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  • 欲望と執念の果て -『死命』 薬丸岳

     19, 2015 23:59

     こういう話を読むと、最後は祈るようにページをめくります。「救い」が欲しくて、やるせなくて、どうしようもなくなります。ですが、最後まで救いはありませんでした。読んでいくうちに、救いの要素がないことを悟るしかなかったのです。

    死命
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    薬丸 岳
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     このブログ初登場、薬丸岳さんです。救いの要素がないと悟った、と書きましたが、その理由は3つあります。まずは、主人公2人が余命いくばくもない状態であること。次に、「死刑より苦しい罰」を見せられたこと。そして最後。主人公2人のうち1人は、絶対に救われてはいけない、凶悪な連続殺人犯であること―。



    欲望と執念



     余命わずかなこと突き付けられた2人の男。2人は「連続殺人犯」と「刑事」でした。死を目の前に突き付けられた2人が、人生の最後の炎を燃やします。1人は、自分の人を殺したいという「欲望」を成し遂げること。そしてもう1人は、命にかけても殺人犯を逮捕するという「執念」を叶えること。欲望と執念。形は違えど2つの炎には有無を言わせない迫力がありました。終盤、2人が交わりだしてからの展開は圧巻です。

     私にとって、序盤に大きな山がありました。それは、連続殺人犯に耐えられるか、ということでした。

    殺せ―殺せー
    快感が高まっていくにしたがって、自分の意志ではどうしようもできない欲望に両手が支配されていく。
    あの首を絞めたい・・・・女の喉もとに手を伸ばして思いきり締め付けてやりたい


     女を見ると絞殺したくなる。彼は異常な欲望の持ち主でした。そして、それを実行に移してしまいました。たくさんの罪のない人を殺めます。殺害した人数は、死刑は間違いないと断言できるほどのものでした。

     正直言って、このような作品には耐性がありません。途中で読むのを止めてしまっても不思議ではありませんでした。それでも読み続けたのは、殺人犯だけでなく彼を追う刑事もまた余命わずかだったという設定に興味を持ったから。そして、許されない罪を犯した彼がいったいどのような罰を受けるのか、それを見届けたかったからです。

    死刑より重い罰



     薬丸岳さんは、インタビューでこうおっしゃっています。

    「数年前、『死刑になりたいから人を殺した』と嘯く殺人犯が何人か登場してニュースを騒がせていたときに、編集者と『彼らに死刑以上の報いを与えることはできないのか』という話題になりました。



     死刑より重い罰、これは1つのキーワードになりそうです。インタビューはこう続きます。

    結果、犯人を捕まえる過程よりも、捕まえた後に刑事罰以外の要素でどうやってダメージを与えるかに重点を置いた新しいミステリーを作ることが出来たと思います



     何の罪もない人を平気で殺し、贖罪の気持ちもなく、さらに罪を重ねようとする。そんな犯人に下せる「死刑より重い罰」とは何でしょう。むしろ、死刑はなんの意味も持ちません。彼は余命わずか。死刑台にあがることはないと分かっているので、自分の「欲望」を満たすことだけに残りの人生を捧げているからです。

     そんな彼に、いったいどんな罰を下せるというのか。その「死刑より重い罰」は作品の終盤にやってきました。

     悲しくて悲しくて。そんな展開、見たくなかったと思ってしまいました。ですが、たしかに彼には「死刑より重い罰」が下されたのです。全く救われないけど、これがよかったのだろうか・・・。どこまでも重苦しい展開でした。

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     一方、執念を燃やして犯人を追う刑事です。命を削ってまで犯人を追い続ける彼の姿もまた、誰も幸せにならない残酷な絵でした。同じ余命わずかでも、連続殺人犯とは違う点があります。「家族の存在」です。

    「お父さんは・・・お父さんはひとりよがりな人だよね。それならばずっとひとりで生きていればよかったのに。そうすればわたしも健吾も・・・・・お母さんもこんなに悲しい思いはしなかった」


    「警察官はたくさんいるけどわたしたちのお父さんはひとりしかいないっていうのにッ!」


     がんに蝕まれていく体に、家族の言葉はどれほど応えたことでしょう。刑事として、犯人を必ず捕まえなければいけないという執念。それは痛いほどわかるのだけど、代償はあまりにも大きいものでした。胸がかきむしられるような痛みがあります。

     最後に出てきたセリフが、薬丸さんがもっとも言いたかったことなのでしょうか。

    きっと、死そのものが怖いのではない。
    すべては、死ぬ寸前まで、自分の人生という鏡を見せつけられることが怖いのだ。


     誰にも見守られず、何の心置きもなく死んでいけるのなら、死それ自体はそんなに苦しいことではないのかもしれません。死の苦しさは、ここにあるように「自分の人生という鏡を見せつけられる」ことにあるのだと思います。

     人生の最後には、たくさんの未練や後悔が待っているのだと思います。それがすなわち、「死の苦しみ」。私はそれに耐えられるでしょうか・・・。

    救われなさの中にある「救い」-



     ご気分を悪くさせてしまったかもしれません。1冊読んだ私ももちろん気分はよくないのですが、1冊読み切ることができました。先程書いたように、この手の話は滅法ダメな私です。ストーリー的に、どこかで本を閉じてもおかしくはありませんでした。今まで途中リタイアした本もたくさんあると思います。

     最後まで読めたわけは、薬丸さんの文章にあると思います。これだけ辛い話なのですが、「嫌悪感」があまりありません。文章は平易で大変読みやすかったです。そういった文章の読みやすさ、テンポの良さというのはもちろんあるのですが、それ以上に文章に力があると感じます。「悲しみ」「苦しみ」そういったものをちゃんと掬えていて、作品の底には人間への愛があるから、でしょうか。

     この作品を読んで、「人間への愛」というのはちょっとおかしいでしょうか。2冊目以降を読んで判断したいと思います。ちょっと他の作品のあらすじを眺めていたのですが、この作品同様重苦しい話が多いみたいです。私は耐えられるでしょうか・・・。

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    の炎が尽きる時・・・欲望と執念を燃やす、2人の男の行き先は・・・

     こういったテーマに挑めること自体が作者の技量を示しています。同様に、「読者の覚悟」も試されるのです。どこまで作品に向き合うことができるのか・・・。私はどこまで向き合えたでしょうか?



    こちらもどうぞ

    「死刑を恐れない殺人犯との対決」(本の話web) 薬丸岳さん
    記事中に引用したインタビューです。
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    小説, 薬丸岳,



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