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「注文の多い料理店」の読書感想文を書こう!

 11, 2015 02:10

 以前にも書いたのですが、夏休みシーズンに入ってから「読書感想文」に関する検索が増えています。私のブログでは、読書感想文関連で一番多く検索されている作家は宮沢賢治です。そして、その宮沢賢治の作品の中でも「注文の多い料理店」がもっとも多く検索されているようです。

注文の多い料理店 (新潮文庫)
宮沢 賢治
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 「注文の多い料理店」は定番中の定番ともいってよい作品ですね。課題図書になっていることも多いと思いますし、読書感想文に関する本でも必ずと言っていいほど名前が挙がっています。

 ということで、今一度この作品を読み返してみることにしました。レビューは以前にも書いているのですが、今度は「読書感想文」ということを意識して書いてみようと思います。「注文の多い料理店」の感想文で困っておられる方のヒントになれば幸いです。





「注文の多い料理店」の読書感想文を書く!

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その 「目線」を変えてみるといいかも!

 宮沢賢治の作品に共通して見られる、大切なメッセージがあります。それは、「人間も動物も植物もその命は平等」ということです。このことは、この作品を読むうえでも考えておいた方がよいと思います。

 私たちは、読書感想文を書くとき、「作品に込められたテーマ」のようなものを探ろうとすると思います。この作品の場合、そんな作品のテーマは「人間の傲慢さ」という点にありそうです。人間の傲慢さということで感想文が書けそうですが、改めて読み返して気付いたことがありました。それは、人間目線から書くと、結局「傲慢さ」から抜け出せない、ということです。

二人の紳士は、自分たちのことばかり考えて、動物の命を何とも思っていません。人間も動物も、命は平等だと思います。動物にも大切な命があることを忘れずに、動物を大切にしたいです。



 もし、このような感想文があったとします。どう思われるでしょうか?私は、「うーん・・・」という感じです。これだと、結局人間が動物を上から見下ろしているという構図が残ってしまいます。 宮沢賢治の作品では、人間も、動物も、植物も、全ての命が横並びで扱われているようなイメージがあります。ですから、こういった「人間から見下ろす視線」というのは何とか動かしたいものです。

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 そのためには、「人間以外のものの視点から書いてみる」というのはとても面白そうです。真っ先に思い浮かぶのは、人間を食べてやろうと店の奥で待ち構えている山猫たちの視点です。どうやって人間を誘い込もうか、山猫たちは扉のメッセージに工夫をこらします。普段は人間が動物を食べるわけですが、その向きがひっくりかえるわけです。山猫たちの視点から物語を捉えて、のこのこと入ってくる人間たちを見ると、かえって「(食べられようとしていることにも気付けない)人間の傲慢さ」が印象深くなるかもしれません。

 二人が連れていた白熊のような犬の視点から書いてみても面白そうですし、あるいは「森」の視点から書いてみるのも面白そうです(これは難しそう!)。なんにせよ、一度人間の目線から脱出してみるということには価値がありそうですし、その方が宮沢賢治が作品に込めたメッセージに迫れる気もします。目線を変えることで、個性も強く出そうですね。

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その 「入口」と「出口」に注目!?

 私が注目したのは作品に出てくるこの部分です。

風がどうと吹いてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました。



 なんてこともないようなこの部分ですが、作品の中に同じ表現が2回出てきます。作品の最初の方と、最後の方です。最初にこの部分が出てきた後、2人は山猫のレストランに入っていきます。そして、最後に2人が森の中で我に返った時、再びこの表現が出てきます。偶然このようになったとは言い難いです。

 私の勝手な解釈でものを言うことは避けるべきですが、この表現が「もう1つの世界への入口と出口」になっている、という見方はできそうです。

はじまり・・・人間が動物を食べる世界、人間が犬を見下げており、犬が死んでもお金の損害しか考えないような世界


風がどうと吹いてきて・・・(1回目)

人間が動物に食べられる世界、人間があれほど見下げていた犬に救われる世界

風がどうと吹いてきて・・・(2回目)


おわり


 
 単にこのことを指摘したかったわけではありません。もしかしたら、この風や草や木にも感情があって、人間に何かを訴えようとしているという見方ができるかもしれません。最初に書いたように、宮沢賢治は動物や植物の命のことも考えていて、そこにも人間と同じように命を吹き込みます。

 そう考えると、風が「どう」と吹く、草が「ざわざわ」鳴る、木の葉が「かさかさ」鳴るといったこれらの表現は、単なる自然の動きではないように思えてきます。先ほど、「森の視点から書く」という一見突拍子もないことを書いたのですが、実はここにつながってきます。もし森に感情があるとして、風や草や木の葉は何と言っているのでしょうか。これに正解はないですし、ここからは想像力をどこまでも広げていくことができます。

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その どうすれば、「想像」できる?

 食べられようとしているのにも気づかず、扉の指示に従って店の奥に進んでいく2人。「アホやなあ」とか、「なんで気付かないの!」などとツッコミを入れながら、楽しく読めるのがこの作品の面白いところです。

 2人には、自分たちがこの後どうなってしまうのか、という想像力が足りませんでした。そんな見方をした後で冒頭に戻ります。短い冒頭部分に、「想像ポイント」がたくさんあります。そして、2人の紳士はやはりそれらの「想像ポイント」に気付けていないようです。だからこそ、料理店に入った後もほいほいと奥に進んでいってしまうのかもしれませんね。

 鳥や獣の命を奪っていること
 犬や宿の山鳥のことを金銭面からのみ考えていること
 自分たちにも命があること
 自分たちの命が、どうしてあるのかということ

 たった1ページか2ページしかない冒頭部分の、この深みです・・・。

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 冒頭部分で思いをめぐらした後、一番最後を読みます。2人の顔に紙くずのようなしわが残って消えなくなる場面です。ここは傲慢な人間への天罰という風に捉えられることが多いですね。これは私の勝手な感想なのですが、私の場合はこんな風にも思いました。

 「想像力のない2人だから、何事もなく元に戻っていたらまた傲慢な人間になっていただろう。痛みが一生残ることによって、嫌でも忘れられず、想像できるようになるからよかったのかな」

 「想像力」と「痛み」というのは、とても深く関係します。 コインの表と裏のような関係といってもいいかもしれません。そのことを意識していたからか、私はこのような感想を持ったのだと思います。

 痛みを知らなければ、想像することはできません。
 想像することには、時に痛みを伴います。

 想像力、といったものをキーワードにして読んで、ラストを「痛み」という視点から考えるといろいろと浮かぶことがあります。

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わりに
 
 あらためて「注文の多い料理店」を読み返してビックリしました。とても短い作品なのですが、驚くほど深い!これは読書感想文の定番になるわけです。
 
 私の考えを押し付けるのが嫌だったので、「~かもしれない」や、「~という見方もできる」という言い方を多用する、という工夫をしました。一個人のブログでやっていることですので、どうか参考の域を出ない程度で読んでいただくとうれしいです。「他にこんな見方もできます」と言われるのが一番うれしいですし、それこそが読書の喜びでもあります。

 よく覚えていないのですが、「注文の多い料理店」は、おもに小学生向けの題材だったでしょうか?もちろん小学生が読む題材として優れていると思いますが、自分が書いた記事を見返すと、中学生や高校生でも十分に通用しそうな感じがします。



イーハトーヴ


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 宮沢賢治の作品を扱っているコーナーです。読書感想文の定番は「注文の多い料理店」や「銀河鉄道の夜」ですが、他の作品も素晴らしく、読書感想文の題材にすると独自性を出せるかもしれません。今の個人的なおすすめは「烏の北斗七星」です。
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  •   11, 2015 02:10