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論ずるということ -『論文の書き方』 澤田昭夫

 26, 2015 18:00

 この記事が出るころには、私はレポートと格闘しているはずです。未来に向けて記事を書くって、不思議な感覚ですね。この本は、レポートの執筆にかかる前に読んだ本です。たくさんのことを吸収することができました。

論文の書き方 (講談社学術文庫)
澤田 昭夫
講談社
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 出版は1977年とかなり古いのですが、今読むのにも十分耐え得る本です。世の中に数ある論文・レポート本の中でも信頼できる名著といってよいと思います。実戦的なテクニックよりも、どういう心構えで論文の執筆に臨むか、といった話が参考になります。



論文の快楽



 具体的な話に入る前に、筆者は論文の快楽について力説します。

こういう知的冒険、探検から生まれる知的快楽は、なんの努力も必要としない快楽、マンガや週刊誌におぼれるような受動的、感覚的快楽とは比較にならない、大きな快楽です。それは休日をゴロ寝で過す楽しみではなく、苦しんで汗を流して山に登り、それを征服したときの爽快さに似た快楽です。



 マンガや週刊誌を低俗なものとして見ているのはどうかと思いますが、確かに論文にある快楽とはこういったものだと思います。(私がよい論文を書けているかは別にして)、膨大な資料に当たりますし、長いものでは1か月近くかけて書くので、論文から得られるものは大きいです。

 しめ切りが近づいてくるとどうしても提出することばかりに躍起になってしまいますが、論文の根幹にあるのは筆者が言うような「知的快楽」だと思います。

 論文を書く意義について確認したところで、具体的な書き方、心構えに話は移っていきます。1977年の出版なので、例えば資料の収集の仕方などは今の時代と合わなくなってしまったのですが、ここに書かれていることは今の時代においても変わらず重要なばかりです。

 特に、書くことが読むこと、話すこと、聞くことと体系的に組み合わさり、互いに大きく関連していることを確認できる構成が見事だと思います。

曖昧な言葉のワナ



 いくつも論文やレポートを書いてきて基本的なことは習得したつもりでしたが、今でもまだ難しいと感じるのが、「言葉の選び方」です。特に、意識しないままに「曖昧な言葉」を使ってしまうクセがなかなか直りません。

形容詞や名詞に、「・・・主義」をつけ出すと、その意味内容はきわめて漠然とした不正確なものになります。



 特に正確な定義を理解することもなく使っている言葉はたくさんあると思います。そんなことは通用しない、というのが論文とそれ以外の文章の違いだと思います。定義を理解しないまま言葉を使うと間違いなくツッコミが入りますし、最悪の場合論文全体が切り捨てられてしまう恐れがあります。

 「・・・主義」という言葉はたくさんあって、それを使うともっともらしく見えることから、ついつい使いたくなってしまいます。ですが、筆者の指摘するように、この言葉は意味内容を曖昧なものにしています。私たちが当たり前のように使う「資本主義」という言葉は典型的な例で、ドボンになる可能性が高いワードです。何を持って「資本主義」とするのか、厳密に定義して書き手は理解しておく必要があります。

 筆者は別の例として「近代」を挙げています。言われてみれば、これも曖昧な言葉です。何も考えずにポーンと使ってしまいそうなのが怖いですね。そうした緩い感覚は論文を書くときには天敵だと思います。用いる言葉の1つ1つに、もっとピリピリして、「正確さ」を求めなければいけません。

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 後半は、書く以外のスキル、「読む」「話す」「聞く」についてもページを割いて詳しく解説されています。論文の本でこれらのことにここまでページを割いていたのは意外でしたが、それぐらいに、読む・書く・話す・聞くは切っても切れない密接な関係にあります。

 特に、「読む」と「書く」はそうではないでしょうか。「読む」に関してはかなりページが割かれています。分析的読み、総合的読み、批判的読みという3つの観点から、かなり詳しい解説が書かれていました。

 そのうち、「批判的読み」についての箇所は特に必見です。「批判的な読みをしなさい」ということは普段から口酸っぱく言われますが、「批判的」の部分は勘違いしやすいものです。

「批判的読み」は「わかったが、この点には同意する、この点には同意できない」という「読み」です。ですから、その大前提はまぜ著者の言うことを理解することです。「よくわからないが、同意できない」というのは単なる感情論です。自分が間違っていると感じていながら、ただ反対のために批判するのも同じように愚かなことです。


 筆者は容赦なく、バッサリとものを言います。厳しいようですが、この厳しさこそ論文を書くときに必要な心構えなのだと私は思っています。

 「批判的に読む」を勘違いしてしまう危険は常にあるので、要注意です。人間の心理として、何かを批判しているとき、まるで自分が高尚なことをしている知的レベルの高い人間だという風に「勘違い」してしまう危険があります。

 適切な批判をすることと、とにかく批判をしたいがためにわめき散らすことは全く違います。論文で後者をしてしまうと・・・残念ながら即ゲームオーバーです。「批判」を勘違いしないように、私も気を付けたいと思います。

数をこなすこと



 私は今まで書いたレポートを全て保存してあるので、中には大学に入学したばかりの時に書いたレポートもあります。

 それはもう・・・直視できるものではありません。「こんなものを教授に提出してしまったのか・・・」と真っ青になります。教授はもしかしたら、私のレポートを読む気さえせずに破り捨てていたかもしれません(いちおう単位を落としたことはないので、破り捨てられてはいないと思いますが、そう思ってしまうくらいの酷い出来です・・・)。

 そんな時代があったことを思うと、現在はだいぶましなものが書けるようになっていると思います。何かすごいテクニックがあるわけではなく、ものすごく地味なのですが、「数をこなすこと」が上達への1番の近道かと思います。

 本の最後に、「答案を書くためのポイント6」というまとめがありました。これを意識していたかどうかで、論文の出来は大きく変わると思います。もっと早くこの本を読んでおけば・・・つくづくそう思いました。レポートのことがよく分からない大学1年生の方がいたら、ぜひこの本を図書館で探してみてほしいです。

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文を書く前に読んでおきたい、必携、必見の1冊!

 最近、大学の文系学部が、就職のことを考えて方向転換をしようとしています。たしかに世間の方からしたら、「文系が世の中の何の役に立っているんだ!」と思われるかもしれません。ですが、1つ1つの論文を書いている時に自分の中に蓄積されるものは、私はきっと将来役に立つものだと思っています。

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