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教科書への旅 #6 「モチモチの木」 斎藤隆介

 05, 2015 16:59
教科書


 この「教科書への旅」のコーナーは、私が国語の授業で習った作品を思い返して教科書を引っ張り出してきています。大抵は作品の「内容」が印象に残っているのですが、この作品で印象に残っていたのは「挿絵」のほうでした。

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 斉藤隆介さんの「モチモチの木」(小学3年生)です。このコーナーはこれで6回目ですが、小学3年生というのはこれまででもっとも低い学年の作品です。まだ10歳にもなっていないころ、国語の授業ではどんなことを勉強し、何を思っていたのでしょうか・・・?




あらすじ



 豆太は5歳の男の子。お父さんやおじいさんは怖いもの知らずで勇敢な男なのですが、豆太はおくびょうな性格の男の子でした。「どうして豆太だけがこんなにおくびょうなんだろうか―」一緒に暮らすおじいさんは頭を抱えます。

 豆太とおじいさんが暮らす小屋の前に、大きな木がありました。木から取れる実は、おいしいお餅になります。豆太はその木を「モチモチの木」と呼んでいました。

 モチモチの木には、とある伝説があります。霜月の二十日の丑三つ時、モチモチの木に灯がともる、というものです。でも、それを見ることができるのは勇気のある1人の子どもだけ。豆太のお父さんとおじいさんは見ることができたのですが、豆太はというと・・・

 「――それじゃあ、おれは、とってもだめだ」 臆病者の豆太は泣きそうになってそう言います。

 モチモチの木に灯がともる夜、豆太は誰かのうなり声で目を覚まします。そこでは、豆太のおじいさんが腹を抱えてうめいていて・・・!?

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この作品の思い出



 挿絵でこの作品を覚えていた、と書きましたが、改めて見返してみてもインパクトのある絵です。切り絵・版画作家である故・滝平二郎さんが手掛けておられる切り絵による挿絵です。

 作者の斉藤隆介さんの作品の多くで、滝平さんが挿絵を担当されているようです。小学3年生の時は、この挿絵にだいぶおびえていたと思います。版画で掘られる人物の表情には、独特のエネルギーがあります。どこか心がざわざわする感覚を覚えます。

の作品のポイント

・「勇気」とは一体何だろう
・臆病であるのはいけないことなのか



再読!「モチモチの木」



 冒頭は、豆太の臆病な性格が強調されます。小屋の前にある大きなモチモチの木。昼は勇ましい豆太ですが、夜になると途端に臆病者になります。

「やい、木ぃ、モチモチの木ぃ、実ぃ落とせぇ」
なんて、昼間は木の下に立って、かた足で足ぶみして、いばってさいそくしたりするくせに、夜になると、豆太はもうだめなんだ。木がおこって、両手で「お化けぇ」って、上からおどかすんだ。夜のモチモチの木は、そっちを見ただけで、もう、しょんべんなんか出なくなっちまう。



 昼間は何でもなかったのに、夜になると急に怖く見える―。あるあるです。私も臆病な子どもでした。恥ずかしい話ですが、毎日の通学路ですら怖かったのです。帰る時間が遅くなってあたりが夕闇に包まれたり、いつもと違う道を通って違う景色が見えたりするともうだめです。「このまま、家に帰れなくなるんじゃないか・・・」なんて思っていました(恥ずかしい)。

 そんな臆病者の豆太。勇気のある子どもだけが見られるというモチモチの木の伝説があるのですが、当然自分は見られないだろうとしょげてしまいます。

 伝説の日、豆太はおじいさんのうなり声で目を覚ましました。おじいさんは畳に転がって、歯を食いしばってうなっています。「医者様をよばなくちゃ」臆病者の豆太は、夜中に夢中で外に飛び出します。それがこの場面です。

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 一人でおしっこにも行けなかった豆太が、おじいさんのために夜道を下るこの場面。とても好きです。

豆太は、なきなき走った。いたくて、寒くて、こわかったからなぁ。でも、大すきなじさまの死んじまうほうが、もっとこわかったから、なきなきふもとの医者様へ走った。



 おじいさんのために、勇気を振り絞った豆太。その結果、伝説になっていた灯のともるモチモチの木を見ることができました。小学3年生の作品らしく、単純明快なプロットです。

 ただ、少し考えてみると、深いテーマ性があることが分かります。それは、「勇気」とは何なのか、という問題です。怖いもの知らずで何にでも向かっていける豆太のお父さんやおじいさんと、おじいさんのために泣きながら夜道を駆ける豆太。どちらも「勇気」といえそうですが、その中身が違います。

 最後におじいさんがこんなことを言います。

「おまえは、一人で、夜道を医者様よびに行けるほど、勇気ある子どもだったんだからな。自分で自分を弱虫だなんて思うな。人間、やさしささえあれば、やらなきゃならねえことは、きっとやるもんだ。


 豆太の勇気は「やさしさ」だ、というおじいさんの温かい気持ちです。ここから思うことは2つあります。

 まずは、一見勇気と正反対の「臆病」が、実は勇気を奮い立たせるかけがえのないものである、ということ。夜に木を見て怖くなったり、お化けを想像したり・・・要するに、臆病とは「想像力のたくましさ」だと思います。想像力がなければ、夜の景色を見ても怖いとは思わないはずです。

 そして、想像力がたくましいということは、「優しさ」につながります(以前も書きました)。一見臆病と勇気は正反対に見えるのですが、実は臆病というのは優しさに溢れていて、時には大きな勇気につながっています。

 2つ目に、一見短所に思えることでも、実は長所になる、ということ。豆太は自分を弱虫だと思っていました。おじいさんやお父さんと違って、怖いものがたくさんあるのです。そんな豆太に、おじいさんは「自分で自分を弱虫だなんて思うな」とさとします。これがとても素敵な言葉です。

 人にはそれぞれ性格がありますが、それには良い面と悪い面があります。「よく言えば○○、悪く言えば○○」という言い方をよくします。「よく言えばまじめ、悪く言えば頭が固い」 「よく言えば好奇心旺盛 悪く言えばいたずらっ子」などなど。

 豆太の場合、「よく言えば優しい 悪く言えば臆病」です。最初、悪い方ばかり見ていたのが豆太でした。それを、よい方、つまり「優しい」という一面に気付かせてくれたのがおじいさんです。「弱虫だなんて思うな」このセリフが素敵なわけはここにあります。

 よく言うこともできれば悪く言うこともできる。それならば、良い面を強調してあげたい。そんな風に思います。小学3年生が読むこの話ですが、作品を通して「自己肯定観」につなげることができたらいいな、と思います。

 自分の性格を、「よく言えば」と「悪く言えば」で考えてみる。その後、「よく言えば」の方をのばして、自己肯定につなげていく、私ならそんな授業をしたいですね。

 さて、モチモチの木は絵本になっています。

モチモチの木 (創作絵本6)
斎藤 隆介
岩崎書店
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 表紙が怖い!! 小さな子供に見せたら泣き出してしまいそうです。ですが、私はこの作品にはこの挿絵あり、だと思っています。

 版画でたくさんのしわが刻み込まれたおじいさん。一見怖いですが、たくさんの人生経験を経て、本当の優しさを知り尽くした、そんな顔にも見えます。一方の豆太。真顔でこちらを見ていて一見怖いのですが、臆病で純粋な心を持っているような、そんな目です。

 一見怖いこの表紙が、実は「優しさ」の象徴である、というのはさすがにこじつけでしょうか。

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教科書, 斉藤隆介,



  •   05, 2015 16:59