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  •  4月の最後はブックレビュープレミアムのコーナーです。「悪魔の小説」などという物々しいタイトルをつけてみましたが、今回紹介するのは、今年大きく話題になっている文豪の、この作品です。

    痴人の愛 (新潮文庫)
    痴人の愛 (新潮文庫)
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    谷崎 潤一郎
    新潮社
    売り上げランキング: 34,899



     真っ赤に燃えるようなカバーですね。本の中身もまさにそのような感じになっていました。私自身、遅ればせながら、初・谷崎潤一郎です。書きたいことはたくさんあるので、前後編に分けてこの「痴人の愛」を読んでいきたいと思います。



     「痴人の愛」を笑えるか?

     「痴人の愛」。一言でまとめるなら、1人の男が、ある女に没頭するあまりに身を破滅させていく話ということになると思います。性的倒錯や、マゾヒズムといったものが描き出されています。

     主人公の譲治は、15歳の美少女、奈緒美に一目惚れします。彼が惹きつけられたのは、奈緒美の名前がもつ、西洋風の響きでした。

    この「奈緒美」という名前が、大変私の好奇心に投じました。「奈緒美」は素敵だ、NAOMIと書くとまるで西洋人のようだ、とそう思ったのが始まりで、それから次第に彼女に注意し出したのです。不思議なもので名前がハイカラだとなると、顔だちなども何処か西洋人臭く、そうして大そう悧巧(りこう)そうに見え、「こんな所の女給にして置くのは惜しいもんだ」と考えるようになったのです。



     奈緒美という名前に西洋人の雰囲気を感じた譲治は、彼女を同居生活に誘い込みます。食事や習い事など、あらゆるものを奈緒美に用意して、理想の女に仕立て上げようとするのです。2人の同居生活が始まります。

     はっきり言って、異常な設定です。まるでガムシロップを直接飲まされているような、甘く苦しい描写が悶々と最後まで続きます。噂には聞いていましたが、谷崎潤一郎、すごい人です。「愛と激情の男」という感じがします。

     冒頭以降、奈緒美は「ナオミ」とカタカナで表記されます。この小説は譲治の一人称語りで進む告白小説です。譲治が、「感じをだすため」と断って、奈緒美の表記をカタカナにしています。これ以降は、それに従ってカタカナで表記していきたいと思います。

     一人称語りの小説、と言いましたが、私はこれはこの作品を読むうえですごく大事な要素だと思います。主人公による、一人称の語り。小説には一人称の語り手と三人称の語り手がありますが、この作品は三人称の語りを採用していたら全く意味をなさない別の小説になっていたと思います。ナオミ、というカタカナの表記も、無視できない重要な要素です。

     そして、この本の帯にはこんなことが書いてあります。

     独自の悪魔主義的作風が一気に頂点にきわまった傑作!

     悪魔主義、という言葉に読む前はピンときませんでした。読んだ後には、たしかにしっくりとくる言葉です。何をもって「悪魔主義」なのかは解釈が分かれそうなところですが、私は作品の冒頭と終盤に見られる「読者への手招き」がそれにあたるのだろうか、と読みました。

    a0960_005795.jpg

     おおいに評価されている文学作品にこんなことを言い放つのは失礼かもしれませんが、正直に言うと気持ち悪かったです。とても肌にあったものではありませんでした。

    「世間によくある夫婦のようにお前を決して粗末にはしないよ。ほんとに僕はお前のために生きているんだと思っておくれ。お前の望みは何でもきっと聴いてあげるから、お前ももっと学問をして立派な人になっておくれ。・・・」


     
     一回りも違う男女が同居しています。男の方は気持ちの悪い猫なで声を出し、女を自分の理想の女にしようとてなずけている・・・これを延々と読まされるわけですから、「気持ち悪い」が第一感なのは自然なことだと思います。

     ただ、気持ち悪いだけでは終わらない作品であることも確かです。それを示す分かりやすい部分が、冒頭と終盤だったように思います。

    <冒頭>私はこれから、あまり世間に類例がないだろうと思われる私たち夫婦の間柄に就いて、出来るだけ正直に、ざっくばらんに、有りのままの事実を書いてみようと思います。それは私にとって忘れがたい貴い記録であると同時に、恐らくは読者諸君にとっても、きっと何かの参考資料になるに違いない。



     読み終えた後に冒頭に戻るとビックリします。谷崎は、この告白小説が、読者にとって「参考資料」になる、と言わせているのです。女に一目惚れし、自分の家で同居させ、理想の女に仕立て上げる。女の要望はすべてかなえ、女のために馬になって背中に女を乗せるような男が、読者にとって「参考資料」になる、と。

     そんなわけあるか、と一瞬思ってしまいそうですが、考えてみると、そんなわけがあるように思えてくるのです。作品の最後にはこうあります。ここを読んだとき、私は冒頭の「参考資料」に込めた谷崎の皮肉というか読者への「挑戦状」のようなものを感じました。

    これで私たち夫婦の記録は終りとします。これを読んで、馬鹿々々しいと思う人は笑って下さい。教訓になると思う人は、いい見せしめにして下さい。


     今風に言えば、谷崎が読者に向けて「喧嘩を売っている」とでも言えそうな場面です。笑いたければ笑え、そう言いますが、その裏には、「笑いたくても笑えないだろう」と不敵に笑う作者の姿が見えます。また、「教訓」という言葉があります。冒頭の「参考資料」と同じです。こんな一見気持ち悪いだけの話に、谷崎は「教訓」があると言っています。

     先程、一人称の語りと三人称の語りがあると言いました。これは、小説でとても大事な要素です。一人称の語りでは、語り手の主観的な面が強くなります。奈緒美のことを「ナオミ」とカタカナで表記しているのはその典型です。

     もう一つ、この作品が一人称の語りを選んだ理由としては、今挙げた冒頭と終盤のような、「読者への呼びかけ」がしたかったからだと思います(解説の野口武彦さんも指摘しています)。一見1人の男が自分の惚れた女について好き勝手に語り倒しているようで、実は読者のことが強く意識されている小説です。なぜ意識しているかというと、それは冒頭と終盤にあるようにこの話に「教訓」があるからだと思います。

     その教訓は何だろう、ということを、後編で考えてみようと思います。考えているときに思い出したのが、先日読んだ、村上春樹さんのこの短編集でした。

    女のいない男たち女のいない男たち
    (2014/04/18)
    村上 春樹

    商品詳細を見る

     「女のいない男たち」 村上春樹さん

     男と女、その逆らいがたい「運命」のようなもの、と言えばいいでしょうか。村上春樹さんの言葉も借りながら、次回は後編です。「女のいない男たち」のレビューも描いているので、よかったらリンク先からどうぞ。
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    谷崎潤一郎, 近代日本文学,



    •   29, 2015 11:59

  •  伊坂幸太郎さんの作品は、長編と短編、どちらがお好きでしょうか?私は短編が好きです。それも、去年読んだ「終末のフール」やこの作品のように、世界観がリンクしている連作短編の形式が一番好きですね。

    残り全部バケーション (集英社文庫)
    伊坂 幸太郎
    集英社 (2015-12-17)
    売り上げランキング: 7,866



     「残り全部バケーション」という、なんとも羨ましいタイトルの本です。世間では、ゴールデンウィークで上手く休みをつなげて10連休以上を楽しむ人もおられるようですね。羨ましいですが、私の場合、そんなに休むと間違いなく堕落してしまいそうです・・・。余談は置いておいて、本の紹介にいきたいと思います。



    既視感の正体



     まずは簡単にストーリから。溝口と岡田という、2人の男がいました。2人はバディーを組んで仕事をしています。仕事といっても、世間の表に出てはいけない類の仕事です。悪人から依頼されて任務を遂行する、いわゆるスパイや「裏社会の請負人」といった感じの仕事です。

     2人の会話がとても面白いです。テンポ良く、漫才のように進んでいきます。2人のやっていることは決して褒められたことではないのですが、テンポの良い会話には思わずクスリとしてしまいます。心地よい「小悪党感」がありますね。

     裏社会で活躍する2人。相性抜群のコンビ。テンポが良く笑わせる会話。・・・私のブログを毎回読んでくださる方がいたら、ピンときたかもしれません。以前に紹介したこの作品とそっくりです。

    カラスの親指 by rule of CROW’s thumb (講談社文庫)カラスの親指 by rule of CROW’s thumb (講談社文庫)
    (2011/07/15)
    道尾 秀介

    商品詳細を見る

    #20 「カラスの親指」 道尾秀介さん

     2つ目の短編、「タキオン作戦」では、2人が作戦を立ててある人物を騙そうとします。児童虐待という重いテーマを扱っているのですが、ほっこりと幸せになる結末。騙す要素まで出てきて、このあたりはもうそっくりです。

     「カラスの親指」と違うのは、この作品が連作短編の形式をとっているということです。短編なのですが、作品の世界観がリンクしていて、読み終えた時に1つの世界が見えてくる、という構成になっています。

     時系列をバラバラにしていて、つなげるのが大変でした。最初の短編に出てきた要素が、最後の最後に登場したりと、伏線の回収も芸が細かいです。短編ならではの小気味よさと疾走感があります。伊坂さんの魅力が凝縮されているようで、私はこの形式が好きですね。

    前向きを散りばめて



     2人は悪党な訳ですが、憎らしさはほとんど感じません。「小さな奇跡」という売り文句がついているようですが、確かにその通りで、人生を前向きに生きようというエッセンスが散りばめられています。

    「これはおしまいじゃなくて、明日からまたはじまりなの」「明日からは全部バケーション」岡田さんがまた言う。


    「なんか、気が楽にならない?気負わなくたって、自然と前には進んでいくんだよ



     そして、主人公の1人、岡田さんの人柄がすごくよいのです。先ほども出した2つ目の短編、「タキオン作戦」。彼は悪党にもかかわらず、お節介に人助けをしようとします。「自分の仕事のせいで人が苦しむのが悲しい」そんな優しい心の持ち主です。

     当然、裏社会での仕事が続くはずはありません。岡田さんは、仕事をやめたいと溝口さんに言い出します。ここからがすごいところで、溝口さんはそんな人の良い岡田さんのことを裏切ってしまうのです。

     後半の話では溝口さんの相棒が変わります。あんなに人が良かった岡田さんはお払い箱?あんまりじゃない?・・・そんな風に思っていたら、最後に急転直下の結末が待っていました。

     伊坂さん恒例、最後の最後での見事な伏線回収!あれも、これも、それも、といった感じで作品が収束していきます。ただし、この作品の上手いところは、全てを回収せず、最後は読者に委ねたという点です。

     おそらく、私が気付いていない伏線もたくさんあるのだと思います。ラストの解釈も、伊坂さんファンの間で議論が巻き起こりそうですね。道尾秀介さんに負けず劣らず、伊坂さんも伏線の回収と巧みな構成が見事な作家さんです。「甲乙つけがたい」とはこういうことをいうのでしょうか。

     「カラスの親指」と比べてみましたが、こちらは短編ということで、テンポ良く、軽妙な展開が魅力です。時系列をバラバラにしたのも、こういった短編だからできたことだと思います。

     対して「カラスの親指」の方は長編で、いろいろな伏線が最後に一気に回収される、という点が圧巻でした(道尾さんは伏線の説明を最後すごく丁寧に書かれていました)。伏線が小出しに回収されていく面白味ならこの作品、最後に一気に明らかになる面白味なら「カラスの親指」と読みわけができそうです。

    人を騙すには



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     いわゆる「騙される系」の作品にはほぼ毎回騙されている私です。そして、騙された興奮からちょっとテンションが高くなって、レビューを書く時に勢いがつくのも毎度おなじみ。全く成長しない人であります 笑。

     なぜ騙されるのか、といった時に、こういった要素があるかもしれません。この作品に出てきた言葉です。

    「人を騙すには、真実や事実じゃなくて、真実っぽさなんですよ」



     先入観や固定観念、過去の経験など、人間はいろいろなものに支配されています。事実そのものを見ているのではなく、常に「こうであるはずだ」「こうであってほしい」と思って物事を見ているのでしょうね。

     だから、「こうであるはず」でないことが起った時は、コロッと騙されてしまいます。そういった面を上手く突いてくる作家さんには拍手ですね。

    LogoFactory+(1)_convert_20150405222943.jpg
    妙なテンポで、タップダンスのように伏線を回収していく心地よさ!

     伊坂さんらしさがぎゅっとまとめられた、小気味よい連作短編集。細かい点も含めると、本当にたくさんの伏線があります。それらが少しずつ回収されていくたびに、思わずニヤリとしてしまいますね。
    小説, 伊坂幸太郎,



    •   28, 2015 23:59
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     私が読んだ伊坂幸太郎さんの作品をまとめるページです。新しい本を読むたびに順次更新します。




    伊坂幸太郎(いさか・こうたろう) さん

    プロフィール

    971年生まれ。大学卒業後、システムエンジニアとして働く一方、文学賞に応募。2000年、「オーデュボンの祈り」でデビュー。2003年、「重力ピエロ」で直木賞候補。以降、2006年の「砂漠」まで、毎年候補に名を連ねる。本屋大賞は初期からの常連で、第1回から第4回まで全てノミネート。第5回に「ゴールデンスライバー」で念願の初受賞。最新の第12回(2015年)でも2作がノミネートされるなど、その人気は健在。



    私が読んだ作品 5作品

    ・オー!ファーザー ( 2014.7.13 )
    ・終末のフール ( 2014.8.17 )
    ・モダンタイムス ( 2014.11.15 )
    ・SOSの猿 ( 2015.2.7 )
    ・残り全部バケーション ( 2015.4.28 )

    LogoFactory_convert_20150406020447.jpgcooltext1934736929.png

    妙なプロットで魅せる小説界屈指のエンターテイナーです。終盤で怒涛の勢いで伏線が回収されていくさまは見事の一言に尽きます。また、作品間で登場人物・世界観のリンクが見られ、そういった「遊び」の部分も堪能したい作家さんです。


    ※ 個人の感想です

    LogoFactory_convert_20150406020447.jpgcooltext115238523085221.png

    「最果ての図書館」のオリジナルランキングです。
     年間ランキング・・・私が1年間で読んだ作品からトップ20を選んだもの。
     読書メーターナイスランキング・・・「読書メーター」のサイトで獲得したナイスの数のランキング。

    ・終末のフール
    年間ランキング2014 2位

    ・モダンタイムス
    読書メーターナイスランキング2014 19位

    ・オー!ファーザー
    読書メーターナイスランキング2014 42位



    品リスト

    おすすめ度 ★★★★★

    ・終末のフール

    終末のフール
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    伊坂 幸太郎
    集英社
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     地球が消滅するまであと8年―。衝撃の事実が判明してから3年後の地球の姿を描く連作短編集。あきらめやなげやりが入り交じるなか、懸命に生きようとする人の姿が浮かび上がってきます。

    おすすめ度 ★★★★☆

    ・残り全部バケーション

    残り全部バケーション
    伊坂 幸太郎
    集英社
    売り上げランキング: 20,542


    #41 がっちり!伊坂さん (残り全部バケーション / 伊坂幸太郎さん)
     こちらも連作短編集。裏社会で暗躍する2人の男が主人公。ちょっときれいにまとまりすぎて物足りないかな・・・と思っていたのですが、そこはさすが伊坂さん。最後に怒涛の伏線回収がありました。

    ・オー!ファーザー

    オー!ファーザー
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    新潮社 (2013-11-22)
    売り上げランキング: 3,830


     4人の父親がいる!?これは面白い設定で、「設定勝ち」という感じがしました。伊坂さんのエンターテイナーぶりが存分に発揮されています。アクション満載の救出シーンがよかったですね。

    おすすめ度 ~★★★☆☆

    ・モダンタイムス

    モダンタイムス (Morning NOVELS)
    伊坂 幸太郎
    講談社
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    ・SOSの猿

    SOSの猿
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    伊坂 幸太郎
    中央公論新社 (2009-11-26)
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    #10 見ざる聞かざる (SOSの猿 / 伊坂幸太郎さん)

    ※ これ以外に伊坂さんのおすすめ作品があれば、ぜひ「ブックポスト」に投稿してみてください。今後の読書の参考にさせていただきます。
    伊坂幸太郎,



    •   28, 2015 00:26

  •  本屋大賞にノミネートされた作品を読んでいます、と言っていましたが、この本はその第2弾です。2011年の本屋大賞で第2位を受賞し、2012年には映画化もされています。

    ふがいない僕は空を見た (新潮文庫)
    窪 美澄
    新潮社 (2012-09-28)
    売り上げランキング: 7,055



     窪美澄(くぼみすみ)さんの「ふがいない僕は空を見た」という本です。本屋大賞のノミネート作はポピュラーで読みやすい作品が多いのでこの本もその類だと勝手に思い込んでいたのですが、開けてビックリ。いきなり出てきたのは、直視できないような激しい性描写でした・・・。



    性と生



     この本は短編を5作収録しているのですが、最初の短編「ミクマリ」は、R-18文学賞という新人賞を受賞しました。これは、応募を女性に限定した、女性のためのエロティックな小説の発掘を目指した文学賞だということです(現在は規定が変わり、官能小説以外も応募できます)。

     「ミクマリ」の性描写はすさまじいものでした。エロティックな小説を募集した文学賞出身だとは知らなかったのでビックリしました。普段本を途中でリタイアすることはめったにない私ですが、途中リタイアを考えてしまいました(もともと、こういった性行為全開の小説には耐性がありません・・・)。

     結論を言うと、途中リタイアしなくてよかったです。後半の短編にいくほど面白くなりました。この本の売り文句が、「性と生に正面から向き合った小説」とのことですが、なるほど的を射たコピーです。ただのエロ小説ではなく、人間の「生」の方にも真摯に向き合っていることが、読んでいるうちに分かってきます。

     短編ごとに視点が変わるのですが、作品の中心になっているのは、「男子高校生と主婦の不倫」です。この設定だけでも随分と危ない感じがしますが、もっとすごい設定が加わります。主婦の方がいわゆるアニメの「オタク」で、なんと高校生と共にコスプレをして、台本を作ってその台本通りに情事に励む(!)という・・・・・・設定でした。

     今日は、レビューを書き切ることができるでしょうか・・・。

    ふがいない人間



     性行為の細部については、ここでは全面カットです!私が読み慣れていないということもあると思いましたが、なかなか読み進めるのは大変でした。

     読後感を一言で表すなら、「けだるさ」です。異常な性癖が度々登場したり、高校生の母がやっている助産院で、妊娠の時に女の人が出す「絶叫」が度々挿入されたり。この女の人の絶叫を作品に取り入れるあたりはすごいセンスです。それもそのはず、作者は妊娠や出産をテーマに執筆しているとのことでした。

     「それだけ」の小説なら、絶対にレビューは書きません。この小説のもう一つのテーマ「生」の方は素晴らしかったです。「生」を描くためには、激しい「性」の描写も必要だったのだと思います。性の汚さや醜さといったものに正面から挑んで、読者にけだるさを覚えさせたからこそ、「生」の方も生きてくる気がします。

     「生」がどういうものかというと、人間の存在の卑小さ、無力さ、それにやるせなさ、といったところでしょうか。

    a1180_014554.jpg

     作品のテーマを集約したような部分がありました。

    「松永くんと同じで、ぼくも小さいころから勉強だけが得意で、勉強だけしていれば世の中のわからないことなんて、どんどん少なくなっていくものだと思ってた。だけど、長く生きていればいるほど、わかんないことばっかりだよ。恋愛とか、セックスとか。女の人のこととか、自分のこととか・・・・・



     登場人物たちは、皆傷だらけ、という印象です。コスプレをして情事に励む2人はもちろんなのですが、その他の人々の傷も、後から明かされていきます。

     T大学の理科Ⅲ類まで進んでおきながら、フリーセックスの宗教団体にのめり込み、大学を辞めた青年。
     彼氏が他の女と寝ていることを知ってしまい、性欲を暴走させていく彼女。
     社会的地位もあり、人柄もよい好青年が、実は必死に隠そうとしていたある性癖。

     書いていてもげんなりしてきます。こういった「性」の暴走に、人間が食いつぶされていく、そんな印象です。この話に出てくる人間は、どこまでも情けなく、惨めで、読んでいるこちらがやるせなくなるのです。

     目をそむけたくもなりますが、性的な衝動は人間の持つ本能です。スーツを着て偉そうにしている人がいても、必ずある本能です。そういった部分がむき出しにされます。スーツを着ていたとしても、引きはがされ、丸裸にされる、そんな感じだと思います。そうやって人間が丸裸になった時に見えてくる、「人間の存在の卑小さ」に気付きます。

     好きな作家に村上春樹さんを挙げておられますが、なるほどと言う感じです。性行為の果てに見えてくる、ちっぽけで情けない人間の存在。そこにあるやるせなさ。通じるところがあります。

     「ふがいない」というタイトルが、そんな作品にピッタリです。人間の存在の卑小さを見つめた上で、それを受け止め、そして優しく包み込んでいるイメージが、「ふがいない」という言葉に集約されています。こんなにピタリとはまったと感じるタイトルは久しぶりでした。絶妙な着地点にたどり着いたな、という感じがします。

    田岡さんの存在感



     田岡さんって誰っ!という感じですね。田岡さんは、4つ目の短編に出てくる人物です。先ほど書いた、「社会的地位もあり、人柄もよい好青年が、実は必死に隠そうとしていたある性癖」とは、この田岡さんのことでした。

     私が一番印象に残った人物でした。人間の本能は、「獣」といってもよい部分です。そういった部分を隠しながら私たちは生きている訳ですが、それが暴発してしまった時の怖さですね。ここでも、人間の存在を空しく感じてしまいました。

    「おれは、本当にとんでもないやつだから、それ以外のところでは、、とんでもなくいいやつにならないとだめなんだ」


     意味深なセリフを残した田岡さん。このわずか数行後に、驚きのエンドが待っています。「セイタカアワダチソウの空」という短編なのですが、これは傑作ですね。

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    の果てにある生の姿が、独特の余韻を残します。

     最初の短編のすごい性描写がハードルになりそうですが、「生」というテーマが見えてくる後半は俄然と面白くなります。タイトルがあまりにも絶妙で、感動を覚えるレベルです。


    小説, 窪美澄,



    •   26, 2015 19:36
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