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家族点描 #1 「優しいから、傷付いて」 (「ミッドナイト・バス」)

 17, 2015 23:48
ミッドナイト・バス
ミッドナイト・バス
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伊吹 有喜
文藝春秋
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しい家族は傷付け合う

 新コーナー、「家族点描」がスタートです。「家族」をテーマに書くこのコーナー。文学編では小説の中に出てくる家族の姿を通して家族について考えていこうと思います。

 第1回に紹介する小説は、伊吹有喜(いぶきゆき)さんの「ミッドナイト・バス」です。最初に紹介するなら絶対にこの作品だと思っていました。様々な人物の描写から家族の姿が浮かび上がってくる名作です。そして、個人的なことを言わせてもらえば、私にとって一生忘れられない大切な作品でもあります。



何かに導かれるように



 この本が発行されたのは2014年の1月。そして私が読んだのは2月です。図書館の新刊コーナーに置いてあったこの本を私は手に取りました。

 2014年の2月というのは、私が人生で一番苦しかった「大学受験」の月です。1月にセンター試験があって、そこで私は思うような点数が取れませんでした。大学の前期試験は2月の終わりにあります。センターから前期試験の間は、毎日胸が潰れそうな日々を送っていました。滑り止めで私立大学の試験も受けていたので、慣れない場所に電車で行ってホテルに泊まるなど、体力的にもボロボロになっていた日々でした。

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 受験の半年前くらいから、本が読めなくなりました。時間がないというより、「本を読んでいる場合ではない」という言い方がしっくりきます。文字を追っていても内容が頭に入ってこなくて、とても読書などできる状態ではありませんでした。月に読む本は0冊か1冊…それくらいの少なさです。そして、2014年の2月に唯一読んだ本がこの「ミッドナイト・バス」でした。

 本を読んでいる場合ではないけれど、本を読まないとやっぱりどうしても耐えられなくて、フラフラと手に取ったのが新刊コーナーにあったこの1冊です。この本のことは知りませんでしたし、作者の伊吹有喜さんについても全く知りませんでした。こんな言い方をすると申し訳ないですが、「本ならば何でもよかった」というのが本音です。

 ところが、読み始めてから私は驚きました。まるで何かに導かれたかのように、まさにその時の自分の心と体が求めていたような1冊だったのです。心も体もボロボロになっていた私は、信じられないくらいボロボロと泣きました。

 1人のバス運転手と、バラバラになってしまった彼の家族が中心となり、そこに様々な他の人物の様子も重ね合わされて描かれる群像劇です。そして、人々をつないでいるのが、タイトルにもなっている、真夜中を走る高速バスです。切なさ、寂しさ、悲しさ、苦しさ…この本からこぼれ出てくる感情を並べるとネガティブなものばかりになってしまいます。しかし、それらの感情を「温かさ」が包んでいたからこそ、この本は忘れられない1冊になりました。

誰も傷つけたくないから



 主人公の高宮利一(としかず)は50を目前にしたバス運転手です。妻の美雪との間に息子の怜司と娘の彩菜が生まれましたが、妻の美雪は子どもたちを置いて家を出ていきました。美雪はすでに別の家庭を設け、利一も志穂という30代後半の大変優しい女性と交際を続けていました。

 家族がバラバラになり、別の道を歩み出していたのですが、このバラバラになった家族にふたたび「向き合わなければいけないとき」がやってきます。別れた妻の美雪と再会し、そして大人になった子どもたちから利一は容赦ない言葉を浴びるのです。

「どうでもいいことばっかり、しゃべる。本当に大事なことは黙っている。お父さんがそうだから、お兄ちゃんも、ああなったんだ」
「どういう意味だ。いつ、そんなことをした」
「いつもそうだよ」
彩菜はうっすらと笑った。



 子どもたちは、父のことをちゃんと見ていたのでした。「大事なことは黙っておく」、子ども相手だからそれは通用したかもしれません。しかし、大人になった子どもたちにはそうはいかないのです。バラバラになった家族を見つめなおさなければいけない、直視しなければいけない。試練が訪れます。

「お父さんは何も言わなかった。お母さんとなんで離婚したのと聞いても、本当のことは言わない。私たちが嫌いなわけじゃない、私たちのせいじゃない、そればっかりを繰り返したけど、じゃあなんで?そう聞いてくれても答えてくれたことはない」



 彼は悪い人ではありません。むしろ、優しい人なのです。優しいから、妻も、子どもたちも傷つけたくなかった。そして、自分自身も「傷つきたくなかった」。

 彼だけではありません。この本の登場人物は、みな優しい人ばかりなのです。みな優しくて、温かい。人のことを思いやろうとする繊細さを持った人物ばかりなのです。それなのに、どうして傷付け合ってしまうのでしょうか。すれ違ってしまうのでしょうか。

 優しいから、傷付け合う
 温かいから、痛い
 

 そういうことなのだと思います。矛盾しているように思えますが、優しいからこそ傷付け合って、温かいからこそその温かさが痛くなることがあるのです。優しいということは、他人のことを思いやれる繊細さがあるということです。繊細であればあるほど痛みも増える。そして、他人の優しさや温かさが痛くなることも・・・ありますね。このあたりが分かりすぎて辛くなります。

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 たくさんのすれ違いとたくさんの傷が描かれて、心がひりひりとする作品です。ですが、登場人物たちは前に進もうとします。苦しみにがらも前に進むしかないんだと言って歩を進める彼らの姿は、月並みな言葉を用いれば「人生そのもの」なのです。

「もがけばもがくほど、わからなくなる。自分が今、どこにいるのか。真っ暗がりのなかを、どこが出口かわからず、走ったり、しゃがんだり、引き返してみたり。結局堂々巡りで、どこにも進んでいないの」



 この話で人々をつなぐのは、「真夜中を走るバス」です。これはおそらく、作者の伊吹さんが明確なメッセージを持って用いた設定ではないでしょうか。作中の人物たちはまさに「真夜中」にいます。ですが、真夜中を走るバスはどこに向かっているのでしょうか。・・・「夜明け」に向かっているんだ、そう気付いた時、この物語が温かさを伴って染み入ってきます。

家族は消えない



 家族をテーマにしたコーナーなので、毎回最後のブロックは家族について考えるスペースにします。本の中から、印象的な部分を抜き出して「家族スケッチ」をしてみようというのがこのコーナーです。

家族点描

「この町には何もないと思っていたよ、お父さん。だけど、家族がいたんだね」


 最後のほうに出てきたセリフです。両親が離婚してバラバラになった家族が、反発しながらも最後は共に旅行に行くところまで話は進みます。そんな話の最後に、ふっと息をつくようにこのセリフが出てきます。

 バラバラになってはいましたが、家族は消えないのです。消せないのです。

 誰かを傷付けそうになった時、あるいは自分が傷付いて壊れそうになった時、どうすればいいでしょうか。私は逃げます。自分が逃げたり消えることによって解決します。人を傷付けたり自分が壊れるくらいなら、後ろ向きではありますが逃げるべきだと思います。現実の人間関係やネットの関係だったらそれで通用すると思うのです。悪意が生まれる前に去る、傷付く前に逃げる、それでいいと思います。そういうものは、失っても代わりがありますし、取り戻せます。

 この世でそれが唯一通用しないのが「家族」です。家族は、消せない。傷付きたくないから、傷付けたくないから家族から逃げます、そんなことが通用しない相手です。この本はそれを痛いくらい伝えてくれます。

 家族がいるということに、変な言い方ですが私たちは「覚悟」をしなくてはいけません。傷付け合ったりすれ違ったりすることがたくさんあるだろうけれど、他の関係とは違ってそれを断ち切ることはできません。

 自分と違う人間と同じ屋根の下で暮らすということはよく考えると大変なことです。それをやっていくには、「傷付け合う覚悟」「すれ違う覚悟」、そういったものが必要になってくるのだと思います。



家族点描

 ・・・というわけで、新しいコーナー、「家族点描」の「文学編」はこのような感じでやっていきます。このコーナーにはもうひとつ「社会学編」があります。次の第2回をやる時は社会学で家族を扱った本を取り上げようと思います。

特集 読書の秋 私がやりたい7つのこと

 そして!今日紹介した「ミッドナイト・バス」という本は、秋の特集「読書の秋 私がやりたい7つのこと」に含まれていた本です。7つあるうちの4つ目、「感傷に浸りながら『家族』を感じたい」を達成しました。「私がやりたい7つのこと」は残り6つです。

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小説, 伊吹有喜,



  •   17, 2015 23:48