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  • 非正常心理への誘い  -『第七官界彷徨』 尾崎翠

     11, 2015 02:08
    第七官界彷徨 (河出文庫)
    尾崎 翠
    河出書房新社
    売り上げランキング: 32,639


    密に構成された、哀感を呼び起こすテキスト

     「だいななかんかいほうこう」と呼びます。1933年に発表された、尾崎翠(おざきみどり)の代表作です。私はこの作品を読んだところ即座に魅了されてしまい、3週間かけて計3回くり返して読みました。

     作者の尾崎翠は、これまでこのブログで紹介してきた有名な文学者たちと比べると異端な存在かも知れません。活動期間が短く、途中から作品を発表しなくなったため、どこか文学の周縁に置かれてきたような、そんな作家です。しかし、最近文学界では尾崎翠の作品の再評価が進んでいるそうです。私のその流れに賛同します。この作家の作品は、もっと多くの人に読まれるべきだと思います。



    非正常心理の世界



    ・蘚(こけ)の恋愛
    ・分裂心理
    ・第七官

     この作品を読んだことのない方は、全く意味が分からないと思います。下手をすると、読んだことのある人でも全く意味が分かりません。上に出した語句は、全て「第七官界彷徨」に出てくるものです。蘚が恋愛をし、心理が分裂し、「第七官」が沸き起こってくる・・・「第七官界彷徨」はそんな小説です。書いていても訳が分からなくなります。ですが、その分からない感じがよいのです。

     タイトルにもなっている「第七官」(第七感)とはいったいなんでしょうか。「第六感」ということばなら有名ですね。語感を超えた次元にある、上手くは説明できない直感のようなものです。第七官、というのは尾崎翠の造語ですが、「第六感」のさらに上にある概念を指します。第六感自体が上手く説明できない概念なのに、さらにその上にある概念・・・?いきなり、最高級に興味をそそります。

    私はひとつ、人間の第七官にひびくような詩を書いてやりましょう。

    そして部厚なノオトが1冊たまった時には、ああ、そのときには、細かい字でいっぱい詩の詰まったこのノオトを書簡小包につくり、誰かいちばん第七官の発達した先生のところに郵便で送ろう。



     冒頭、主人公の小野町子はこう言います。「第七官」がなんであるか、その説明はここでは一切ありません。この時点では、全ての読者は「第七官」という初めて聞いた概念にぶち当たり、困惑することになるでしょう。第六感のさらに上にある概念…何だかわかりませんが、ものすごくそそられる概念です。私たちは「第七官」を探し求めて本の中へと旅に出かけることになります。

     作品を読み進めていきますが、困惑はさらに深まることになります。登場人物は正直言ってみなおかしな人ばかりです。この小説には一切の常識が通用しません。そこはかとなく不可思議な設定の下で奇妙な物語が繰り広げられます。

     意味不明なのもそのはず、尾崎翠はこの小説で「非正常心理の世界」に踏み入ってみたかった、と語っているのです。意味不明で頭がおかしいように思えるこの小説は、実は緻密な構成によって「仕組まれた」ものなのでした。

     1回読んだだけでは、私にはほとんど解読不能でした。2回、3回読むうちに、じわり、じわり・・・と理解が進んできます。意味の分からなかった「第七官」が少しずつではありますが見えてくる感じは最高です。上に書いたように、この小説の下地には尾崎翠が緻密に計算して配置した絶妙な構成がありました。一見意味不明なものの裏にあるそんな構成が見えてきた時、読者のもとにはこれまで味わったことのない快感が押し寄せてくるでしょう。

    哀感のための配列



     緻密な構成とは言いますが、随分抽象的な書き方です。いったいどのような構成がされているというのでしょうか。その構成に迫り、この小説の理解を大きく助けてくれるテクストがあります。同じく尾崎翠が書いた、「『第七官界彷徨』の構図その他」という文章です。

     この文章で、尾崎翠は自分がどういう意図をもって「第七官界彷徨」を書いたか詳細に説明しています。私はこの文章を読んでから、2周目、3周目に入りました。そして、いかにこの小説が緻密に構成されたものかを知り、嘆息することになります。小説単体だけだと、意味不明なまま終わってしまうかもしれません。この小説を読むときは、この文章を併読されることを強くおすすめします。

     さて、「『第七官界彷徨』の構図その他」で、尾崎翠は作品の「配列地図」を作ったと述べています。

    20151109.png

     配列地図には、尾崎翠本人にしか分からないような膨大な情報が記されていたと言います。そして、上のパネルにあるように、全ての場面において、「前後の関係を保つ」ことが意識されていました。ですから、人物のさりげない仕草であったり、何気なく登場するアイテムであったり、そういうものにも全て前後の関係を保つための「意味」があるというのです。

     意味不明な小説は、実はプログラミングのように緻密な計算のもとで、複雑に絡み合い、構成されていました。たしかに読んでいくとそれが見えてくるのです。それはもう・・・興奮します。気付いた時には徹夜していました。3週間読み込みましたが、本当によい読書になったと思います。

     上のパネルに、小説の中に出てきた主要なアイテムを書き出しています。「垣根の蜜柑」「ボヘミアンネクタイ」「マドロスパイプ」「ピアノ」・・・この小説を読んだことのある方は、「そうそう」と頷かれるのではないでしょうか。これらのアイテムは繰り返し作品の中に登場します。もちろん、その1つ1つには尾崎翠が込めた「意味」があります。

     アイテムが出てくる場面を、1つ1つノートに書き留めながら、尾崎翠の意図に自分なりに迫っていきました。多いものでは、10回近く登場しているのですね。ここまでくると、読書というより暗号を解読していくような作業です。

     意味がある、というまた抽象的な言い方になりました。一から説明するのは難しいですが、これらのアイテムは、「哀感」や「第七官」を呼び起こすための仕掛けとして実に緻密に配列されていたようです。

    a0728_000027.jpg

     たとえば、アイテムの1つである「生垣の蜜柑」。本当にたくさん登場しました。1つ1つの場面を書き出していくスペースがないことはとても残念ですが、1つだけ紹介することにします。

     主人公の小野町子が屋根の穴から秋の大空をのぞく場面です。主人公は、穴の大きさから「蜜柑」を連想します。これはもちろん無意味な描写ではありません。蜜柑はそれまでに何度も登場し、読者に刷り込まれています。読者はここでハッとさせられるでしょう。そして、不思議な「第七官」の世界に引き込まれていきます。空を眺めながら、小野町子は不思議な感覚を覚えるのでした。

    第七官というのは、いま私の感じているこの感じではないだろうか。私は仰向いて空をながめているのに、私の心理は俯向いて井戸をのぞいている感じなのだ。



     この作品のハイライトと言える場面だと思います。空を眺めているのに、心は井戸をのぞいている感じ・・・。行動と心理が「分裂」し、第七官を呼び起こす場面です。何とも説明が難しいのですが、この本を読み込んできた読者は間違いなくここで感じるものあがあります。不思議な感覚を、わずかとはいえ「共有」しているような感じ・・・その感触は忘れられません。

    分裂する心理



     心理が分裂する、と書きました。これもまた、抽象的な概念です。どこまで理解してもらえるでしょうか。やっかいなことに、心理の分裂にはいくつかの種類が存在していたのです。メモしたものを書きだします。

    ・穿鑿(せんさく)性分裂
    ・隠密性分裂
    ・被害性分裂
    ・回避性分裂
    ・懐古性分裂

     ・・・頭が痛くなるような漢字の羅列です。しかも、意味が全く分からない造語であるという点が、難解さをさらに増幅させます。こんな語句が何の注釈もなくポンポンと繰り出されるこの小説・・・難易度的にはかなり高いです。投げ出したくなるところを、ここも地道に「暗号解読」していくことになります。

     すごく難しいのですが、分裂も何となく捉えられるようになってくると、小説は俄然面白くなります。分裂とは何でしょうか。作中にはこんな記述があります。

    私の感官がばらばらにはたらいたり、一つに溶けあったり、またほぐれたりして、とりとめない機能をつづけた。



     「ばらばらにはたらいたり、一つに溶けあったり、またほぐれたりして」このあたりがニュアンス的には近いでしょうか。難しい概念ではありますが、言葉にできない微妙な感覚を愉しんでいくことになります。

     尾崎翠という作家、そしてこの「第七官界彷徨」という作品には、今でもとても熱心なファンが多いと聞きます。作品を読んでみて納得です。この世界観に心酔し、どっぷりとはまってしまうのはよく分かります。私は3週間かけて読みましたが、「たった3週間しかかけていないのかよ!」と怒り出すファンの人もいるでしょう。果てしなく深い作品だからです。

     ネット上のブログで、多くの方がレビューを書かれていました。人が書いたレビューを漁ることはあまりないのですが、今回は夢中になって読み漁りました。レビューの水準が驚くほど高いのです。レビューに偏差値があるとしたら「70」くらいのイメージです。いわゆる「読書のプロ」たちが独自の読みを披露しています。よくよく考えれば、この作品を読み込んでいる時点で相当すごい人たちです。

     私は読書のプロにはまだなれませんが、僭越ながらレビューを書いてみました。読みの質はともかく、本当に充実した読書になりました。こうやって苦労して読んだ本というのは一生忘れないでしょう。私の「読書史」に大きな字で書きこまれた、大切な1冊になりました。

    レコメンド

    七官を呼び起こす・・・緻密に構成された奇跡のテクスト

     苦労して本を読む、という経験をもっと積み重ねたいなと思いました。最近は悪い意味で「分かりやすい本」がもてはやされる傾向があるように思います。分かりやすい=よいは全く成り立たない。こういう本を読むたびに思います。


    ◆殿堂入り決定!

    「最果ての図書館」は『第七官界彷徨』を「プラチナ」に認定しました。おめでとうございます。





    オワリ

     岩波文庫版も出ています。こちらは第七官界彷徨の他の作品も収録しています。第七官界彷徨が一番面白いとは思いますが、ほかの作品とリンクしている世界観が存在しているのでこちらもおすすめです。

    第七官界彷徨・琉璃玉の耳輪 他四篇 (岩波文庫)
    尾崎 翠
    岩波書店
    売り上げランキング: 283,936


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    尾崎翠, 近代日本文学,



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