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ヘッダー(近代日本文学)

 カテゴリ「日本文学(近代)」のまとめページです。このブログで紹介している日本文学(近代)の本を一覧で掲載しています。リンクからそれぞれの本の書評をご覧になることができます。蔵書は少ないですが、一冊一冊、心を込めて紹介するようにしています。ぜひご覧ください。なお、掲載順は作者名のあいうえお順です。

 この図書館では、とくに優れていると感じた本について、「プラチナ」「ゴールド」「シルバー」の3段階で「殿堂入り」としています。殿堂入りとした本には、作品名と作者名のあとにランクを記しています。ぜひ、本選びの参考にしてみてください。

 あなたの、あなただけの一冊が見つかりますように。



日本文学(近代)




『第七官界彷徨』 尾崎翠(プラチナ)


『小僧の神様』 志賀直哉


『銀の匙』 中勘助(シルバー)

『草枕』 夏目漱石(シルバー)


『海に生くる人々』 葉山嘉樹

『風立ちぬ』 堀辰雄


『或る少女の死まで 他二篇』 室生犀星

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  •   01, 2015 00:00

  •  最近、日本文学のレビューが増えています。大学で日本文学の授業を取っているので、その関連です。普段読んでいるエンタメ小説とは異なり、精神の緊張を伴った読書になります。

    草枕 (岩波文庫)
    草枕 (岩波文庫)
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    夏目 漱石
    岩波書店
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     精神の緊張、という言葉が最も似合いそうな文学者の登場です。夏目漱石の「草枕」を読みました。中学の時に読んだ「こころ」は難しいながらもそれなりに理解して読むことができましたが、この作品はそもそも理解が難しい・・・。解説、求む!という感じでした。とりあえず、今の私が書ける感想です。




    漱石からの挑戦状



     難しいと思うのはある意味当然のことかもしれません。漱石は、小説を通して読者に「挑戦状」を送り付けている、そんな人なのです。今年の4月から朝日新聞で「それから」の再連載が始まったのですが、その初日に齋藤孝さんがこんな文章を寄せています。

    漱石は読者に本気で球を投げていた。(中略)遠慮なく教養を爆発させている。国語力が高い人も低い人も、漱石に合わせようと頑張っていたのだろう。捕れない球もあっただろうが、みんな食らいついていった。


    サッカー日本代表が世界上位を目指すように、漱石は日本の文化のレベルを上げようと努めた。文芸欄で若手に執筆させたのは選手を選ぶ監督のよう。自分でも書くのだから、選手兼任監督といえるだろうか。(以上、『朝日新聞』 2015/4/1)



     日本の文壇を底上げしようとしていた、というのがこの人のすごいところです。圧倒的な教養を誇り、その教養が日本文化の、そして日本全体の向上につながると信じて筆をとっていたのでしょうか。芥川龍之介が漱石に「鼻」を激励されて自信をつけた。という有名な話があるように、多くの作家を育てた人でもありました。

     今回読んだのは「それから」ではなく「草枕」ですが、多くの教養が散りばめられていることは同じです。特に、漢詩に関する知識が多く求められます。私のようなレベルでは、1割も理解できていないでしょう。

     それでも、そんな苦労に価値がある、と齋藤さんは述べています。分かりやすさを求める時代にも、漱石が伝えようとした深く広い世界を見ようとするあこがれがある、と。読み終えてみて、大きく頷きます。

    西洋批判


     
     あらすじと呼べるものはほとんどありません。ある男が、山中の温泉宿にやってきます。彼は絵描きでした。雄大な自然が広がるその環境で、彼が目指したのは「非人情」の境地です。

    有体なるおのれを忘れ尽くして純客観に目をつくる時、始めてわれは画中の人物として、自然の景物と美しき調和を保つ。



     非人情とは何か、と言われると難しいですが、この「純客観」という言葉がポイントになりそうです。自然に対してだけでなく、人間に対しても非人情を貫こうとしたのがこの男のすごいところでした。「お互いの間に人情の電気が通うことがないように、常にある距離を置いて取り扱って行こうとする」(解説文)様子が描かれています。

     そんな彼の前に現れたのが、那美という美女でした。彼にとっては、今まで出会った中で最も美しい女だったようです。非人情を貫こうとしたのに、そんな女が現れてしまった。普通なら、すぐに心を乱される、つまり人情に介入されそうなところです。

     先日紹介した谷崎潤一郎の「痴人の愛」にも、ナオミという少女が登場し、主人公の男を誘惑し破滅に追い込んでいきました。絶世の美女が出現すれば、破滅とはいかなくても心をかき乱されるのは確実ではないでしょうか。非人情の境地を保つことはかなり難しそうです。そんな状況で物語は進みます。

     いったいこんな状況でどう話を進めていくのだろう、と思いながら読みました。結論を言えば、男は人情と非人情のギリギリのところで、実に繊細に、巧妙に立ち回っていました。針の穴に糸を通すような、とでも言ったいいでしょうか。本当に絶妙な、ギリギリのラインです。

     「主人公の画工が主張する『非人情』なるものが人間を相手にする場合、どう発現するものであるかを、言わばぎりぎりのところまで追い込んで、具体的に説明しようとしたもののようである」(解説)

     男の破滅を徹底的に描く谷崎潤一郎はすごかったです。しかし、このギリギリのラインでのせめぎ合いを描く、夏目漱石にもまた凄味がありました。「非人情」というのは、かなり扱うのが難しいテーマです。ですが、主人公の男にはどこか「心の余裕」なるものがあって、絶妙にバランスを取っています。

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     作品の終盤、漱石の「西洋批判」が随分ストレートな言葉で語られます。高校の時に「現代日本の開化」、という漱石の書いた文を国語の授業で読みました。日本は外から無理やりこじ開けられるような「外発的」な開化をしている、そんな風に漱石は語っています。ここでも、かなり強い言葉で、西洋や文明が批判されます。

    文明はあらゆる限りの手段をつくして、個性を発達せしめたる後、あらゆる限りの方法によってこの個性を踏みつけようとする


    文明は個人に自由を与えて虎のごとく猛からしめたる後、これを檻せいの内に投げ込んで、天下の平和を維持しつつある。この平和は真の平和ではない。動物園の虎が見物人をにらめて、寝転んでいるのと同様な平和である。



     文明によって個人、個性が抹殺される、というのが大変鋭い視点です。漱石が現代にやってきて、満員電車にぎゅうぎゅうに押し込まれる人々を見たら、一体何と言うでしょうか。というか、漱石は未来をどこまで先まで見通していたのでしょうか。

     こういった文明批判、西洋批判と絡み合うのがこの作品です。私は、先程書いた、男の「心の余裕」なるものが、文明化や西洋化に対立しているのかなと思いました。男は、文明とは全く交わらないところにいます。そんな男が、巨大な文明という者に対して、ささやかに、かつ大胆に抵抗している、そんな印象を受けました。

    余も木瓜になりたい



     終盤、有名なセリフが出てきます。上に書いた、「余も木瓜になりたい」というものです。木瓜とはバラ科の植物で、紅や白のきれいな花を咲かせます。

    評して見ると木瓜は花のうちで、愚かにして悟ったものであろう。世間には拙を守るという人がある。この人が来世に生まれ変わるときっと木瓜になる。余も木瓜になりたい



     最初、さっぱりわけがわかりませんでした。「拙を守る」とは、不器用な生き方を押し通すといった意味があるそうです。ですが、どうして「拙を守る」が「木瓜」になるのか・・・。

     「拙を守る」という言葉は、陶淵明という人の五言詩にその由来があるそうです。中国の古い詩にそのルーツがあるのですね。最初に、「漱石は読者に挑戦状を送り付けている」と書きましたが、そのことを実感します。細かいところを見れば、数えきれないくらいの教養がこの作品には詰まっているのだと思います。

     そんな「拙を守る」象徴として、漱石は木瓜を好んで登場させたようです。文学的ルーツが全く分からないので、この部分の解説はできません。ですが、とても印象的な部分でした。俗世からは離れて、愚直に、それでいてどこか余裕を持って咲き誇る。そんな木瓜の花に、漱石はどこかシンパシーを覚えていたのかもしれませんね。

    ◆殿堂入り決定!

    「最果ての図書館」は『草枕』を「シルバー」に登録しました。おめでとうございます。



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    解極まりない「漱石哲学」との対話 頭がくらくらします

     レビューを見ていると、「年を取るとこの作品のことが理解できるようになる」というような言葉が並んでいました。その通りなのかもしれません。私も、時間を置いて再読したいと思います。その時は何を感じるでしょうか。

    夏目漱石, 近代日本文学,



    •   09, 2015 11:59

  •  土・日・月と、プレゼンのための資料をつくっていました。久しぶりに更新します。どれだけ頑張って資料を作っていっても、先生に叱られるのが決定事項・・・。なかなか堪えますが、そんなことを言っていても仕方がありません。「先生の前で言い訳をしない」ということだけは心がけておきたいと思います(発表前からすごい悲壮感ですね)。今週は、修羅場!

    海に生くる人々 (岩波文庫)
    葉山 嘉樹
    岩波書店
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     実生活が修羅場なら本の内容は心が温まるものに・・・と言いたいところですが、残念ながら私が読んだ本は実生活以上の修羅場でした。本から血の生臭い匂いがしてくるようです。葉山嘉樹の「海に生くる人々」という作品を紹介します。



    蟹工船の元ネタ



     これまでに紹介した日本文学に比べると、だいぶ知名度が劣るかもしれません。この作品は、「プロレタリア文学」の代表的な作品の一つにあげられます。

    プロレタリア文学・・・戦前の日本文学のひとつ。1920年代~30年代。社会主義や共産主義の思想を大きく反映している。「プロレタリア」は労働者階級、無産者階級のこと。



     「海に生くる人々」は分からなくても、「蟹工船」ならほとんどの人が分かります。 蟹工船はご存知小林多喜二の小説で、近年「蟹工船ブーム」で再脚光を浴び、爆発的に売れました。特に若い世代からは人気があります。(どうして若い世代に人気があるのでしょう??理由はのちほど)

     恥ずかしながら、私も去年初めて「蟹工船」を読みました。その解説で出てきたのがこの作品です。知名度では圧倒的に蟹工船が有名ですが、実はこの作品、蟹工船の元ネタになった作品です。

     読んでみて驚きます。「蟹工船」とうり二つです。特にプロットはそっくりそのままで、「蟹工船」のアレンジを読んでいるようでした。ですが元になっているのはこちらの作品です。小林多喜二はこの作品から強い影響を受けたと言われています。

     読んでみての感想ですが、私はもっとこちらの作品が脚光を浴びてもよいのではないか、と思います。蟹工船はアマゾンのレビューがたくさんあるのに、この本はわずか1件(!)そりゃないよ・・・という感じです。

    真っ向からの反論



     プロレタリア文学の作品を2冊読んでの感想なのですが、私にとってはあまり好きにはなれないジャンルだと思います。やはり、文学にこれほどイデオロギーが介入していることが受け入れられないのかもしれません(ここでのイデオロギーとは社会主義、共産主義になります)。

     ここまでイデオロギーが介入するということで、プロレタリア文学はかなり特殊なジャンルです。過酷な時代の状況が伝わってきて、まるでページに血の香りがにじんでいるようでもあります。

     そんな風に「苦手」と言っておきながらですが、この作品で語られていることは紛れもない「正論」です。正論だからこそ、読み手に刺さり、読み手を苦しめるのだと思います。「労働者」と「資本者」。絶対に乗り越えられない階級の壁がありありと描かれています。

    人間が人間を喰う時代の存続する限り、労働者は、その生命が軛(くびき)の下にあることを自覚しなければいけない

    疾病や負傷や死までが、生活に疲れ、苦痛になれた人たちにとっては軽視されるものだ。生活に疲れた人々は、その健全な状態においてさえ、疾病や負傷の時とあまり違わない苦痛に満たされているのだ。



     「人間が人間を喰う時代」の部分は思わず唸ってしまいました。もちろんここに書かれていることは全てが純粋な事実というわけではないですし、演出も大いに含まれています。それでも、労働者がゴミのように扱われる様子が克明に綴られていくプロレタリア文学を読む際は、相当の心の痛みを伴います。社会主義や共産主義というのは置いておいても、「人間らしく生きたい」というのは、誰もが思う根源的欲求です。

     この作品の発表から約90年たっても、「人間が人間を喰う時代」自体は何一つ変わっていないことには虚しさを覚えるしかありません。

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     そんな労働者たちが、一致団結しストライキを起こす、というのがこれらの作品の流れです。

    「人間を、軽蔑する権利は、だれもが許されていないんだ。また、他人の生命を否定するものは、その生命も、否定されるんだ!わかったか」


     力強いメッセージだったので、全部太字にしました。この言葉を否定できる人はいないと思います。彼らの主張はまぶしいくらいの正論なのです。

     この作品の結末はどうなると思いますか?この作品も、「蟹工船」もまったく同じです。労働者は団結して声をあげるのですが、それはあまりにあっけなく、一瞬で握りつぶされます―。

    蟹工船ブームに想う




     冒頭でも書きましたが、近年、「蟹工船ブーム」が起こり、「蟹工船」が再び光を浴びるようになりました。2か月で30万部売れたとか!新刊でも2か月30万部はとてつもなく高いハードルです。どれだけ爆発的ヒットか分かります。

     このブームを支えたのが、若年層、特にニートやフリーターと呼ばれる人たちだったそうです。このころは、「格差社会」「派遣切り」「年越し派遣村」「ワーキングプア」こんな言葉が飛び交う時代でした。なるほど、困窮する若者が「蟹工船」に自分たちを重ねたくなるわけです。

     もちろん「蟹工船」からも学ぶことはあると思います。でも、「蟹工船」は小説です。この「海に生くる人々」も小説です。小説の中で労働者は華々しく革命を起こしますが、現実はどうでしょうか・・・。この時代の労働者と、現代の若者を一緒にしていいのか、という問題もあります。「蟹工船ブーム」にはあまり熱くなりすぎず、冷静な目を持つべきだと思います。

     それにしても、悲しいです。「蟹工船」がこんなにも読まれている現代が。特に若者が、「蟹工船」に陶酔する現代が・・・。

     最後に、「海に生くる人々」に戻ります。このタイトルがとても良いです。「海」という言葉にはある意味が込められていました。今日の最後は、その部分で締めくくります。

    海は最も低いところで、そこへ流れて来た「人間のくず」どもは、現社会の一切ののろいを引き受けているように見えた。



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    生這い上がれない社会という海の底・・・。この作品が読み継がれること自体が最大の不幸なのかもしれません。

     今日は気分が悪くなるようなレビューでしたね。プロレタリア文学は好きになれそうにないですが、時間を置いてまた読みたいと思います。というか、「読まなければいけない」と思います。
    近代日本文学, 葉山嘉樹,



    •   25, 2015 22:43

  •  久しぶりの日本文学です。この本は、岩波書店90周年を記念して実施された「読者が選ぶ私の好きな岩波文庫100」で、第3位に輝いた作品です。1位、2位、4位は夏目漱石の名作ですから、そこに唯一食い込んだ作品、ということになります。

    銀の匙 (岩波文庫)
    銀の匙 (岩波文庫)
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    中 勘助
    岩波書店
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     この作品を有名にしたエピソードがあります。灘中学校で国語を教えた橋本武先生(2013年に死去)が、国語の授業の教材としてこの作品を3年間通して使ったのです。3年間かけて、この作品を読んだのです。この作品にはその価値があります。3年間かけて、丹念に読み込んでいく―さすがに私にそんなことはできませんでしたが、それぐらいに多くのことが詰まった本です。



    ぜいたくに、ふんだんに



     「すぐに役立つことは、すぐ役立たなくなる」

     橋本武先生の信条です。この信条が、3年間かけて1冊の本を読むという国語の授業を生み出しました。私は国語の授業が大好きでしたが、橋本先生の授業をぜひ1度受けてみたかったと今でも思います。しつこいようですが、1冊の本を3年間かけて・・・そこには想像もつかないような宝物がたくさん詰まっているのだと思います。

     作品のあらすじはほとんどありません。主人公が、自らの幼年期を回想するというお話です。伯母の愛情を一身に受けて育ち、様々な経験を重ねながら日々を過ごしていく主人公。そんな日々を子供らしい視点で描いた文章が見事で、数ある文学作品の中でも他の追随を許さないような高い次元にあります。

     そんな美しい描写の1つ1つを、ぜいたくに、ふんだんになぞっていったのが橋本先生の授業でした。

    さんざ呼んでいるとそのうちやっとこさと出てきてあっちこっち菓子箱の蓋をあけてみせる。きんか糖、きんぎょく糖、てんしん糖、微塵棒。


     主人公が菓子箱の蓋を開ける場面です。橋本先生は、このような場面が出てくると、作品に出てくるものを実際に教室に持ち込んで、子どもたちに「追体験」をさせていったそうです。菓子箱から出てくる甘いお菓子の匂いとその感動を、子どもたちは目の前で体感しました。教室には、お菓子の幸せな匂いが充満していたことでしょう。

     ふだん読書をしていて、「場面の1つ1つを忠実に再現する」などまずできることではありません。橋本先生はそれを3年間かけてやったのです。ぜいたくで、ふんだんで。読書というものの1つの極みがここにあるでしょう。

    追体験ができるすばらしさ



     実は、そこまでしなくても、私たちはこの小説を読みながら追体験をすることができます。読みながら、自分が子供に帰っていくような、そんな感覚があるのではないでしょうか。それは、この作品の子供目線の描写が素晴らしいことに理由があります。

     小さな子供の目線から物語を書く、というのはとても難しいことです。大人になってしまうと、小さな子供の目線は想像するしかないからです。「ありのまま」に書くことはほぼ不可能で、どうしても「作られた」描写になってしまう傾向があります。

     しかし、中勘助という人はそれを見事にやってのけました。ここに書かれているのは、「子供の目線」そのものなのです。だからこそ、読みながら読者は子供に帰っていくことができます。子供の目線そのものを書くというのがどれほど難しいか、それが分かっているからこそこの作品はこれほど評価されるのだと思います。

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     ちょっと皮肉で、しかし何にも染まらず純粋で。そんな子供の姿が、子どもの目線から丹念に描写されています。

    私はその頃から鹿爪らしい大人の殻をとおして中にかくれている滑稽な子供を見るようになっていたので、一般の子供がもっているような大人というものに対する特別な敬意は到底もち得なかったのである。

    ※鹿爪らしい・・・まじめくさっていて堅苦しい

     主人公は、子供というものを少し見下すようなシニカルな目線を持っています。「子供は子供でもあんなに馬鹿じゃない」などと毒づいたりする場面もあり、かなり毒々しさがのぞきます。

     それでいて、感動すると気持ちがたかぶり、すぐに涙を流してしまうという側面もあります。

    その子供たちはどうしているだろう。そのうえひろびろとして風に波うつ青田をみれば急に胸がせまって涙がさっとまぶたにたまる。それは深い深い心の底から湧いてきて堰き止めるすべもなかった。



     1点の曇りもない、濁りのないとはこういうことを言うのでしょう。主人公が感極まる場面を呼んでいると、読者の心にたまった汚物が洗い流されていくような、そんな感覚があります。皮肉な視線を持ちながらも、このように汚れのない涙を流すことができる、それこそが「子供」の姿なのだと思います。

     夏目漱石はこの作品を、「子供の世界の描写として未曾有のものである」と評したそうです。まさにこの作品にふさわしい評と言えるでしょう。読んでいくうちに、子供に「帰っていく」、そんな感覚をぜひ多くの方に味わっていただきたいものです。

    忘れていたこと



     さすがに3年間かけて読むのは無理でしたが、私は2週間かけてこの本を読みました。本編は200ページほどの本です。普段のペースからすれば考えられないほどのスローリーディングになります。それぐらいにゆっくり読みたい本だったのです。

     皆さんは想像できるでしょうか。200ページの作品を、3年間かけて読む!読書好きの方でも、そんな読書をしたことのある方はほとんどおられないでしょう。私は、生きているうちにいつかそんなことをやってみたいです。

    人びとは多くのことを見馴れるにつけて、ただそれが見馴れたことであるというばかりにそのままに見過ごしてしまうけれども


     本文の中の描写に、ハッとします。まさにそうなのです。私たちが大人になるにつれて見えなくなったことを丁寧に描き出し、子供の頃の記憶を呼び覚ましてくれる―そんな作品です。その「気付き」が、私たちを作品の世界に誘っているといえるでしょう。

    ※引用した箇所は、読みやすくするためにかなづかい、漢字表記を一部現代のものに改めています。原文と異なるのでご注意ください。

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    供に帰っていく―子供の目線が私たちに多くのことを思い起こさせる不朽の名作

     橋本武さんの授業についての本も出ています。そちらについて詳しく知りたいという方はぜひ本の方を当たってみてください。この授業は内容が充実していただけでなく、東大合格者を全国1位に押し上げたという素晴らしい実績まで残しているんですよ。

    ◆殿堂入り決定!

    「最果ての図書館」は『銀の匙』を「シルバー」に認定しました。おめでとうございます!





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    読者が選ぶ私の好きな岩波文庫100
     岩波文庫好きの私としては、並びを見ているだけで感極まるものがあります。私が大好きな宮本常一さんの「忘れられた日本人」は堂々の7位にランクインしています。好きな本が他の人にも認められているというのは嬉しいことですね。


    中勘助, 近代日本文学,



    •   28, 2015 18:00