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 お金って、怖いものですね。つくづく思いました。財布の中から紙幣を取り出して、まじまじと眺めてみます。この紙切れに、いったいどれだけの人が人生を狂わされて、破滅してきたのでしょうか。そう考えると、お金は人類が生み出した中でもっとも凶悪な、悪魔の発明だったのではないか、とすら思えてきました。

紙の月 (ハルキ文庫)
紙の月 (ハルキ文庫)
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角田 光代
角川春樹事務所
売り上げランキング: 45,601


 お金を毎日扱う仕事の人は、そんな悪魔に魅入られやすいのかもしれません。今日は、お金によって破滅の道を行くことになった女性の物語を紹介しましょう。銀行で契約社員をしていた主人公が、1億円の横領というとんでもない犯罪に堕ちていきます。角田光代さんのサスペンス小説、『紙の月』です。



内容紹介



ミステリー・サスペンス

 う、来た道は戻れない

 「人がひとり、世界から姿を消すことなんてかんたんなのではないか。」

 タイのチェンマイで、梅澤梨花(うめざわ・りか)は漠然と考えていました。これは、バカンスの一コマではありません。行く当てのない、逃亡の一コマです。

 そのころ、日本ではニュースが流れていました。「梅澤梨花容疑者は、まだつかまっていない」―――。

 彼女は、海外へ逃亡していたのでした。契約社員として雇われていた銀行から、1億円を横領したのです。もう決して、日本に戻ることはできません。日本では、残された彼女の知り合いたちが、それぞれに彼女のことを想像していました。

 なぜ、梨花は1億円というとてつもない大金を横領することになったのか。始まりは、ほんの些細な出来事と、ほんの些細な恋心でした。いつの間にか、少しのはずだったお金が1億円に膨らんでいたのです。

 一度はまり込むと、もう決して抜け出すことはできない沼。戻ることはできない道。平凡な契約社員だったはずの1人の女性が、身を滅ぼし、そしてその果てに恐ろしい境地にたどり着く―。角田光代さんの傑作サスペンスです。

書評



書評

◆ お金って何だろう

 とても印象的な一節があったので、今日は引用から始めることにしましょう。

お金というのは、多くあればあるだけ、なぜか見えなくなる。なければつねにお金のことを考えるが、多くあれば、一瞬でその状態が当然になる。百万円あれば、それは一万円が百枚集まったものだとは考えない。そこに最初からある、何かかたまりのようなものだと思う。



 家訓にしたいくらいの言葉です。まあ、この言葉が家訓というのもどうかとは思いますが・・・そのくらい真理だと思います。お金は、たくさん持っていれば持っているほど満たされるというものでは決してありません。多く持っていても、見えなくなって満たされない。それなのに、お金が足りなくなると、お金のことばかり考えてしまう。そう考えると、本当に悪魔のようです。

 「お金を使う」ということにも、悪魔のような魅力がありますね。思い切ってお金を使ってみたその瞬間は、ちょっとした心地よさがあります。でも、そんな快楽はすぐに醒めてしまいます。後に残るのは、お金を使ったという無力感や徒労感だけ。すぐに効果が切れてしまう麻薬みたいに思えてきます。

 主人公の梨花も、そんなお金の悪魔のような一面にどっぷりとはまり込んでいくのでした。

紙の月

 梨花が横領に手を染めたのは、本当に些細な出来事からだったのです。買い物をした後、財布にお金が足りませんでした。その時、ふと、お客さんから預かってきた封筒に目線が行きます。

さっき顧客から預かった現金入りの封筒に、咄嗟に手が伸びる。鞄のなかに手を突っ込んで封筒から紙幣を取り出し、五枚揃えて梨花はカウンターに置いた。何も考えていなかった。迷いもなかった。店員がそれを手にレジへ向かってから、梨花はやっと自分が今何をしたのか理解した。



 梨花は、その後すぐにATMからお金を下ろし、封筒に戻しました。だから、封筒の中はすぐ元の状態に戻ったのです。だけど、決して戻せないものがありました。外れてしまった心のブレーキ、リミッター。顧客のお金に手を付けるという、絶対にやってはいけないことを「お試し」したこの瞬間、彼女は一方通行の道に踏み出してしまったようです。

 ひょんなことから光太という大学生と知り合い、親しくなった彼女は光太に入れ込んでいきます。そして、彼が50万円の借金をしていることを知ります。その借金を肩代わりするため、梨花は証書を偽造し、老人から預かった50万円を返済に当てます。ここまできてしまうと、完全な犯罪で、もう決して「こちら側」には戻れない。そんな、「とんでもないこと」が起こってしまったのですが、本当に彼女は、「ふわっ」とそれを越えていってしまうのです。

 最初にお金に手を出した時、「すぐに元に戻せる」という体験をしました。そして、薄まった罪悪感。ああ、人はこうやって罪に堕ちていくのか。プロットはありきたりなのですが、一つ一つの描写は本当に生々しく、まるで自分が犯罪を犯しているかのようにスリリングな気分になります。

 「ふわっ」と罪に堕ちていった梨花。そうまでして手に入れたお金が見せてくれたものは、何だったのでしょうか。

ゴールデンウィークのあいだ、ずっと梨花はふわふわしていた。手に触れるものもみなふわふわと感じ取られ、足元もみなふわふわとしていて、周囲のものの色合いもふわふわしていた。世のなかはかつてないほどやさしくやわらかかった。そうか、お金のある人たちってこんな世界を見ているのかと梨花は思った。



 お金が見せてくれたのも、「ふわふわした」世界でした。みんなが優しくしてくれる、細かいことなんて気にしなくていい、お金を出せば解決する・・・そんな悦楽が彼女を包みます。決して、彼女が立派な人間になったわけではありません。全ては、彼女ではなく、その手の中にある「お金」に寄って来る幻想。そう言ってあげたいのですが、麻薬におぼれた彼女に声は届きそうにありませんでした。

 お金に囲まれると、世界がふわふわして見えるのでしょうか。298円ののり弁当に3割引きのシールが貼られる時間まで待ってから近所のスーパーに行く私には全く縁のない世界です。私が百円玉を使うような感覚で、彼女は十万円を出す。後半は、何だか呆然としながら彼女の姿を追うばかりでした。

◆ 与えるだけの関係

 梨花が止まることなく転落していった原因には、彼女の性格もあったようです。彼女の昔の同級生が回想するパートがあります。貧しい国の子どもたちのために寄付をするという活動で、子どものころの梨花はやけに張り切ってみるのでした。

梨花は小さく笑い、「それでいいのよ。私、思うんだけれど、何かするのだったら徹底的にするか、もしくはなんにもしないか、そのどちらかしかないわ。ちょっと手を出して、すぐそれをひっこめるっているのが、いちばん人として正しくないことだと思う」と言った。



 平凡な人生があっという間に狂っていく。その裏には、こんな性格もあったようです。そして、このボランティアで梨花は歪んだ感情を育てることになりました。寄付をするという行為が、「自分が与えてやっている」という歪んだ善意に変わっていきます。お金を与えれば、恵んでやれば、ほどこしてやれば、相手は喜んでくれる。その歪んだ思いは、若い恋人である光太にも、同じようにエスカレートしていきました。

 「一方的に与えるだけの関係」って、とても危険なものです。片方は「依存」に、片方は「支配」に、それぞれ流れていく危険があります。人間は簡単に堕落してしまうし、簡単に腐ってしまう。本を読んでいて、痛いほど感じました。純粋なはずだった善意が、歪んだ善意に変わる瞬間も、また一瞬です。人生には、どれだけの落とし穴があるというのでしょうか。

 さて、泥沼にはまり、最終的には1億円もの大金を横領してしまった梨花。一体彼女は最後に何を思うのだろう。それが結末に向けての関心でした。ラスト近くに待っていたのは、これまたぞっとするような言葉でした。

私は私のなかの一部なのではなく、何も知らない子どものころから、信じられない不正を平然とくりかえしていたときまで、善も悪も矛盾も理不尽もすべてひっくるめて私という全体なのだと、梨花は理解する。



 この小説は、途中までは「転落人生」「逃避行」、そんな感じに映って見えます。でも、それは違いました。

 彼女は「覚醒」してしまった。私はそう思いました。善悪を全て超越して、1億円を横領したことを含め、全て自分の中に吸収してしまった。これは、何よりも恐ろしい結末だと思います。犯罪からの逃亡だったはずなのに、まるで「自分探しの旅」を終えたように見えてしまう。背筋が凍るようでした。

 善悪の全てを超越した彼女が、逃亡した先の異国でどういう結末を迎えるのか。全く共感はできないと思いますが、鮮烈なラストが待っているはずです。

まとめ



まとめ



 普段小説をあまり読まない方にもおすすめです。角田さんの文章は読みやすくて、それでいて面白いです。また構成も実にしっかりしています。彼女の犯罪がばれそうになる終盤あたりは、口から心臓が飛び出しそうなくらい緊張しました。共感できない主人公なのに、緊張するくらい入れ込んでしまうんです。角田さんの文章がなせる技だと思います。

 そして、「自分は横領なんて犯罪には無縁だ」と思う人。そんな人にこそ、読んでみてほしいとおすすめするべきなのかもしれません。彼女の動機自体は、本当にどこにでもあるものなんです。

 「自分を少しでもよく見せたい」「人よりも優位に立ちたい」

 少しでも心当たりのある人は、きっとこの小説に引き込まれると思います。



オワリ

 たしか、映画やテレビドラマにもなっていましたね。調べてみると2014年。「面白そうだな」と思ったきり見ていなかったので、激しく後悔しました。小説とはまた違った展開になっているということで、ぜひ見てみたいと思います。

100万分の1回のねこ 5匹目 「おかあさんのところにやってきた猫」 角田光代さん

 短編集「100万分の1回のねこ」から。短編集でも1、2を争う素晴らしい一編でした。角田さんの作品を紹介するのはこの作品以来2冊目ですが、人の心にすっと入ってくる文章に関しては本当に天才的な方だと思います。


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小説, 角田光代,



 久しぶりにすごいミステリーを読みました。小さい文字で単行本500ページ以上ある大作ですが、途中からはもう止まりません。夕飯抜きで一気に読み切りました。途中からはだいぶお腹も減ってきたのですが、食い付かれるようにラストまで持っていかれました。これだから読書はやめられません。

絶叫
絶叫
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葉真中 顕
光文社
売り上げランキング: 47,671


 葉真中顕(はまなか・あき)さんは新進気鋭のミステリー作家です。今日紹介する『絶叫』はミステリーとしては2作目の作品だそうですが、それが信じられないくらいの傑作です。ミステリーのジャンルとしては「社会派ミステリー」になると思います。葉真中さんのことを知らない方でも、宮部みゆきさんなら知っておられるのではないでしょうか。宮部みゆきさんの現代ミステリーを彷彿とさせる、素晴らしい筆力、構成力でした。私は今とても興奮しています。

 この作品は、社会の暗部をリアルに描き出したまるでドキュメンタリーのような文章が素晴らしいです。それだけでなく、緻密な伏線、驚きのラストなど、ミステリーとしての構成力も抜群です。今日はぜひ、この興奮をおすそ分けできたらと思います。

※ 本の内容的に刺激の強い描写があります。苦手な方は読まないようにしてください



内容紹介



ミステリー・サスペンス

に喰われた孤独な死体とNPO理事殺害事件
社会の闇を抉り出す、あまりにも残酷な事件の全貌-

 始まりは、2つの事件でした。まずは、マンションの一室で孤独死していた一人の女性。彼女の名前は鈴木陽子。1973年生まれの彼女は、見るも無残な姿で発見されました。肉がほとんどなく、周りには猫の死骸が転がっていたのです。彼女は、部屋で飼っている猫に喰われるという、あまりにも無残で、孤独な死をとげていたのでした。

 もう1つは、NPO代表理事が殺害された事件。通報した女性が部屋から姿を消しました。警察は、この女性を重要参考人として行方を追います。

 物語は、部屋で孤独な死を遂げた鈴木陽子の人生を幼いころから回想するパートと、刑事の綾乃が事件を捜査するパートを中心に展開されていきます。見えてきたのは、ごく普通の人生を歩んできた女性が、ささいな歯車のずれから奈落の底まで落ちていった壮絶な転落人生の姿、そして、社会の暗部で起きた、あまりにも恐ろしく、おぞましい犯罪の全貌でした。

 鈴木陽子は、なぜ部屋で孤独な死を遂げなければいけなかったのか。

 彼女の人生は、どこで狂うことになったのか。

 そして、殺人事件の真相と底に隠されたさらに闇の深い事件とは。一瞬たりとも目が離せない、本格社会派ミステリーです。

書評



書評

◆ 奈落の底への歯車

 あらすじにも書いたように、この本は鈴木陽子という1人の女性の人生が中心になります。彼女が生まれたところから、丁寧に回想が始まります。とても1冊の小説とは思えない、激動の人生です。あまりに生々しく、おぞましい。「転落人生」がそこにありました。

 この本には、「社会の暗部」がこれでもかというくらい詰まっています。本当にたくさんあります。ちょっと、書き出してみます。

・貧困
・生活保護
・貧困ビジネス
・ブラック企業とその洗脳体質
・孤独死
・家庭内暴力
・売春産業、性風俗
・後を絶たない行方不明者



 物々しい雰囲気が伝わってくるのではないでしょうか。これが全て現実であるというのが恐ろしいです。そして、現実を描くその描写は容赦ありません。例えば、最初に見つかる陽子の遺体。猫に喰われた無残な遺体ですが、これは小説を盛り上げるための演出ではなく、現実です。孤独死した遺体が、飼っていたペットに食われる-こういったことは実際に起こっているのだそうです。

 そして、この小説は実際に社会で起こった出来事も上手く取り上げています。バブル崩壊、阪神大震災、政権交代、東日本大震災、原発事故・・・。それらの出来事が、彼女の人生の中に取り入れられています。ここまでくると、もはや小説を読んでいるという感じはしません。ノンフィクションや、ドキュメンタリーを読んでいる気分になります。

 彼女の人生は、どこで狂ったのでしょうか。幼いころに自殺した弟、多くの借金を残し、蒸発した父。母との絶縁。読んでいるとくらくらしてきます。しかし、彼女はそういったことを乗り越えて、いったんは就職し、地味ですがまともな人生を歩み出したのです。それなのに、なぜ・・・。

もっと稼げて安定した仕事に就かなければ。
誰にも頼らずに生きていけるだけのお金を稼げるようにならなければ。
自分の居場所は、自分で作らなければ。
しっかり、自立しなければ。



 彼女に芽生えた「焦り」。本をパラパラとめくっていると、どうもこのあたりが、転落人生の始まりになったようです。こんなものは、若い人なら誰にでもある感情だと思います。しかし、社会の闇は、容赦なく彼女を飲みこんでいきました。

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 数々の悲惨な出来事の中で、私が印象に残ったのは「ブラック企業とその洗脳体質」です。今、社会でもすごく問題になっていますね。どうして、抜けられないのか。どうして、追いつめられるのか。この本はその答えを教えてくれます。

 彼女は大きな収入に惹かれ、保険会社の営業員に転職しました。しかし、そこで出会った彼女の上司というのがとんでもない男でした。彼女は人生を大きく狂わされていくことになります。営業の成績をとるために、「自爆営業」や、ついには「枕営業」にのめり込んでいく。しかし、恐ろしいことに社会の闇はさらに深く、そこからさらに「穴」は広がっていきます。

一度転落したらもう止まれない
奈落の底に向かって、歯車が絡み合う


 社会の恐ろしさを見ました。そして、もっと恐ろしいことに、誰もが「転落」する危険があるということ。彼女だって、きっかけはほんのささいな出来事だったのです。

 そして、転落して、し続けて、一番底にあるのは「犯罪」ではないでしょうか。中盤から終盤にかけて、震えあがるような恐ろしい犯罪の全貌が見えてきます。もう、ページをめくる手は止まらなくなりました。

◆ ラストから4行目の衝撃

 まるでドキュメンタリーのようだ、と書きましたが、この作品はミステリーとしても抜群に完成度が高く、そこが素晴らしいです。例えば「緻密な伏線」「叙述トリック」「どんでん返し」。筆力と構成力を兼ね備わっていて、ぐいぐい読ませ、それでいて満足させます。

 伏線の回収が上手い作家さんはたくさんいますが、この葉真中さんも見事です。例えば単行本352ページにあった伏線回収。「え、あれが伏線になっていて、今、ここでつながってくるのか!!」そんな感じです。一瞬で鳥肌が逆立ちます。そして、社会の負の連鎖に気付かされて愕然としました。

 鈴木陽子の転落人生の先にあったある犯罪とは、いったいどんなものなのでしょうか。

意志が。
あなたと関係ない、どこかから。
あなたの頭の中に、降ってきた。
条件が揃った、と。
やろう、と。
まともじゃないことは、百も承知で、やってみよう、と。



 犯罪への道が開けたその瞬間は、ぞくぞくしました。こういうところにも、生々しいほどのリアリティーがあります。

 実は、その「犯罪」自体は珍しいものではなく、多くのミステリー作品で使われてきました。ですが、その「やり口」がすごい。そして、実はもっとすごかったのが、犯罪の「その後」。ラスト1ページの、本当のラストに、戦慄が訪れます。

 え?

 一瞬固まりました。ん、この言葉、どこかで聞いたような・・・。たしか、本の真ん中あたりで・・・。

 本をめくって、たどりついて、つながって。ちょっとその解釈が信じられなかったのでネタバレのサイトを覗いてみたりして。いやー、すごい。すごいすごい。点と点がつながった時、想像を絶するような事件の全貌が見えてきたのです。

まとめ



まとめ



 タイトルの「絶叫」とは、誰の絶叫だったのでしょうか。私は、主人公の鈴木陽子のそれかと思ってしまいましたが、ラストの驚きからすると、これは「読者の絶叫」だったのかもしれません。

 葉真中さんの文章力や構成力は素晴らしいです。ぐいぐい読ませる感じ、抉り出す漢字は「剛腕」という言葉がぴったりです。それでいて、勢いだけで読ませるというわけでもなく、随所にある伏線は「繊細」かつ「丁寧」という印象を受けました。

 忘れられない1冊になりそうです。

◆ 殿堂入り決定!

「最果ての図書館」は『絶叫』を「シルバー」に認定しました。読みごたえのあるミステリーを求めている方、緻密な伏線の回収が好きな方に。






オワリ

『火車』 宮部みゆき

 たぶん、比較に出されるとしたらこの作品ですね。現代ミステリーの巨匠、宮部みゆきさんの代表作です。社会の闇を描き出し、抜群の文章力で読ませるところはそっくりです。まさか、このレベルの作品にまた出会えるとは思いませんでした。


小説, 葉真中顕,



 「表」と「裏」って不思議ですよね。カードでも、コインでもいいです。ちょっと、思い浮かべてみてください。いつも背中を合わせてくっついているのに、お互いの姿を見ることはできない。どれだけ手を伸ばしても、相手には絶対に届かない。その運命は、何だか残酷にさえ思えてきます。

クラウドガール
クラウドガール
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金原ひとみ
朝日新聞出版 (2017-01-06)
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 このブログでは初登場になる作家、金原ひとみさん。綿矢りささんと芥川賞を同時受賞されたことが有名ですね。そんな金原さんの最新作、「クラウドガール」を紹介します。この小説を読みながら、私は冒頭に書いた「表」と「裏」のことを思わずにはいられませんでした。人間にも、カードやコインのような表と裏の関係があります。それは「兄弟」や「姉妹」といった関係です。



内容紹介



友情・恋愛

たちは、いつも二人だった。

 主人公は二人の姉妹です。姉の理有は20歳、妹の杏は16歳。二人の両親は離婚し、その後母親は「心臓発作」で亡くなりました。そして、父親は・・・。

 四人家族は崩壊し、姉妹は叔父と叔母に援助をしてもらって二人暮らしを始めました。やがて姉の理有は海外留学に出かけ、そして時を経て、妹のもとに帰ってきます。物語はそこから始まります。

 血のつながった二人は、全く異なる性格をしていました。地味で特徴のない容姿をしているものの、理知的で、まともな感性をもった姉。魅力的な容姿をしているものの、怠惰で身の回りのこともこなせず、自らの感情と本能のままに激しく生きる妹。

 そんな二人は、かみ合わない思いをぶつけあいながらも二人生きていました。そして、二人にはそれぞれ恋人ができました。二人の恋愛の仕方は、それぞれの性格をよく反映していました。相手に求めるものも、自分が与えるものも、それぞれ全く異なっていたのです。

 恋人たちも絡めながら展開されていく、全く相容れない姉妹のストーリー。全く相容れない。しかし、離れることもできない。複雑な感情は絡み合い、激流となって展開します。

書評



書評

◆ 濃密に絡み合う

 濃密、という言葉がピッタリな小説でした。姉と妹、語り手は交互に入れ替わります。あらすじにも書いたように、姉妹の性格は正反対と言っていいほど異なっています。理知的で「静」の姉、情動的で「動」の妹。もし二人が他人なら、絶対に友達にはなれなかったでしょうし、違う世界を違う風に生きていたでしょう。しかし、二人は「姉妹」でした。だからこそ、相容れない二人の人生は絡み合っていきます。何だかとても奇妙というか、残酷なものを見た気がしてなりません。

 母親をすでに亡くしている、というのもまた大事な要素です。姉妹にとって、母親はいい意味でも悪い意味でも精神的な支柱でした。若いうちに母親を亡くしたことで、姉妹の関係はより不安定なものになります。それは、冷静に生きているように見える姉の理有のほうも、ということです。彼女のこんな言葉があります。

私たちはこれからどうなってしまうのだろう。ブレーキのないジェットコースターに乗り込んだように、不安だった。いつか線路が千切れて吹っ飛んでいくんじゃないか。いつか力尽きて線路の低いところで前にも後ろにも進めなくなってしまうんじゃないか、どちらにせよ、私たちが停車すべきところで停車することはもうないような気がしたのだ。



 ちょっと想像してみたら、恐ろしくなりました。母親を失った若い姉妹。こんなに不安定な存在は他にあるでしょうか。相手のことを誰よりも分かっているという共感や自負心、しかし時に訪れる、近すぎるゆえの反感や抵抗。全く相容れないものが、しかし姉妹という「運命」のもとで絡み合っていく。本の帯にもあるように、それは狂おしいほどの濃密でした。

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 山城えりかさんの装画が素晴らしいです。相容れない姉妹ですが、二人の髪は絡み合って決して離れない。奇妙な関係性が見事に表現されています。性格は全く反対なので、二人の語りが交互に繰り広げられるさまはまるで異なる小説を読んでいるようでもあります。しかし、どこかで通底しているところもたしかに感じ取ることができて、それがこの小説を一つの小説として成り立たせています。

◆ 溶け合うか、保つか

 この作品は、いきなり衝撃的なシーンから始まります。妹の杏が、彼氏の晴臣の胸ぐらをつかんで殴りつけるのです。勢いあまって殺してしまうのではないか、というくらいの激しさでした。事実、杏は警察に補導されます。

 晴臣は浮気をしたのでした。たしかに許せないことではありますが、彼氏に襲いかかる杏の異常なまでの執着性と激しい性格は、冒頭から十分に伝わってきます。

 妹の杏は、恋人と「共同体」であることを求めるようです。体も、心も、お互いにくっつきあって、一つの共同体でありたい。杏は浮気をされたのですが、そのあと再び晴臣とよりを戻します。許せなかったはずなのに、本能的な部分で、また求めてしまうのです。

晴臣は蛇みたいだ。低体温で、舌が細くて、気がつくと身体中に巻きついて、もう離れない。彼にがんじがらめにされたまま、私は少しずつ死んでいくのかもしれない。



 一方、姉の理有はどうでしょうか。やはり、彼女の性格が恋愛にも反映されています。彼女には光也という彼氏ができました。なんというか、「お人形」みたいなカップルだという印象を受けました。たしかによく似合っているし、お互いに感じあうところもあるのでしょう。しかし、理有は妹の杏とは違います。彼氏は「共同体」ではなくあくまで「他人」-。理有は他人としての距離を保とうとしていました。

彼女はある一線を誰にも超えさせなかった。ただ小説とのみ、溶け合っていた。そんな母の一番近くにいながら、私は生まれてこのかた、ずっと虚しかった。そして気づくと私も母と同じように、誰とも溶け合えない人間になっていた。



 彼女は、亡くなった小説家の母の影響を今でも強く受けています。彼女の自己分析は、残酷なほどに正しいものでした。彼女は簡単に体を預けたりしないし、常に自分の心にブレーキをかける冷静さがある。「溶け合う」妹に対して、「保つ」姉。恋愛におけるスタンスも、やはり全く異なっています。

 恋愛というのは何なのか、どうあるべきなのか。二人の姿を追いながら考えていました。妹のように、彼に溶け合い、本能のままに全てを委ねるのはそれが崩壊した時あまりにも危険です(残念ながら、実際に崩壊することになってしまいました・・・)。かといって、姉のようにあくまで他人という距離を保つのは、本当の意味で満たされることにたどり着けないようで、どこか寂しくもなります。

 これは永遠のテーマだと思います。激しく求めることは大きな犠牲を伴う。しかし、本当に満たされるには激しく求めないといけない。もしかしたら、恋愛というものそれ自体が、ものすごく残酷なものなのかもしれません。

まとめ



まとめ



 物語の最後には、静かな衝撃の波が訪れます。この記事ではあまり触れなかった「父親」がキーパーソンです。

 このブログでも何回か書いてきたことですが、血のつながりの「残酷さ」。これもテーマにあるかもしれません。嫌いだからといって離れることはできないし、リセットすることもできない。そもそも、好きや嫌いなどという次元で語れるものでもない。誰もの身近にあるのに、もっとも難しいテーマ。これからも、いろいろな小説家がこのテーマに切り込んでいくと思います。

 そして、「表」と「裏」の話。「表裏一体」などと言います。たしかに、二人の姉妹には奥底に共通するものも感じました。しかし、表と裏というのは結局は交わることができないのです。交わらないまま、共に生きていかなければいけない二人。小説は終わりましたが、何か底の知れないものが、まだ私の中で続いています。



オワリ

『勝手にふるえてろ』 綿矢りさ

 綿矢さんと金原さんはとにかく一緒に語られることが多いですね。新聞にも、二人の作品の書評がセットでのっていました。ここまでくると、血のつながっていない姉妹みたいなものかもしれません。

 こちらは綿矢さんの作品。松岡茉優さん主演でもうすぐ映画が公開されます。こじらせ女子の話。とても面白いですよ!


小説, 金原ひとみ,



 日が落ちて夜になった時、「家に帰らなくちゃ」と本能的に思います。小さいころから変わらないことです。昔は本気で「お化け」を怖がっていました。夜になる前に家に入らなければ大変なことになる、真剣にそう思っていた気がします。

 さすがにもうお化けを怖がる年齢ではありませんし、今は夜の街もすっかり明るくなってしまいました。しかし、夜がやってきた時の心のざわめきは、かすかとはいえ、今もたしかに残っています。



 森見登美彦さんの 「夜行」は、私の中にあったかすかな本能を呼び覚ますような小説でした。実に素晴らしい作品です。解釈は人の数だけあれど、誰もが、これまでしたことのない体験のできる作品だと思います。

 「非日常」は、小説のもっとも大きな魅力です。そして、「非日常」に案内するには、実に様々なアプローチがあります。この作品は、そんな非日常への誘いを、ある意味曖昧に、そして別の意味では鮮やかに、見事にやってみせています。



内容紹介



ファンタジー

の夜は、どこに通じているのでしょう-

 学生時代に英会話サークルに通っていた5人が、10年ぶりに集い、鞍馬の火祭を見物しにいくことになります。久しぶりに会ったのに、全くそんな感じのしない面々。気のおけない仲間でした。

 しかし、そこには本来、もう1人の女性がいるはずでした。その名は長谷川さん。彼女は、10年前、ちょうど同じ火祭りの夜、忽然と姿を消したのでした。

 学生時代を思い返して歩いていた主人公の大橋は、ある女性の姿が画廊に入っていく姿を見ました。懐かしいと感じたその女性の横顔は、長谷川さんにそっくりだったのです。これは幻覚だ-彼はそう自分に言い聞かせます。

 女性を追って画廊に入った大橋は、そこで岸田道生という画家の銅版画を目にします。タイトルは「夜行 -鞍馬」。それは、全部で48ある「夜行」という作品群の1つだったのです。

 その夜、一行は近くの宿に泊まります。気の置けない仲間たちは、やがて、それぞれの「旅」の思い出をおもむろに話し出します。それは、大橋が見た「夜行」という絵と、そして行方不明になった長谷川さんを共通項に紡がれる、奇妙な記憶たちでした-。

書評



書評

◆ 暗がりから広がる

 森見さんの本を読むのは2年ぶりくらいだと思います。時間は空いてしまいましたが、好きな作家さんの一人です。主に京都を舞台に繰り広げられる、狂おしいほど愛しい日々や幻想的な物語。高校生の時にある作品を読んだときは、「京都での大学生活」に心底憧れたものでした。

 今回も楽しみに読み始めたのですが、「いつもの森見さん」を想像していた私は大きく驚かされることになります。それはいい意味で、です。久しぶりに読んだ森見さんですが、驚くほどよかった。今までの森見さんのよさは存分に発揮されているのですが、それに加えて抜群の構成力、絶妙な余韻、残像、深層に入り込む人物描写、などなど、とにかくすべてが驚くくらい高い水準にあります。

 作家として、森見さんは階段を一気に何段駆け上がられたのでしょうか。大ヒット作品だとは知っていましたし、高い期待もしていましたが、とにかく全てが想像以上のクオリティー。私はこれ以上ないくらい幸せな気持ちになりました。

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 夜になるとざわざわする-最初にそう書きました。たぶんそれは、暗闇の中で見えないものを想像してしまうからではないか、と私は思います。暗がりに包まれた時、見えない空間にある得体の知れない何か。もしかしたら何もないのかもしれませんが、「何かあるかもしれない」と思えば思うほど、それは暗がりの中で姿を大きくします。

 作品の登場人物たちは、それぞれの「旅」を振り返ります。みな、無事に帰ってくることができました。しかし、それぞれが拭い去ることのできない奇妙な体験をしていました。「夜行」という絵画の作品群、そしていなくなった「長谷川さん」が記憶をつなぎます。

旅というのは密室のようなものだと最初に僕は言いました。

(・・・)とはいえ、いつの間にか何かが僕の手に負えなくなっているようでした。僕らの閉じ込められている密室が薄暗くなってきて、その隅の暗がりで何が起こっているのか、見えにくくなってきたように感じられます。



 「旅」とはつまり、「非日常」へ出かけて行くということでもあります。大げさな言い方をすれば、「異世界への扉を開く」ということ。行ったことのない土地に行くと、新鮮でワクワクします。しかし、それと同時に、一抹の不安も心によぎらないでしょうか。ちゃんと、帰ってこれるのだろうか、と。この作品は、そんな小さな「暗がり」を、実に上手く広げています。

うまく理由は言えませんが、何かとても大事なことを見落としているように思えたのです。



前夜からの出来事が切れ切れに脳裏に浮かんでは消えていきます。何かそこに脈絡があることは分かっているのに、今の自分にはどうしてもそれを掴むことができないのです。



 こんな描写が、何度も出てきます。そう、彼らの語る旅の記憶は、とても曖昧で、輪郭が見えてこないのです。

 彼らはそれぞれが奇妙な体験をしました。 いたはずの人がいないこと。あるいは、いないはずの人がいること。「夜行」の作品は、彼らの心を揺さぶります。そして、いなくなった長谷川さんが彼らの頭をよぎります。

 「誰が誰なのか」、それすら見えなくなるのです。私も、1回読んだだけでは分からないことが多すぎます。しかし、そんな曖昧さ、輪郭のなさはこの作品の欠点ではなく、「魅力」です。矛盾しているような言い方になりますが、この描き方は曖昧でありながらある意味とても「鮮やか」です。

 「非日常」というものを、これほど曖昧に、それでいて幻想的に描き出せる作品はなかなかありません。余韻や残響、そういったものまで全て、絶妙なバランスで調合されている。万華鏡をくるくると回しているような、そんな体験でした。ちょっと不気味ではあるのだけれど、断片が組み合わさって模様ができた時、はっと心を奪われるのです。

たとえば子どもの頃、午後にうたた寝などをして、唐突に目が覚めたときのような感じでした。家がよそよそしく感じられて、家族の姿はどこにも見えない。自分が今どこにいるのか誰も教えてくれない。何か大事な出来事が進んでいるのに自分だけが置いてけぼりになっている。そんな感覚に似ているんです。



 なんて上手い例えだろう、と思いました。そうです。うたた寝から覚めた時のあの感じです。一瞬、昼か夜かも分からなくなる。ここはどこか。一体どれだけ寝ていたのだろうか。・・・脳が目覚めるまでには、そんな混乱がありますよね。

 この作品には、なかなか「目覚め」「夜明け」が見えてきません。自分は夢の中にいるのか。夢から醒めたようだけど、これは「夢から醒めた夢」ではないのか。暗がりの中で、疑心暗鬼になりながら手を伸ばします。

◆ 隣にいる人の夜

 作品の終盤には、意外な展開が待っているでしょう。シンプルに解釈するなら、2つの世界、パラレルワールドということになるのでしょうか。しかし、ゆっくりと終盤を読み返してみると、そうではないような気もしてきました。こんな一節が出てきます。

ふいに僕は妙な気分になりました。真夜中の世界に宙づりにされるような感覚に襲われたのです。そんなにも夜が深く、広く感じられたのは初めてのことでした。今こうして自分が夜をさまよっているとき、どんなにも遠い街も同じ夜の闇に包まれて、膨大な数の人々がそれぞれの夢を結んでいる。この永遠の夜こそが世界の本当の姿なんじゃないだろうか。



 作品でずっと語られてきたのは、主人公の大橋がいた世界。作品の終盤のほうで明かされる、もう1つの世界。・・・だけではなかったのではないでしょうか。「膨大な数の人々が『それぞれの夢』を結んでいる」というのですから。

 深みにもぐってみたところで、少し恐ろしいことを思います。

 自分の隣にいる人が、自分と同じ景色を見ているかは分からない
 自分の隣にいる人が、自分と同じ世界を生きているかは分からない


 この物語が、もしこういうことに集約されるなら。実は数えきれないほどの世界が広がっていたら。ワクワクしてきました。万華鏡は、何度でも回して、そのたびに模様を変えそうです。

 何の変哲のない日常や、現実世界も、もしかしたらそうであるかもしれない。そして、「そうであるかもしれない」という小さな暗がりを広げてくれるものが、小説です。そして、「夜」や「暗がり」は、人間にそんな想像を許す不思議な空間です。

 「あそこにはお化けがいる」-そういって怖がる子供が、馬鹿にできなくなりますね。

まとめ

まとめ



 肝心なところをネタバレしないように、と思いながら気を付けて書いていたのですが、もしかしたらこの作品にはバラすネタもないのかもしれません。読んだ人は、「暗がり」からそれぞれの物語を想像する。きっと、違う人が読んだら私とは全く違う感想になるわけで、だからこそ手に取って読んでみてほしいと思います。

 森見さんは、小泉八雲に肩を並べたかもしれません。この小説が、これから読み継がれる「現代の怪談」になるということです。少なくとも、1回読んで終わり、何も感じなかったという作品ではありません。

 私も、またいつか手を伸ばすでしょう。せっかくなら、今度は暑い夏に読んでみましょうか。背筋がちょっとひんやりする-そんな体験をしてみたいものです。



◆ 殿堂入り!

『夜行』をゴールドに登録しました。私の中では森見さんの作品で文句なしの最高傑作です。



オワリ

『新釈 走れメロス』 森見登美彦

 数々の名作文学を森見さんがパロディーしたとても楽しい短編集です。森見さんのパロディー作品から入って原作も読んでみれば、ますます読書の幅が広がります。


小説, 森見登美彦,