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欲望と願望と技術  -『デザイナーベイビー』 岡井崇

 15, 2015 01:43
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供が「デザイン」される時代が来るのか

 現在NHKの「ドラマ10」で放送されているドラマ、「デザイナーベイビー」の原作本です。「出生前の遺伝子操作」をテーマにしつつ、ミステリーの要素も詰め込んだ見どころ満載の作品になっています。

 ドラマと原作は大きく設定が異なっています。私のようにドラマから原作本に手を伸ばした方は戸惑われるかもしれません。ドラマの結末を知りたい、という当ては外れてしまいましたが、結果的にドラマと原作、2つの違う物語を楽しむことができてよかったと思います。



作品の概要


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 「デザイナーベイビー」という言葉について、そして作品の見どころとなるキーワードについて、まずはパネルで説明してみました。「デザイナーベイビー」とは、パネルにあるように「親の望むように遺伝子操作を加えられて生まれる児」のことを言います。子供を「デザインする」ということでしょうか。

 最初にこの言葉の定義を知った時、空想と言ったらおかしいですが、今の日本ではまだまだ考えられない出来事だという思いが頭をよぎりました。しかし、そうではなかったのです。作者の岡井さんは現役の産婦人科医として活躍しておられます。現場で働く医師が、まさに最前線の医療技術と医療実態を伝えるために書いたのがこの本です。本を読めば「デザイナーベイビー」に対する考えの距離は大きく変わるでしょう。

 技術的には可能だが、生命倫理で踏みとどまっている

 それこそが実態でした。では、人間にはどこまで許されるのか、どこで踏みとどまらなければいけないのか。医療の最先端で活躍する作者が、圧倒的な知識を動員して私たちに生命倫理を問いかけてくるのです。

 そのような大きなテーマがあって、そこにミステリーの要素を絡めたのがこの小説です。岡井さんはミステリーが大好きなそうなのですが、読んでいてそのことがよく分かりました。とにかく「詰め込めるばかり詰め込んでみました」という感じでミステリー要素がふんだんに盛り込まれています。誘拐事件と殺人事件が核になりますが、舞台をアメリカに移し、ロス市警とFBIも登場する銃撃戦が発生するなど、すさまじい展開です。この怒涛の事件ラッシュとスピーディーな展開は海外のミステリーを思わせるものがありました。

 そんなわけで、私たちに「生命倫理」の問題を投げかけつつ、ミステリー好きの作者がそこにミステリーを絡めたこの本はかなり盛りだくさんで贅沢な1冊となっています。

命は選別される


 誘拐事件や殺人事件の概要について詳しく書くのもいいですが、ネタバレの問題もあって難しいですし、それにこの本のテーマはあくまで「生殖医療と生命倫理」というところにあるので、そちらの方を膨らませていくことにします。

 この本はかなり難解です。寝る前にベットの上でゆったりと読んでいこう・・・といった類の本ではありません。私はそれをやろうとしてあえなく頓挫しました。途中に小説ではなく「教科書」になる箇所がいくつもありました。次々と明かされる最新の医療実態・・・かなり難解ではあるのですが、「今の医療でここまでできるのか」などと思うと興味は尽きなくて、目が離せませんでした。

 誘拐事件にも関わってくる、ある恐ろしい計画が進んでいたのです。

この会社の究極の目的は、出生前の遺伝子操作で親が望みそうないわゆる”優良卵子”を作り出すことであった。(中略)頭脳が明晰とか、運動や芸術の能力が高い卵子を作り出すことは・・・



 ネタバレを最小限にするために引用はこれくらいにしておきますが、これだけでも背中に鳥肌が立つような話であることは十分に感じていただけるでしょう。生まれる前の段階で、命が選別される。あるいは親が子供を自分が望むように「デザイン」する。SFではなくて、冒頭にも書いたように「その気になればできる」話です。

医師の目の前には精子や卵子があって、手を加えようと思えばできます。現状はそこまで進んでいるのです。だから、何をどこまで許容するのか、みんなで立ち止まって考えなければいけません。(作者インタビュー ドラマ公式サイトより引用)



 その気になればできることを、人間はいわゆる「生命倫理」の観点からふみとどまっている。他の事でもそうですが、「技術だけが進歩して倫理が追いつかない」というのは大変恐ろしいことです。作者は、そんな生命倫理についても作品の中で丁寧に問うていました。

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 出生前診断で障害の有無を調べる、などという話はかなり一般的になってきたのでしょうか。そして、診断を受けて多くの人工妊娠中絶が起こっている、ということもまたそうです。

 出生前診断の是非などは私が軽々しく口を開けるようなことではありません。知識も倫理観もまだまだ十分に理解している状態ではありません。軽々しいことは言えませんが、中絶を罪だと考える人、もっと言えば中絶を「(実質的な)殺人罪」と考える人が一定数いることは事実です。このあたりは本当に難しい。

 母体の中にいる胎児は「人」ではない、ということになります。ですが、「法律でそうなっているから」などという一言で片づけられる話ではないでしょう。どこからが「人」なの?どこからが「命」なの?倫理観や宗教間も複雑に絡まって、この問いは延々と続きます。

 子供に障害を持って生まれてほしくない、健康に生まれてほしい。そういう願望が親にあるのは当然です。ただ、その願望が行き過ぎてしまう危険は常にあって、「どこで線を引くか」ということが問われ続けます。

「妊娠した時、親なら誰でも健康な子供を生みたいって願うでしょ。それはごく自然で、人間の素朴な願いなのよ。それを否定することはできないのよ。でも、健康であることが分かると、次には背の高い子がいいとか、女の子なら美人がいいとか、欲が出るのよね。(中略)問題は、医学の進歩で願望が現実になりつつあるってことなのよ」



 繰り返しになりますが、「技術に倫理が追いつかなくなる」ということが本当に怖いです。

子供を「作る」



 昔は子供のことを「授かる」と言うのが一般的でしたが、今は子供を「作る」という言い方が一般的になりました。子供を作る、一度つぶやいてみましたが、あまり違和感は覚えませんでした。でも・・・?言い方ひとつでも、考えさせられるものがありますね。『子供を作る』。何度もつぶやいていると、何だか気味が悪くなってきました。

 子供が「授かる」ものから「作る」ものに変わった。元をたどればそこから始まるのかもしれません。「作る」が飛躍して、子供を「デザインする」というのがこの話。作者から提示される圧倒的な数の知識に触れて、気が狂ってしまいそうです。

 ミステリー部分に話を戻すと、この話の誘拐事件と殺人事件には真相があり、当然犯人がいました。犯人の動機はとても残虐なもので、「人間がここまで残虐になれるものだろうか」という懐疑の気持ちまで湧き起こるほどでした。

 犯人の動機にも「命の選別」であったり「生命倫理」であったりといったことが絡んできます。残虐で許せない行為だと直感では思うわけですが、「どうして許せないのか」「どこまで許されるのか」が私には説明できませんでした。何か大きな問題を突き付けてくる、そんな結末だと言えると思います。

レコメンド

命倫理を突き付けられ、何を考えますか?

 ミステリーの部分が軽快に進んでいくのでそれに助けられて読み切ることができたものの、史上最高難度のテーマ、そして史上最高級の重さがある作品でした。髪の毛が抜け落ちそうなくらいに疲れました。



オワリ

 ドラマの1話を観てこの原作本を買いに行ったのですが、難解な本と格闘しているうちにドラマは前半4話まで終わってしまいました。原作とは全く違う方向に進むので目が離せません。文字だとかなり難解なものが、映像化されてイメージが膨らむというのもよいですね。

岡井崇先生インタビュー(nhkドラマ)
 記事中に引用した作者の岡井さんのインタビューです。

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小説, 岡井崇,



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