HOME > ARCHIVE - 2017年05月
 岡田准一さんが主演の映画『追憶』を鑑賞してきました。公開初日の、最初の上映回です。ゴールデンウィーク最後の週末に、大変上質で、贅沢な時間を過ごすことができました。今日は、鑑賞してきたばかりのこちらの映画の感想をお届けします。

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 降旗康男監督と木村大作カメラマン。日本映画界を代表するレジェンドふたりがタッグを組んだ本作、『追憶』。主演の岡田准一さんをはじめ、小栗旬さん、柄本祐さん、長澤まさみさん、木村文乃さん、安藤サクラさん、吉岡秀隆さんなど、日本を代表する俳優・女優たちが一堂に会しています。鑑賞前から全幅の信頼をおくことのできる顔ぶれです。そして、高い期待値に違わず、素晴らしい作品に仕上がっていました。

 過去に重い十字架を背負ったまま分かれた3人が、1つの殺人事件を通じて悲しい再会を果たします。3人はそれぞれ「被害者」「容疑者」、そして「刑事」-。苦悩と葛藤が交錯し、新たな時が動き始めます。

 ※公式にあるストーリー以上のネタバレはしていません



全体の感想



 「いい映画をみた」

 そんな言葉がもっともしっくりくるような気がします。静かで派手な展開はありませんが、とても上質で、濃密な時間を過ごすことができました。ストーリーが落ち着いている分、俳優さんたちの抑えながらも魂のこもった演技や、舞台となっている富山や能登といった北陸の景色の美しさに目が行きます。

 ストーリー自体はテレビで放送されている2時間ドラマでも見かけるようなものかもしれません。ですが、この作品は「映画館で見てよかった」と思わせてくれる作品でした。北陸の風景の、息を飲むような美しさ。そしてノーメイクで撮影したという俳優さんたちの息づかい。大きなスクリーンだからこそ味わえるものだと思います。

 客層についても触れておきたいと思います。お客さんはシニアの方が中心でしたが、若い女性の方の姿も目立ちました。高齢の方は夫婦で鑑賞されている方が多かったように思います。若い女性は岡田さんや小栗さんのファンの方でしょうか。

 岡田准一さんが出演される映画は幅広い世代の方が見に来られている印象があります。もはや1アイドルグループのメンバーという立ち位置を超えて、広く一般の方にも支持される俳優になっているのでしょう。何より、映るだけで画面が一気に引き締まり、「凄み」すら感じさせる演技は圧巻です。

 このあとは、「ストーリー」「キャスト」「風景」の3テーマに分けて感想を書いていこうと思います。



テーマ感想*「ストーリー」「キャスト」「風景」



◆ ストーリー / サスペンスとして、ヒューマンドラマとして

「……忘れても、いいんだよ」

「覚えておいて……欲しいんだ」



 幼いころの「ある記憶」を巡って交錯する台詞。幼いころにあまりにも大きな「十字架」を背負ってしまった3人は、大人になり、それぞれの家族と暮らしています。あの日の記憶をずっと閉じ込めておいた者、全てを背負い続けていた者……。3人を再び出会わせたのは、3人のうちの1人が被害者になってしまった、あまりにも悲しい殺人事件でした。

「俺たちはもっと早くに会うべきだった!」



 「刑事」として、「容疑者」である啓太(小栗さん)に向き合う篤(岡田さん)。向き合ううちに2人は今の立場を超え、「あの日」へと帰っていきます。重い十字架が再び呼び起こされる苦悩、かつての友とこのような形で向き合っていることへの葛藤・・・。複雑な感情が絡み合っていきます。

 ストーリーとしては、サスペンス:ヒューマンドラマ=2:8という感じでした。容疑者となってしまった啓太は、最初なかなか心を開こうとしません。「本当に、かつての仲間を殺してしまったのではないのか」そんな不安も頭をよぎる演技でした。

 犯人が分かるのは、終盤に差し掛かろうかという割と早いところ。「えっ」。あまり推理ものとして見ていなかった私は、結構グサリとくる展開でした。犯人はさらっと分かってしまいますが、これでは殺されてしまった悟(柄本さん)があまりに可哀想で、報われません。観終わってから徐々に心にドスンと沈み込んできます。

 犯人が分かった後、圧巻の人間ドラマが作品を締めくくります。ここでは、もう1つの大きな「秘密」が明らかにされます。やはり私は全く推理などしていなかったので、「な・・・」と絶句してしまいました。その秘密が明らかになった時、この物語に一気に「厚み」が加わります。ネタバレしないと言ったので控えますが、「私たちが想像を絶するくらいの、もっと大きな覚悟があった」そんなところです。

スクリーンショット (49)
(公式サイトより)

◆ キャスト / まさしく、日本最高峰

岡田准一さん

 圧巻の一言です。他の追随を許さない存在感、画面に映るだけで「圧」がすごい。まだ30代だとは信じられませんね。

 圧倒的な存在感もあるのですが、私が今回見入ったのは岡田さんの「影」の部分、それに人間の「弱さ」を実直に演じておられることの凄さでした。過去から背負ってきた苦しみの大きさを、こんなにも素直に表現できることは素晴らしいと思いました。母親が自殺未遂を図った後、病院で「寂しさ」を吐露する場面は特に素晴らしかったです。傷付いて、弱りきった心がこんなにも率直に表現できるものか、と思いました。

小栗旬さん

 岡田さんの圧巻の演技に全く気圧されず、同じくらいの存在感で渡り合っています。岡田さんと小栗さんが2人で演技されるシーンは本当に贅沢で、これだけでもこの映画を見に行く価値はあります。前半で、なかなか篤に心を開こうとしない抑えた演技が素晴らしく、作品全体をきりりと締めているように感じました。

柄本祐さん

 報われない被害者、悟を演じた柄本さん。真実を振り返ってみると、それは悟にとってあまりにもむごく、救いようのないものでした。柄本さんの演技は、そんな底の見えない悲しみを全て一身に背負っているようで、悟への感情移入度を高めてくれます。ちょっと微笑んだときに、そこに張り裂けんばかりの悲しみも見て取ることができて、胸を締め付ける。そんな演技でした。

安藤サクラさん

 ・・・作品を見た方は分かるかもしれませんが、ある意味上の3人を上回る存在感を放っていたかもしれない「MVP候補」。演技が上手い方だとは知っていましたが、想像をはるかに上回る素晴らしい演技でした。冒頭、子どもたちを絶対に守り抜こうとして見せた覚悟を見せたと思えば、作品の最後では「温もり」「優しさ」を感じさせる演技で見事に作品を締めくくって見せました。圧巻の一言です。



 もっと書きたいのですが、きりがないのでこのあたりにしておきます。知っている役者さんばかりで本当に豪華ですよ(刑事役で安田顕さんが出演されていることを知らず、登場された時はなんて贅沢な・・・と思いました)。俳優さんたちの渾身の演技の詳細はぜひ劇場でご覧ください。

◆ 風景 / 北陸の厳しさと温かさ

 当たり前のように見ている風景が、こんなに感情豊かで贅沢なものだったのか。そう気付かされます。大きなスクリーンで見ることができて本当によかったです。公式サイトにはロケ地の選定や撮影の詳細が書かれていますが、この映画のために選び抜かれ、こだわり抜かれた風景だったことがよく伝わります。降旗監督と木村カメラマン、映画界のレジェンド2人だから撮れた奇跡の連続です。

 立山連峰に囲まれた街並み
 どこまでも広がる雄大な海
 心に染み入る夕焼け

 全て胸に焼き付けておきたいです。北陸の厳しくも温もりのある風景が見事に綴られています。

 そして、エンドロールでちょっとしたサプライズ。なんと、「撮影者・岡田准一」の文字が!事前にほとんど予習もせずに見に行ったのでけっこう驚きました。この映画には岡田さんが撮影したシーンも含まれています。鑑賞後に詳細を確認し、その場面を頭に描きました。これは、ぜひもう一度見に行きたくなる仕掛けかもしれませんね。

まとめ



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かで、しかし豊潤な「日本映画」-


 「いい映画をみた」、最初に書きました。映画館を出て、最初にそう思って、その後で、

 「いい映画にお金を払えるって幸せなことだな」そんなことも思いました。そんなことを思わせてくれる、素晴らしい作品です。一人でも多くの方に届いてほしいと思います。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。



オワリ

映画『追憶』 公式サイト

 キャストインタビューやロケの詳細などは必見です。

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 この作品を読み切るのに、とてもエネルギーを要しました。読みながら、自分の精気が吸い取られていくようでした。艱難辛苦、ただひたすらに、苦しく、息が詰まるような作品です。

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 長塚節の「土」です。日本の農民文学を代表する作品と言われています。正直言って、作品の内容には読者を牽引していくような面白さはありません。日本の農民の苦しく、貧しい生活がひたすら綴られていく、そんな作品です。それでも、この作品は読者を牽引していきます。苦しい読書になることは間違いありませんが、そこに書かれていることからは決して目を離せなくなるのです。



内容紹介



日本近代文学

に生まれ、土と死ぬ-農民と密着する「土」を描く

 長塚節は茨城の豪農の家に生まれました。この「土」という作品は彼の代表作であり、日本農民文学を語る上で欠かせない1冊です。

 夏目漱石は、この作品を「最も貧しい百姓」の物語、と評しました。貧しい、というのは単に経済的な困窮を指すわけではありません。百姓の家に生まれ、決して抜け出すことのできない階級構造の中で、死ぬまで働き続ける。その空間の中で彼らを支配していく、圧倒的な「貧しさ」がこの作品には書かれています。卑しさ、さもしさといった精神的な貧困もそこには含まれています。

 窒息してしまいそうな、苦しい読書になります。ただ、この作品は、農民の生活のありのままを、まるで当時の空気を缶詰に詰めたかのように、そのままに伝えてくれます。

書評



書評

◆ 土の「写生力」

 夏目漱石がこの作品に寄せた文章、「土に就て」はこの作品を語る上で欠かせないと思うので、少し引用させていただこうと思います。

「土」中に出て来る人物は、最も貧しい百姓である。教育もなければ品格もなければ、ただ土の上に生み付けられて、土とともに生長した蛆(うじ)同様に哀れな百姓の生活である。



 漱石はかなり辛辣なことを書いています(ここには引用しませんが、さらに辛辣な表現もあります)。書いてあることはかなり辛辣ですが、実際に作品を読んでみると、漱石の感想は実に的確なものであるという印象を受けます。決してこの時代の農民を侮蔑するわけではありません。この作品に書かれていることは、漱石がこんなことを書くくらいに、どうしようもなく「貧しい」ものなのです。

 漱石が「ただ土の上に生み付けられ、土とともに生長した」と書いていますが、さすがの着眼点だと思います。作品中には、題にもなっている「土」が数多く描かれています。「土」というのは、農民にとって切っても切り離せない存在でした。土の上で生まれ、土の上で死ぬ-「土と密着する農民」の作品と言えるかもしれません。

お品はこうして冷たい屍になってからもその足の底は棺桶の板一枚を隔てただけでさらに永久に土と相接しているのだった。



 お品という登場人物が亡くなった後の描写です。死んでしまったあとも、土から離れることのできない農民の姿が強調されています。生きている時は土に足を付けながら働き続け、そして死んだ後も土の上で眠るのです。

 

春はそうして土からかすかに動く。(中略)水に近い湿った土が暖かい日光を思ういっぱいに吸うてその勢いづいた土のかすかな刺激を根に感ぜしめるので・・・



 かと思えば、このような繊細な描写も出てきます。こうやって季節の訪れ、移り変わりを土を通して描く表現が多用されています。農民は、土のかすかな変化から季節の移ろいを察知することができたのでしょう。

 とにかく、「土」と切り離しては語れない作品です。長塚節は写生主義を志向していました。それだけに、土の「写生力」は見事です。丹念で、緻密で、どこか「執念」のようなものすら感じさせる描写で、その描写が、私たちに当時の農民の生活をありのままに伝えてくれます。

◆ 逃れられない貧しさ

 土と切っても切り離せない農民。私はそこに「残酷さ」も感じ取りました。作品の中で、「牽引」ということばが使われています。土は、農民を「牽引」しているのです。それはどういうことか。私は、農民が土から離れられないことが、逃れられない貧しさを象徴しているように感じました。

 働けども働けどもいっこうに豊かにならない生活。変わらない「搾取」の構造。

 そして何よりも、そういった生活の中で「精神の貧困」が彼らを覆う。貧しさ、卑しさ、さもしさ。目を覆いたくなるような精神的な貧しさが、容赦なく、やはり見事に「写生」されています。

彼の心はひたすら自分をみじめな方面に解釈していればそれで済んでいるのであった。彼のやつれたからだからその手がひどく自由を失ったように感ぜられた。・・・



 この箇所などは典型的です。「みじめさ」を自己受容していく-それは何よりも「貧しい」ことでした。「苦しい読書」と書いたのはこのあたりが特にそういうことなのです。こういう言い方はよくないかもしれませんが、「人間社会の最底辺」というものを見たような気がしました。しかしそれは、農民たちにとってはどうすることもできないことでした。

まとめ



まとめ

しいから読め、と漱石は言いました

 漱石もまた、この作品が苦しいものであると述べています。その上で、「面白いから読めというのではない、苦しいから読め」ということを書いています。漱石のこのことばには、いったいどんな意味が込められているのでしょうか。

 私なりに考えて見えたのは、「最も貧しい状況に置かれた時に、真の『人間の姿』があぶり出されるのではないか」ということでした。長塚節の描写は素晴らしく、私たちに農民の生活のありのままを伝えてくれます。



 私は「貧しさ」のほうばかり取り上げましたが、この作品からは貧しさだけではなく、貧しさの中でもかき消されることのない愛情や慈しみ、いたわり、思いやりといったことも書かれています(苦しみが中心ではありますが)。そういったことも含めて、「真の人間の姿」なのだろう、と思います。

 漱石の言葉を借りるようではありますが、「苦しいですが、ぜひ読んでいただきたいです」。


近代日本文学, 長塚節,