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  • 羽田圭介さん「スクラップ・アンド・ビルド」を読む (前編)

     05, 2015 23:49
    スクラップ・アンド・ビルド
    羽田 圭介
    文藝春秋
    売り上げランキング: 179


    間と人間、その関係を描きぬいた小説

     今回から前後編で羽田圭介さんの「スクラップ・アンド・ビルド」を紹介します。先日第153回芥川賞を受賞したこの小説は、これからほぼ全ての日本人が向き合わなければいけない「介護」をテーマにしたことでも話題になっています。しかし、この小説の本質は、「介護」とは別のテーマにありました。

     「スクラップ・アンド・ビルド」からの引用はもちろん、著者の羽田圭介さんのインタビューや、芥川賞選考委員の選評、他の書籍から引用なども交えながら、この作品を見ていこうと思います。ネタバレを含みますので、これから読みたいと思っておられる方はご注意ください。



    鬱屈の介護



     主人公の健斗は、サラリーマンをやめて転職活動中の若者です。年齢は28にさしかかり、まさに崖っぷちといったところです。そんな健斗は、3年前から自宅で87歳の祖父と同居していました。

     祖父は、87歳という年齢を考えれば、いたって健康体でした。生死にかかわるような病はどこにもないのです。しかし、祖父には病とは別の苦しみがありました。原因不明の神経痛、作中の言葉を借りれば、「本人にしかわからない主観的な苦痛や不快感」です。

     そんな苦痛を抱えた祖父は、しきりにこんなことを口にします。

    (引用)
    「健斗にもお母さんにも、迷惑かけて・・・・・・本当に情けなか。もうじいちゃんは死んだらいい」

    「早う迎えにきてほしか」
    「毎日、そいだけば祈っとる」



     「死んだらよか」、という言葉が、この後何度も登場することになります。死にたい死にたい、早く迎えに来てほしい、とこの老人は事あるごとに口にするのです。そして、家族に迷惑をかけるような場面が訪れると、異常にへりくだった態度を見せます。「ありがとう、ごめんなさい、すんません」が口癖です。丁寧に謝るから謙虚な人なのでしょうか。いや、謙虚というよりも「卑屈」という言葉が似合うような態度です。

     ただでさえ狭い家の中に、さらにふさぎ込んだ、鬱屈とした空気が漂う様子がよく伝わってきます。家の中に押し込められた介護、それはまさに「息の詰まるような」、営みです。一緒に暮らす老人から、毎日「死にたい」とこぼされ、そこから逃れることのできない生活というものを、体験した事のない方もぜひ想像してみてください。

     介護をする家族には、以下のような苦しみがあるそうです。

    ①24時間気の休まることのない介護で、心身ともに疲労に陥っていること
    ②家庭生活が混乱してしまうこと
    ③先行きに大きな不安を持っていること
    ④身近に適切な相談機関や理解者がなく、孤立無援の思いに陥ること



    <こちらから引用しました>

    ケアその思想と実践 〈4〉 家族のケア 家族へのケア

    岩波書店
    売り上げランキング: 71,248


     この家の場合は、①が一番当てはまる要素でしょう。家族介護というのは、時折いわゆる「無償の愛」の象徴として語られることがあります。慈しみ合う家族だから、自然に助け合うだろう、家の中で介護をするだろうという考えです。しかし、それは古い時代の考えです。私は、家族介護に「無償の愛」など存在しないと思います。家の中の息の詰まるような空気、外部からの遮断、精神的、身体的負担・・・。無償の愛という言葉より、「地獄」という言葉の方が合いそうな気さえしてきます。

     しかし、これは介護という社会問題を主題にした小説ではありません。そのことは、作者の羽田さん自身、インタビューで明言しておられます。介護のあり方に関してはいろいろと思うところがありますが、ここからは小説の話題に戻ることにします。実はこの小説、ここから思わぬ方向へと動いていきました。そして、羽田さんが書こうとしていたテーマの中心に近づいていくのです。

    恐ろしい発想転換



     祖父と共に暮らす健斗は、ふと、こんな思いを抱きます。

    (引用)
    ふと、健斗はあることに思い至った。自分は今まで、祖父の魂の叫びを、形骸化した対応で聞き流していたのではないか。

    (中略)家に生活費を入れないかわりに家庭内や親戚間で孝行係たるポジションを獲得し、さらには弱者へ手を差しのべてやっている満足に甘んずるばかりで、当の弱者の声などを全然聞いていなかった。

    死にたい、というぼやきを、言葉どおりに理解する真摯な態度が欠けていた。



      まともなことを言っている、と思えてしまうかもしれません。よくよく発言を見返してみます。祖父の「死にたい」という言葉を、言葉どおりに理解する、ということは、「祖父は死にたいと思っている」と理解するということです。健斗は、その祖父の思いに真摯に向かい合おうとする、つまり、死にたいという祖父の欲望をかなえてやろうと思うのです。

     祖父を穏やかな死へ向かわせる、その役割を自分が担うことを健斗は決意します。そのためにとった手段が、いわゆる「足し算の介護」。祖父が自分で何かをやろうとする機会をすべて奪い取り、自分が代わりにやる。その積み重ねで祖父から体力や気力を奪い、死へ向かわせてやろうという考えです。

     ちょっと恐ろしいものが漂い始めたことに、このあたりで勘付かれると思います。

    a0782_000003.jpg

     ここで、芥川賞選考委員の方の選評をいくつか紹介します。以下は『文藝春秋』2015年9月号からの引用です。

    だめな家族なんですよ、これが。(川上弘美さん)

    『スクラップ・アンド・ビルド』の評価は、幼稚な健斗をどれだけ受け入れられるかにかかっていた。(小川洋子さん)

    死にたい、と口癖のように言う祖父のために、孫息子は死を叶えてやろうとするが、本当は生にしがみついているのを知る。(高樹のぶ子さん)



     ここで最初に断じておきますが、健斗は未熟で愚かな若者でした。最後まで読むと、彼がやろうとしていたことがいかに物事の本質を捉えられていなかったかが明らかになります。小川洋子さんの言うように、健斗は「幼稚」だったのです。

     本当に死にたいと思っている人間は、「死にたい」とアピールするようなことはしません。「死にたい」というアピールは、むしろ「生への執着」と捉えるべきです。感覚的に分かりそうなことではありますが、健斗は祖父の「死にたい」を言葉通りに解釈し、祖父を死へと向かわせようとします。

    (引用)
    「だから、毎日となえてる死にたい願望を、早く叶えてやるのが皆のためなんだよ」

    目の前にいるのは、三六五日中のうち三三○日以上「死にたい」と切に思い続けている老人なのだ。なにをすれば困難な目的を最短距離でやり遂げられるのか、教え導いてあげなければ。



     健斗がこのような「危うい」方向へまい進してしまう原因は1つだと思います。それは、自分が理解することのできない人間を目の前にした時の気持ちの揺れです。自分とは価値観が全く合わない人間が目の前にいるときに、人間はどのように対処しようとするのか。これこそが、羽田さんが書こうとしたテーマでもあります。

    老人と若者



     羽田さんは、インタビューで「若者と老人の間のギャップ」について述べておられます。インタビューは選評と同じく、『文藝春秋』2015年9月号からの引用です。

    (引用)
    健斗の世代はそんな情報を鵜呑みにして、自分が就職できなかったり結婚できなかったり、人生が上手くいかない理由を、老人世代のせいにしがちです。簡単に、憎しみを抱く対象にしてしまう。でも実際に同居して、憎い相手の顔が見えるような距離感になった時に健斗は何を思い、どういう行動をとるのかという気持ちの揺れを、この二人の関係性を素材に描きたいと思います。



     「老害」などという言葉がありますが、これが分かりやすいでしょう。私は健斗よりもさらに下の世代です。正直に言って、年長世代へのイラつきや憎しみといったものは、あります。それは、ここで告白しておかなければいけません。年長世代の一部の人が、何を言っても頑なに自分の考えを変えようとしないこと、他人に迷惑をかけていることに全くの無自覚であること・・・正直に言って、そういったことは感じます。そしてそこには、憎しみの種があります。ここで羽田さんがおっしゃていることは、まさにその通りのことであり、「世代間の理解の難しさ」という問題に帰結するのです。

     世代の違う人間は、「別の生き物」だと私は思います。戦前、戦後、高度成長、バブル、氷河期、ゆとり、脱ゆとり・・・すべて、別の生き物です。常識や価値観、そういったものが全く違うのです。全く別の生き物が、同じ国で同じ時間を過ごしています。分かり合えないこともあるというか、『「分かり合えない」ということが全てのベースになっている』と考えるべきでしょう。

     健斗と祖父も、別の生き物です。そんな別の生き物が、狭い家の中で額を突き合わせて暮らすのです。すんなりといくはずがありません。いろいろな歪みが生じてくるでしょう。それこそ、この小説の出発点となっています。

    (引用)
    現代は、あえて相手の顔を見えないようにして、攻撃性を高めている時代だとも感じています。だからこそ改めて、自分と相容れない人の顔を直接見ることの必要性を感じるようになったし、小説のテーマとして取り上げたいと思いました。



     介護というのはあくまでテーマのために用意された舞台であり、小説の本当のテーマはここにあります。相容れない人間が、異常に近い距離で、どのように関係を変質させていくのか。そこにある関係とはどのようなものなのか。続きは後編で描きたいと思います。

     この作品のラストでは、健斗と祖父の関係が大きく揺れ動きます。

    ☆後編も読んでいただけたらうれしいです。
    → 羽田圭介さん「スクラップ・アンド・ビルド」を読む (後編)



    ブックレビュープレミアム

     テーマは深いのですが、文章はライトで、とても読みやすいです。同時受賞の「火花」もそうでしたが、芥川賞というものが少しずつ変容しているのだと思います。「スクラップ・アンド・ビルド」や「火花」は純文学に敷居を感じておられる方でも割と読みやすいのではないかと思います。

    又吉直樹さん「火花」を読む (3回シリーズ)
     芥川賞を同時受賞した又吉直樹さんの「火花」です。たっぷり3回シリーズで書いています。3回に分かれていると読むのが大変だと思って今回は2回シリーズにしましたが、その分文量が多くなっています。

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    羽田圭介, 現代日本文学,



    •   05, 2015 23:49
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