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教科書への旅 #7 「高瀬舟」 森鴎外

 16, 2015 23:59
教科書


 ニュースを目にした時、次はこの作品を紹介しなければいけない、と心に決めました。「教科書への旅」、今回読むのは、安楽死をテーマにしたこの作品です。

山椒大夫・高瀬舟 (新潮文庫)
森 鴎外
新潮社
売り上げランキング: 9,311


 森鴎外の「高瀬舟」(中学3年生)です。急きょ予定を変更したので、手元に教科書を用意できませんでした。青空文庫で読んだので、今回は教科書の画像なしで行かせてください。冒頭でも書きましたが、この作品を紹介しようと思ったのは、「現代版高瀬舟」としかいいようのない、あまりに悲しい事件が現実に起こったからです―。




あらすじ



 高瀬舟。京都の罪人で遠島を言い渡された者が大阪に護送されるときに乗せられる船です。罪人と、護送を担当する同心が舟に揺られます。罪人と同心には、それぞれの性質がありました。罪人の中には、極悪人もいれば、やむにやまれず罪を犯した人もいます。同心もそうで、罪人のことなどなんとも思わない冷淡な者もいれば、罪人に哀れを感じ、思わず涙を流してしまう者もいました。それぞれの思いが交錯する中、高瀬舟は水面を流れます―。

 同心の庄兵衛と罪人の喜助が高瀬舟に乗っていました。庄兵衛は、これまでにの罪人には見ない不思議な態度を喜助に見つけます。彼は楽しそうで、どこか達観とした表情をしているのです。喜助は弟殺しの罪に問われていると聞きます。弟を殺した者が、どうしてこう穏やかにいられるのでしょうか。

 庄兵衛は喜助に事情を尋ねます。喜助はこう答えました。

「御親切におっしゃってくだすって、ありがとうございます。なるほど島へゆくということは、ほかの人には悲しい事でございましょう。その心持ちはわたくしにも思いやってみることができます。しかしそれは世間でらくをしていた人だからでございます。(中略)お上のお慈悲で、命を助けて島へやってくださいます



 庄兵衛は意表を突かれます。人間とは、生きている限り欲望の尽きない生き物。何かを手に入れれば、次は手に入れていない何かを欲しがる・・・現状に満足すせず、踏みとどまることを知らないのです。目の前の男は、自分の置かれた状況が過酷なものであるにもかかわらず、全てを受け入れ、充足の境地に達している。庄兵衛は、目の前の罪人に敬意を抱きだします。

 「喜助さん」。気付けば彼はそう呼びかけていました。罪人に対してですが、敬意から思わず敬称を付けて読んでいました。このような男が、どうして弟を殺さなければならなかったのか。不思議でならない庄兵衛は思わず問いただします。すると、喜助の口から重い真実が語られました・・・。

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この作品のポイント



・安楽死の是非
・財産と欲望の大小 充足の境地

・充足の境地を語る喜助の心情 →喜助の言葉は真実か

再読!「高瀬舟」



 5月6日、千葉県で嘱託殺人が発生しました。病気で苦しんでいた弟が、兄に殺害を依頼したというものです。中の良かった兄弟、病気という理由。事件の裏にあった事情は、「高瀬舟」の設定そのものでした。ネットでは、「現代版の『高瀬舟』か」と話題になり、「高瀬舟」はヤフーのトレンドにも登場していました。

毎日新聞 2015.5.6

 ここからは、事件の真相が兄の供述通りだったという前提に立って書きます(こんな前置きはしたくないですが、万が一ということもあるので)。

 どうして「高瀬舟」という言葉がネットで話題になったのでしょう。「事件の状況が『高瀬舟』に酷似していた」からでしょうか。それも理由の1つにあるのは間違いないですが、私はもっと大きな理由があると思います。「『高瀬舟』の発表からこれだけ時代を経た現在において、安楽死の問題に全く解決の道が示されていないということに改めて衝撃を覚えた人が多かったから」というのがそうではないでしょうか。

 「高瀬舟」の発表は1916年。ほぼ100年前です。100年経って、このような安楽死に対して明快な答えは生まれたでしょうか。・・・生まれませんでした。100年間で、誰も、何も生み出せませんでした。文学のテーマが変わらずに読み継がれるというのは価値のあることですが、この場合は皮肉です。愛する弟に頼まれ、弟の苦しみを取り払おうとした人が「容疑者」となる。違和感とやるせなさだけが残ります。

 「高瀬舟」は残酷です。兄弟愛の深さ、兄の人の良さ、殺害の状況。全てが「同情」を誘います。この作品を読んで、喜助を殺人罪で糾弾しようとしても、人の心がそれを許さないでしょう。家に帰ると、弟は剃刀であごを切って死にかけていました。「早く死んで兄に楽をさせたい」そう言って苦しみもがく弟。兄である喜助は、弟を楽にするために剃刀を抜きます。

 世の中では、それを「殺人」と呼ぶ。たったそれだけの話です。

 話を聞いた庄兵衛はやりきれない思いを抱えます。

弟は剃刀を抜いてくれたら死なれるだろうから、抜いてくれと言った。それを抜いてやって死なせたのだ、殺したのだとは言われる。しかしそのままにしておいても、どうせ死ななくてはならぬ弟であったらしい。それが早く死にたいと言ったのは、苦しさに耐えなかったからである。喜助はその苦くを見ているに忍びなかった。苦から救ってやろうと思って命を絶った。それが罪であろうか。殺したのは罪に相違ない。しかしそれが苦から救うためであったと思うと、そこに疑いが生じて、どうしても解けぬのである。


 100年間たっても全く形を変えることのないこの問い。きっと、これから100年経っても、この問いはこのままであり続けるのだと思います。この問いに答えようなどということを、私はしたくありません。現実の事件を見て、改めて思いました。悲劇は繰り返していくのだと思います。高齢化が進めば、このような話はますます多くなるかもしれません。そこに対して何もできないというのが、たまらなくやるせないですね。

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 と、ここまでは割と普通のことを書きました。ここからは、私の勝手な解釈です。中学校の時は思いもしなかったですし、見当はずれの解釈をしているのかもしれません。

 前半部分の喜助の言っていることは、本心とは全く違うのではないか。

 作品をぶち壊しているかもしれませんが、こんなことを思いました。前半部分は、喜助が不遇な状況に置かれても、充足を感じていることが描かれます。喜助がいかに良い人であるか強調すると同時に、財産の大小と幸福の大小は関係ないこと、また人は絶えず何かを望んでしまうこと、といった教訓が語られます。

 ですが、再読してみると違和感を覚えました。弟を楽にするためとはいえ、頼まれたからとはいえ、喜助は弟から剃刀を抜き、絶命させたわけです。「目を半分あいたまま死んでいる弟の顔」を見たわけです。果たして、平常な精神を保てるのだろうか、こんなに穏やかにいられるのだろうか・・・疑問が浮かびます。

 平常な精神を保てなくなったからこそ、この発言をしているのではないか。私はそう思いました。すでに喜助の心は破壊されていて、これは心の壊れた人間の発言ではないか、と思ったわけです。

 あまりに悲しいと、涙も出なくなるとはよく言います。それと似たものがあるのではないでしょうか。もし私が喜助の立場なら、弟を楽にした後、自殺を選ぶと思います。自分だけ生きようとは思わないでしょうし、殺人者として扱われることにも耐えられないからです。そんな風に思って読む私だからこう思ってしまったのかもしれませんが、喜助の言葉には「人間の血」が通っておらず、まるで空洞をみているような、そういう気分になりました。

 「安楽死」と「充足」、この作品は2つのテーマに分かれると言われます。ですが、「充足」の方はもしかしたら幻なのかもしれません。誰も幸せにならないこのような殺人。それを犯した側の、深く底知れぬ悲しみが、前半部分の言葉からは伝わってくるようでした。



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「少年の日の思い出」 ヘルマンヘッセ
 「高瀬舟」と同じくやるせなさが残る作品。教科書の作品にはこういった鬱っぽいものが多く、ある意味王道です。

「ごんぎつね」 新美南吉
 やるせない作品その2。幼いころに読んだということもあり、私はこの作品が一番心に刺さっているような気がします。
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