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 カテゴリ「社会科学」のまとめページです。このブログで紹介している社会科学の本を一覧で掲載しています。リンクからそれぞれの本の書評をご覧になることができます。蔵書は少ないですが、一冊一冊、心を込めて紹介するようにしています。ぜひご覧ください。掲載順は社会科学の中のジャンル別です。

 この図書館では、とくに優れていると感じた本について、「プラチナ」「ゴールド」「シルバー」の3段階で「殿堂入り」としています。殿堂入りとした本には、作品名と作者名のあとにランクを記しています。ぜひ、本選びの参考にしてみてください。

 あなたの、あなただけの一冊が見つかりますように。



社会科学



◆社会学(古典)
『自殺論』 デュルケーム(ゴールド)

◆社会学(社会学一般)
『面白くて眠れなくなる社会学』 橋爪大三郎

◆社会学(コミュニケーション)
『友だち地獄 「空気を読む」世代のサバイバル』 土井隆義

◆社会学(ジェンダー)
『家事労働ハラスメント』 竹信三恵子

◆社会学(貧困)
『子どもの貧困 -日本の不公平を考える』 阿部彩
『現代の貧困』 岩田正美
『ルポ 貧困大国アメリカ』 堤未果
『反貧困 「すべり台社会」からの脱出』 湯浅誠(ゴールド)
『子どもの貧困と社会的排除』 テス・リッジ

◆社会学(他者理解)

『自分とは違った人たちとどう向き合うか』 ジグムント・バウマン

◆社会学(世代論・若者論)
『「ゆとり」批判はどうつくられたのか』 佐藤博志・岡本智周

『絶望の国の幸福な若者たち』 古市憲寿

◆社会学(社会階層)
『社会階層からみた日本 階層意識の新次元』』 数土直紀

◆社会統計学
『不透明な時代を見抜く「統計思考力」』 神永正博

◆政治
『コミュニティデザインの時代』 山崎亮


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  •   01, 2015 00:00

  •  教室は たとえて言えば 地雷原

     これは、ある中学生がつくった川柳です。ほんの少し前まで教室で毎日を過ごしていた私からすれば、この川柳が言わんとすることは痛いほどよく分かります。

     今日ご紹介するのは土井隆義さんの「友だち地獄―『空気を読む』世代のサバイバル」(ちくま新書)という本です。ケータイの登場以来、若者の人間関係が変わったということは多くの本で指摘されています。この本もそんな一冊なのですが、内容の充実度は群を抜いていました。それでは、以下「友だち地獄」のレビューです。

    友だち地獄―「空気を読む」世代のサバイバル (ちくま新書)友だち地獄―「空気を読む」世代のサバイバル (ちくま新書)
    (2008/03)
    土井 隆義

    商品詳細を見る



    優しい関係の罠



     筆者が本の中で繰り返し使うキーワードが、「優しい関係」です。互いに気を使い、一見穏やかに見えるような人間関係のことを「優しい関係」と定義しています。一見、ですからその裏には目に見えないものが隠れています。筆者はこんな風に言います。

    「優しい関係」の下では、対人アンテナを互いに張り巡らせ、あたかもガラス細工を扱うような繊細さで相手の反応を察知しながら、自分の出方を決めていかなければならない。そうすることで、相手との微妙な距離感を保とうとする。



     その中で、コミュニケーションをとることが中心になり、会話の内容は二の次になっていると指摘します。

    コミュニケーションに没入することでコミュニケーションに値する関係であることを互いに確認しようとし、コミュニケートされる内容よりもその円滑な回路を維持することのほうが重要な関心事になってしまう。「私たちは、これだけ会話をしているのだから、きっと親友だよね」



     リーゼントで制服を改造しバイクを乗り回す、そんな見るからに明らかな不良は少なくなった、と述べる筆者。たしかにその通りです。ですが、そういった「反社会的なエネルギー・暴力」は消えたわけではありません。形を変えたのです。

     ネットになると性格を豹変させ、過激な誹謗中傷に走る人々

     教師も気付かないくらい、陰湿に行われるいじめ

     ・・・昔の子供と今の子供を比較して、「暴力」が形を変えたと捉えるととても分かりやすいですね。一見、おとなしく、優しくなったように見える人間関係。ですが、そこには多くの悪意が潜んでいて、一つ間違えば自分の立場を失ってしまう。そんな状況を表わしたのが、「友だち地獄」というこの本のタイトルであり、冒頭で紹介した川柳です。

    ケータイの性質



     そんな「優しい関係」を引き起こしたものとして挙げられているのが、コミュニケーションツールの変化、具体的には「ケータイ」の登場です。・・・これはいろいろなところで主張されているのでそこまで珍しい主張ではありません。でも、なぜ「ケータイ」が人間関係を「優しく」したの?という疑問が浮かびます。この説明がとても分かりやすかったです。

     ポイントは、ケータイが「直接的・身体的」なツールであるということです。
    直接的・・・ケータイでは自分が連絡を取りたい人とだけ話し、本音を言う
    身体的・・・いつでもケータイを身に付けていなければ落ち着かない、返事はすぐに返さなければいけない

     だけ、を太字にしました。これは結構重要だと思います。ケータイやネットでは、自然と自分の気の合う人同士で集まることになります。指摘されて改めて気づきますが、これが「異質なものの排除」につながっているのです。

    ケータイは、異質な人びとへと関係を広げていく装置としてではなく、むしろ地元つながりに見受けられるような、同質的な人間関係を上手く営んでいくための装置として役立っている



     この本が出版されたのは2008年。それ以来、コミュニケーションツールはさらに大きく変容しました。2008年ですから、この数年後にtwitterが爆発的に広まり、さらにLINEも登場するわけです。それらのツールがより「直接的・身体的」になっているということにはすぐに気付きます。友だち地獄、ますます進行中です。


     先程暴力が目に見えなくなった、と書きましたが、その原因も「ケータイ」の登場です。自分たちの内部の人間関係を保つことに必死になっていることで、外に向けるエネルギーがなくなった、よって暴力は目に見えなくなった、という訳です。エネルギーは、「優しい関係」のマネジメントに費やされるようになりました。

     こんな風に考えると、いろいろなことに説明がつきます。いじめの「見て見ぬふり」が広まったのは、自分たちの内部のグループと外のグループの距離が広がったから。引きこもりがなかなか復活できないのは自分がグルーピングから外れてしまったから。また、ネットで言葉の暴力に走る人が増えたのは、「優しい関係」疲れでしょうか。

     じゃあ、この優しい関係からは抜け出せないの?と問いたくなります。優しい関係から私たちがなかなか抜け出せないのにもわけがありました。

    なぜなら、その人間関係だけが、彼らの人間関係だけが、彼らの自己肯定観を支える唯一の基盤になっているからである



     世の中が得体のしれない何かに覆われているような感じがして、鬱屈とした思いになりますね。

    どこで自己を肯定するか



     ケータイだけが自己を肯定する唯一の手段になっていて、それが人間関係に支障をきたしているというのなら、他に自己を肯定する手段が必要だということになります。この「自己を肯定する手段」というのはそれぞれの人にそれぞれの手段があるのではないでしょうか。信頼できる親友、打ち込める趣味・・・「自分のブログ」というのもその手段になりそうです。

     とりあえず、私はリアルで関わる人のtwitterは極力のぞかないようにしています。人様のtwitterをのぞいていい気分になったことはほとんどありません。関係を複雑にしてしまうだけで、ほとんどメリットはないと思います。twitterはやっている(右に出ています)が、機械的なつぶやきが中心で、人との絡みはできるだけ避けています。

     「ネットでの暴力」はもってのほかです。何をどう間違えても、ネットでの暴力が「自己を肯定する手段」になることはあり得ません。自分も、他人も不幸せにするだけです。本を読んでいても好き嫌いはありますが、「嫌い」の部分にはブログではなるべく触れないようにしています。ちゃんとマナーを守って、自分にも、そして他人にも有益なブログが作れるといいですね。

    新書, 土井隆義, 社会,



    •   22, 2015 17:55

  •  アメリカン・ドリーム。海の向こうの国では、「自由と平等」という理念のもとに、多くの人が成功を夢見ています。夢見ている・・・はずでした。

    ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)
    堤 未果
    岩波書店
    売り上げランキング: 8,229



     今日はそんな夢が儚くも崩れ去るお話。2008年に発売され、30万部を超えるベストセラーとなった堤未果(つつみ・みか)さんの「ルポ 貧困大国アメリカ」をご紹介します。



    聖域への浸潤



     突然ですが、盲腸で入院することになったらいくらかかると思いますか?

     医療制度が充実している日本では、そこまで常識外れの金額が請求されることはありません。4,5日入院しても30万円を超えることはない、と本書では指摘されています。

     では、海の向こうのアメリカではどうでしょうか。この本の第3章に登場するアメリカ人の男性が、壮絶な実態を語ります。

    「2005年の初めに急性虫垂炎で入院して手術を受けました。たった1日入院しただけなのに郵送されてきた請求書は1万2000ドル(132万円)。会社の保険ではとてもカバーし切れなくてクレジットカードで払っていくうちに、妻の出産と重なってあっという間に借金が膨れ上がったんです」



     卒倒しそうになりました。入院1日で132万円。まさに、「倒れたら終わり」といったところです。

     アメリカの医療費は先進国の平均の2.5倍にのぼるそうです。アメリカではカード破産に次いで多いのが「医療破産」で、いったん医者にかかると借金漬けになる例が非常に多いということです。

     ショックな現実はまだまだ続きます。破産することが多いのは医療保険に加入している中流階級者が中心。高い掛け金の割に、満足に行われない支払い。点滴をしているうちに病院のベッドから追いやられ、残ったのは高額の請求書。負の連鎖は止まらず、過剰なコストカットは医師や看護師も追いつめていきます。

     「地獄絵図」でした。そして、この地獄を引き起こしているのが、「医療現場に持ち込まれた競争」です。人間として生きるために、手厚く保護されるべきであり、ビジネスになってはいけない医療。そこに競争が持ち込まれた結果がこれです。

    敗者に明日はない



     自由な競争は互いを刺激し、サービスの質を上げていくという側面があります。効率を重視して、より低いコストでいかに高いパフォーマンスをするかが求められます。

     でも、それが医療や教育に持ち込まれてはいけないということは少し考えればすぐに分かります。 「効率を重視して、より低いコストで」 これが医療や教育で行われたら・・・待っているのは上に挙げたような現実です。

    「民主主義であるはずの国で、持たぬ者が医者にかかれず、普通に働いている中流の国民が高すぎる医療保険料や治療費が払えずに破産し、善良な医師たちが競争に負けて次々に廃業する。そんな状態は何かが大きく間違っているのです」


     日本にいると、なかなかこういったことは想像がつきません。病気で倒れた瞬間に人生は終わります。高額の請求書から破産へ。病気から復帰したところで、職場にはもう自分の椅子はありません。

     教育もそうです。貧しい家に生まれた瞬間に人生は終わります。最低限の教育すら受けることができません。まともな仕事はありません。まともな生活など夢のまた夢です。

     自由と競争の国、アメリカ。「勝った者が報われる」、一見魅力的です。ですが、病気で倒れることや貧しい家に生まれることが「負け」になるのだとしたら、それはもう悪夢としか言えないのではないか、と思いました。




     大量の敗者を生み出したアメリカ。貧困層の向かっていく先は「戦争」でした。

     本の後半は「戦争ビジネス」について書かれています。満足な生活をすることができない貧困層に手を伸ばしたのは軍でした。医療や教育の機会を手厚く保護する、そんな魅力的な条件を引き合いに出され、多くの貧困層が軍に入隊していきました。

     この流れが1つのビジネスになっている、ということが見えた時、衝撃を感じると同時に怒りを禁じ得ませんでした。戦場で無関係の市民を殺す兵士が憎いかもしれません。でも、現実はというと・・・。

    「目の前の生活に追いつめられた末に選ばされる選択肢の一つに、戦争があるというだけです」


     米軍に参加した日本人兵士のことばです。静かに語られたことば・・・。兵士を責めるのはお門違いなのだと思います。競争を持ち込んではいけない場所に競争を持ち込んだ、ビジネスにすべきでないことをビジネスにした、全ての間違いはここにあるのではないでしょうか。

    いのちをものさしに



     昨年の4月、クローズアップ現代に筆者の堤さんが出演して、こんなことをおっしゃっていました。

    80年代ぐらいまでは頑張れば報われるとか、努力すればチャンスをつかめば、マイノリティーでもスターになれる、そういうのがあったんですけれど、今、構造として1%が99%を切り捨てていく構造を、国の政策が後押しをしているために、アメリカンドリームが機能する構造自体が崩れていると。



     この本の最後、堤さんが示すのは「いのちをものさしにした民主主義」です。

    いのちをものさしにした民主主義というものがある。ゴールは環境や人権、人間らしい暮らしに光をあて、一人ひとりが健やかに幸せに生きられる社会を作り出すこと。



     1%が99%を切り捨てる、というのは日本にとって全くの他人事ではありません。日本もそうなってきているように思います。海の向こうの出来事で片づけるのではなく、自分たちのすぐそばにアメリカのような悪夢が迫っていることに気付かなくてはいけません。久しぶりに衝撃的な新書でした。

     日本が死守していくべきは「いのちをものさしにした民主主義」ですね。でも、「命がなくなったら終わり」そんな当たり前で疑いもないようなことが無視されるのはどうしてなのでしょうね・・・。




    こちらもどうぞ

    堤さんが出演したクローズアップ現代です。富裕層と貧困層の格差を紹介した回。クローズアップ現代のサイトは放送内容を全文掲載して動画までついているかなり良質なサイトですよ。
    クローズアップ現代 2014.4.22

    新書, 社会, 堤未果,



    •   15, 2015 20:14

  •  金曜日の夜、帰って来るやいなや、ベットにダイブしてしまいました・・・。目を覚ますと、日付が変わって土曜日の深夜0時20分・・・。せっかくの金曜の夜が台無しです。こんな睡眠では疲れもたまるだけですし、気をつけなくてはいけません・・・。

    自殺論 (中公文庫)
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     すごいタイトルの本が出てきました。デュルケームの「自殺論」です。これまで私がブログで紹介してきた本の中では、間違いなく最高難度だと思います。恐ろしいタイトルですが、これは社会学の古典で、自殺が社会によって引き起こされることを膨大なデータを用いて証明した1冊です。2週間かかって読みおえ、ようやく今日紹介することになりました。



    自殺と社会



     この本は絶対に読みたいと思っていました。自分が学んでいる学問分野、ということもあるのですが、それよりも、「自殺は日本の重要な社会問題である」という意識が強かったからです。

     年末になってくると毎年のように聞こえてくる数字、「3万人」。聞き覚えのある方が多いと思います。これは、日本人の年間自殺者です。計算上は、約16分に1人、誰かがどこかで自ら命を絶っているということになります。世界的に見てもこれは非常に高い水準です。

     まさに、「日本の病」といってもよい自殺。デュルケームは、自殺が様々な社会的環境(宗教、家族、政治社会、職業集団など)によって引き起こされるものであると述べて、その社会的環境をデータから探ろうとしています。1897年に刊行された1冊なのですが、導き出される結論が現代社会にも十分通用することに驚かされます。それだけ、膨大なデータをもとに、個人的な事情は一切省いて客観的な考察が行われているということです。

     アマゾンのページでも、すごい高評価です。そして、レビューの質が高い!称賛のレビューを頷きながら眺めていました。それだけ、論の展開、データの観察が素晴らしいのです。この本が生き残るわけが分かります。私の稚拙なレビューに満足できなかった方は、ぜひアマゾンのレビューの方へどうぞ。

     まず、序盤かなりのページを使って、「自殺の定義」が考えられます。自ら命を絶つこと、と簡単に定義したくなりますが、社会学ではそうはいきません。まず、言葉をどのように定義するか、というのが重要な問題です。

     例えば、人間以外の動物は「自殺」をするといえるのか。精神病患者が自分の意識が統制できない状態で行うものは「自殺」と呼べるのか・・・などなど。1つ1つの問題が、しらみつぶしにされていきます。最終的な定義はこうなりました。

    死が、当人自身によってなされた積極的、消極的な行為から直接、間接に生じる結果であり、しかも、当人がその結果から生じうることを予知していた場合



     細かい部分を記述していると大変なので、本論である、「自殺を引き起こす社会構造」に移りたいと思います。ちなみに、本論が始まるのは170ページからです・・・。

    社会結合と自殺



     自殺は、個人の属している社会集団の強さに反比例して増減する(p247)

     これが、1つの結論であり、私が現代社会にも十分通用すると思った部分です。個人が社会集団に密接に関わっていればいるほど、自殺は少なくなります。当たり前のことのようですが、いろいろなデータがこの結論により説明できます。

     まず、「男性の自殺が女性の自殺より圧倒的に多い」ということ。これは、どの国で見ても同じです。どうしてこのようになるのでしょうか。デュルケームは社会集団ということを踏まえて説明します。

    女子は男子よりも共同生活の圏外にいることが多いので、彼女たちのなかには共同生活がそれほど深く浸透していないわけで、この社会の浸透度の低さゆえに、女子にとっては社会の必要性は少ない。


     女性に対する蔑視が全開ですが、時代が違うので仕方がありません。それに、述べられていることは説得力があります。女性の方が社会との関わりが少ないから、自殺が少ないというのです。現在でも社会で重要な立場を多く締めているのは、(残念ながら)男性です。その違いが、自殺率の違いを生んでいるというのです。

     宗教についても出てきます。なぜ、カトリックよりプロテスタントの方が自殺が多いのか。・・・難しいですね。ここでも、集団への所属の強さで説明されます。カトリックの方が、プロテスタントより宗教的統合が強く、プロテスタントは個人の「自由検討」を認めます。その結果、プロテスタントの自殺の方が多くなるというのです。難しくなりましたが、要するにこうなります。

    宗教がひとつの社会だから、集合的状態が多ければ多いほど、また強ければ強いほど、宗教的共同体は緊密に統合され、それだけ自殺を抑制する力も強いことになる。



     長い本のほんの一部だけ抜粋しているのですが、いかに説得力があるか分かると思います。1つ1つにデータで根拠が示されるので、全体を読めばなおさらです。

    a0003_001451.jpg

     客観的な考察だけでも十分にすごいのですが、この本では「どうして人は自殺するのか」「どうすれば自殺を防げるのか」といったことまで言及されています。自殺について知りたかったらこの本!という感じですね。全てが網羅されているように思います。

     アノミーという言葉が出てきます。社会が崩壊して無統制になり、人々が疎外感を覚える状態です。自殺の大きな要因になります。この状態から、人々が「社会に順応できていない」と苦悩することが、自殺を招くと言っています。自殺というと個人的な動機が大きな原因のように思われますが、実はそうではなく、全ての原因は「社会」に還元されます。言い方を変えれば、「社会に殺されている」ということでしょうか。

     集団との結び付きが強くなればなるほど自殺は減ります。それなら、その社会集団をもっと強固にして、個人を掌握することが自殺の予防になる、とデュルケームは最後にまとめます。当然の結論です。でも、難しいですね。昔のような「ムラ社会」に戻す、と言っているようなものです。近所の子供に挨拶しただけで「不審者」として通報されてしまう今の日本に、「集団の結びつきを強めよう」とは難しい注文です。

     社会がバラバラになれば自殺は増える。日本は典型的です。ですが、簡単に社会とのつながりを強めよう、とも言えません。小さな子供を持つお母さんが、子どもを守るために行う「囲い込み」の動き(上に書いた不審者の声かけがその例)が強まっています。それは当然のことです。それだけ、社会にはたくさんの危険があります。

     つながりを強める ⇔ 危険だからつながれない

     1つの対立が見えてきますね。難しい問題です。

    日本の病は治せるか



     日本の自殺問題について、もっと真剣に考えたいと思います。自殺者は年間約3万人ですが、そこには大量の自殺未遂や、不審死は含まれていません。統計に含まれない自殺を含めると、「16分に1人が自殺」どころでは済まないのです。

     若者の自殺率の高さ
     中高年男性の圧倒的な自殺率

     世界的に見て、日本の自殺で特徴的なことです。なんだか「社会の闇」が見えてきませんか?若者が未来に希望が持てず、働き盛りで給料的にも最も恵まれているはずの中高年男性が自ら命を絶っているのですから・・・。

     デュルケームが言う通り、「日本の社会構造」に大きな問題があります。こんな深夜にブログを書きながら、いろいろなことを考えました。

     ただの大学生に過ぎない私のような人間が、金曜日に帰ってきて放心状態でベットに倒れ込んでいます。世の中には、もっと疲れていて、追いつめられていて、救いを求めていて、・・・それでもベットに倒れ込む暇すら与えてもらえない人がたくさんいるのです。金曜日の夜に帰れない人が。土曜日に休めない人が。恐ろしくなります。これから私は「社会」に出て行けるのでしょうか・・・。

     社会が、人間を殺す。導き出される結論に、ぞっとします。殺されないようにしなければいけません。自分を見失わないようにすること。そして、適度に社会とのつながりを保つこと。肝に銘じておきます。

    ◆殿堂入り決定!

    「最果ての図書館」は『自殺論』を「ゴールド」に認定しました。おめでとうございます!



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    殺の全てが分かる、究極の古典的名著

     日本の重要な社会問題である「自殺」。どうして日本は自殺が多いのか、この本を読めば見えてくる部分があると思います。統計は、嘘をつきません。統計から何が見えてくるか、じっくりと突き詰めている1冊です。

    デュルケーム, 学術書, 社会,



    •   25, 2015 03:05