HOME > 教科書への旅 > title - 教科書への旅 #15 「三年とうげ」 李錦玉

教科書への旅 #15 「三年とうげ」 李錦玉

 23, 2015 23:07
三年とうげ1

拍子がしたくなるような、軽快で楽しい物語

 国語の教科書に掲載されている(されていた)名作を紹介している「教科書への旅」のコーナーです。今回で15回目になりました。たくさんの作品を紹介してきましたが、教科書作品はまだまだ紹介し尽くせません。

 今回は小学校三年生の教科書に掲載されている「三年とうげ」です。三年生の教科書だから「三年とうげ」が選ばれたのでしょうか?改めて読み直してみましたが、手拍子でも打ちたくなるような、楽しく軽快な作品です。



あらすじ



 あるところに、三年とうげとよばれるとうげがありました。なだらかで、植物が咲き乱れてよいながめを見ることのできるとうげでしたが、このとうげにはある「言いつたえ」があったのでした。

(引用)
三年とうげで 転ぶでない。
三年とうげで 転んだならば、
三年きりしか 生きられぬ。
長生きしたけりゃ、転ぶでないぞ。
三年とうげで 転んだならば、
長生きしたくも 生きられぬ。



 三年とうげで転んでしまうと、残り三年しか生きられなくなる。そんな言いつたえがあったので、人々はとうげを越えるとき、転ばないように恐る恐る歩いたのでした。

 そんなある日、一人のおじいさんが三年とうげを歩いていました。お日さまが西に傾いてきて、夕やけ空がだんだん暗くなってころです。転ばないようにと気を付けていたおじいさんでしたが、なんと、石につまづいて転んでしまいました。

 おじいさんは、家に帰ってがたがたと震えます。

(引用)
「ああ、どうしよう、どうしよう。わしのじゅみょうは、あと三年じゃ。三年しか生きられぬのじゃあ。」



 ごはんものどを通らなくなったおじいさんは、ついに病気になってしまいました。おじいさんの病気はどんどん重くなるばかり。そんな時、水車屋のトルトリがみまいにやってきました。トルトリはこんなことを言い出します。「おいらの言うとおりにすれば、おじいさんの病気はきっとなおるよ」

 一体、どうしたらおじいさんの病気がなおるというのでしょう。布団から顔を出したおじいさんに、トルトリはこう言います。

(引用)
「なおるとも。三年とうげで、もう一度転ぶんだよ」



この作品のポイント



 この作品は、教訓がどうこうといったお話ではないと思います。とにかく読んでいて楽しくなるお話で、子どもたちだったら思わず体を動かしてしまうかもしれません。教科書の単元も、「おもしろさの発見」ということで、作品に散りばめられた面白さを読み解いていく内容になっています。

三年とうげ2

 三年とうげの言いつたえの部分は、抑揚をつけて読みたくなるような、大変リズミカルな文章です。私も、教室みんなで音読したことを思い出しました。

 全体的に見ても、とてもイメージがしやすく、調子のよい文章という印象を受けます。最初の美しいながめの描写は、挿絵も手伝ってか、そのながめが眼前に広がってくるような豊かな描写です。そして、一番面白いのがこの後紹介する「おじいさんがとうげを転がっていく場面」です。まるでお祭りでみこしを担ぎながら口ずさむような、本当に楽しい文章でした。転び方一つとっても、本当に多彩な描写があります。このあと、その場面を見ていくことにします。

ころりんころりん



 水車屋のトルトリは、「三年とうげでもう一度転べばいい」とおじいさんに言いました。転ぶと寿命が三年になってしまうという三年とうげ。もう1回転べというのは一体どういうことでしょうか。

(引用)
「そうじゃないんだよ。一度転ぶと、三年生きるんだろ。二度転べば六年、三度転べば九年、四度転べば十二年。このように、何度も転べばううんと長生きできるはずだよ



 その理屈でいいの、とツッコミを入れたくなりますが、この言葉こそおじいさんにとって何よりの薬になったのです。転べば転ぶほど寿命がのびるというトルトリの理屈に納得したおじいさんは、とうげに行って自分からしりもちをつきます。

(引用)
「えいやら、えいやら、えいやらや。
一ぺん転べば 三年で、
十ぺん転べば 三十年、
百ぺん転べば 三百年。
こけて 転んでひざついて、しりもちついて でんぐりがえり、長生きするとは、こりゃ めでたい。」



三年とうげ3

 転ぶまいと慎重に歩いていた話の序盤とは別人のようです。思い込み一つでけろっと人は変わってしまいます。もし、おじいさんがトルトリの話を聞く前にとうげから転がり落ちていたとしたら・・・想像してみると大変面白いです。おじいさんは、とうげから転がり落ちるという提案を聞いて「わしに死ねと言うのか」と怒っているので、きっと何回も転べば寿命が縮まると思っていたのでしょう。そんな状態でとうげを転がり落ちていたら、ここの描写とは反対の、絶望に包まれたおじいさんがいたはずです。

 おじいさんがとうげを転がっていくときの描写ですが、大変面白い擬音語が使われています。「おむすびころりん」を思い出させるような描写です。

(引用)
ころりん、ころりん、すってんころり、ぺったんころりん、ひょいころ、ころりんと、転びました。しまいに、とうげからふもとまで、ころころころりんと、転がり落ちてしまいました。



 「ころりん」が基本になっていますが、「すってん」「ぺったん」「ひょいころ」「ころころ」など多彩な表現が用いられています。表現の豊かな文章として見本にしたいような見事な描写です。おじいさんが坂を楽しく転がり落ちていく様子がありありと浮かんできます。

 とうげを転がり落ちていく描写として、他にも思いつくものはないでしょうか。「ころりん」だけではなく「くるりん」を混ぜてみるとか、「とんころりん」「てんころりん」などバリエーションを増やしてみるだとか、この場面はいろいろな実験・遊びをすることができます。新しい表現を生み出さなくても、教科書の描写の順番を入れ替えてみるだけでも印象が変わります。

 表現の多彩さと可能性には驚かされますね。私の固い頭では常識的な表現しか浮かびませんでしたが、子どもだったら「どこからそんな表現が出てきたの!?」というような面白い表現を考え付くことも考えられます。授業でこの部分のアレンジを楽しんでみるというのは大変面白いと思います。

 さて、とうげを転がり終えたおじいさん。病気などどこ吹く風で、すっかり元気になりました。

(引用)
「もう、わしの病気はなおった。百年も、二百年も、長生きができるわい。」と、にこにこわらいました。



 「病は気から」という言葉が浮かびます。おじいさんの病気というのは、医学的な病気ではなく、気力を削がれた状態だったのでしょう。考え方を変えただけですっかり回復してしまったことからも、それはよく分かります。

 こうやって、物の考え方一つで生き方が大きく変わってしまうというのは面白いですね。おじいさんのように、完全にポジティブな方向に振りきれてしまった人は強いでしょう。この先も、きっと長生きすると思います。

 ところで、私もこのようなポジティブ思考で実践していることがあります。それは、「占いは、よかった日だけ信じる」です 笑。

 よかった日だけ信じるなんて、そんな都合のいいことを・・・と思われる方もいるかもしれませんが、私は占いは自分をポジティブにするために存在しているのだと思っています。ポジティブに考えていれば、このおじいさんのように、人生がよい方向に転がり出していく気がしてならないのです。



教科書

 「3ねんとうげ」の紹介でした。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




教科書への旅 一覧ページ
 今までの一覧ページです。このコーナーは、季節ごとにアクセスの集まる記事が移っていくのがとても面白いのです。きっと、全国の学校で作品が読まれる周期と連動しているのだと思います。「三年とうげ」が読まれるのは二学期の後半あたりになるのでしょうか。

「ちいちゃんのかげおくり」 あまんきみこさん
 こちらも小学三年生の作品です。戦争を扱った作品として、書店で最も売れていたそうです。

スポンサーサイト

教科書, 李錦玉,



  •   23, 2015 23:07