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100万分の1回のねこ 5匹目 「おかあさんのところにやってきた猫」 角田光代さん

 07, 2015 18:35
100万分の1回のねこ
100万分の1回のねこ
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めて分かった、おかあさんの気持ち。

 短編集を紹介するとき、普通はいくつか印象に残った話を紹介する、という形になると思います。実際、これまで私もそうしてきました。しかし、今回は13の作品全てを紹介しようとしています。読んでいるうちに気付くのですが、省略できるような作品がどこにもないのです。長いシリーズになると思いますが、全部書きます。

 「100万回生きたねこ」を共通のモチーフに、有名な作家さんたちが豪華なバトンをつないでいきます。第5回目は角田光代さんの登場です。「おかあさんのところにやってきた猫」、もうタイトルだけで名作の予感です。今回は、ある猫のエピソードを通して、「おかあさんの愛」が伝わってくるお話です。



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かあさんのところにやってきた猫 角田光代

 おかあさんは、どうして私がいるだけで幸せなんだろう。お母さんは、どうして私がいなくなったら悲しむのだろう。1匹の子猫が気付いた、「おかあさんの愛」の物語―。

ネコ1らすじ

 ある猫がいました。おかあさんの猫に「おちびちゃん」と呼ばれ、かわいがられている猫です。おちびちゃんは、何をしてもおかあさんに褒めてもらえました。ただ寝ているだけだって、「ぐっすり眠るのねえ」とおかあさんは褒めてくれるのです。

 おちびちゃんは、おかあさんに褒めてもらうことが大好きでした。おかあさんに褒めてもらおうと、褒めてもらえることばかりしていました。しかし、優しいお母さんが褒めないどころか叱ることが1つあったのです。それは、「おうちの外に出ること」。外には危険がたくさんある、だからおかあさんは心配して、おちびちゃんに外に出ないように言うのでした。

 最初は外に出ることに興味がなかったおちびちゃん。しかし、窓の向こうに何かを見つけました。それはトラもようの猫でした。こんにちはと口で言っているようなその猫を見て、おちびちゃんは外に出たくなってきます。

 おかあさんが出かけた時、おちびちゃんはついに窓を押し開けて外に出ました。

(引用)
外!窓のこちらからしか見たことのない外!こわいものがたくさんひしめいている、外!なんでもかんでもに驚いてしまう。窓ガラスを通さない、じかの日射しのしっかりとした強さ。草のにおいと、ちくちく。(中略)なんでもかんでもに驚いて、夢中になって、こわいもののことなんて忘れてしまう。



 外の素晴らしい景色を知って、おちびちゃんはこう思うようになりました。「おかあさんは、嘘つきだ」。おかあさんに反発して、ある日おちびちゃんはついに家に帰りませんでした。窓の外にいたトラ猫とともに、外で夜を過ごしたのです。

 次の日、家に帰ると、おかあさんはおちびちゃんのことをとても心配していて、おちびちゃんの姿を見て泣き腫らしました。そして、家中の窓を閉めてしまったのです。もう、おちびちゃんが外に出られないように・・・。

 おかあさんなんて、だいきらい。

 おちびちゃんはそう思いました。そして、ドアが開けっ放しになった瞬間を狙って、家を飛び出したのです―。

ネコ1田光代さんのねこ

 おちびちゃんは、最後に死んでしまいます。

 外で一人になって、おかあさんの元に帰るのですが、姿が変わりすぎていて、おかあさんはもうおちびちゃんのことを認識できませんでした。庭の影からお母さんを見つめていたおちびちゃんは、最後は天国へと昇っていきます。

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 でも、そこに「悲しみ」はあまり感じないのです。前回の話でも猫が死んでしまいました。ですが、絵本「100万回生きたねこ」において、死が意味するものは「悲しみ」ではないのです。

 おちびちゃんは、最後にようやく分かりました。おかあさんの愛と、「しあわせ」の意味をです。

ネコ1にとっての子

 おかあさんはおちびちゃんに言うのです。おちびちゃんがいて、「しあわせ」である、と。 でもそれは、小さなおちびちゃんにとってはまだまだ理解できない気持ちでした。

(引用)
わたしはしあわせを知らない。おかあさんがいつもいる。ごはんはいつも用意されいて、おなかはいつもいっぱい。お風呂は嫌いだから入らなくてもいい。おへやはいつもあたたかくて、わたしのベッドもあるし、おかあさんのベッドで寝てもいい。全部あたりまえのことで、「しあわせ」なんかじゃない。



 まだ小さいときだったら、これぐらいの感覚で当然だと思います。ご飯でもお風呂でもベッドでもない、もっと大切なものをおかあさんが満たしていてくれたことを、おちびちゃんが知るのはまだまだ先です。

 子供がいるだけで幸せ
 子供のためなら、自分はどうなってもいい

 そんな親の気持ちを、子供が理解するのは難しいと思います。私もまだ、完全に理解したわけではありません。自分が誰かの親になれた時、初めて自分にもその気持ちが芽生えるのだと思います。そして、その時になってやっと、自分の親の気持ちを知るのでしょう。そうやって、命と家族は繰り返していきます。この作品のラストは、そのことを暗に言っているようでもありました。

 

(引用)
やさしくなんかしない、えらいことなんかしない、いい子なんかじゃない。おちびなんかじゃない。おかあさんに思いこまされたわたしではなくて、ちゃんと、わたし自身でわたしは生きていく。



 おちびちゃんは、こんなことを思って家を出ていきます。私は、痛いほどこの気持ちが分かりました。これは猫の話ですが、おそらくこのおちびちゃんの気持ちは、多くの子供たちがぶつかって、そして乗り越えようとした気持ちです。

 「おかあさんに思いこまされたわたし」。あるいは、「おとうさん」でもいいと思います。程度の大小はあれ、誰もが通る反抗期の道でしょうか。ここを読んで気付きます。ああ、反抗期って、「おかあさん(おとうさん)に思いこまされたわたし」から、必死に逃れようとしてもがいているんだ・・・。

 これは猫の親子の物語ですが、そのまま人間に置き換えてもよいと思います。おちびちゃんが家から出ていくことを、大学進学や就職で子供が家から出ていくことに重ねてもいいかもしれません。いつか家から出て行ってしまうのに、親は子供を育てます。おちびちゃんも、最後にそのことを思うのです。そして、「おかあさんの気持ち」に気付きます。

(引用)
そうなることがわかっていても、おかあさんはきっと、赤ん坊の私を見つけたら、やっぱり連れて帰るんだろうな。きっとこの子はいつかいなくなる、そのとき、心がはりさけるくらいかなしむだろうとわかっていても。

どうしてかしらね、おかあさん?そんなふうにきまっているの?でも、どうしてわたし、そんなふうにおかあさんの気持ちがわかるのかしら。わたしはおかあさんになったことなんか、ないのに。



 おちびちゃんが大切なおかあさんの気持ちに気付いた時、おちびちゃんの体がふわりと浮きあがったのでした。

 そんなふうにきまっているの?

 たぶん、決まっているのです。それが、おかあさんであり、おとうさんだと思います。それに気付けたおちびちゃんは、死んでしまったけど、決して死んではいないのです。

 おちびちゃん。きっと、もう1回生まれてきて、今度は素敵で優しい「おかあさん」になれるよ。

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匹目のねこ~私のつぶやき~

子供がいるだけで幸せだとか、いつか家から出ていってしまうのにそれでも大切に育てるだとか・・・。親になったことのない私は、まだそんな親の気持ちを完全に理解できてはいません。

分からないけど、明日も前を向いて生きていきます。それが「親孝行」になっているのかな。





オワリ

特集 100万分の1回のねこ
 プロの小説家はすごいと、この本を読んで改めて思うようになりました。毎回心を揺さぶってくるのです。それも、毎回違う角度から・・・。作家へのリスペクトが高まっています。

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角田光代,



  •   07, 2015 18:35