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  • 宮沢賢治・イーハトーヴへの旅 #14 『雪渡り』

     06, 2015 11:58
    イーハトーヴ

    に刻まれる、温かく心地よい足音

     季節はすっかり冬になりました。張り詰めた空気の中で、少しずつ新しい1日が始まろうとする明け方の時間が好きです。冬の空を見上げながら思い浮かべる作家と言えば、やはり私にとっては宮沢賢治です。

     秋にこのコーナーで『いちょうの実』という作品を紹介した時、宮沢賢治は秋に読みたい作家だと書きました。秋もそうなのですが、宮沢賢治は冬に読みたい作家でもあると思います。春夏秋冬でいうと、秋と冬が似合うというのが私のイメージです。秋の物憂げな空気や冬の張り詰めた空気が、宮沢賢治の作品に詰まっている繊細で情感あふれる表現と呼応するのでしょうか。

    (約3700字 / 7分20秒)



    きつねに招かれて



    雪渡り (日本の童話名作選)
    宮沢 賢治
    偕成社
    売り上げランキング: 60,516


     今回は『雪渡り』という作品を紹介します。動物と人間が心を通い合わせるというテーマ、人間の愚かさ、そして共感覚から紡がれる美しい表現の数々など、宮沢賢治の作品の魅力であるエッセンスがバランスよく詰まった一篇です。

     宮沢賢治の作品には動物や植物が登場するものが大変多いですが、この作品もその1つになります。この作品に登場するのは「きつね」です。きつねというと、どういうイメージがあるでしょうか。おそらく、多くの人は「人をだますずるがしこい動物」というイメージを抱くのではないでしょうか。

     人びとが抱くそんなきつねへのイメージを、宮沢賢治はきつねの側から映し出そうとします。まるで本当にきつねがそう思っているかのような、情感のこもったきつねの語りに注目です。そして、「思い込み(偏見)の愚かさ」「他者を信じること」というようなテーマも見出せそうな、味わい深い作品になっています。

    きつねの弁明



     私たちがきつねに抱いていた「人をだますずるがしこい動物」のイメージが、さっそく話の冒頭から生かされることになります。四郎とかん子、2人のもとに現れたきつねの紺三郎は、「自分たちは人をだましてなんかいない」と主張するのです。

    四郎がおどろいて尋ねました。「そいぢゃきつねが人をだますなんで偽かしら」。

    紺三郎が熱心に云ひました。「偽ですとも。けだし最もひどい偽です。だまされたといふ人は大抵お酒に酔ったり、臆病でくるくるしたりした人です。



     人をだまして、吊り上がった目で陰から笑っている・・・物語の中で、きつねはそんな役割を与えられ続けてきました。でも、きつねは本当は、もっと優しい動物なのかもしれません。これは、これまでのきつねのイメージに対する、宮沢賢治なりの皮肉と優しさなのでしょうか。

     実際、私もこれまではきつねを「人をだますずるがしこい動物」のテンプレートで捉え続けていました。だからこそ、この部分の描写が哀感を湛えて伝わってきます。実際、きつねに感情なんてないのかもしれない。それなのに、宮沢賢治が描き、語らせる動物や植物にはにはそんなことを忘れさせる温かい人間味があります。

     宮沢賢治は、動物や植物の声が聞こえたのではないか。私にはそんな風にさえ思えるのです。空想だけで描けるとは思えない動物や植物の人間味。私たちが読んでいるのはただの創作童話ではなく、もしかしたらもっとすごい、1つの「奇跡」なのかもしれません。

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     さて、きつねはきょうだいをきつねの小学校の幻燈会に招待します。幻燈、つまりスクリーンに映した映像です。『お酒をのむべからず』、『わなに注意せよ』、『火を軽べつすべからず』、幻燈会で流される映像はそんな内容です。

     後半の大事な場面があります。2人のきょうだいが、きつねからお団子を差し出される場面です。きつねからのお団子・・・そう、今までのイメージから想像すると、これは食べてはいけないものです。お団子だと思って食べてみたら実は泥団子だった!などというパターンが定番ですね。

     さて、二人も戸惑います。きつねにあるイメージもそうですが、2人は酒に酔ったおじいさんがまんじゅうだと思って野原にあるものを口にしている映像を見てしまったのでした。私だったら、目の前にあるのは泥団子かもしれない、という先入観が入った時点で口にするのは無理かもしれません。

     しかし、二人はお団子を食べました。「紺三郎さんがだますはずはない」、そう信じたのです。そしてそれはとてもとてもおいしい、本物のお団子でした。

     人間たちが、自分たちのことを信じてくれた!きつねたちは大喜びします。

    「今夜みなさんは深く心に留めなければならないことがあります。それは狐のこしらへたものを賢い少しも酔はない人間のお子さんが食べて下すったといふ事です。そこで皆さんはこれからも、大人になってもうそをつかず人をそねまず私共狐の今迄の悪い評判をすっかり無くしてしまふだらうと思ひます。閉会の辞です」

    狐の生徒はみんな感動して両手をあげたりワーッと立ちあがりました。そしてキラキラ涙をこぼしたのです。



     人間ときつねが心を通い合わせた瞬間です。きつねのひたむきな想いが、あるいはきょうだいの他者を信じる心が、この瞬間を生みました。動物と人間が心を通い合わせる・・・それは、宮沢賢治が作品を通して訴え続けた願いでした。万感の思いが込み上げます。

     1つ、気になった描写があります。それは、きつねの小学校の幻燈会が、「12歳以上は入場お断り」だった点です。実際、きょうだいのお兄さんは12歳だったので、幻燈会に行くことができませんでした。これには、一体どんな意味があるのでしょうか。

     先程、私は「先入観」と書きました。きつねの団子は泥団子だという先入観があるから食べられない・・・そんな風に書きました。12歳以上が入場できなかった理由は、ここにあるのではないかと私は思います。つまり、12歳以上になると「先入観」や「偏見」が働いてしまうからです。いささか強引ではありますが、これが私の解釈です。

     年齢を重ねると、悲しいかな、私たちはいろいろな「先入観」や「偏見」に染まってしまいます。そして、そこから抜け出そうとすることはとても難しい。宮沢賢治は、そういう先入観や偏見を嫌っていたのではないか、私はこの作品を読んでそう想像しました。

     2人のきょうだいはきつねと普通に言葉を交わし、そしてきつねのお団子を食べました。しかし、先入観や偏見を持ち始めると、きつねのお団子は食べられなくなるでしょう。もしかしたら、きつねと話すこともできなくなるかもしれません。

     何者にも支配されない、純粋な心の持ち主である子どもだったからこそ、きつねと心を通い合わせることができたのです。この話は一見温かいのですが、深く読み解いていくと「大人への皮肉」が浮かんできます。宮沢賢治はとても優しく、美しい表現を用いますが、同時にそこはかとなく残酷な一面を持ち合わせていたことも、ここで指摘しておかなければなりません。

    読点が踊りだす



     さて、今回から本のレビューに新しいコーナーを設けます。「私が挟んだ とっておきの栞」というコーナーです。その作品の中から、私が特に心惹かれた表現を選んで、「栞」をはさみます。作品の一行一行を虫眼鏡で見ていくイメージで、細かい描写にも注目していけたらと思います。

    栞 宮沢賢治

    狐は可笑しそうに口を曲げて、キックキックトントンキックキックトントンと足ぶみをはじめてしっぽを振ってしばらく考えてゐましたがやっと思いついたらしく、両手を振って調子をとりながら歌ひはじめました。



     「キックキックトントン」、これが今回私が注目した表現です。この表現のどこに味わいがあるのでしょうか。この場面だけでは分かりにくいと思います。別の場面も持ち出してみます。

    みんなは足踏みをして歌ひました。
    キックキックトントン、キックキック、トントン、



     2つを見比べてみてください。同じ「キックキックトントン」ですが、違いがあります。そう、「読点」です。キックキックトントンという表現が何度も用いられるのですが、「読点」を使って、そこには何種類もバリエーションが与えられています。

     キックキックトントンキックキックトントン
     キックキックトントン、キックキック、トントン
     キック、キック、キック、キック、トン、トン、トン
     キック、キック、トントン。キック、キック、トントン。

     いくつか抜き出してみました。これが、この作品の隠れた魅力です。「キック」と「トン」わずか2つの言葉ですが、読点を加えたり、順番を変えたりして、何種類もの豊かな描写が生み出されているのです。この作品を読んだことのある方は分かると思うのですが、読んでいてとにかく心地よい。宮沢賢治が作品の中に散りばめた何通りもの「キックキックトントン」が、作品に軽快なリズムを生み出します。

     映像と違って、物語には「言葉」しかありません。壮大な音楽を鳴らすことができなければ、美しい画像で訴えることも出来ない。だからこそ、物語には「言葉」の力が求められます。

     宮沢賢治が使い分けたこれらの表現は、言葉の力を最大限に生かしたものと言えると思います。読点の位置や言葉の順番、そんなささいな魔法で、作品にリズムが生まれる。音楽や映像にも決して劣らない、豊かな表現の結晶です。

     作品のメッセージ性と表現の巧みさ、どちらをとっても『雪渡り』はとても高い水準にあります。自信を持っておすすめしたい作品です。



    イーハトーヴ

     今回からブログを再開します。テンプレートをリニューアルして、スマホとPCのデザインを統一しました。まだテンプレートを変えただけで、いろいろと他に変えたい場所が残っています。今後も細かく整備しながら、来年1月から新しい形で再スタートします。

     前回書いたように、更新数はこれまでの半分ほどにします。その分、紹介する本についてはじっくり読み込んで、レビューの内容を充実させていくつもりです。更新を減らした分、今回のように細かい表現に着目してみる、といったこともできるようになるのではないかと思います。

    宮沢賢治・イーハトーヴへの旅 一覧表

     このコーナーを含め、各コーナーは3週間に1回の更新にするつもりです。これまでは不定期更新で間隔がかなりバラバラでした。ゆとりのある更新期間を決めて、ゆったりかつコンスタントにやっていこうと思います。

    『ごんぎつね』 新美南吉

     「教科書への旅」という別のコーナーから。本当は優しいきつね、というところからこの作品を連想しました。新美南吉さんの作品には他にもきつねが登場するものがありますね。読みたくなってきました。

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    宮沢賢治,



    •   06, 2015 11:58
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