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  • あいまいさの魔法 -『翻訳語成立事情』 柳父章

     04, 2015 22:00
    翻訳語成立事情 (岩波新書 黄版 189)
    柳父 章
    岩波書店
    売り上げランキング: 32,403


    いまいさを含んだ、魅惑のことば

     ちょっと珍しい、岩波新書の黄色版です。1938年以来の長い歴史を持つ岩波新書ですが、表紙が黄色だった時期は短く、今では手に入りにくくなったものも増えました。岩波新書好きとしては、見つけただけでテンションが上がります。

     表紙だけではなく、中身もとても素晴らしかったです。今日紹介するのは、柳父章さんの『翻訳語成立事情』という本です。社会、個人、近代・・・などなど、私たちが当たり前のように使っている翻訳語には、実は生み出されるまでの苦闘の歴史と、そこに込められた「魔法」があったのです。



    分からないのに使う?



     この本で取り扱われているのは、全部で10の翻訳語です。まずは全てを列挙してみることにします。

    社会 個人 近代 美 恋愛 存在 自然 権利 自由 彼・彼女



     いずれも私たちの身近にある言葉ばかりです。しかし、どこか抽象的で、意味を捉えるのが難しい言葉たちです。「社会」「近代」などは、レポートを書くときによく使います。「恋愛」や「自由」などは、レポートというより、日々の生活においても当たり前のように用いている言葉です。

     では、「社会」とは何でしょうか?「自由」とは何でしょうか?「社会」や「自由」にあたる概念が存在するはずですが、どうして私たちはそれを「社会」や「自由」と呼ぶのでしょうか。私を含め、多くの人は答えに詰まってしまうと思います。そんなことは考えもせずに、これらの言葉を用いているからです。

     私たちが身近に用いているこれらの言葉は、西洋からやってきた概念に日本語を与えた「翻訳語」です。「社会」は幕末から明治時代にかけて生み出された造語です。「自由」という言葉はもともと日本にありましたが、翻訳語としてそこに新たな意味が加わりました。societyが「社会」に、freedomやlibertyが「自由」という言葉になった、つまりその「名付け親」がいるということです。

     もしかしたら、societyに「社会」とは違う訳語が与えられていたかもしれません(本を読むと分かりますが、実際に違う訳語もたくさん存在していました)。ですが、その中から「社会」が生き残って、私たちは当たり前のようにその言葉を受容しています。改めて考えてみると、「言葉のロマン」を感じさせる話です。

     ここで挙げられているのはどこか抽象的な言葉ばかりですが、そのように抽象的なことが翻訳語の受容に関わっていたのです。

    日本の学問・思想の基本用語が、私たちの日常語と切り離されているというのは、不幸なことであった。しかし、それには漢字受容以来の、根の深い歴史の背景がある。他面から見れば、翻訳語が日常語と切り離されているおかげで、近代以降、西欧文明の学問・思想などを、とにもかくにも急速に受け入れることができたのである。 (ⅱ)



     日常語と切り離された、「よく分からない」抽象的な翻訳語。それなのに、私たちは当たり前のようにそれらの言葉を用います。そこには、一体どんな秘密が隠されているのでしょうか。

    あいまいさの神秘



     とても面白いなと思ったのが、筆者が「カセット効果」と名付けた概念です。たしかに翻訳語にはこのような性質がある、と納得させられました。

    20151104.png

     カセット効果、についてはパネルにあるとおりです。カセットというのは、「小さな宝箱」を意味します。翻訳語には、何を意味しているのか分からない、というあいまいさがあります。何を意味しているのか分からないのですが、私たちはそれがとても重要な意味を持っていると思ってしまうのですね。

     レポートを書いているとき、実は私はこの効果に頼っているのではないか、と思いました。難しくて曖昧な言葉を多用していくと、自分の書いたレポートがなにか高尚なものに見えてきます。実際はたいしたことを書いていないのに、すごく難解で、そして重要なことを言っているように「見えてしまう」のですね(いつまでもそういう「ごまかし」でレポートを書いていてはいけません)。

     他人の書いた文章を読んでいる時もそうなのでしょう。抽象的な言葉が多用されている文章を読むと、中身もとても難解で立派なものに見えてきます。実際は難しい言葉を使っているだけで、全く中身がない場合もあるので要注意です。書き手としても読み手としても、かなりこの「カセット効果」に左右されている部分は大きいと思います。

    今日、私たちがsocietyを「社会」と訳すときは、その意味についてあまり考えないでも、いわばことばの意味をこの翻訳語に委ね、訳者は、意味についての責任を免除されたように使ってしまうことができる。(p8)



     翻訳語の意味は抽象的で、どこか「宙に浮いている」ような感じがありますね。そのあいまいさの正体と、私たちが意識しないうちにそのあいまいさに依存しているような面を、この本は見事に指摘しています。

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     そんなことを頭に入れながら、1つ1つの翻訳語が生み出されるまでの過程を読んでいきます。翻訳語が生み出されていくまでには、明治以降の知識人たちを中心にした様々な苦闘がありました。

     たとえば、一番最初にある「社会」の項を見てみます。福沢諭吉は、最初societyを「人間交際」と訳しました。societyという言葉にあった、広い人間関係を表わす概念を何とか表現しようとして、「人間交際」という訳語をひねり出したのです。

     結局「人間交際」はsocietyの訳語として定着しませんでしたが、私はこの訳語1つ見ても、福沢諭吉の苦労とその末にこのような訳語を生み出した彼のセンスを感じます。「人間交際」だけではありませんでした。「世間」「会社」「仲間連中」「交際」「組」・・・まだ訳語が定まる前、societyには数々の日本語が与えられました。何とかsocietyに合う日本語を生み出そうとした、知識人たちの苦闘の歴史です。

     そんな苦労の末に、福地源一郎が生み出した「社会」という言葉がsocietyの訳語として定着します。私たちは「社会」と何の疑問も覚えずに使いますが、訳語1つにこのような苦闘の歴史が存在するのです。

     何だか胸が熱くなる話です。今回は「社会」を代表して紹介しましたが、その他の9つの翻訳語にも、同様に訳語を生み出すまでの長い長い苦労がありました。とても読みごたえのあるテキストなので、興味を持った方はぜひ読んでいただけたらと思います。

    異質な意味の領域



     著者の柳父さんは、どのような言葉が翻訳語として定着していくのか、最後に述べています。柳父さんいわく、「いかにも翻訳語らしいことば」が定着していくというのです。

    翻訳語とは、母国語の文脈の中へ立入ってきた異質な素性の、異質な意味のことばである。異質なことばには、必ずどこか分らないところがある。語感が、どこかずれている。そういうことばは逆に、分らないまま、ずれたままであった方が、むしろよい。(p186)



     翻訳語のプロが書かれた本ということで、抜群に分かりやすく、抜群に面白いです。「へぇ~」とか「ほぉ~」とか、思わずそんな声を何度も出してしまいました。翻訳語の持つ「あいまいさ」の領域の説明が絶妙で、あいまいなのに納得してしまうところがあります。

     私たちが翻訳語を使うとき、いちいち意味に立ち返って、「この言葉は何を意味するのだろう」などと考えていたらきりがありません。ですが、時には翻訳語の持つあいまいな性質のことを考えてみるのもよいのではないでしょうか。そこにある「言葉のロマン」を感じることができれば、世界がちょっと変わるかもしれません。

    レコメンド

    いまいさという魔法がかかった、ロマンあふれる翻訳語の物語

     言語は私の専攻ではありませんが、本当に面白い分野だなと思います。記事にも書いたように、「言葉のロマン」を感じることができると、そこらへんの小説よりよっぽど面白かったりします。



    オワリ

     記事の中で福沢諭吉が出てきたので、関連図書には福沢諭吉のこの本を挙げておこうと思います。

    「福翁自伝」 福沢諭吉

     読みごたえがあって抜群に面白い福沢諭吉の自伝です。この本を読むと間違いなく福沢諭吉のことが好きになると思います。慶応大学に入学するとこの本が配布されることは有名ですね。


     
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    •   04, 2015 22:00
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