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教科書への旅 #12 「ちいちゃんのかげおくり」 あまんきみこさん

 06, 2015 06:54
教科書


 今日は、早起きしてこの記事を書いています。8月6日の朝です。照りつける太陽の光と、静かな朝に響き渡る蝉しぐれ。今日はいつもと違った風景に見えます。

 あの日から、70年がたとうとしています。

ちいちゃんのかげおくり1

 そんな今日紹介するのは、あまんきみこさんの「ちいちゃんのかげおくり」(小学3年生)です。戦争を扱った作品は教科書にたくさんあるのですが、私が真っ先に思い浮かべるのはこの作品です。時々思い出しては、空を仰ぎたくなるようなこの作品。今日のこの日に選びました。



変わってしまった空



 空を見上げるのが好きな私は、作品に空に関する描写が出てくると敏感になります。戦争を扱った作品でも真っ先にこの作品が浮かぶ、と言ったのはそういう理由からです。

 「かげおくり」-それは、こんな遊びでした。

「十、かぞえる間、かげぼうしをじっとみつめるのさ。十、と言ったら、空を見上げる。すると、かげぼうしがそっくり空にうつって見える」



 お父さんが出征する前の日、ちいちゃんの家族は先祖の墓参りに行きました。その帰り道、家族は青い空を見上げます。かげおくりのできそうな、きれいな空です。一家は、4人で手をつないで、かげおくりをしました。家族みんなでとった「記念写真」です。

 この作品は、空に注目して読むと大変印象的だと思います。かげおくりのできそうなきれいな空から始まるこの作品。手をつないだ一家。しかし、描写は一気に変わります。戦場へ出かけるお父さん。家族が離れてしまったのに追随するかのように、あんなに青かった空も、変わってしまいました。

けれど、いくさがはげしくなって、かげおくりなどできなくなりました。この町の空にも、しょういだんやばくだんをつんだひこうきが、とんでくるようになりました。そうです。広い空は、楽しいところではなく、とてもこわい所にかわりました。



ちいちゃんのかげおくり2

 激しくなる戦争を、空の様子で表わしたこの場面が大変印象的です。どれだけ物質的に貧しくても、空が青く澄み渡っていれば、そして、手をつなげる家族がいれば、ほとんどのことは乗り越えられたのではないでしょうか。しかし、家族は離れ離れになりました。そして、空が奪われました。このことの残酷さを想います。

たった一人で見上げる空



 まちに響く空襲警報のサイレン。避難する途中、ちいちゃんはお兄ちゃんとお母さんからはぐれてしまいます。「お母ちゃんは、後から来るよ」、おじさんの言葉は現実にはなりませんでした。お父さんと離れたばかりのちいちゃんに、さらに過酷な現実が襲いかかります。

ちいちゃんは、ひとりぼっちになりました。ちいちゃんは、たくさんの人たちの中でねむりました。



 さて、空の様子に目を向けてみます。飛行機ががとぶ怖い空は、赤い火やほのおのうずが巻き起こる空、そして暗い夜の空へ。読んでいて気付くと思います。物語の最初に出てきた澄み渡るような青い空が、もうどこにもなくて、はるかかなたの出来事のようになっていることに・・・。空から青が奪われ、そして家族とつないだ手は引き裂かれました。

くもった朝が来て、昼がすぎ、また、暗い夜が来ました。ちいちゃんは、ざつのうの中のほしいいを、また少しかじりました。そして、こわれかかったぼうくうごうの中でねむりました。



 この部分からも、「あの時の青い空がどこにもない」ということがよく分かりますね。

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空の上での再会



 暑い日に、まるで空間がゆがむような錯覚を覚えることがあります。太陽の強い光でアスファルトはゆらゆらし、思考も鈍ります。そのうちに、頭がふわふわしてくるのです。

 その日も、暑い朝でした。明るい光が顔に当たって、ちいちゃんは目をさまします。太陽は、高く上がっていました。「空の上での再会」というタイトルに、嫌な予感を覚えた方もおられるかもしれません。残念ながら、その嫌な予感通りの展開になってしまいます。ちいちゃんは、離れ離れになった家族と、「空の上で」、ようやく再会を果たすのでした。

 物語は、終わりに近づいています。

「かげおくりのよくできそうな空だなあ」
というお父さんの声が、青い空からふってきました。

「ね、今、みんなでやってみましょうよ」
というお母さんの声も、青い空からふってきました。



 冒頭、家族みんなで手をつないでしたかげおくりです。ふらふらになったちいちゃんの頭に、あの時の声が聞こえます。「ひとうつ、ふたあつ、みいっつ」。ちいちゃんは、数を数えはじめました。今はもう、手をつないでくれる人はいません。

ちいちゃんのかげおくり3

そのとき、体がすうっとすきとおって、空にすいこまれていくのが分かりました。

一面の空の色。ちいちゃんは、空色の花畑の中に立っていました。見回しても、見回しても、花ばたけ。



 ものすごく、悲しいことが起こっています。それでも、淡々と、静かに、あるいは幻想的に、この場面は描かれていきます。気付かれたでしょうか。この時の空は、青い空です。奪われてしまった青い空が、最後に戻ってくるのです。ですが、それが何を意味するのかはお分かりだと思います。悲しみが胸に広がる中、物語は、そっと私たちにこう告げます。

夏のはじめのある朝、こうして、小さな女の子の命が、空に消えました。



 これが、「ちいちゃんのかげおくり」です。



おわりに

 70年前の今日、起こったこと。やはり私は、空を思い浮かべてしまいます。あの日も、いつもと変わらない青い空があったことと思います。何も変わらないはずでした。そんな空は、一瞬の閃光と共に奪われました。「ちいちゃんのかげおくり」のように、徐々に奪われていくのとは違い、それは本当に一瞬の出来事で、「あっ」と思うひまもなかったはずです。

 私には、難しいことは分かりません。複雑に入り組んだ歴史について、ここで語ろうとは思っていません。私が今日この日に伝えられること、そして伝えたいことはたった1つです。

 青い空が奪われる恐ろしさ

 「ちいちゃんのかげおくり」から、少しでも感じ取っていただけたらと思います。
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  •   06, 2015 06:54