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プロの矜持 -『仏果を得ず』 三浦しをん

 21, 2015 23:07
仏果を得ず
仏果を得ず
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三浦 しをん
双葉社
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の道一つで、生き抜きます

 「舟を編む」に「神去なあなあ日常」、そして私が一番好きな「風が強く吹いている」・・・三浦しをんさんの書く「職業もの」は本当に素晴らしいです。今回はそこに新たな一冊が加わりました。どこが素晴らしいのかは、レビューの方で詳しく書こうと思います。

 今回小説の題材として取り上げられたのは、日本の伝統芸能、「文楽(人形浄瑠璃)」です。伝統芸能ではありますが、日本人に馴染みが深いかと言われればそうではないと思います。ですが、そういった馴染みのない分野に新たに光を当てることこそ、三浦しをんさんの本領が発揮される場所なのです。



生き抜く人びと



 三浦しをんさんの書く「職業もの」には魅力がたくさんあります。

 ①目の付け所・・・私たちにとって馴染みの薄い分野を取り上げて小説にし、私たちが知らなかったその分野・職業の魅力に気付かせてくれます(辞書の編纂、林業、駅伝チーム、文楽・・・)。三浦しをんさん本人の趣味というのも大分反映されているようですが、趣味が反映されているからこそ、本当に楽しく書かれているのだろうと思います。

 ②プロとしての矜持、覚悟が分かる・・・小説に出てくるのは、その分野と本気で向き合い、一生骨をうずめる覚悟で己の研さんに励んでいる「プロ」たち。プロがプライドを持って仕事に取り組む様子には本当に胸を打たれますし、プロの何たるかを教えてもらいます。

 ③等身大で好感の持てる主人公・・・少々未熟ですが、着飾らず、等身大に生きている人物が主人公に設定されることが多いです。最初が未熟な主人公が徐々に成長していくというよくある展開ですが、やはり肩入れしてしまいますし、主人公が応援したくなるような好人物として描かれているので読んでいて心地よいのです。

 このような魅力があります。実は魅力はもう一つあると思うのですが、それについてはレビューの後半で触れようと思います。

 さて、今回のテーマは「文楽」。語りと三味線、そして人形が三位一体となって成り立つ、日本の伝統芸能です。・・・などとさも分かっているように語りつつ、私はほとんど知識を持ち合わせていませんでした。小学校の時、芸能鑑賞会で見たのが唯一触れた機会だったと思います。

 そんな馴染みのない分野の小説を、果たして楽しめるのか・・・。そんな心配は、今回も杞憂だったようです。今文楽を鑑賞したら、全く見方も変わるのだと思います。今回も、真剣に、そしてプライドを持って1つの芸能に打ち込もうとする人々の姿が、小説の中にありました。

文学の妙味



 主人公の健(たける)は、文楽の太夫(語り)、三味線、人形遣いのうち、太夫をやっています。もう13年も文楽に打ち込んできましたが、何百年も続く伝統芸能の世界ではまだまだ見習い的立ち位置で、学ぶことがたくさんあります。

 そんな健のパートナーになろうとしている三味線弾きが、兎一郎(といちろう)です。彼は寡黙で淡々と芸に打ち込む人物でした。一緒に組んでやっていくどころか、最初はなかなか認めてすらもらえません。健はいかにして兎一郎に認めてもらうのか。ありがちな展開ではありますが、主人公が等身大で応援したくなる人物だけに、すぐに夢中になっていきます。

 文楽についての知識を持ち合わせていなくても、存分に楽しむことができました。「語りで人物を表現する」ということの難しさ、そして妙味に気付きます。語りの中に出てくる人物に時には共感し、時には反発しながら・・・・。簡単なことではありませんが、全てが一体となった時には奇跡のような瞬間がやってきます。

(引用)
三百年前の大阪と、現代の大阪と、これから三百年後の大阪とが渾然一体になった、劇の力だけが導くことのできる場所へ。そこでは時間を超えて、ひとの心が交じりあう。三百年前の人々の感情が自分のものになり、自分のものとなった感動が、三百年後の人々にもきっと伝わると信じられる。



 一冊に数回、このように芸術の奇跡とでも言うような瞬間が訪れます。鳥肌が立つような瞬間です。三浦しをんさんの、こういう場面の描き方は見事だと思います。

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 伝統芸能、というのは長い時間をかけて培われ、そして守られてきたものです。最近はなり手の減少などで苦境に際している伝統芸能もあると聞きます。それらを本当に守っていきたいのなら、「どうして守らなければいけないのか」ということを明らかにして、その芸能と本気で向き合っていく人の存在が必要なのだと思います。

 兎一郎が、健にこんなことを言います。

(引用)
「義太夫の奥深さと歴史に比して、一人の人間に与えられた時間はあまりにも短い。その短い時間の中で、俺たちは自分の芸道を突きつめつくし、あとにつづくものに伝えていかなきゃならない。これは、義太夫を選んだものの使命だ。うかうか時を過ごしていたら、プロの太夫として手遅れかつ命取りになるということを忘れるな」



 彼の姿勢は時にあまりにもストイックにも思えるのですが、そこまでストイックにならなければいけないわけが分かるセリフです。伝統芸能が受け継がれてきた長さに比べて、あまりに短い人間の人生。 一分だって、一秒だって無駄にはできないのです。

 文楽を知らなかった私ですから、その価値についても分かりません。ただ、このように自分の人生をすべてそこに捧げようとしている人の存在に心を動かされたことは間違いありません。伝統芸能には全般的に馴染みがなかったのですが、この「守らなければいけない」という思いは、私たち一般人も受け止めなければいけないのではないか、と思います。

覚悟と決意を経て



 真剣さもあれば、コミカルに見せる場面もあるのが三浦しをんさんのよさです。文楽の題目に上手く絡めつつの恋愛模様も展開されていきます。主人公の健は本当にまっすぐで、でも不器用な人物でした。小説が好きな方は分かるかもしれませんが、こういう人物のする恋愛というのは一番応援したくなるものです。

 さて、三浦しをんさんの書く「職業もの」の魅力について書いていました。最後に1つだけ残しておいたものがあります。それは、「最終盤のカタルシス」です。

 三浦しをんさんの作品は、最後の最後、怒涛の勢いで畳みかけてくるような勢いがある作品が多いです。迷いの中にいた主人公が、一気に闇から脱して高みに登っていく感じ、作品の中にあったモヤモヤが最後の最後に全て取り払われる感じ・・・作品の最後の方の勢いという点でいえば、三浦しをんさんを上回る方はなかなかいないのではないかと思います。

 今回も、そんなカタルシス的終わりが待っていました。

(引用)
金色に輝く仏果などいるものか。成仏なんか絶対にしない。生きて生きて生きて生き抜く。俺が求めるものはあの世にはない。俺の欲するものを仏が与えてくれるはずがない。

健は内心で叫ぶ。仏に義太夫が語れるか。単なる器にすぎぬ人形に、死人が魂を吹きこめるか。



 私はこのような終わりが読みたくて三浦しをんさんの作品を手に取っている、と言ってもいいくらいです。今回も期待に応える終わり方でした。「おぉ~」と思わず声が出てしまうくらいの勢いがあるのです。そして、言いようのない気持ちよさを覚えます。この気持ちよさの原因はいったい何でしょうか。

 私なりに答えは見つけています。「迷いのない人間はかっこいい」、たぶん、そのようなことです。

レコメンド

を決め、ひたすら直進する―その気持ちよさ。

 馴染みのない分野にこんなにも魅力があることを伝えてくださる三浦しをんさん。この勢いはどこかクセになるものがあって、また次の一冊を手に取りたいと強く思わせます。



オワリ

「神去なあなあ日常」 三浦しをんさん

 こちらは林業がテーマのお話。文楽と同じくらい、馴染みのない分野ではないでしょうか。読んだのは今年の1月ですが、「すごく気持ちよかった」ということはよく覚えています。

作家さんの本棚 007 三浦しをんさんの本棚

 三浦しをんさんの本棚を開設しました。私がこれまでに読んだ三浦しをんさんの本をまとめています。
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  •   21, 2015 23:07