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  • 宮沢賢治・イーハトーヴへの旅 #10 「北守将軍と三人兄弟の医者」

     04, 2015 20:44
    LogoFactory_convert_20150406020447.jpgLogoFactory+(1)_convert_20150327232906.jpg10

     夏休みに、宮沢賢治に関する展覧会を見に行こうと思っています!見に行けたあかつきには、このコーナーで「宮沢賢治・イーハトーヴへの旅・出張編」として記事にできそうです。予定が合うか分かりませんが、ぜひ見に行きたいと思います。

    銀河鉄道の夜 他十四篇 (岩波文庫 緑76-3)
    宮沢賢治
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     今回もこちらの文庫本から作品を1つ紹介します。「北守(ほくしゅ)将軍と三人兄弟の医者」という作品です。宮沢賢治の数少ない生前発表作品だそうです。読んでいると、いつもと「ちょっと違った感じ」を受けました。その正体とは?



    ajisai_l_convert_20150615020102.pngらすじ

     ラユーという首都に、兄弟3人の医者がいました。リンパ―、リンプー、リンポーです。3人はそれぞれ、人・動物・植物を治します。

     ラユーの国の人々は、野原の向こうから何か声が聞こえてくるのを聞きました。チャルメラにラッパ、町はざわざわとしてきます。やってきたのは、北守将軍ソンバーユーに率いられた9万の軍勢でした。あっという間に町を取り囲んでしまいます。北守将軍たちの軍は30年にわたる戦いを終えて帰ってきたのでした。その間に将軍は70歳、将軍の馬は35歳になりました。決死の凱旋です。

     「北守将軍ソンバーユーとその軍勢が帰ったのだ。門を開けてもいいではないか」

     意気揚々と叫ぶ将軍。しかし直後、将軍は大変なことに気付きます。自分のからだが馬から離れないのです。しかも、将軍や兵隊たちのからだからは草が生えています。長い長い戦いの間に、将軍たちは動物や植物と一体になってしまったのでした。

     「将軍、馬をおりなさい」

     大臣に命令される将軍。しかしからだはどうしても馬から離れません。困り果てた将軍は、軍師の長にこう言い残します。

     「馬からおりるひまがなく、とうとうからだが鞍(くら)につき、そのまた鞍が馬について、どうにもお前に出られません。これからお医者様へ行きまして、やがて参内いたします。こうていねいに言ってくれ」

     こうして将軍は、3兄弟の名医のもとに向かいます。

    ajisai_l_convert_20150615020102.png沢賢治と中国

     読み始めて違和感を覚えます。これまでの宮沢賢治の童話にはどこか「やわらかい」イメージがあったのですが、この作品は何か肩肘張った、硬い印象を受けたのです。これまでにない世界観、という感じでした。この硬さ、どこかで読んだことがあるような・・・。

     違和感の正体に気付いたのは序盤で将軍が軍の先頭で歌を歌う場面です。ページにすれば約3ページほど、けっこう長い歌です。この形式ばった感じを追っていくうちに気付きました。これは中国の漢詩に似ているのです。古文の時間に難しい漢字とにらめっこしていたのを思い出しました。硬い印象も、中国の古典からくるものだったようです。

    賢治はこれに10年ほど改稿を重ねこの本篇を完成させた。また作中で兵隊の歌う軍歌は、『唐詩選』巻六の盧綸「和張僕射塞下曲」および同巻七の張仲素「塞下曲二」の前半部を踏まえている(wikipediaより)



     やはりルーツは漢詩にあったようです。少し関連ページを閲覧していると、どうやら宮沢賢治と古代中国の思想には深いつながりがあるようです。まったくつながるとも思っていなかったキーワードがつながりました。宮沢賢治は、古代中国の思想から何を見出したのでしょう?とても興味があるのですが、この作品の紹介ができなくなるので、この話は次回以降にて・・・。

    ajisai_l_convert_20150615020102.png・動物・植物

     宮沢賢治の思想についてこれまでの作品でも見てきたので、この作品の冒頭に込められたメッセージにはすぐに気付くことができます。

    むかしラユーという首都に、兄弟3人の医者がいた。いちばん上のリンパーは、普通の人の医者だった。その弟のリンプーは、馬や羊の医者だった。いちばん末のリンポーは、草だの木だのの医者だった。



     人と動物と植物。その3つを平等な命として扱おうとした賢治の思想が、シンプルに冒頭文に反映されていると思います。この後、将軍のからだと馬がひっついてしまい、さらに将軍の顔や手から植物が生えてきます。この部分も、同じメッセージだと思います。「人と動物と植物は一体である」、そんなことを伝えたいのだとしたら、かなり直接的な描写です。

     では、これらを描いた後には何が出てくるのでしょうか。これもすっかり定番になってきました。「傲慢な人間」です。

    a1180_014468.jpg

     将軍と馬は、まさしく「一心同体」となって30年間ともに戦ってきました。さぞかし絆も深まったことか・・・と思いきやそうではありませんでした。将軍にとって馬は道具でしかないようです。

    「いま裏門をあけさせましょう。」助手はくぐりをはいって行く。
    「いいや、それには及ばない。わたしの馬はこれぐらい、まるでなんとも思ってやしない。」将軍は馬にむちをやる。
    ぎっ、ばっ、ふう。馬は土塀をはね越えて、となりのリンプー先生の、けしのはたけをめちゃくちゃに、踏みつけながら立っていた。



     将軍がひどい人のように書きましたが、将軍を責める気にはなれませんでした。人間にとって馬は「乗り物」。馬の上に乗って進む、という構図を私たちは当たり前のように受け入れています。将軍は30年間戦って満身創痍の状態です。それなら、馬も同じはず・・・なんですけどね。

     ぎっ、ばっ、ふう。これはどんな擬音語でしょうか。私には何だか馬の悲痛な叫び声のように聞こえてしまったのです。

     この後、将軍は3人の医者のもとを順に回ります。まずは自分を、そして自分にひっついた馬、そして植物を、順番に治してもらいます。童話らしい、単純ながらもテンポのよいストーリーです。

     中国の漢詩から来る難しさはあったものの、ストーリーやメッセージはとても分かりやすいものでした。人と動物と植物の平等が示されて、傲慢な人間の姿を見せられて・・・。なんだか、「これまでのまとめ」のような作品です。

     しかし、この作品はラストで不思議な余韻を残します。王にお目見えすることになった将軍は、これまでの功績をほめられ、大将になるよう打診されます。しかし将軍の気力はもう限界でした。役目を終えた将軍は、故郷に帰らせてくれと頼み、表舞台から退きます。

     故郷に帰った将軍は、人が変わってしまったかのようにおとなしくなり、そのうちものを食べなくなりました。

    ところが秋のおわりになると、水もさっぱり飲まなくなって、ときどき空を見上げては、何かしゃっくりするようなきたいな形をたびたびした。

     そのうちいつか将軍は、どこにも形が見えなくなった。そこでみんなは将軍さまは、もう仙人になったと言って、ス山の山のいただきへ小さなお堂をこしらえて、あの白馬は神馬に祭り、あかしや栗をささげたり、麻ののぼりをたてたりした。



     将軍は仙人になったのではないか?というなんとも不思議なラストです。霧にでも包まれたかのような、不思議な読後感でした。仙人になったのではない、どこかに骨はあるはず、と医者の一人、リンパー先生は言います。

     真相はどうなのでしょう。

     勝手な解釈で申し訳ないのですが、人も動物も植物も平等な本当の世界に、将軍は「帰って行った」、私はそう読みました。



    LogoFactory+(1)_convert_20150327232906.jpg

     青空文庫で全文が読めるので、気になった方はぜひ読んでみてください。作品の読解だけでなく、今後は宮沢賢治に関するいろいろなトピックを扱ってみたいと思います。

    「永訣の朝」
     このコーナーでアクセストップの記事です。テストにどんな問題が出るか、知りたい人が多いみたいです 笑(このコーナーの趣旨はそこじゃないんですけどね)。

    宮沢賢治・イーハトーヴへの旅 旅程表
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    宮沢賢治,



    •   04, 2015 20:44
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