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ことばとからだ -『ふくわらい』 西加奈子

 12, 2015 18:39
 記念すべき第1回目のレビューは、西加奈子さん「ふくわらい」をご紹介します。お名前はよく聞く作家さんですが、作品を読むのはこれが初。わくわくしながらページをめくります。以下、「ふくわらい」のレビューです。

書影

ふくわらい
西 加奈子(著)
朝日新聞 発売日:




 「ことば」と「からだ」、この2つがテーマになった作品でした。主人公の鳴木戸定(なるきど・さだ)は雑誌の編集部に勤務する女性。彼女は常人にはないある研ぎ澄まされた感覚を持っています。それは、身体のパーツを捉える感覚。目や鼻や口、そういった身体のパーツで人を捉えていくのです。そして、「ふくわらい」のようにそれらのパーツがばらばらに分類され、彼女の脳内で再構築されていきます。その一方で言葉に関する感覚は成熟していません。相手の言った言葉をただ繰り返したり、ほぼ全ての人に敬語で話しかけるなど、その感覚はどこかちぐはぐです。

 一方、定が連載を担当するプロレスラーの守口廃尊(もりぐち・ばいそん)。この人は、定とは異なり、言葉に対して研ぎ澄まされた感覚を持つ人物です。この人は言葉が身体と一致しないことに思い悩みます。口から出た言葉が、自分の全てになってしまう・・・、言葉にできないものもあるのに・・・そんな思いです。守口の言葉を少し引用してみます。

もっとこう、モヤモヤとした、言葉にできないものがあるんだ。脳みそが決めたもんじゃない、体が、体だけが知ってるよう、言葉っちゅう呪いにかからないもんがあるんだよ

「言葉を使うのが怖いときってあるよ・・・(中略)・・・その言葉がすべてになっちまうんだから」
 

ことばとからだ、この2つの感覚に研ぎ澄まされた2人と、その他の一癖も二癖もある登場人物たち。言葉の一つ一つ、身体描写のひとつひとつに注目していきながら読み進めていきました。

 あまりにも常人離れした定はともかく、守口の感覚は私たちからしても少し考えてみればすぐに同じ思いにたどり着けるものだと思います。ことばとからだ、この2つは絶えず不完全で、なかなか一致してはくれません。言葉では感謝を示しているのに、口元がひきつっている・・・とか、体が何かこう叫んでいるのに、それを言葉にできない・・・とか。本の感想にしたってそうです。「感動しました」そんな風に書いたところで、その「感動」という言葉がどれだけ人間本来の思いを表現できているのか・・・。「感動」という言葉の後ろで、膨大な量の「言葉にならない」思いが消えていくのです。

 言葉に敏感な守口のポリシーは、「体感すること」でした。最終盤、守口の試合で、この「体感」することが生生と描かれています。必死に体を動かし、体で感じようとする守口。試合を終えた後、ありのままの自分の思いを吐き出すのです。一方、守口の応援に駆け付けた定。「守口さん!」気付けば彼女は守口の名前を叫び、応援していました。ここでも、定の言葉と身体が一致するのです。2人の言葉と身体が一致したその瞬間は、作中にある通り、まさに「生きている」瞬間でした。「生きている」、この言葉がこんなにしっくりきたのは初めてかもしれません。言葉と身体、この2つの一致が見せてくれた境地だと思います。

 安易に言葉で結論付けてしまわないこと、これが大切だと感じます。言葉にすれば、そこで終わってしまう。ならば、言葉にする前に、自分の体の、心の声を聞いてみること。そして、「体感」すること。これは小説を書く上でも大事なことなのかもしれません。
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西加奈子, 小説,



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