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    小川 洋子
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    鑑をめくる 一瞬は永遠

     私が一番好きな作家、小川洋子さんの最新刊です。あらすじを見た時から、ずっと読むのを楽しみにしていました。いかにも小川さんらしいストーリーで、傑作が読める予感がしたからです。

     やはり小川さんらしく、静謐さと美しさをまとった傑作でした。作品を読む前、読んでいる時、読んだ後、小川さんの作品は、全てにおいて至高です。人生で一番豊かな時間を、いつも小川さんの小説からいただいています。



    閉ざされた世界



     あらすじを読んだときから期待が高まった、と書きましたが、この本はどんなあらすじなのでしょうか。

     一言でまとめれば、「母親の手によって別荘に閉じ込められた3人のきょうだいの話」です。もともと、きょうだいは4人でしたが、一番末の妹は死んでしまいました。妹が犬になめられて殺された、そんな「魔犬の呪い」を信じてやまない母親は、3人の子どもたちを連れて別荘に移ります。そして、子どもたちにこう言い放つのです。

    「壁の外には出られません」



      こうして、子どもたちは別荘という閉ざされた空間の中で人生を過ごすことになりました。母親が子供を心配する気持ち、守ろうとする気持ちが歪み、「閉じ込める」という行為へと発展したのです。

     子どもたちは、これまでの名前も奪われ、新たな名前を与えられます。3きょうだいの名前は、琥珀(こはく)、オパール、瑪瑙(めのう)。こうやって人物の名前がぼかされる、あるいは名前が与えられないというのも小川作品の特徴です。そうやって、作品の純度が高められていきます(よかったら、琥珀、オパール、瑪瑙でそれぞれ画像検索をしてみてください。なんて美しい3きょうだいでしょう。小川洋子さんのセンスにため息が出ます)。

     さて、この作品が小川洋子さんらしいといったのは、「別荘に閉じ込められる」という設定です。小川さんは自分の作品の特徴について、このように語っています。

    ナチスの迫害を逃れるために隠れ家に潜んだ少女アンネ・フランクの言葉に心を揺さぶられ、作家デビューしてから彼女の足跡を訪ねた。数学やチェスなど扱う題材は多彩だが、その多くで『アンネの日記』と重なる「閉ざされた世界」を描く。「理屈では説明できないけれどそんな世界が無視できない。新しいものを書いたつもりで同じ泉の水をくんでいる」と笑う。

    産経ニュース「長編『琥珀のまたたき』小川洋子さん 閉ざされた家の美と崩壊」(2015.9.16) http://www.sankei.com/life/news/150916/lif1509160015-n1.html



     「閉ざされた世界」、これが小川洋子さんの作品のキーワードになると思います。そして、その閉ざされた世界のルーツはあの「アンネの日記」にあるのですね。別荘に閉じ込められる、という設定はいつも以上に「閉ざされた世界」を感じさせる設定でした。それで、傑作の予感がしたのです。

     別荘に閉じ込められた子どもたち。閉ざされた世界で、彼らだけの時間が漂います。小川作品独特の静謐さを漂わせつつも、そこに「危うさ」も感じさせる―どこか心がザワザワするような、不安な静けさが広がります。

    図鑑から広がる世界



     別荘に閉じ込められた子どもたち。彼らに与えられた唯一の世界は「図鑑」でした。彼らは図鑑をめくります。そして、様々な想像を巡らせます。閉じ込められているのに、彼らの世界は無限に広がるのです。見事としか言いようがありません。

    図鑑の中はとても静かだ。世界中のありとあらゆる事物が詰め込まれているというのに、その余白は驚くほどしんとしている。どんな分類にも系統にも含まれず、すべての項目からはじき飛ばされ、ぽつんと取り残された余白が彼らを安堵させる。静けさはいつでも彼らにとって、一番馴染み深いものだ。



     読んでいて時間の流れを忘れるような、あるいは周りが何も見えなくなるような・・・小川洋子さんの描く世界は、そんな静寂に包まれています。私は小川さんの描くこの世界観が他の何よりも好きです。この静寂に触れるために、小川さんの作品を手に取ります。彼らは母親から別荘という閉ざされて空間に閉じ込められています。それはよく考えればおぞましい事態なのですが、そんなことを全て忘れさせるかのように、静寂は物語を包み込みます。

    大丈夫だ。誰も欠けていない。壁は高く頑丈で、図鑑の地層は深い。世界の全てがここにある。合唱を邪魔しない無音の声でつぶやきながら、琥珀は次のページをめくる。



     外に一歩も出ることのできない異常な世界。だけど、彼らはどこまでも駆けていく―。

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     図鑑から、彼らは想像を広げていきます。そして、さまざまな遊びを生み出すのです。「オリンピックごっこ」「事情ごっこ」・・・本当に素晴らしかったです。想像から、ここまで物語が広がるものか―そう思いました。決して感動する場面ではないのですが、想像力が訴えてくるものがあまりにも大きくて、こみ上げてくるものがありました。

     そして、最も素晴らしかったのは「一瞬の展覧会」。本を読んでいない人も、「一瞬の展覧会」という名前を聞いただけでワクワクしてしまうでしょう。図鑑をめくるという何気ない作業は、「一瞬」の積み重ねでできていたのです。

    一ページが瞬き一回だと琥珀はすぐに理解した。瞬きの瞬間、暗闇がよぎる。ほんの短い時間でも、あたりはすべて真っ暗になる。それが、ページとページの間に訪れる空白だ。再び光が戻った時、直前に起こった小さな中断のことなど皆忘れてしまうが、間違いなくそこには空白が差し挟まれている。

    (中略)自分のいるこの世界は、瞬きによって切り取られた一瞬一瞬の連なりで出来上がっているのだ、彼は気づく。



     上は、「図鑑のページをめくる」場面です。普通なら、気に留めることもない、何気ない場面なのです。それを小川洋子さんが描くと上のようになります。どんな些細な出来事も、世界に埋もれた普通の瞬間も、小川さんの手によって切り取られればそれは『物語』になる。

     物語を生成する力、物語の可能性、物語の役割・・・全てが最高水準。私の中では、やはり小川洋子さんが世界で最高の書き手です。

    物語の終焉



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     小川洋子さん自身も、書いていて「物語の役割」のようなものを再確認されたようです。

    「肉体は外には行けないけれど、彼らは彼らなりに想像力を働かせて壁の内側を自由に呼吸ができる楽園にした。こういう環境で人間が自由になるとしたら物語を頼りにするしかない。この小説を書いて思いましたね、『やっぱり人間には小説が必要なんだ』と」



     小説というのは、何のために存在するのでしょう。もしかしたら、単なる娯楽として、面白おかしく小説を読む人もいるのかもしれません。実際に、面白おかしく読んでもらうための小説も世の中には溢れています。

     ただ、小川洋子さんの書く小説には、そういったことは一切当てはまらないのです。毎回思わされるのは、「小説が存在する意味」についてです。小川さんの小説は「閉ざされた世界」を舞台にしているものが多く、山もなければ谷もなく、ただただ静寂に包まれています。

     それでも、毎回思います。「この小説は、世界に必要である」、あるいは「この小説は、誰かに必要とされている」-。そう思わせるのは、上に書いたように、小川さんが小説の必要性について誰よりも深く理解して物語を生み出しているからです。読み終えた後の、静寂の中にも確かに残るこの余韻・・・毎回至福の時間を過ごしています。

     「終わってほしくない」、いつも思います。しかし、残念ながら本をめくり続けていると終わりが近付いてきます。そして、小川さんの作品では「最後」にも要注目です。実は、ものすごく残酷な結末が用意されていることもけっこう多いのです。

     今回も、ものすごく残酷な結末が待っていました。本を読み終えた後に改めて考え直してみるのですが、かなり残酷で、救いのない結末です。

     他の作家さんだったらかなり衝撃を受けて終わるところですが、小川洋子さんの場合、衝撃はありません。なぜなら、「残酷な結末さえ静かに描くから」です。容赦のない残酷な結末までが、静寂の中に飲み込まれていく―これもまた恒例の、独特の余韻です。

     小川洋子さん、今回も素晴らしい作品を届けていただき、ありがとうございました。一番好きな作家の本ですから、レビューを書いている時も一番充実しているのです。

    レコメンド

    けさの中に危うさをはらんだ、「彼らだけの世界」-。

     次は短編を書かれるそうです。小川さんの短編小説は独特の世界観が凝縮されていてこれもまたすごくいいのです。この小説の余韻を大切にしながら、また楽しみにしています。

    ◆殿堂入り決定!

    「最果ての図書館」は『琥珀のまたたき』を「ゴールド」に認定しました。





    オワリ

     どれだけ言葉を尽くして絶賛を重ねても、全く足りる気がしません。本当に偉大な作家さんです。


    「いつも彼らはどこかに」 小川洋子さん

     前回のレビューです。こちらは動物をテーマにした短編集です。改めて言う必要もありませんが、素晴らしい作品でした。

     前のレビューの最後に、私はこんなことを書いています。

    >一番好きな作家を聞かれた時は小川洋子さんと答えます。でも、理由を聞かれた時に説明するのがすごく難しいんです。その結果、きょとんとされてしまい・・・。もっとうまく語れるようになりたいものです。そして、もっとうまくレビューを書けるようになりたいものです。

     ・・・今も全く同じ思いです。なかなか共感してもらうのが難しい作風だと思います。表現するのは難しいけれど、自分の知っている表現の限りを尽くして伝えてみたいです。前回に比べたら、少しはレビューが上達しているでしょうか・・・。


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    小川洋子, 現代日本文学,



    •   06, 2015 23:03

  •  「最果ての図書館」で紹介した本が100冊になりました!記念すべき100冊目は、私の一番好きな作家さんの本に飾っていただきたいと思います。

    いつも彼らはどこかに
    小川 洋子
    新潮社
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     美しい装丁にまず心が惹かれるこの作品は、おととしに刊行された「動物をテーマにした短編集」です。8作の短編が収録されていますが、いずれも動物が作中に登場します。これまで読んだ小川洋子さんの作品でも、動物は作中において重要な役割を果たしていました。では、そんな動物に注目した時、いったいどんな作品になるのか・・・期待は高まります。



    静かなシンパシー



     動物が中心といっても、動物目線で書かれた小説ではありません。それぞれの作品には、どこか孤独を抱えた人間が登場します。そんな人間が、動物たちに思いを馳せていくのです。

     動物は、目の前にはいません。目の前にいない動物たちに、人間は思いを馳せていきます。作品によっては、看板やミニチュアなど、動物がもはや生物ではないという設定もあります。彼らは何も主張しません。「いつも彼らはどこかに」いるのですが、今、目の前にいるわけではありません。あくまで、「どこかに」いるのです。

     物言わぬ動物と、孤独を抱えた人間の間に流れる、静かなシンパシー。そこから織りなされる物語が、孤独を抱えた彼らを優しく、時に残酷に包み込みます。

     自分の小説の中で、動物が重要な役割を果たしていたことに気付いた、と語る小川さん。今回は、そんな動物に焦点を当てた小説です。

    小説を書き続けてゆく中で、こんなふうに少しずつ動物が持つ意味を自覚するようになりました。今回は、言葉を発しないものの存在が言葉の世界にとっていかに大事かを、意識的に確認してみようと思いました。

     [小川洋子『いつも彼らはどこかに』刊行記念インタビュー](以下同じ)

     余計な言葉は極力排された小川洋子さんの存在感。そんな作品世界の中で、「物言わぬモノ」の存在感が高められていきます。

    最初は何だかわからないけれど、こねているうちにウサギっぽくなったからウサギにしよう、とかカタツムリにしよう、とかそういうのに似ているかもしれません。


     このぼんやりとした感じが好きです。「ぼんやりしているところで書き始めたほうがうまくいく」と語る小川さん。こねているうちにウサギやカタツムリに・・・。この作品の雰囲気をよく表わしている一節でした。

    孤独のバニラ



     突然ですが、アイスクリームの話をさせてください。31種類のアイスクリームが並ぶ、某アイスクリームチェーンがあります。色とりどりのアイスが並ぶ中に、「バニラ」があることに気をとめる方はおられるでしょうか。

     私は、気をとめたことがあります。バニラというのはアイスの王道で、おいしいことも間違いではないでしょう。しかし、色とりどりのアイスが並び、次々に入れ替わる中で、常にそこにある、そこにひっそりとたたずんでいる「バニラ」に何かを感じないでしょうか?寂しさ、孤独、でも、たしかにそこに居続ける芯の強さ、気品―。バニラアイスを見ながら物思いに耽ってしまったことがありました。

     物語は、こんな些細なところから始まります。なんと、今回小川さんの作品の中に「バニラアイス」が登場したのです。「あっ」、思わず小さな声をあげます。

     カシスシャーベットをコーンにのせてもらえば、そのルビー色が多少なりとも心を慰めてくれた。レモンマシュマロの柔らかさは安堵を、アーモンドのカリカリと砕ける音は励ましをもたらした。
     
     ただ一つバニラの日だけは、なぜかわびしさが募った。季節が移り変わろうと、どんな流行が訪れようと、バニラは決して姿を消すことなく、常に二十四種類の一角に場所を確保していた。にもかかわらず、それを注文している人に一度も出会ったことがなかった。他の二十三種が華やかな色を競い合い、ナッツやチョコチップやマーブル模様で身を飾り立てているのに比べ、バニラはあまりにも素っ気なかった。ガラスケースの中でそこだけが取り残され、孤立しているように見えた。


     自分が心の中で思っていたことと小川さんの描写がこんなにも重なったのは初めてでした。バニラアイスを見てしばらく考え込んでしまった時の記憶がありありと蘇ってきます。
     
     ガラスケースの中にあるバニラアイスから、物語が始まるのです。

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     小川さんの書く物語世界がたまらなく好きです。

    余計な空想を付け加える必要もない、ありのままを書けば物語になるような偶然の出会いが必ずある。自分が生きている世界はなんて書くべきものにあふれてるんだろう、と思う瞬間がいちばん幸福を感じます。(インタビューより)


     
     ありふれた日常に吹き込まれる、「物語」の息吹。小川さんの物語に没入し、ふと現実に帰った時に驚きます。「ありふれた日常」など、一体どこにあったのでしょう?一本の鉛筆が、道端の石ころが、空に流れる雲が。自分の生きている世界にこれほどたくさんの物語が溢れていたのか、と驚かされます。小川さんの作品を読んだ後は、しばらく余韻が残って、日常の全てが違って見えてきます。その余韻が消えかかってきたとき、気付けばまた、私は小川さんの本に手を伸ばしています。

    何かとのつながり



     作中に出てくる人間と動物。人間は、どこかにいる動物を想います。どんな動物が出てくるのか、本の説明から引用してみます。

     ディープインパクトの凱旋門賞への旅に帯同することになる一頭の馬
     森の彼方此方に不思議な気配を残すビーバー
     村のシンボルの兎
     美しいティアーズラインを持つチーター
     万華鏡のように発色する蝸牛……。

     これらの動物と人間との間で交わされる、言葉のない会話、静かなシンパシー、孤独を包み込む余韻・・・そういったものを味わっていきます。私のレビューはあまりにも抽象的で、読みながら「?」を渦巻かせている人もいるかもしれません。でも、小川さんの作品に説明的な余計な言葉を与えてはいけないと思うのです。

    言葉では成立しない何かによって、世の中のいろいろなものと実はつながっていると、ふときづく瞬間があって、そこに含まれているのは喜びなんですね。たとえほかの人とは共有できなくても、喜びと名付けていい瞬間なのではないでしょうか。(インタビューより)



     「言葉では成立しえない何かによるつながり」、これぐらいの説明でいいと思うのです。今日からまたしばらく、余韻に浸る日々が続きそうです。

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    物と人間、孤独をそっと包み込む「つながり」-。

     一番好きな作家を聞かれた時は小川洋子さんと答えます。でも、理由を聞かれた時に説明するのがすごく難しいんです。その結果、きょとんとされてしまい・・・。もっとうまく語れるようになりたいものです。そして、もっとうまくレビューを書けるようになりたいものです。



    こちらもどうぞ

    「猫を抱いて象と泳ぐ」 小川洋子さん
     前回の作品です。チェスを題材にしたお話。「息が止まるような美しさ」とはこういうことをいうのでしょうか。
     
    作家さんの本棚 003 小川洋子さんの本棚
     「いつも彼らはどこかに」を本棚に追加しました。いつかこの本棚に小川洋子さんの全作品を揃えてみたいです。
    現代日本文学, 小川洋子,



    •   24, 2015 23:30

  •  「博士の愛した数式」を思い出しました。インタビューを拝見したら、やはりそうだったようです。美しさの感動から出発して誕生した作品。今日は小川洋子さんのこの1冊です。

    猫を抱いて象と泳ぐ (文春文庫)
    小川 洋子
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     チェスの盤から広がる宇宙。対局者も、観戦者も引き込むような、魅力的な海。静かな美を描く作家、小川洋子さんとチェスの奇跡のような出会いです。



    盤上の邂逅



     伝説のチェスの指し手、リトル・アリョーヒンの一生を振り返ったお話。リトル・アリョーヒンは全てにおいて特別な棋士でした。

     生まれた時からひっついたままの唇
     少年のまま、成長しない体
     小さなチェスの盤の下に潜ってチェスを指すという行動
     人形の中に入って、人形としてチェスを指すという行動

     そして、彼が残した芸術品のような棋譜。美しい足跡。

     8×8の盤上で繰り広げられるチェス。その小さな盤上から、小川洋子さんは果てしない宇宙と海を描き出します。この小説ができたきっかけは、小川さんとある手紙との出会いにありました。チェスのチャンピオン、ボビー・フィッシャーが日本から強制送還されそうになったとき、将棋界の第一人者、羽生善治さんが書いた嘆願書でした。

    その羽生さんの文章が印象的でした。モーツァルトの人間性は、もしかすると尊敬されないものだったかもしれませんが、彼の音楽は人々に感動を与えました。ボビー・フィッシャーもそうです。彼の残す棋譜は芸術です、という意味合いのことが書かれていて、素晴らしい忘れがたい手紙でした。


     出典 小川洋子さんインタビュー(「本の話」web)

    美しさへの感動から始まった小説。これは、代表作である「博士の愛した数式」と同じです(博士の愛した数式は、小川さんが数式の美しさに触れたことから誕生しました)。

     実際の小川さんは数学が大嫌いで、チェスも指せないそうです。そんな人が、このような物語を生み出した・・・驚かされる話です。自らの感動から出発し、その感動をこんなにも美しい形に昇華させることができる。改めて小川さんのことが好きになります。

    チェスの棋譜も楽譜や詩、絵画と同じで芸術になりうるんだなということを、このことによって知りました。『博士の愛した数式』を書くきっかけとなった、数学者の藤原正彦先生が数式は美しい、と仰った出会いと似ていました。


     本人もこのようにおっしゃっています。物を見て感じる心、そこから想像する心が抜群に優れていらっしゃるのだと思います。小川さんの作品の中からは俗世的なものが一切取り除かれていて、純度の高い美しさを味わうことができます。「博士の愛した数式」と遜色ない、素晴らしい作品でした。

    盤上の雄弁



     まるで小川さんの作品を総決算するような、そんな立ち位置の小説でもあります。こんな印象的な一説がありました。

    自分のスタイルを築く、自分の人生観を表現する、自分の能力を自慢する、自分を格好よく見せる。そんなことは全部無駄。何の役にも立ちません。自分より、チェスの宇宙の方がずっと広大なのです。自分などというちっぽけなものにこだわっていては、本当のチェスは指せません。自分自身から解放されて、勝ちたいという気持ちさえも超越して、チェスの宇宙を自由に旅する・・・・・・。そうできたら、どんなに素晴らしいでしょう。



     小川さんがチェスから何かを感じ、こうして小説を書き上げた。その根本にあるのが、こういうことなのでしょうか。この作品は、登場人物の詳細については一切明かされません。皆が愛称で呼ばれるので、どこの誰なのか、国籍はおろか、本名も分からないのです。

     登場人物が曖昧にされる、これは小川さんの作品にはとても多いパターンです。それは「自分」という存在を消す行為なのでしょうか。人や自分の存在感は徹底的に薄められ、その代わりに静謐な世界の中で「モノ」が雄弁に何かを語ります。今回の場合、その「モノ」がチェスでした。

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     作品の終盤、ある手紙のやり取りが出てきます。他の言葉は一切排除して、チェスで会話をしようというものです。手紙に書かれているのはたったの1行、チェスの駒の動きを書いた「棋譜」です。たった1行の手紙で、二人は多くのことを語ります。

    しかし果して自分は、棋譜よりも雄弁な言葉など持っているだろうか。e2のポーンをe4へ動かすよりももっと豊かな言葉が、一体どこにあるというのか。


    「チェスに自分など必要ないのだよ。チェス盤に現れ出ることは、人間の言葉では説明不可能。愚かな口で自分について語るなんて、せっかくのチェス盤に落書きするようなものだ」



     主人公の唇がくっついていたわけは、ここにありました。愚かな口など、開く必要はない。棋譜の方が、よっぽど雄弁であると小川さんは語ります。

     そんな小川さんも言葉を使って小説を書いているのですが、作品を読んでいると洗練された言葉の美しさと無駄のなさに驚かされます。美しいものに触れ、感じる力が小川さんの言葉を研ぎ澄まし、このようなスタイルを確立させていったのでしょうか。最も静謐で、最も雄弁。矛盾するようですが、そんな言葉が一番似合います。

    盤上の勇者



     私はチェスは駒の動かし方ぐらいしか知らないのですが、将棋なら少しは知っています。チェスと将棋はかなり似たゲームです。

     小さな盤の上で行われるのですが、実はそこには宇宙が広がっています。将棋の最初の1手は全部で30通りあります。対戦相手の最初の1手も30通りです。つまり・・・

     お互いが最初に1手ずつ指しただけで、すでに30×30=900通りの組み合わせが生まれるのです。

     実際は最初に差す手はほぼ2通りに決まっているのでそうもいかないのですが、理論上は900通りの組み合わせがあります。そこからさらにお互いが手を進めて行ったら、すごい組み合わせが生まれます(将棋は相手の駒を取って使える、というルールがあるので、勝負が進むにつれて組み合わせはどんどん複雑に、かつ多様になります)。

     将棋はだいたい100手ぐらいで終局するのですが、そこには天文学的な数の組み合わせが隠れています。まさに「宇宙」です。チェスはどれほど複雑なのか知らないのですが、小さな盤の上に数えきれない数の組み合わせが隠れていることは確かです。チェスにもまた、宇宙があるのでしょう。

     チェスの一番弱い駒、将棋でいう「歩」はポーンといいます。前にしか進めず、後ろには戻れない駒です。ですが、小川さんは本の最初のページで、そのポーンのことを、このように言いました。

     決して後退しない、小さな勇者

     作品の魅力がここに全て詰まっています。何か感じるものがあったら、ぜひ本を開いていただきたいです。

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    が止まるような美しさ、とはこのことでしょうか

     小さな盤上から広がる、果てしない宇宙と海。小川さんの魅力を総決算したようなこの1冊では、全ての「モノ」が静かに、そして美しく躍動します。

    ◆殿堂入り決定!

    「最果ての図書館」は『猫を抱いて象と泳ぐ』を「プラチナ」に認定しました。おめでとうございます!





    こちらもどうぞ

    作家さんの本棚 003 小川洋子さんの本棚

     小川さんの本を5冊読んだので、作家さんの本棚を作成しました。実は、この「最果ての図書館」のタイトルの由来になったのは、小川洋子さんの本です。まだレビューは書いていないのですが、ブログの節目の時に書きたいなと思ってとっておいてあります。その本も含まれています。


    , 小川洋子, 現代日本文学,



    •   08, 2015 17:40

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     私が読んだ小川洋子さんの作品をまとめるページです。新しい本を読むたびに順次更新します。



    小川洋子(おがわ・ようこ)さん

    プロフィール



    962年生まれ。岡山県に生まれ、早稲田大学第一文学部を卒業。1988年、「揚羽蝶が壊れる時」で海燕新人文学賞を受賞し作家デビュー。91年に「妊娠カレンダー」で芥川賞。2004年に発表された「博士の愛した数式」は第1回本屋大賞を受賞し、多くの人にその名を知らしめた。「博士・・・」は読売文学賞も受賞。映画化もされた。他、代表作に「ミーナの行進」「薬指の標本」など。


    私が読んだ作品

     

    7作品

    ・博士の愛した数式 ( 2014.9.12 )
    ・最果てアーケード ( 2014.11.10 )
    ・妊娠カレンダー ( 2014.12.17 )
    ・人質の朗読会 ( 2015.1.19 )
    ・猫を抱いて象と泳ぐ ( 2015.4.8 )
    ・いつも彼らはどこかに ( 2015.6.24 )
    ・琥珀のまたたき ( 2015.11.5 )

    こんな作家さんです



    「モノ」との交感力が非常に高い作家さんです。ヒトの存在感は徹底して希薄化され、静謐な世界観の中で「モノ」が雄弁に私たちに何かを語りかけてきます。息が止まるような美しい描写がある一方で、息が詰まるようなグロテスクな描写も見られます。美しさと醜さ、双方を丹念に描き出します。

    作品リスト



    位 博士の愛した数式

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    博士の愛した数式 (新潮文庫)
    新潮社 (2012-07-01)
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     数字が見せる輝き、数式が見せる美しさ。そして、純真無垢の愛の形。本屋大賞を受賞し、名実ともに作者の代表作となった1冊。

    位 猫を抱いて象と泳ぐ

    猫を抱いて象と泳ぐ (文春文庫)
    小川 洋子
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    #33 盤上に広がる海 (猫を抱いて象と泳ぐ / 小川洋子さん)

    位 琥珀のまたたき

    琥珀のまたたき
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    #82 不変の瞬き (琥珀のまたたき / 小川洋子さん)

    <その他>

    人質の朗読会

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    #4 密やかなライフヒストリー (人質の朗読会 / 小川洋子さん)

    いつも彼らはどこかに

    いつも彼らはどこかに
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    新潮社
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    #55 物語は、そこから (いつも彼らはどこかに / 小川洋子さん)

    妊娠カレンダー

    妊娠カレンダー (文春文庫)
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    最果てアーケード

    最果てアーケード (講談社文庫)
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    小川洋子,



    •   08, 2015 00:00
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