「てめえのせいで、あたしの人生がどんだけめちゃくちゃになったか考えたことあんのかよ!変な名前つけやがって!この名前のせいで、どんだけ笑われてるか、あんた、考えたことあんのかよ!」



     これはダイアナとお母さんの会話です。お話の荒れ模様は十分感じていただけるでしょう。一方、これまで「いい子」に収まっていた彩子も、大学進学と共に荒れた人生を過ごすことになります。2人の人生はもう滅茶苦茶です。どうしてこんなことになってしまったのでしょう?

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     2人はグレたくてグレたわけではありません。懸命に、自分を変えようとしたのです。ダイアナは、なんとか「普通」になろうとした、一方の彩子は、なんとか「普通」から脱出しようとした。でもそれは、とても難しいことでした。ダイアナが普通になろうとしても、やはりキラキラネームが邪魔をします。一方の彩子は、無理に普通から外れようとして、大学である泥沼にはまり込んでしまいます。

     「呪い」という言葉が何度も出てきます。ダイアナにとっては「キラキラネーム」が、そして彩子にとっては「いい子」のレッテルが、それぞれにとっての「呪い」でした。自分を変えようとしても、その呪いが邪魔をするのです。長い長い10年は、呪いとの闘いの10年でした。

    あんなにいい本をたくさん読んできたのに、何一つ血肉にすることができなかったなんて認めたくない。まだ18才だけれど、ダイアナはすでに自分が人生に失敗したのだと実感する。物語の世界の女の子たちに勇気と知恵をもらって生きてきたはずなのに、今、ここにしゃがみ込んでいるのは、文化から一番遠いところにいいる獣じみた小娘だった。



     あんなに大好きだった本に、今は目を向けることができません。あんなに大好きで、あんなにうらやましかった友達が、今はうらめしいのです。

    たどりつくラストは



     2人にとって大切な本、「秘密の森のダイアナ」は要所要所で作品に出てきます。この本の作者は「はっとりけいいち」という人でした。実はこのはっとりさん、正体は・・・。意外な展開を見せます。これまでのあらすじを注意深く読めば、勘のいい方は気付かれるかもしれません。

     自分を何とか変えたい。そんな思いで、嵐のような10年を必死に過ごした2人。ラストで10年ぶりの再会を果たします。こみあげてくる思い。10年間の苦しみ。再び会えた喜び。さまざまな感情があふれ出します。

     今日はあらすじをたっぷり目に書きました。1つの作品に、10年以上の時間が流れます。いろいろな事が起こるので、もっと長く感じるかもしれません。その激しいストーリーと時間の流れを、少しでも感じていただきたかったからです。

     ラストまで読むと、気付くのではないでしょうか。自分を変えたい、必死にそう思っていた2人に、自分を変える力をくれたのはほかでもない、「親友」の存在だったことに。

     そして、2人が本当の親友になったことに―。

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    くのことを乗り越えて、その先には大好きな「親友」がいた―。
     
     小学校のころ、特に考えもせずに「親友」を連発していた、と冒頭で書きました。たしかに親友の意味なんて考えていなかったでしょう。でも、将来本当の親友になれたのは、やっぱりそこにいたあの子ではないかと思うのです。

    小説, 柚木麻子,



    •   02, 2015 23:50