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教科書への旅 #16 「新しい友達」 石井睦美さん

 30, 2015 17:10
新しい友達2

わるものと、変わらないもの。

 調べてみると、この作品はすでに現在の国語の教科書には掲載されていないようでした。私が小学5年生だったのはそんなに昔のことではないのですが、時の流れは早いですね。

 ということで、今回紹介するのは小学5年生の教科書に掲載されていた作品、石井睦美さんの「新しい友達」です。この作品は、5年生の教科書の一番最初に掲載されていました。おそらく「新年度」を意識した配置でしょう。新たな出会いに期待と不安がいっぱいになる4月。そんな時に私たちに勇気をくれるような、素敵な作品です。



あらすじ



 主な登場人物は2人。「わたし(ひろ)」と「まりちゃん」です。小学二年生の終わりに、仲が良かった2人は離れ離れになりました。まりちゃんが、お父さんの都合でロンドンに転校したのです。

 お別れの時、「わたし」はまりちゃんにクロッカスの球根を渡しました。

「あったかくなってるよ。なんの球根。」
「クロッカス。あっちに行ったら植えてね。」
「うん、絶対。絶対植えるからね」



 2人は、離れ離れになっても手紙のやり取りを続けていました。それから2年後、まりちゃんがロンドンから帰ってくることになりました。5年生の春から、二人はふたたびいっしょのクラスになります。「わたし」は再会を喜びます。

「月曜から学校に行くから、そしたら遊ぼうね。」
「また、いっしょのクラスだといいね。もしちがうクラスになっても、遊ぼうね。」
約束をして、さよならした。いつでも会えるさよならだと思うと、さよならがうれしかった。



 うれしい再会を果たした私ですが、そのあと、拭えない「違和感」のようなものを覚えることになりました。この「違和感」がこの話の読みどころです。

初めの何日間か、まりちゃんの周りはざわざわしていたけれど、それもだんだんとおさまって、まりちゃんは、特別な人ではなくなった。

それでも、何か変な気持ちがしてしまう。

お母さんの言ったとおり、何も心配なことは起こらなかった。もともと、はきはきとして元気だったまりちゃんは、もっと、はきはきと元気な女の子になっていた。それはすごくうれしいことなのに、すなおに喜ぶことができない自分に気づいて、わたしは、自分が少しいやになる。



 2人は仲の良い親友でした。なのに、どうしてこんなザラザラとした気持ちが生まれてしまうのでしょうか。そのザラザラの正体を、このあとじっくり読みといていきます。

お互いの変化



新しい友達1

 私がこの話で面白いなと思ったのが、「転校したまりちゃんが2年後に戻ってくる」という設定です。これが、「わたし」の中に妙な気持ちを生み出してしまうのですね。

 クラスメートが転校したという経験は、おそらく多くの方がお持ちだと思います。では、「転校したクラスメートが再び舞い戻ってくる」という経験はどうでしょうか。一気に数が少なくなりそうです。小学生の頃、転校した人の顔を思い出します。「お別れ会」を開いて、クラスの皆で別れを惜しみました。でも、その人がその後ふたたびクラスに舞い戻ってきたら…ちょっと想像してみます。

 「気まずさ」のようなものがあるかもしれませんね。その「気まずさ」が、この話に通じているように思います。

 私は、転校した人が戻ってきたという経験はありませんが、小学校の時に転校した友達と高校生になってから再会した、という経験があります。その時のことを思い出すと、やはり「気まずさ」や「やりにくさ」があったのです。私も友達も、小学生から高校生になりました。小学生の時と同じように振る舞えるわけもなく、果たしてどうやって振る舞えばよいか、とても戸惑いました。

 名前の呼び方なんかもとても難しいのです。小学校の時と同じ風に呼んでいいのかな・・・と戸惑っていたら、向こうから私の名前を呼んできました。昔とは違う呼び方でした。やっぱり、2人の関係は昔と同じではないのです。

もともと、はきはきとして元気だったまりちゃんは、もっと、はきはきと元気な女の子になっていた。



 この物語の「わたし」も、こんな風にまりちゃんの変化に気づいています。2人は2年という割と短いスパンで再会しました。しかし、たった2年でも人は大きく変わってしまうのですね(変化の大きな小学生ならなおさらです)。「昔のまりちゃん」と「今のまりちゃん」、明らかに違う2人のまりちゃんがいて、接し方がすごく難しいのだと思います。

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 もうひとつ、私が注目したのが2人の手紙のやりとりです。2人は離れ離れになった後も手紙のやりとりをしていました。しかし・・・
 

そのうち、手紙と手紙の間が、少しずつ空くようになっていった。クリスマスカードと、暑中みまいと、クリスマスカードを書いた。



 手紙と手紙の間が、少しずつ空いていくのです。ここもリアリティーのある描写でした。私は「年賀状」を思い浮かべます。もう合わなくなった人と、年賀状のやり取りをする。でも、やりとりは1年間でその1度だけ。そのうち、「いつまで続ければいいのだろう」なんて・・・。

 離れ離れになった時は、とても悲しかったのだと思います。そして、これからもつながり続けようとします。しかし、人間は常に変わり続けています。常に変わり続けている中では、当然「昔の関係」の意味も変わり続けるのです。離れ離れになった人のことを思って、10年先も20年先も涙を流し続ける人はいないでしょう。

 「思い出」として、きれいなままにしておきたい―。人間はそう思ってしまうのかもしれませんね。昔の友達と再会する気まずさや、やりにくさ。何とも言えないそんな気持ちをよく描写している作品です。

新しい関係



 2年ぶりに再会したまりちゃんとの間にどこかぎこちなかった私。そんな時、同じクラスの坂本君が、私にこんなことを言います。

「あのさあ、新しい野中(注 :野中=まりちゃん)なんだよ。野中を、新しい野中だと思えばいいんじゃないの。」



 坂本君、とてもいいことを言いました。先程私は「昔のまりちゃん」と「今のまりちゃん」がいると書きましたが、そんな風に2人のまりちゃんがいると考えるのです。「新しいまりちゃん」、つまり「新しい友達」。タイトルに結びつきました。

 坂本君の一言で、「わたし」はすっかり楽になります。

新しい友達、新しいまりちゃん。前から知っていたまりちゃんを、初めて知った子みたいに思うのは、なかなかにむずかしそうだった。けれど、ほんの少し気持ちは軽くなって、ありがとうって思った。坂本君、ありがとう。



 私が小学生の時の友達と高校生になって再会し、気まずかったとき、坂本君がこのように言ってくれたらどうだったでしょう。きっと、私も気持ちが楽になったと思います。「新しい友達」、なんていい響きでしょうか。

 人間は常に変わり続けます。変わり続ける人間と、変わらない思い出。そのバランスをとるのは難しいのだと思います。いい思い出の残像を追い求めてしまったり、あるいは悪い思い出をずっと引きずってしまったり。人間はどうしても、「『思い出』に引っ張られる」ところがあるのでしょう。

 仲の良かった2人は、決して思い出に引っ張られることなく、「新しい友達」になることができました。きっと、これまでよりももっとたくさんの素敵な思い出を重ねていけるに違いありません。大きな希望を感じさせる終わり方です。

新しい友達3


 どこかぎこちない2人の心を再び引き寄せたのは、お別れの時に渡したクロッカスでした。なかなかにくい演出です。

「あっ、あたしの写真。」つくえの上にかざってあった写真を見つけて、まりちゃんが大きな声を出した。

「このクロカッスね、毎年さくよ。植えっぱなしでもさく、とってもいい子なんだ。」
まりちゃんの言い方がおかしくて、私は笑った。
「よかった。」
ほっとしたようにまりちゃんは言った。
「どうしたの。」

「だって、前みたいにひろが笑ったから。ずっと、なんだかちがうみたいな気がしてたんだもん。」



 まりちゃんもまた、2年間のブランクに戸惑っていたのですね。お別れの時に渡したクロッカスが、どこかぎこちない2人の心をときほぐしてくれました。

 クロッカスは、「変わらないもの」の象徴として描かれたのだと思います。友情には、ずっと変わらない部分と、年月を経て変わっていく部分があると思います。変わらない部分を大事にしながらも、ある部分では変わり続けて、この2人のようにずっと「新しい友達」でいられたらいいですね。



教科書への旅

 自分で言っちゃうのはなんですが…このコーナーが本当に好きです。教科書に掲載されている作品は、選び抜かれて読み継がれている名作ばかり。毎回物語の素晴らしさと深さに気付かされています。

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石井睦美, 教科書,



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