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 今日のタイトルはとても挑戦的ですね。読書を「しなければいけない」と決めつけているあたりに問題がありそうです。ですが、今日の本の著者は「読書はしなければいけない」と断じている人です。

読書力 (岩波新書)
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齋藤 孝
岩波書店
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 齋藤孝さんの「読書力」です。2002年に発行され、現代の読書に関する本ではスタンダードになっています。読書をしなければいけない、と断じる齋藤さん。その考えを紐解いていきます。



読書の必要性



本は読んでも読まなくてもいいというものではない。読まなければいけないものだ。こう断言したい。

 本の序盤、齋藤さんはこう言い放ちます。このブログを訪れてくださる方には普段よく読書をされるという方が多いと思うのですが、この「本は読まなければいけない」という考えについてはどう思われるでしょうか。

 私は少し抵抗があります。本を読む自由があるなら、本を読まない自由もあるはずだという考えです。私は本を読む人間ですが、本を読まない人に説教を垂れるような、ましてや「本を読んでいる自分は偉い」などという考えを持つことは絶対にしたくありません。もちろん、「読んだほうがいい」のは間違いないとは思いますが、「読まなければいけない」までにはなかなか踏み込めないような気がします。

 そんなことを思っていると、齋藤さんに叱責されました。

私がひどく怒りを覚えるのは、読書をたっぷりとしてきた人間が、読書など別に絶対にしなければいけないものでもない、などと言うのを聞いたときだ。こうした無責任な物言いには、腸が煮えくり返る。ましてや、本でそのような主張が述べられているのを見ると、なおさら腹が立つ。自分自身が本を書けるようになったプロセスを全く省みないで、易きに流れそうな者に「読書はしなくてもいいんだ」という変な安心感を与える輩の欺瞞性に怒りを覚える。


 読書を経験して、読書の本当の喜びを知っている人間が読書を絶対と言わないことに、齋藤さんは激しい怒りを示しています。

 読書で得られるものについては、そこまで目新しい主張がされているわけではありません。思考力の養成、自己形成、コミュニケーション能力など、いろいろな本で指摘されていることです。この本の特別な点は、文章から伝わってくる筆者の「読書愛」の強さだと思います。けっこう本は読んできましたが、自分なんてまだまだだなと思い知らされます。

精神の緊張



 齋藤さんは、読書には明らかに「技術」が必要で、スポーツと同じように練習が必要だ、と主張します。その上で、読書をする力(読書力)をつけるために必要な心構えや読み方をこの本で提案しています。

 精神の緊張を伴った読書、という言葉は印象に残ったキーワードでした。

読書は、一定の緊張を伴う。この適度の緊張感が充実感を生む。読書は一人のようで一人ではない。本を書いている人との二人の時間である。(中略)優れた人の選び抜かれた言葉を、自分ひとりで味わう時間。この時間に育つものは、計り知れない。



 読書は著者と読み手との二人の時間、というこの考えはすごく好きです。向こうから問いかけてきたり、逆にこちらが問いかけたり。読書を「会話」のように捉える考え方は、本を深く味わうよい方法だと思います。

 ただ、齋藤さんはとても厳しい方で、読書に「緊張」を要求します。ゆるやかな会話というより、著者との「真剣勝負」といった感じでしょうか。私はリラックスして本を読むことが多いですし、読む本も現代の大衆小説が多いので、この「緊張」については少し足りていなかったかもしれません。

 このブログでも何冊か紹介しましたが、歴史的な重みのある本はやはり「緊張感」が違います。とても疲れるのですが、齋藤さんの言うように緊張感が充実感を生みます。「リラックス」と「緊張」、2つで上手くバランスをとっていけたらいいな、と思います。

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 満足できるわからなさ、という言葉も印象に残っています。

満足できない、ただ難解なだけの内容空辣な文章なのか、わからないながらも内容が高度に詰まっている、「満足のできるわからなさ」という種類の文章なのか。これを見極めることが読書力向上にとっての鍵になる。


 その上で、分からないという体験を「溜める」ことも重要だと指摘しています。分からない、というとネガティブなイメージがありますが、齋藤さんの言うような「満足のできるわからなさ」というのは確かに存在しています(自分の読書経験と照らし合わせると、上手く言葉にできませんがそれは確かにありました)。どうしても分かりやすいものに飛びつきたくなってしまいますが、この「分からない」体験も大切にしていきたいです。

目標は100冊



 読書力の目安として齋藤さんが挙げるのが、「文庫本100冊 新書50冊」という数字です。まずは文庫本を100冊、それから新書を50冊、という順番を提案しておられます。まずは文庫本百冊、というわけです(文庫本になった本を単行本で読むというのももちろんありです)。

 100冊読んだあたりで、読書の質が変わるそうです。これは私も頷くところがありました。昨年から読書の記録を始めて現在132冊になりました。読書メーターで感想をメモしていたのですが、今年に入って「もっとじっくり書きたい!」とブログを始めた次第です。

 昔自分が書いた感想と今の感想を比べると、確かに成長の跡があります。昔の感想を見るとボキャブラリが貧しく、同じ言葉が目立ちます。100冊を読みこなしたあたりで一段階成長がある、というのはどうやら本当のようです。読書をすることにより自分はどう成長したのか、考えてみるのはおすすめです。1冊の小説を読んでも、掘り起こされる感情が深く、複雑になったように思います。

 最後にもう一度「読書はしなければいけない」という考えに戻ります。迷わずこう断言できるレベルに達するには、まだまだ修行が必要なようです。本が好きな人同士で盛り上がるのは簡単ですが、本は全く読まないという人に本の魅力を伝えるというのはとても難しいことで、ここに「読書愛」が問われるのだなと思います。

 読書はしなければいけないという主張
 本の魅力を、他人に伝えること・その方法

 みなさんはどう思われますか?





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「読書について」 ショウペンハウエル
 このブログで読書に関する本を取り上げたのはこの本に続いて2冊目でしょうか。読書に関する本は自分の読書を省みるという点でとても重要だと思うので、今後も積極的に読んでいきたいと思います。

 
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  •   26, 2015 19:42