HOME > 森見登美彦
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。





  •   --, -- --:--

  •  日本文学関連で、今日はこの1冊。森見登美彦さんが面白おかしく描く、日本文学のパロディー作品が収録された短編集です。

    新釈 走れメロス 他四篇 (祥伝社文庫 も 10-1)
    森見 登美彦
    祥伝社
    売り上げランキング: 20,650


     最近大学関連で読む本も紹介しているのですが、「読まなければいけない本」というくくりで読むと、やはり楽しみが減っています。趣味としての読書の時間もなんとかして確保したいな、と思っているところです。その点、日本文学を面白おかしく料理するこの本は嬉しいです。ただただ楽しく読むことができます。



    才能がありすぎる人



     作者の森見登美彦さんをどう紹介しようかと思ったのですが、私は才能が「ありすぎる」人、と思っています。プロの作家になるのだからどの方も才能の持ち主には違いないのですが、森見さんの才能は他の方とは特異で、誰にも真似できない作品世界が広がっています。

     今回は、有名な日本文学5編のパロディーに挑戦した森見さん。どれも日本文学史にその名を刻む名だたる作品ばかりなのですが、森見さんは全く物怖じすることはありません。読んでみると、すっかり「森見さんの作品」に染まっています。

    読み進めれば読み進めるほど、その換骨奪胎の巧みさに魅了させられてしまった。原作のストーリーラインはそのままに、舞台を現代の京都に移し、登場人物を多少(いや、かなり)偏屈な大学生達に交換し、作者の傲慢と見せかけた及び腰な態度と、若者らしからぬ機知に富んだ語彙の数々により、見事にユーモアを醸成しているではないか・・・。(解説/神山健治さん)



     たしかにたしかに。「京都」、そして「偏屈な大学生」、これが揃えば森見さんの筆は自然に走り出します。

    桃色メロス



     5つの短編のうちの1つ、「走れメロス」を紹介します。言わずと知れた太宰治の代表作。森見さんの「走れメロス」を読んでいると、随所に原作を利用した遊びが見られて面白いです。例えば、冒頭文はこんな感じです。
    <走れメロス>

    メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐(じゃちぼうぎゃく)の王を除かなければならぬと決意した。


    <森見版・走れメロス>

    芽野史郎は激怒した。必ずかの邪知暴虐の長官を凹ませなければならぬと決意した。


     こんな感じで、かなり原作に忠実に話は進みます。ですが、その中にも「遊び心」を忘れていないという点が良いです。「走れメロス」は、友人が帰ってこなかったら処刑されてしまう、という極限の状況が描かれますが、森見さんの走れメロスでは、友人が「帰ってきたら」、桃色ブリーフで踊るという設定に変えられています。桃色ブリーフ、という破廉恥極まりない設定、これも森見さんの得意技です。

     面白いのは、友人が「帰ってきたら」というところ。メロスとは逆のパターンです。森見さんのメロスで人質になる男は、友人のことを全く信用していません。「あいつは必ず俺を裏切って帰ってこない」、そう確信しています。ややこしい言い方になりますが、「信用しないという信用の仕方」なのです。このような偏屈な設定は、森見さんの作品を読むうちにだんだんと病みつきになっていきます。

    a0960_006005.jpg

     こんな風に文学作品を面白くアレンジする試み、私は大賛成です。世の中にはたくさんのパロディーが溢れています。筋肉ムキムキのアンパンマンや、実写版のドラえもんのCMなどを見たことある方は多いと思います。

     それが原作を汚すものなのか、楽しいおふざけなのか。それを分けているのは、「原作への愛・リスペクト」の有無です。森見さんの作品を読んでいると、原作への愛に溢れていることが伝わってきます。原作をこの上なく愛したうえで「楽しいおふざけ」ができている点が素晴らしいです。パロディーものでは抜群のクォリティーを誇ります。

    パロディーが走り出す



     先月読んだ、坂口安吾の「桜の森の満開の下」も収録されていました。
    #35 桜にざわわ (桜の森の満開の下 / 坂口安吾)

     満開の桜に人間が感じる怖さを書いたこの作品。「桜が怖い」という絶妙な心理をしっかりと作品に生かしつつ、これも森見さんの物語へと見事にアレンジされていました。

     日本には数多くの文学者がいます。それぞれの時代に、数多くの名作が生まれてきました。そして、今に至ります。私は、この日本文学の系譜に森見さんの名前も大きく刻まれてほしいと思っています。日本文学をこんなにも愛し、こんなにも楽しく書ける森見さん。日本文学のバトンをしっかりと受け継ぐことができている一人です。

     「走れメロス」の冒頭文は今でも大人気です。ツイッターではこの冒頭文をアレンジした面白いツイートがしばしば出回っています。
    ツイッターで生まれ続ける「走れメロス」パロディー

     日本文学というとどうしても堅苦しいイメージがありますが、こんな風に楽しいイメージに変えてくれる動きがあるなら私は大歓迎です。このブログでも何作か日本文学作品のレビューを書いてきましたが、堅苦しいイメージを少しでも取り払って、興味を持っていただけるきっかけにしてしただけたらな、と思っています。ぜひ、今後も日本文学のレビューにご注目ください!

    LogoFactory+(1)_convert_20150405222943.jpg
    に溢れる楽しすぎる文学パロディー!ほとばしる才能を感じます。

     最近読む作品がどうしても難解なものばかりだったので、よい息抜きになりました。こんな風に楽しく文学を料理できる腕にはあこがれてしまいます。



    こちらもどうぞ

    「恋文の技術」 森見登美彦さん
     このブログ2冊目のブックレビュー。日付は1月17日です。レビューを書きなれていないので、どこか初々しい感じがあります。手紙形式に森見さんの「天才のリズム」を感じた名作!
    スポンサーサイト
    小説, 森見登美彦,



    •   11, 2015 18:03

  • 文が小説になりました

    書影

    恋文の技術
    森見 登美彦(著)
    ポプラ社 発売日:




     こんにちは、おともだちパンチです。ブックレビューの第2回は、森見登美彦さん「恋文の技術」をご紹介します。実は私のハンドルネーム「おともだちパンチ」は森見さんの「夜は短し歩けよ乙女」という作品から頂戴しているものなんですね。森見作品の魅力はどこにあるのか、そういったことも考えながら、以下「恋文の技術」のレビューです。



    手紙の魅力



     「恋文」「文通」・・・この言葉の響きだけで、ご飯3杯は食べられそうな気がします。主要なコミュニケーションツールがLINEやtwitterなどのSNSにとって代わってしまった今でも、直筆の手紙が持つ魅力は色あせることを知りません。手紙にはどんな魅力があるのでしょうか。森見さんは以下のように書いています。

    なぜあんなにも夢中になったのであろうと考えるに、それは手紙を書いている間、ポストまで歩いていく道中、返信が来るまでの長い間、それを含めて「手紙を書く」ということだったからだと思います。



     SNSは「直感」と「瞬発力」のツールでしょう。数えきれないくらいの言葉が次々に生み出されては、それらの多くはすぐに消えていく・・・。「思い」を込める暇もなければ、「思い」を読み取る暇もない、そんなことが時に気ぜわしさとなり息苦しさとなります。じっくりと、ゆっくりと・・・手紙からその人の思いを手探りで掴んでいく、そんな体験に現代人は飢えているのかもしれません。

    天才のリズム



     さて、作品をみていきましょう。くだらなくも愛おしい、何だか癖になる文章はこの作品でも健在です。「桃色ブリーフ」「阿呆」「破廉恥」「おっぱい」・・・といつもこんな感じなのでありますが、神出鬼没で当意即妙、摩訶不思議なその文体には熱狂的なファンが数多く存在します。一見くだらないようなことを、これほどまでに愛おしく描ける、これこそが森見さんの才能なのだと思います。

     能登の地で一人懊悩する大学院生、守田一郎が、様々な人と手紙のやり取りをする本作。ユーモアが混ざったテンポのよい文体に、「ああ、文才あるな」と読み進めるのですが、恋する相手、伊吹さんのこととなるとそんな手紙の調子は一転。気取ってみたり、砕けてみたり、改まってみたり・・・どこかちぐはぐな彼の恋文が展開される第9話「失敗書簡集」には大いに笑わされました。今作は「手紙」という手法を取ったことで、森見さんの文章の魅力がいつもにも増して感じられたように思います。その心地よいテンポはまさに「天才の文才」。思わず声に出してみたくなる、そんな名文が詰まっています。

    息苦しい現代社会へ



    「教訓を求めるな、ということです。教訓を得ることもできない阿呆な話が人生には充ち溢れているということです」



     この一言がよかったですね。森見さんが描くような大学生活を送ってみたい、と思っても、現実はなかなかそうはいきません。乾ききって、息苦しい世界に窒息しそうになります。肩の力を抜いて、背筋を伸ばさず、思いっきり笑う、そんなことが小説の中なら許される、そこに心地よさを感じます。

     ニッコリ笑って「やむを得ぬ!」、伊吹さんのそんな微笑ましい姿が最後に描かれていました。しかめっ面で「許さぬ!」とばかり言っている現代社会にも、こんな人が増えるといいんですけどね。



    オワリ

    「新釈 走れメロス他四篇」 森見登美彦さん

     「走れメロス」や「桜の森の満開の下」など、日本文学の名作がパロディーになりました。文学が森見さんの作風に染まっていくのが分かって面白いです。

    小説, 森見登美彦,



    •   17, 2015 12:24
  • 上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。