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宮沢賢治・イーハトーヴへの旅 #9 「からすの北斗七星」

 17, 2015 23:24
イーハトーヴ


 宮沢賢治の童話がたくさん収録されている岩波文庫版の童話集から、今回は全く内容を知らなかった話を選んでみました。手がかりはタイトルだけです。素敵なタイトルが並んでいる中から、「からすの北斗七星」というお話を選びました。

銀河鉄道の夜 他十四篇 (岩波文庫 緑76-3)
宮沢賢治
岩波書店
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 素敵なタイトルから入ったのですが、これは戦争のお話でした。カラスの群れが軍隊に例えてられてます。ですが、それはカラスをそのまま人間に置き換えて読んでもいいくらいに、強いメッセージ性を感じるお話でした。宮沢賢治の作品で戦争をここまで直接的にテーマにしたものは少ないようです。貴重な一作と言えると思います。



あらすじ



 からすの義勇艦隊が、雪のたんぼの上で横に並んで隊列をつくっています。どのからすも、微動だにしません。「演習はじめいおいっ、出発」大監督が声をかけ、一斉に他のからすも飛び立ちます。

 場面は変わりまして、何やら物を案じている大尉のからすがいるようです。そのからすには許嫁がいました。明日、からすたちは山がらすを追い出すために「戦争」に行かなければいけません。戦争で死んでしまうかもしれない・・・これが最後の体面になるかもしれないのです。

 「あんまりひどいわ、かあお、かあお、かあお、かあお」
 「泣くな、みっともない。そら、たれか来た」

 2匹のからすの気持ちは高ぶっていましたが、部下のからすが大尉のからすを呼びに来ました。「丈夫にいるんだぞ」そういって、2匹はしっかりと手を握り、お別れをします。

 「があ、非常招集、があ、非常招集」

 ついに、戦いの時がやってきました。

太陽と月が照らす空



 戦争については、記事の後半で取り上げます。その前にまず、宮沢賢治が描く絶妙な空の描写を紹介したいと思います。この作品には、月がのぼって夜が始まる場面と、太陽がのぼって夜が明ける場面の2つが登場します。その描写は、宮沢賢治にしかできないだろう、と思えるような繊細かつ大胆なものでした。

とうとう薄い鋼の空に、ピチリとひびがはいって、まっ二つに開き、その裂け目から、あやしい長い腕がたくさんぶら下がっていて、からすをつかんで空の天井の向こう側に持って行こうとします。(中略)

いや、ちがいました。
そうじゃありません。月が出たのです。


 薄暗い空に月が差し込んできた部分を、こういった視点から見るのか!とため息がでるようでした。月だと分かった後、からすたちは安堵の気持ちに包まれます。暗い空、不安、月、安心、見事に場面が移っていきます。

 もっと素晴らしいのは、夜明けの場面でした。もう、涙が出そうでした。

夜がすっかり明けました。
桃の汁のような日の光は、まず山の雪にいっぱいに注ぎ、それからだんだん下に流れて、ついにはそこらいちめん、雪の中に白ゆりの花を咲かせました。



 日の光を「桃の汁」というのです。雪に日が差し込む様子を、「白ゆりが咲いた」というのです。どうしたらこんな素敵なたとえが思い浮かぶというのでしょう。おそらく、「たとえを浮かべている」のではないからだと思います。宮沢賢治は、日の光から桃の汁のにおいを感じ取り、雪の中に白ゆりの花を見て取っているのではないでしょうか。

 宮沢賢治の目と耳と心が欲しいです。あらためてこの感覚には脱帽します・・・。

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北斗七星への祈り



 「からすの北斗七星」というタイトルですが、北斗七星はどこに出てくるのでしょうか。この作品では、北斗七星はマジエル様と名付けられ、からすの祈りの対象となっています。

 愛する許嫁を置いて、「自分は戦死するかもしれない」という決死の覚悟で戦場に向かったからす。幸いなことに、からすは生きて帰ってくることができました。ですが、戦争とは敵を殺す行為です。からすたちの敵、山がらすは、多くのからすたちに囲まれ殺されてしまいました。

 敵の死骸を葬ってやりたい、からすはせめてもの追悼の気持ちからかそう提案し、認められます。そのあとにやってくるのが、北斗七星への祈りの場面です。

(ああ、マジエル様、どうか憎むことのできない敵を殺さないでいいように、早くこの世界がなりますように、そのためならば、わたくしのからだなどは、、何べん引き裂かれてもかまいません。)

マジエルの星が、ちょうど来ているあたりの青ぞらから、青い光がうらうらとわきました。

美しくまっ黒な砲艦のからすは、そのあいだじゅう、みんなといっしょに、不動の姿勢をとって並びながら、始終きらきらきらきら涙をこぼしました。



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 憎むことのない敵を殺さなければいけない。そんな戦争の不条理が、北斗七星への祈りとして描かれる場面です。戦争を取り上げた珍しい作品ですが、どうしてこのテーマにしたのか、そのすべてが詰まっています。

 わたしのからだなどは、何べん引き裂かれても構わない

 このコーナーを読み続けてくださっている方は、すぐにわかったと思います。「自己犠牲」の精神です。今回も、作品の最後で効果的に使われていました。「自分がどうなっても構わない」そのあまりにも厳しく、悲しさの漂う描写を通じて、からすの願いがどれほど真剣で切迫したものか、伝わってくると思います。

 空や太陽、月、そして星。それらの美しい描写の数々も、戦争のむなしさ、やりきれなさを高めています。この美しい星には何の罪もありません。そんな星の上で、私たちが戦争を起こしてしまうこと。愚かさが身に染みてきます。

 毎回毎回、胸が詰まりそうになる物語の数々です。そして、美しすぎる描写の数々が、作品のテーマを深めています。レビューを書いていると、なにか自分の文章の限界を突きつけられるような、そんな思いにさせられます。レビューを見て本を読んだ気持ちになった、そう言ってもらえるのもとてもうれしいのですが、この宮沢賢治という人に関しては、生の文章に触れてほしい、心からそう思います。



イーハトーヴ


 生の文章に触れてほしい、と書きましたが、幸いなことに青空文庫で多くの作品を読むことができます。興味があったらぜひ参照していただきたいです。また、文庫本もたくさん出ています。多くの物語が収録されて文庫本1冊の値段なので、こちらも大変お手頃かと思います。

「永訣の朝」 宮沢賢治
前回の作品です。コーナーで初めて、詩を取り上げました。こちらにも自己犠牲の精神が見られますが、最愛の妹の死を描いているという点で、より迫ってくるものがあると思います。
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