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 「最後の一行に見事な収束が訪れる」と名高い米澤穂信さんの短篇集を読みました。本当に、最後の一行は恍惚とするくらい見事でした。そして、見事なのは最後の一行だけではありません。物語の全てが、最後の一行に向けて注ぎ込まれているようでした。丹念に、丁寧に、それでいて大胆に。

儚い羊たちの祝宴 (新潮文庫)
米澤 穂信
新潮社 (2011-06-26)
売り上げランキング: 35,017


 久しぶりに読んだ米澤穂信さんの作品でしたが、本当に見事だと思いました。ミステリー作品に分類されるのでしょうが、米澤さんの場合、純文学と比べても遜色ないくらい、文学性も高いと思うのです。ミステリーとしての面白さと文学性の高さを兼ね備えた作家はなかなかいません。この点、私は当代一の作家さんだと思っています。

 今日紹介する『儚い羊たちの祝宴』は、最後の一行に向けて物語が注ぎ込まれる、佳品揃いの素晴らしい短篇集です。



内容紹介



ミステリー・サスペンス

 順で高潔な仮面の下に・・・

 全部で5篇の短篇が収録されています。独立したお話ですが、ゆるやかな共通点とつながりがあります。

 まず共通点ですが、どのお話も裕福な上流階級の人々が登場します。立派な「館」を所有するような名士たちです。ただ、スポットライトが当てられるのはそのような上流階級の人々ではありません。そこで働く「使用人」たちです。

 己を殺し、主人や一家に忠実に尽くす従順な使用人たち。尽くすことは、彼らにとっての「誉れ」なのでしょうか。彼らは皆、自分の仕事と立ち居振る舞いに独自のプライドと流儀を持っているようです。気品と、高潔さを感じます。

 どんな命令にでも、従順に従う高潔な使用人たち。「どんな命令にでも」・・・?そう、物語は徐々に不穏さを増していきます。とはいっても、展開はワンパターンではありません。五者五様の収束が待ち構えていることでしょう。どれも、本当に完成度が高いです。

 そしてもう一つ、共通点として「バベルの会」がありますね。バベルの会は、大学で開かれている読書会の集まりです。主に上流階級の人たちが集まっているようです。普通のサークルなどとは違い、やはり気品があって高潔なオーラが漂っています。

 ところが、この「バベルの会」を包んでいた高潔なベールは、徐々に取り除かれていくことになります。そこに集まっていた人々とは・・・?これは、タイトルの一部である『儚い羊たち』に通じていくところでした。

 最後に、ストーリーリストと私のプチ評価です。読書のご参考にどうぞ。

一、「身内に不幸がありまして」 S
常軌を逸した衝撃の動機。二段階の告白で見事な収束

二、「北の館の罪人」 S
文学としても素晴らしい完成度。赤と青、美しくも儚い終盤からの急転直下

三、「山荘秘聞」 A
一番分かりやすい作り。見事なミスリード。いい意味で拍子抜けの結末

四、「玉野五十鈴の誉れ」 S+
最後の一行で見事に収束しつつ、五十鈴の心情で醸す余韻。一番完成度の高い一篇

五、「儚い羊たちの晩餐」 A
タイトルへ繋がり作品を締める収束。狂気で味付けされた料理の味やいかに



書評 ~己を滅し宴に捧ぐ



書評

◆ 滅私奉公

 各短篇をSABCで評価してみようと思い立ったのですが、全てA以上になりました。私の素直な実感です。この作品の完成度の高さが伝わればと思います。中でも四作目の「玉野五十鈴の誉れ」は際立っていますね。ということで、「S+」とさせていただきました。

 名家に使える「使用人」たちが出てくると言いましたが、これが本当に見事な設定で、作品を面白くしたと思います。彼らは皆、仕えること、尽くすことに関して「プロフェッショナル」なんです。主人や一家の命令に忠実に、従順に尽くします。家の人々を「様」をつけて呼び、気品さと高潔さを感じる振る舞いで彼らに尽くします。

 「滅私奉公」という言葉がありますね。まさにこの通りです。私利私欲の部分を殺して、己の欲望を殺して、名家と住人に尽くすのです。

 けれど、それは「仮面」をかぶっていたのだ、と―そう気付きます。従順に仕える、その凛とした姿は仮面をかぶった姿でした。考えてみれば、使用人たちも人間です。己を殺して奉公するといっても、完全に己を殺せるわけではないでしょう。仮面の下の「素顔」がのぞいた時・・・?まさに、首筋にナイフでも当てられたよう。徐々に不穏さを増していた作品が、見事な暗転を遂げます。

 「ふーん、使用人たちに裏の顔があって、何か悪いことを企んでるんだ」と思われそうですが、そう単純なものではありませんでした。内容紹介にも書いたのですが、作品の収束は五者五様です。名家に使える使用人がいる、というところまでは確かに共通しているようですが、そこから広がる全く異なる物語。

 無駄なく、「最後の一行」に向けて注がれていくその構成は見事です。

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 四作目の「玉野五十鈴の誉れ」が素晴らしい、と言いましたが、どこが素晴らしいのかというと、使用人である五十鈴(いすず)の「心情」が奥深く解釈できて、絶妙な余韻を残しているからです。

 作品自体は、最後の一行で見事にまとまっています。最後から数ページまで来て、私にも最後の一行に何が来るのかが分かり、震えあがりました。この一行で作品は見事に締まるのですが、この一行に隠された五十鈴の「心情」、それは奥深く解釈できるもので、絶妙な余韻を残すのです。

 

 「玉野五十鈴でございます。どうぞ、よろしくお願いいたします」
 物腰は丁寧で申し分ない。
 しかしわたしは、拒まれている、と感じた。五十鈴は礼儀正しいのではなく。心を開かずにかたくなになっている。生来あまり人付き合いということをしてこなかったわたしにも、それぐらいのことはわかった。



 五十鈴は純香という少女に仕えますが、始めはこんな風に心を閉ざしているのです。「友達になりたい」、純香は密かにそう思ったのでした。その思いが通じ、五十鈴は心を開いてくれた・・・ようでした。

 そこから、二転三転する物語。最後まで読んで、五十鈴の「心情」「本心」というものを改めて考えてみます。ここの解釈は人によってわかれそうです。何を書いてもネタバレになるのでやめますが、使用人の「仮面」という設定を活かした、本当に見事な一篇だと思いました。人によって様々な心情を想像できる―それが素晴らしいです。

◆ 読書の魔力

 作品には随所にいろいろな文学作品が散りばめられており、米澤さんの教養の深さを感じます。こういったところでも気品溢れる作品です。散りばめられているものの中には、私が呼んだことのない作品も多く、「知っていたらもっと物語に深みが出るのだろうな」と歯がゆい思いでした。いつか年齢と経験を重ねた時に、また読んでみたいですね。

 そんな様々な文学作品が注ぎ込まれる湖が、謎の読書会、「バベルの会」です。

 このバベルの会の深奥が明らかになるのは一番最後の短篇です。バベルの会には、どんな人たちが集まっていたのか。それは、読書の魔力とでも言うのでしょうか、読書好きな私にも共感できるところのある秘密でした。

バベルの会とは、幻想と現実とを混乱してしまう儚い者たちの聖域なのです。現実のあまりの単純さに、あるいは複雑さに耐えきれない者が、バベルの会には集まってきます。わたしたちは、いわば同じ宿痾を抱えた者なのです」



 彼らは現実から逃避するために、そしてある時は現実と向き合うために、本を読み、「夢想」するのだ―このあと、そう明かされます。

 「夢想」とは、なんと儚げで、心の内奥に共鳴する言葉でしょうか。読書家の方なら、きっと共鳴する部分があるはずです。

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 本を読んで、私はいろいろなことを考えます。こうやってブログという空間で感想を書いているわけですが、ここで書いていることはなんというか「人様向きに」「整えた」ものであって、それ以外にも、本当にいろんなことを考えます。言葉にならないことも、言葉にしちゃいけないことも。心を丸裸にしている―例えるなら、そんな感覚です。

 読書というのは、本人だけしか立ち入れない、秘密の、そして夢想の空間なのではないでしょうか。

 最後の短篇、「儚い羊たちの晩餐」で明かされる「バベルの会」の秘密。それは、それまでの短篇に登場した人物たちにもまた、新たな光を当てます。仮面の下に、怪しくも艶やかな、幻惑の光が当てられるのです。

 ただ、この最後の短篇は、バベルの会の秘密だけでは終わりません。この後、作品のタイトルに通じる、衝撃的な展開が待ち受けています。血走る「狂気」のスパイス。「頭への」刺激が強すぎて、とても料理を口にできそうにはありません。

◆ 祝宴から晩餐へ

まとめ



 全体のタイトルが「祝宴」。最後の短篇のタイトルが「晩餐」。なるほど、1作目から4作目までの「祝宴」が「晩餐」に収束したということでしょうか。見事だと思います。でも、あまり深く想像したくありませんね。ここまでくるともうホラーの領域です。

 繰り返しますが、どの短篇も本当に完成度が高いです。ストーリーでもぐいぐい読ませますし、文章の質、文学性といったものも兼ね備えていると思います。ここまで上質な作品に仕上げることができる作家さんは、私の知る限りなかなかいないです。

 期待していた以上に素晴らしい仕上がりだったので、近いうちにまた、このブログに米澤さんの作品が登場しそうです。回りくどい言い方をやめると、久しぶりに読んで、また「ハマった」ということです 笑。



オワリ

 実は米澤穂信さんは、私にとって「ある理由」からとても応援している作家さんです。夢をかなえた米澤さんの生き方はとても憧れで、私もこんな生き方をしてみたかったです。今後も素晴らしい作品を生み出し続けてほしいですね。

心の毒 -『ボトルネック』 米澤穂信

 見事な青春小説。それでいてミステリー。これまで読んだ米澤さんの小説の中で一番好きです。風景描写が素晴らしいのも魅力の一つです。これを読んで、どんな「青」を描くでしょうか?


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小説, 米澤穂信,




 43冊のブックレビューのうち、この方の作品はこれで3作品目。ブックレビューでは作家別で最多の冊数です。今年に入って初めてこの作家さんの本を手に取ったのですが、毎回楽しませていただいています。

追想五断章
追想五断章
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米澤 穂信
集英社
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 質の高いミステリーを書かれる米澤穂信さんです。今回読んだのは「追想五断章」という作品。あらためて、米澤さんの作品の構成力を高さを堪能できた一冊でした。



結末のない物語



 リドルストーリー。

 結末を廃して、謎を残したままにしておく小説のことをこう呼ぶそうです。リドルストーリーという呼び名は初めて知ったのですが、このパターンの小説はたくさん読んでいます。「真相は藪の中」、そんな小説です。

 伊坂幸太郎さんの「残り全部バケーション」を先日紹介したばかりですが、これはまさにリドルストーリー。最後、メールが届くのですが、その送信者はいったい誰!?というところで話は幕を閉じます。送信者が誰かによって、天国にも地獄にも変わる結末です。

 宮部みゆきさんの「火車」もリドルストーリーに入るのでしょうか。あれだけ丁寧に女の足取りを追っておいて、引っ張って、引っ張って、引っ張った挙句にあのラストです。思わず天を仰いでしまいました。

 結末が書かれないとモヤモヤするかもしれませんが、ではしっかり結末まで書くのがよいか、と言われると案外そうではないかもしれません。結末が分からないからこその面白さがあります。

 そんなリドルストーリーの面白さを存分に味わえる1冊でした。リドルストーリーの小説が、作品の中に挿入されています。ただしそれは、ただ面白おかしく読む物語ではなく、重要なメッセージが込められた物語。5つのリドルストーリーからある事件の真相が浮かび上がるという、ワクワクするような構成です。

 実際は地味で重苦しい雰囲気が漂う作品で、読むのは大変かもしれません。しかし、終盤まで読み進めると驚きの真相が待っています―。

その一行には秘密がある


 
 古書店で働く主人公は、ある女性から奇妙な依頼を受けます。「父が遺した5つの小説を探してほしい」というその依頼に興味を覚えた彼は、小説探しに奔走することになります。

 彼女の母親は、ベルギーのホテルで首を吊ってなくなりました。父親は殺人容疑をかけられるのですが、嫌疑不十分になります。次々に集まる小説から浮かび上がってくるのは、そんな過去の事件の真相で・・・。

 面白かったです。結末が明かされないリドルストーリーが5編収録されているのですが、他の作品と違っている点として、章の終わりに「最後の一行」が明かされているところでした。

 リドルストーリーを読むとき、読者は結末がどう転んだのか、想像力をフルに働かせます。そんなところに最後の一行が加わるのですから、不気味な余韻があります。結末の可能性は2つ。予想はつくのですが、改めて文字として最後の一行になると不気味さを感じます。結末がはっきりしなくても、はっきりしないことがかえって印象を高めます。リドルストーリー、面白いですね。

 終盤、いよいよ謎が解かれようとするのですが・・・。

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 見えてきたのは、1人の男の物語でした。

集められた断章が示唆するものは、不幸ながらも彩りに満ちた人生。望むと望まざるとにかかわらず、主人公に押し上げられた男の物語。その劇に芳光はいまや背を向けることしかできない



 不思議なもので、直接言葉で語られるよりも、小説で間接的に語られる方がより多くのことを訴えかけてくるような気がします。小説は、読者にいろいろなことを想像させる1つの仕掛けになっていて、小説のそういった面が上手く取り入れられています。

 リドルストーリーに何かのメッセージが込められていて、それを紐解いていくと、うやむやになっていた事件の真相が浮かび上がってくる―ということはすぐに想像がつきます。ただ物語を読むのではなく、その裏に込められたメッセージを考えながら読みました。

 が、しかし。この小説の仕掛けは、私が思ってもみないところにありました。小説の細かいところに注意していたので、かなり意表をついた、しかし、パズルを解くような見事な仕掛けが隠されていたのです。

 詳しく書けないのが残念ですが、ヒントは上にある小タイトルです。

 「その1行には秘密がある」・・・・・・・・・・・・。

1行に左右される面白さ



 いろいろなミステリー作家の本を読んでいますが、米澤穂信さんは構成力の高さに目を見張るものがあるように思います。重苦しい雰囲気を漂わせつつ、大きな謎を残したまま物語は進みます。謎解きの部分は本格的で、終盤はぐいぐい読ませます。重苦しい雰囲気を残したまま終わるのもここまで読んだ3作の特徴です。面白おかしく、とはいきませんが、本格的な構成には感嘆の一言です。

 リドルストーリーの面白さに、「たった1行で小説が左右される」ことがあると思います。この小説の仕掛けを知った後ならなおさらです。長い小説があっても、最後の1行で全てが左右されます。だからこそ、最後1ページ、最後の1行まで気が抜けないのが小説の面白さですね。

 リドルストーリーの虜になりそうです。ネットでリドルストーリーの小説を探して読もうかと思いましたが、最初からリドルストーリーだと分かっていたら意味がないですからそれはできませんね。たくさんの小説を読みながら、印象的なリドルストーリーを探そうと思います。

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行に左右される本格ミステリー!

 5つのリドルストーリーに隠された秘密とは?終盤で明らかになるパズルのような仕掛けに驚かされます。結末を明かさず、最後の1行で全てが左右されるリドルストーリーの面白さを堪能します。



小説, 米澤穂信,



  •   06, 2015 18:11
  •  「心のどくを消すほうほうはない」-。
     今日紹介するのは、青春の危うさと影を描き切ったこの作品です。

    ボトルネック (新潮文庫)
    米澤 穂信
    新潮社
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     米澤穂信さんの『ボトルネック』。ミステリーというより、青春小説としての価値を持った小説だと思いました。金沢の暗い空の下で繰り広げられる、悲しすぎる1人の少年の物語です。




    生きる意味



     2日前の記事で、私はこんなことを書きました。

    まがりなりにも「誰かの役に立っている」「自分が必要とされている」と思うことで創造性のない日々にも意味を持たせています。


     自分が誰かの役に立っている、誰かに必要とされている、そう思うことによって人は前を向いて生きていられます。今日は、そんな思いが打ち砕かれたら・・・ということを考えてみたいと思います。

     この本で起こったことは、私が書いた文とは全く逆のことです。

     東尋坊で崖から転落して死んだ彼女、ノゾミに花を手向けていた主人公の嵯峨野リョウ。その時、ぴょうと海風が吹きました。風と共に、どこからかかすれ声が聞こえます。「おいで、嵯峨野くん」-。ふわり、とリョウの体が浮きました。リョウは崖を落ちていきます。

     ・・・リョウが目を覚ましたのは彼の地元、金沢市。今しがたまで東尋坊にいたのになぜ?困惑するリョウ。種明かしをすれば、そこはリョウのいない世界、パラレルワールドでした。リョウは自分の代わりに生を授かった姉、サキに出会います。そこから、リョウにとって地獄のような3日間が始まりました。

    脆い自尊心



     リョウに「自分がいない世界」を見せていたのは、グリーンアイドモンスター(GEM)と呼ばれる怪物です。

    グリーンアイド・モンスター・・・ねたみのかいぶつ。生をねたむ死者のへんじたもの。一人でいるとあらわれ、いろいろな方法で生きている人間の心にどくをふきこみ、死者のなかまにしようとする。心のどくを消すほうほうはない。(本文より)


     その心に吹き込まれた毒、というのが「自分のいない世界」を見せられることでした。ネタバレになるので詳しく言えないのですが、リョウは3日間、自分の代わりにサキが生まれてきた世界をさまようことになります。サキと一緒に元の世界に戻るために手がかりを探すのですが、リョウが見せられたのはあまりにも残酷な現実でした。

     自分の代わりにサキが生まれたことによって、あちこちで変化が起こりました。リョウの両親、兄、死んだ彼女のノゾミ、ノゾミのいとこであるハルカ、そして重要な伏線になる「イチョウの木」。「リョウがいた世界」と「サキがいる世界」では、それらの行く先が異なっていました。そんな違いを見せつけられて、リョウの中で「心の毒」が増幅していきました。

     ついに、リョウはある「恐ろしい結論」にたどり着きます。未熟ながらも精一杯に生きている「つもり」だったリョウ。一人の少年の脆い自尊心を打ち砕く、恐ろしい結論です。後味はかなり悪かったです。

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     この作品はどういう評価をされているのか、気になってたくさんのサイトを調べました。大きな特徴として、「読み手によって大きく評価が変わる」ということがありそうです。実際、アマゾンのレビューを見ても、星5つのレビューが多い中で、星1つのレビューもかなり目立ちます。

     評価が分かれる理由は2つありそうです。まずは、ミステリーとして読むかどうか、という点。伏線の見事な回収はありますが、ミステリーとしては辛口の評価が目立ちました。推理の要素があまりないからでしょうか。冒頭でも書いたように、青春小説として読むのがおすすめです。若さの危うさ、影といったテーマで読むと群を抜いた鋭さがありました。

     2つ目が大事なのですが、読み手がどのような青春を過ごしてきたのか、という点です。青春と一口に言っても、その中身は人それぞれだと思います。

     青春 青春 青春 青春

     青春の「青」に、皆さんはどのような色を浮かべられたのでしょうか。この小説は、読み手の青が反映される作品といってもいいかもしれません。作品のイメージは一番右の青です。抽象的な例えですが、青春と聞いた時に一番右の闇と影を抱えた青を浮かべた人は、主人公に大きく共感できると思います。

     

    「どんなことが起きても、それを自分のことじゃないように受け止めることができる子」

    ぼくも、ぼくなりに生きていた。別にいい加減に生きてるつもりはなかった。しかし、何もかも受け入れるよう努めたことが、何もしなかったことが、こうも何もかも取り返しがつかなくするなんて。



     主人公の描写です。「自分を見つめる」ことってとても難しいですね。しかも、まだ人間として固まりきれていない少年・少女の時期。青春とは、だれにとっても不安定なものだと思います。反抗期があって、大人を見下して、そして、自分がそんな見下していた「大人」に近づいていく・・・。そんあ青春を直視できずに、自分に背中を向けていたリョウ。そんな彼に、もう1つの世界が容赦なく襲いかかっていきました。

    青色の結末


     作中で、「想像力」ということばがしつこいほどに登場します。あまりにも出てくるので、読み手も想像力を働かさざるを得ません。想像をしていくと、リョウが出した「恐ろしい結論」がぼんやりと見えてくるかもしれません。

     若い頃って、必要以上に悩んだり苦しんだりすることがあるのではないでしょうか。青春とは盲信です。馬鹿みたいに希望を信じることができれば、絶望に向かっていくこともできます。青春のガラスのような脆さを痛感する作品でした。

     ラストははっきりとは描かれません。「答えは、この本を読み終えた読者の中にある」、解説にはこう書かれていました。ラストはどう解釈すればよいでしょうか・・・。先程の青春のように、人によって浮かべる色は異なると思います(私は最悪なバッドエンドしか浮かびませんでした・・・)。

     ネタバレを最小限に書こうと思ったのですが、難しいですね。興味のある方はぜひ読んでみてください。後味の悪さは覚悟された方がいいと思います・・・。




    オワリ


    「リカーシブル」 米澤穂信さん
     米澤さんの作品は今回で2冊目でした。2冊読んで思ったのですが、この方は若い世代、青春に容赦がない人です。主人公を容赦なくズタズタにするスタイルは、なかなか読みごたえがあります。



    小説, , 米澤穂信,



    •   27, 2015 19:15
  •  ブックレビューの第14回です。今回ご紹介するのは米澤穂信さんの「リカーシブル」という作品です。いろいろな人からおすすめされてはいたのですが、ようやく手に取った米澤さんの作品。予想していた以上に面白かったです。本屋大賞にノミネートされている「満願」も早く読まなければ!と思わせるような出来栄えでした。それでは、以下「リカーシブル」のレビューです。

    リカーシブルリカーシブル
    (2013/01)
    米澤 穂信

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    怪しさの不気味な増幅




     この本は363ページあるのですが、事件が大きな動きを見せるのは222ページと全体の3分の2にさしかかったあたり。そこからの急展開はもちろん見応えがあるのですが、それよりも私が面白いと感じたのは「事件が起こる前の不気味な怪しさ」の方でした。

     主人公の越野ハルカは中学生になった春、母と弟と一緒に見知らぬ町、坂牧市に引っ越してきます。その町は独特の雰囲気と怪しさを醸し出した町でした。街を覆うのは、古くから伝わる奇妙な伝説・・・。自分が「よそ者」としての視線を受けていることを強く意識しつつ、町に潜む「何か」を探るハルカ。・・・とまあ、これだけでも十分に不気味なストーリーです。

     この話のすごいところは、「異質なのは町だけではない」というところです。母と弟、と先程書きましたが、実はこの二人、ハルカとは血のつながりを持っていません。母は父の再婚相手、弟はその母の連れ子です。つまり、ハルカは、全く見知らぬ町で、血のつながりのない「形だけの」家族と生活していくのです。・・・とまあ、これだけでも十分に不気味なストーリーです。

     まだ、あるんです。ハルカの母は、実の子供であるサトルと血のつながりのないハルカに対し、全く同じように接します。あまりにも「優しすぎる」のです。その底の見えなさが不気味な怪しさを醸し出しています。そして、不気味さのラスボスはそのサトル。サトルは、町で起こることを「予言」してしまう、という不思議な能力があったのです・・・。

    強すぎる主人公



    読んでいて気付くのですが、主人公には心を許せる人物がいません。母は怪しく、弟は得体のしれない「予言」の能力を持っています。そして、舞台は見知らぬ町。ハルカはリンカという友達をつくり、クラスでの居場所を確保するのですが、このリンカも完全に信用できる人物ではありません。「友達」はあくまでポーズ。彼女が腹の底で何を考えているのか・・・ハルカは警戒を続けます。

     見知らぬ土地で、一人で暮らしているようなものです。とても正気を保てるような状況ではありません。しかし、このハルカという少女はかなり強靭な精神を持っていました。自分の弱みを見せないように、周りになじめるように、と自分を「演じる」ことに徹します。

    夕暮れに沈む町はどこもかしこ一片の情けもなくよそよそしくて、とてもわたしを受け入れてなどくれそうもない。でももちろん、それは気のせい。にっこり愛想笑いしてお腹に力を入れていれば、どんなことでも、きっとなんとかなるに決まっている。そう信じていないと、気持ちが持ちそうもない


    わたしはまだ弱い。そんな弱さは命取りだ。改めなくてはいけない。改めなくては・・・。



     ・・・すごいタフさです。昨年、宮部みゆきさんの「ソロモンの偽証」を読んだとき主人公の女の子があまりにしっかりしていて驚いたものですが、彼女はそれをゆうに上回っています。太字にした部分のように、もちろん不安でいっぱいなわけですが、決してそれを表には出しません。仮面をかぶりながら、自分の立ち位置を探します。中学1年生のなせる業ではありません。あまりに強すぎて、読者からすれば、彼女の存在もまた一種の「不気味さ」になったかもしれません。

     事件が起こった後は急展開。前半は静かに増幅していく不気味さ、後半は意表をつく展開で魅せます。ハルカは最後も機転を利かせ、抜群の行動力と推理力で町に隠れた秘密を明らかにしていきました。人に心を許さず、自分を演じることに徹した彼女の行動が、最後は真実を見抜く鍵になりました。
     
     練られたプロットと、どこまでも怪しい雰囲気。「読ませる力」を持った作家さんだな、と思います。特にうまいのは町の不気味な雰囲気の演出です。

    この町はどこまで行ってもよそよそしく灰色で、錆びたトタンに囲まれた路地も、誰もいない道で点滅する黄信号も、わたしを受け入れようとしない。店を閉じ看板を下ろした跡がもの寂しい民家や、いつのものとも知れないチラシが破れて糊の跡だけ残った電柱、そうしたものから目を逸らす。



     一つだけ注文するなら主人公が強すぎることですね。弱さをのぞかせる場面も少しはあるのですが、先程引用したようにそれを決して見せようとしない。もう少し弱さを見せてくれれば、読者も共感でき、町や家族の異様さがなお際立ったのではないか、と思います。

    町の魔性



     一見現実離れした物語なんですが、実はとても鋭い。「町の魔性」を上手く捉えている、と思います。

     この間紹介した芥川賞作品、「九年前の祈り」でもそうでしたが、町にはその町にしかない独特の空気があります。そこで暮らす人々が、無意識のうちに作り出す空気。よそからきた人にとってはそれは不気味なものになります。 

     「よそ者」を主人公にしたことで、そういった雰囲気がとてもよく描けていました。ラストで明かされるのは町全体に仕組まれていた大きな「仕掛け」。町の魔性を小説に上手く生かし、壮大なフィクションに仕立て上げたラストは見ものですよ。

    小説, 米澤穂信,



    •   21, 2015 19:15