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奇跡のキャンバス -『太陽の棘』 原田マハ

 30, 2015 21:15

 書きたい、ではなく、「書かなければいけない」。その言葉に、作家・原田マハさんの強い決意がうかがえます。今日は昨年発表された原田さんのこの作品―。

太陽の棘(とげ)
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原田 マハ
文藝春秋
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 この作品には、重要な2つのテーマがありました。「沖縄」、そして「美術」です。どちらも、原田マハさんとは切っても切り離せないテーマです。そんな2つのテーマが、あるきっかけをもとに結びつき、今回の小説が生まれました。キーワードは、「ニシムイ美術村」です。



運命の出会い



 まず、テーマの1つ目、「沖縄」です。沖縄は原田マハさんがすっかり惚れこんだ土地でした。インタビューで次のように語られています。

フリーのキュレーターをしていた頃に沖縄を訪れ、すっかり惚れ込んで、「癒しの島」沖縄を描いてみたいと思い立った。そうして書いたのがデビュー作となったラブストーリー「カフーを待ちわびて」である。

本の話web 『太陽の棘』 原田マハさん

 そしてもう1つのテーマ、「美術」。これもまた、原田さんの小説とは切っても切り離せないテーマです。それもそのはず、原田さんは作家になる前20年近くも美術関係の仕事をされていました。美術への愛と、確かな「眼」はこの作品からも存分に伝わってきます。

 そんな2つのテーマを結び付けたのが、「ニシムイ美術村」です。これは、「戦後間もない沖縄にあった、美術の村」のこと。なるほど、沖縄と美術が結びつきました。

ニシムイ美術村・・・1948年米軍文化部の廃止に伴い、新たな拠点を探していた画家たちが、儀保にあるニシムイ(北の森の意。首里城の北に当たる)に、「オキナワン・アート・ソサエティ」と称しアトリエ付住居を作って移り住んだのが始まり。



 この村を訪れた、米軍の精神科医がいました。日本とアメリカ、絵を通じての海を渡った交流がありました。彼の存在を知った原田さんは、すぐさま取材のため那覇に飛び立ちます。沖縄と美術を見つめてきた作家が書く、「真実の物語」です。

突き抜ける生命力



 主人公のエドは米軍の精神科医を務めています。恋人との婚約が決まり、人生の頂点を迎えようとしていた矢先、彼に非情な命令が下りました。沖縄行きです。
 
 愛する人を置いて、沖縄へ旅立つエド。彼の仕事は精神科医ですが、「戦場の」精神科医の仕事がどれほど過酷なものかは想像ができると思います。戦争や殺戮を見て心が壊れてしまった兵士たちが運び込まれてきます。

 そんな彼に、沖縄で奇跡の出会いが待っていました。ふと迷い込んだ森。そこにあったのが「ニシムイ美術村」です。エドは彼らの絵に魅了されます。

いったい、どういうことなのだろうか。
 戦争終結からまもない、米軍占領下の沖縄に、なぜ、これほどまでに高い技術と表現力を持った画家たちがいるんだ?しかも、こんな何もないような丘の上の森の中に集まって・・・。
 ここは、まさに芸術家のコロニーのような場所じゃないか。



 エドは、国籍を超えて、日本人の画家たちに心を開いていきます。

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 以前読んだ本でも感じたのですが、原田さんの書く文章の「勢い」には圧倒されてしまいます。生きる喜び、生命力がページからこぼれおちてくるようです。戦争という重いテーマですが、そこは全く変わりませんでした。

それに比べて、この画家たちのたくましさはどうだろう。むさぼるようにみつめて、がむしゃらに描き写す。夢中で筆を走らせて、はつらつと彩る。そのエネルギー、情熱、個性。命のすべてで「描くこと」にぶつかる、荒々しい力強さ。


 ここまで勢いのある文を書く作家さんはなかなかいません。読んでいるこちらも、思わず前のめりになってしまいます。それに加え、今回は沖縄と美術という、原田さんがこだわる2つのテーマが出会った作品です。その喜びがあふれだし、突き抜けるような生命力になっています。

 アートには、国境がない。

 原田さんはそのことを書きたかったそうです。戦争に負けた日本と、勝ったアメリカ。そんな2つの国の人々が分かりあうには、相当険しい道のりが待っていると思います。そんな険しい道のりを、一瞬にして越えていくのが「アート」でした。

 私たちを分け隔てるものはたくさんあった。けれど、私たちには、それらのいかなる現実よりもはるかに強い、たったひとつの共通するものがあった。
 美術。私たちには、アートがあった。私たちは、アートをこよなく愛していた。(中略)それは、一編のうつくしい詩に代わるもの。耳に心地よい歌に代わるもの。一杯の芳醇なワインに代わるものだった。



 私は沖縄に行ったこともなければ、美術に関する知識を持ち合わせているわけでもありません。それなのに、この胸にくる感じはなんでしょう。それは、アートが持つ、全てを超える普遍の力なのだと思います。

空と太陽



 ラストもすごいです。おとなしく、きれいに終わっても十分よい作品だったと思うのですが、荒れ狂う大海原のような終わり方でした。よく考えれば、これだけ勢いのある作家さんが普通の終わり方をするはずがありませんね。ラストは原田マハさんの充実ぶりを示すようでした。

 すごく気に入った一節があります。

「いいや。空が、あんまりに大きくてさ。これが全部、カンヴァスだったらなあ。ちょっとでいいから、おれたちに分けてほしいよ。あのへんを。



 基地問題をはじめ、沖縄は今でも戦争の爪跡を残したままです。沖縄の人たちが真に悲しみから解放される日はまだまだ遠いかもしれません。

 それでも、私は「空と太陽」さえあればいつかその日がやってくるのではないか、と思います。果てしなく、永遠に続く、誰のものでもない、「空」というキャンバス。そこから降り注ぎ、私たちを照らす「太陽」というエネルギー。それさえあれば、なんだってできる。本が、そう言っているようでした。

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き抜ける生命力―。国境をも越える「アート」の力をぜひ体感してみてください。

 原田マハさん、今回も大満足です。以前に「カフーを待ちわびて」をおすすめいただきました。この作品と同じ、沖縄が舞台ということです。代表作、「楽園のカンヴァス」とともに、ぜひ読んでみたいと思います。



こちらもどうぞ

 私は沖縄にいったことがないので、沖縄にいったことのある方から沖縄のことを教えていただけたらうれしいです。

「太陽の棘」 特設サイト
 この作品の背景についてより詳しく説明されています。

「さいはての彼女」 原田マハさん
 前回紹介した作品。短編集でも、原田マハさんの作品のエネルギーはとどまるところを知りません。
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