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教科書への旅 #17 「盆土産」 三浦哲郎さん

 14, 2015 23:54
盆土産1

年の愛しき”えんびフライ”

 久しぶりに、中学校の教科書から紹介します。中学校2年の教科書に掲載されている、三浦哲郎さんの『盆土産』です。教科書作品の中でも、とても味わい深い作品の1つです。

 大人になっても忘れられない教科書作品。印象深いセリフや登場人物と共に、教科書作品の記憶は引き継がれます。この小説も、多くの方がよく覚えている、あるいは題を見て懐かしく感じられるのではないかと思います。この作品で思い出すのは、やはり「あの食べ物」ではないでしょうか。



時代背景に迫る



 さて、あの食べ物というのは「えびフライ」です。普通は「エビフライ」とカタカナで表記するのかもしれませんが、ここでは作中の表記にならいます。えびフライはこの作品のみどころですし、読解上も外せないポイントになります。

 ある田舎で、少年が姉と祖母と共に暮らしていました。東京から電車で8時間、さらにバスで1時間かかるというかなりの田舎です。場所はどこなのでしょうか。ふと思い立って作者の出身地を調べてみると、青森県八戸市でした。かかる時間としては合致しそうです。『盆土産』は、作者の故郷である青森を舞台にしているのでしょうか。

 そして、気になるのは時代背景です。川で雑魚釣りをしたり、(おそらく)蒸気機関車が走っていたりと、かなり時代を感じさせます。この作品は、1980年に発表された『冬の雁』に収録されている作品ですが、もう少し時代を絞り込めないでしょうか。

 作中に出てくる「冷凍食品のエビフライ」はヒントになりそうです。冷凍エビフライが発売された年はいつか?意外と簡単に発見できました。

1962(昭和37)年、冷凍水産品の製造と販売を行っていた加ト吉水産(現テーブルマーク)は、冷凍食品の「赤エビフライ」を発売。これをきっかけに、エビフライはお弁当のおかずとしても人気を博していく。



出典: 「てんぷら×魚フライ」で誕生したエビフライ (食の研究所)

 エビフライは1962年に発売され、70年代にかけてかなりの人気を博したようです。この作品は1962年以降を舞台にしていると大体の推測ができますね。蒸気機関車が走っていることを考えると、60年代から70年代前半くらいにまでは絞り込めそうです。

豊潤な「えびフライ」



 作品の周辺が整理できたところで、あらすじに入っていきます。都会からお盆に1日半だけ休暇をもらって、少年のお父さんが帰ってくることになりました。その時のお土産、つまり「盆土産」が「えびフライ」だったのです。お父さんは、えびフライの鮮度が落ちないようにドライアイスでえびフライを冷やし続けながら帰ってきます。一方の少年も、えびフライとという得体の知れない食べ物の到来を前にして、期待と不安に胸を膨らませます。

 (今ではえびフライに目を輝かせる人はほとんどいないと思いますが、少年にとっては未知の食べ物です。未知の食べ物を前に想像を膨らませている様子が何とも愛おしく思えます)

 何よりも少年がかわいいのは、「えびフライ」を発音できない(!)ということです。少年は「えびフライ」と言おうとして、どうしても「えんびフライ」になってしまうのです。給食にエビフライが出た時、教室中に「えんびフライ」と言う声がこだましたことはなつかしい思い出です。

えびフライ。発音がむつかしい。舌がうまく回らない。都会の人には造作もないことかもしれないが、こちらにはとんとなじみのない言葉だから、うっかりすると舌をかみそうになる。フライのほうはともかくとして、えびが、存外むつかしい。



 東北が舞台だとしたら、かなり訛りが激しい地方です。えびフライの発音一つでも、こんなに苦労するのでしょうか。少年にとっていかにえびフライが未知の食べ物なのか、この場面で強調されていますね。

 さて、父親がえびフライを土産に帰郷してきました。少年たち家族は、夕食にえびフライをほおばります。おかずはえびフライとキャベツだけ。それほど、えびフライが贅沢なおかずなのですね。・・・そしてこの小説、えびフライの描写が絶品です。

※以下、ダイエット中の方、および夜中にお腹を空かせている方などは十分にご注意ください。

 都会からやってきた未知の食べ物、「えびフライ」。少年がほおばる瞬間です。

揚げたてのえびフライは、口の中に入れると、しゃおっ、というような音を立てた。かむと、緻密な肉の中で前歯がかすかにきしむような、いい歯ごたえで、この辺りでくるみ味といっているえもいれないうまさが口の中に広がった。



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 えびフライをほおばると、「しゃおっ」という音がした・・・。涙が出そうです。

 この描写が、「世界で一番エビフライをおいしそうに描いた描写」であることは間違いがありません。ギネスの方にはすでに申請がされているのでしょうか。文字だけで、えびフライのおいしさをここまで表現しているのです。食べ物のおいしさを工夫して伝えなければいけない全国のグルメリポーターがこのテキストから学ぶことは多いでしょう。

えびフライに投影される心情



 冗談はこの辺りにしておいて、読解の方にも触れておかなければいけません。しかし、読解の話をしようとしても、やはりポイントになるのは「えびフライ」です。この小説では、最初から最後まで、いくつかの場面に「えびフライ」が登場します。そして、えびフライに登場人物たちの心情が投影されているのです。

 言葉のない「モノ」に心情を投影させる、というのは小説における基本的かつとても効果的なテクニックです。この小説では、そのテクニックがとても効果的に使われており、大変分かりやすいです。教科書に採用されているのは、そういった技巧的な意味も込められているのでしょう。というわけで、この小説では、「『えびフライ』が登場する場面を書き出し、そこに込められた登場人物たちの心情を読み解いていく」という作業をすることになります。

<「えびフライ」が登場する主要な場面>

・少年が、川に釣りに行く場面
・少年が隣の家の少年に土産のことを話す場面
・祖母が墓の前で手を合わせる場面
・少年と父親の別れの場面

 このように、いくつもの場面でえびフライが登場します。そして、その時の言い方が、「えびフライ」か「えんびフライ」か、ということもとても重要になるのではないでしょうか。「えびフライ」は都会の言い方、それに対して「えんびフライ」は訛りが入った言い方、つまり「少年が本能的に口にしてしまった言い方」です。そんなところにも注目すると、話が深まります。

 たとえば少年が隣の家の少年に土産の話をする時、言い方は「えびフライ」です。えびフライを知らない少年に、ちょっと自慢してやろうというか、背伸びをする気持ちがあったのかもしれません。だから、言い慣れない「えびフライ」という言い方をしています。

 それに対して、別れの場面で思わずつぶやいてしまう時の言い方は「えんびフライ」。これは、本心からぽろっと出てしまった証拠ですね。えびフライの言い方ひとつで少年の気持ちが読み手にも伝わってきて、大変効果的な書き方だと思います。

盆土産3

 最後の別れの場面が本当に好きです。

んだら、さいなら、と言うつもりで、うっかり、「えんびフライ」と言ってしまった。

バスの乗り口の方へ歩きかけていた父親は、ちょっと驚いたように立ち止まって、苦笑いした。「わかってらあに、また買ってくるすけ……。」



 なんて素敵な場面でしょうか。ここが、「さよなら」とか「また帰ってくるわ」だったら平凡に終わってしまったでしょう。そういう別れの場面のテンプレートではなくて、えびフライで別れを描いている。それが何とも味わい深いのです。

 いろいろな解釈ができます。思わず「えんびフライ」と呟いてしまうくらい、少年にとってえびフライのインパクトは相当なものだったのだなあ、とか、さよならとつぶやくと悲しくなってしまうから、悲しくならないようにと思ったら「えんびフライ」という言葉が口をついてしまったのだなあ・・・とか、読者はそれぞれの想像を膨らませるでしょう。衣がたっぷりついえびフライのように豊かで厚みのある描写ですね。ここは「しゃおっ」と噛んで、じっくり味わいたいところです。

 「また買ってくるすけ……」と言ったお父さんの気持ちもまた想像してみたいものです。お父さんは寡黙ですが家族思いの人物だということが描写から伝わってきます。息子がいきなり「えんびフライ」とつぶやいたのでビックリしたでしょう。でも、お父さんはうれしかったのではないか、と私は想像します。思わずつぶやいてしまうくらい、息子がえびフライを気に入ってくれたのなら、土産を持ってきた身としてこんなにうれしいことはないと思います。

 「えびフライ」は「ひと夏の家族の思い出」と言い換えることもできます。だから、この場面もこんなに豊かになるのだと思います。「えびフライ」尽くしのこの小説は、えびフライの描写も、えびフライを通した心情描写も、どちらも「絶品」でした。



教科書

 国語の教科書の作品を紹介しています。プリプリのえびのように読みごたえがあり、サクサクの衣のように豊かで厚みのある描写で書かれている作品ばかりです。どの作品も自信を持っておすすめします。



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三浦哲郎, 教科書,



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