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「ないたあかおに」 つり合わない2つのもの

 28, 2015 23:24
ないた赤おに (ひろすけ童話絵本)
浜田 廣介
集英社
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れた涙が教えてくれること

 今日は、名作絵本「ないたあかおに」を紹介します。この絵本には、本当にたくさんのことが詰まっています。感想や解釈はさまざまだと思うのですが、ここでは私の解釈を紹介します。

 「つり合わない2つのもの」と題して、テーマを2つに絞ってみました。一体、何と何がつり合わないのでしょうか。今日は、あらすじの紹介もたっぷりと交えながら書いていきます。読書感想文にも向いている題材だと思いますし、参考になる部分もあるかもしれません。本のことを知っているという方も、知らないという方も、ぜひお付き合いください。



カフェラテ その 友情

 この本のテーマの1つに、「友情」が挙げられます。赤おにと青おにの間に何があったのか、もう一度振り返ってみることにしましょう。

 主人公の赤おには、その容貌に見合わず、優しい心の持ち主です。人間と仲良くなりたい、赤おにはその一心でこんな立札を作ったのでした。

(引用)
ココロノ ヤサシイ オニノ ウチデス。
ドナタデモ オイデ クダサイ。
オイシイ オカシガ ゴザイマス。
オチャモ ワカシテ ゴザイマス。



 しかし、立札だけでは人間との距離を縮めることができませんでした。やはりその見た目の恐ろしさから、人間は赤おにに近づいてはくれません。心を開こうとしても、分かってもらえない。そんな赤おにのやりきれない気持ちが、前半では描かれます。

ないたあかおに2

 落ち込む赤おにのもとに、彼の友人の青おにがやってきます。人間に分かってもらえないことを青おにに話す赤おに。すると、青おには「ある提案」をします。

 この本には、「赤おにと青おにのそれまで」が描かれていません。彼らの仲がどれほどよかったのか、説明する記述がないのです。青おには落ち込んでいる赤おにのもとにふらりとやってきて相談に乗り、そして提案をします。

 2人の友情について一切説明をしないのは、とても上手い仕掛けだと思います。その友情について分かるのは、このあとの青おにの提案、そして最後の場面です。彼らのこれまでのことが一切分からなくても、読者は彼らの間にあったものについて、後に痛いほど感じることになります。

 青おにの提案は、自分が人間のもとで暴れているところに、赤おにが助けに来ることによって、赤おにが人間の味方だと分からせるというものでした。自分の望みをかなえるために友達を踏み台にするというのです。当然赤おには反発するのですが・・・

(引用)
「ふうん、うまい やりかただ。しかし、それでは、きみに たいして すまないよ。」
「なあに、ちっとも。水くさい ことを いうなよ。なにか 一つの 目ぼしい ことを やりとげるには、きっと どこかで いたい おもいか、そんを しなくちゃ ならないさ。だれかが ぎせいに-身がわりに なるので なくちゃ できないさ」

なんとなく、ものがなしげな目つきを 見せて 青おには、でも、あっさりと いいました。



 ここは、この本で一番大事な部分でしょう。赤おにから相談を受けてから、提案をするまで、青おには「決意の瞬間」があったはずです。青おには、この話の結末までを、ある程度ここで見通していたと思います。自分がもう、赤おにとは会えなくなることもあるいは見通していたかもしれません。

 何かを成し遂げるために、痛い思いをしなければいけない。何かを犠牲にしなければならない。確かにそうですし、私たちが普段の生活の中で知らずのうちにやっていることでもあります。ですが、「友達の望みをかなえるために、自分を犠牲にする」となると、一気にハードルは高くなります。そのハードルを、青おには赤おにから相談を受けているほんの短い間にためらわずに乗り越えることを決意しています。

 しかも、表向きは「あっさり」と言っているのです。赤おにに悟られないため、あるいは心配をかけないためでしょうか。どこまでも強く、すさまじい覚悟です。私がこんな推測をするのは、たった一言、「ものがなしげな目つき」という部分があるからです。青おにがどれだけ赤おにを思っていたか・・・そんなことはこの部分が全てを語っていて、説明する必要がなかったことが分かります。

ないたあなおに4

 青おには、赤おにのもとを去っていきました。最後の一通の手紙を残しています。赤おには人間と仲良くなることができました。その関係を壊さないためにも、青おには赤おにの前に出るわけにはいきません。

(引用)
「ソウ カンガエテ、ボクハ コレカラ タビニ デル コトニ シマシタ。ナガイ ナガイ タビニ ナルカモ シレマセン。ケレドモ、ボクハ イツデモ キミヲ ワスレマイ」



 彼らの間に深い友情があったことは疑いがありません。では、どうしてこんな結末になってしまったのでしょうか。

 友情は、互いの気持ちがあって成立するものです。ですが、互いの気持ちが「つり合っている」とは限りません。自分が相手のことを思っている以上に、相手は自分のことを深く思っていることがあります。それとは反対に、自分が相手のことを深く思っていても、相手の思いはそこまでではない、ということもあるかもしれません。

 互いの思いがつり合っていないから、友情は難しくなります。儚く、そして脆くなります。だからこそ、すれ違いが生まれ、衝突が生まれ、わだかまりが生じます。

 でも、忘れてはいけないこともあります。つり合っていないから、儚くて脆いからこそ、「友情」はかけがえのないものになる、ということです。つり合っていないことも、友情の大事な定義の1つなのです。

 このお話では、青おにの思いがあまりにも深すぎました。赤おには、青おにが去っていくことなど想像もしていなかったようです。友ともう二度と会えなくなることを選んでまで、友の思いをかなえてやろうとする-青おににそうさせるほど深い「友情」とは何だったのだろうか、と考えてしまいます。

カフェラテその 正しさと強さ

 この話はともすれば美化されがちなのですが、正直私は全てを受け入れられているわけではありません。具体的に言うと、人間に分かってもらうために、青おにが考え、赤おにと実行した手段を、私は受け入れることができません。

ないたあかおに3

 人間に赤おにの本当の気持ちを分かってもらうために、2人は一芝居うちました。青おには、人間の住む村に下りて行って、人間の家で思い切り暴れたのです。つまり、「暴力」を働いたのです。そして赤おには、そんな青おにを成敗するふりをして、青おにをぶちました。つまり、「暴力」を働いたのです。

 「暴力」と「暴力」。この手段を支持できるでしょうか。私はできません。暴力が正しい手段になるわけがないことを知っているからです。暴力という誤った手段が、2つも重なっているのです。

(引用)
「だめだい。しっかり ぶつんだよ。」
「もう いい。早く にげたまえ。」
そう、赤おには 小さな 声で いいました。



 この場面は注目です。赤おにも、そして青おにもとにかく「優しい」のです。ここは2人の優しさが交錯する場所でもあります。優しい2人が、互いに「暴力」という手段に訴えている-2人が選んだこの方法は、この点で深刻な矛盾をはらんでいるのです。

 ではなぜ彼らは暴力という手段を選んでしまったのでしょうか。それは、暴力が「強い手段」だからです。暴力は、「間違っているが、強い手段」であると言えます。

 最初、赤おには自分のことを分かってもらうために、立札を作りました。優しい優しい赤おにです。選んだのは、暴力とは正反対の「対話」という手段です。しかしこれは、「正しいが、弱い手段」であると言えます。

ないたあかおに1

 立札を作って自分のことを分かってもらおうする、その手段は人間に受け入れてはもらえませんでした。人間が鬼に対して抱いているイメージが、両者の間の厚い壁となります。この話は、友情以外にもう1つの見方ができると思います。「正しいが、弱い手段」への挫折から、「間違っているが、強い手段」への変化、という見方です。

 つり合わないものの2つ目が見えてきました。正しさと、強さはつり合いません。だからといって、彼らを責めるかと言うと、そういう気にもならないと思います。赤おにがどれだけ心を開いて訴えかけようとしても、人間におにを理解することは不可能だったでしょう。繰り返しますが、対話は「弱い手段」だからです。

 正しいのに、弱い。間違っているのに、強い。この矛盾にどう立ち向かえばよいのでしょうか。自分が話し合おうと思っても、相手がより強い「暴力」で向かってきたら?あるいは、話し合おうと思っても、相手が絶対に理解してくれない状況にあったら?・・・難しいですね。

 青おにが赤おにのもとを離れ、赤おには失って初めて彼の思いの深さに気付く、というやりきれない結末になりました。残酷なことを言いますが、「暴力と暴力」という手段を選んだ時点で、結末は決まっていたのかもしれません。暴力から生まれたハッピーエンドを、私は見たことがないからです。

(引用)
赤おには、だまって それを よみました。二ども 三ども よみました。戸に 手を かけて、かおを おしつけ、しくしくと なみだを ながして なきました。



 青おにの思いを知って泣いたのかもしれません。もう青おにに会えなくなったことに泣いたのかもしれません。あるいは、いくら青おにから持ちかけられたこととはいえ、大切な友達を殴ってしまったことに泣いたのかもしれません。

 やっぱり、彼らは優しいのです。優しい彼らに、私は「つづき」を与えたいなと強く思いました。優しい彼らに、「暴力」や「偽り」は似合いません。彼らには違うものを与えて、人間と分かり合うことよりもっと大事なものを取り戻してほしいと思います。

 こんなに「つづき」が欲しいと思った物語は初めてです。



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  •   28, 2015 23:24