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恋に焦げる心  -『勝手にふるえてろ』 綿矢りさ

 09, 2015 18:00
勝手にふるえてろ

な愛が、体の奥で叫んでいる

 今回紹介する小説の主人公は、いわゆる「こじらせ」系の女性です。はっきり言わせてもらうと・・・かなり面倒くさいタイプ。情緒不安定で、気分屋で、自分勝手で、周りの人を振り回してしまうような、そんな26歳の「痛い」女性が登場します。

 というわけで、応援したくなるようなタイプの主人公ではありません。しかし、私は不思議な気分に包まれながら読んでいました。どうしようもなくダメな人で、現実にいたら絶交しそうなレベルなのですが、それでも見捨てられない。ダメな部分が積み重なっていくうちに、どういうわけか愛おしくなってしまうような、彼女はそんな人でした。

(約3800字 /7分40秒)



イチカレ、ニカレ



「私には彼氏が二人いて・・・」
衝撃の告白から始まる、「こじらせ女子」の歪な愛はいずこへ・・・?


勝手にふるえてろ
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綿矢 りさ
文藝春秋
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 綿矢りささんの『勝手にふるえてろ』という作品です。この作品は、何といっても序盤に出てくる主人公の告白に度肝を抜かれることから始まります。主人公は26歳の会社員、江藤良香(よしか)です。彼女は平然と、こう言ってのけるのです。

私には彼氏が二人いて、どうせこんな状況は長く続かないから存分に楽しむつもりだった。



 いきなりの爆弾発言。なんと彼氏が二人、つまり二股をしておいて、しかもそんな状況を「楽しむ」!・・・これは相当の悪女が登場するのでしょうか。そう思うのですが、次の一文を読むと、どうやらそうではないことが分かります。

もともとイチ彼は私の最愛だけれどとうてい添いとげられそうになく彼がおびえがちに微笑むのを私が見ていたいだけの関係で、ニ彼は私が彼をまったく愛していないにもかかわらず、私が将来結婚するかもしれない相手だ。



 状況を整理します。彼女の周囲には2人の男性がいます。一人目は、彼女が好きな「イチ」。でも、イチは彼女には振り向いてくれません。片思いの状態ですが、彼女はイチのことを勝手に彼氏呼ばわりしているのです。この部分だけで、彼女が面倒くさいタイプの女性だということが分かりますね。

 もう一人の「ニ」は、イチとは逆のパターンです。彼女は好きではないのだけれど、彼の方から一方的に思いを寄せられています。彼女は、自分が片思いしている男性と、自分に片思いしている男性の狭間にいるのです。

 そんな状況を、「彼氏が二人」などと言ってしまう彼女。その思考回路は、冒頭から滅茶苦茶です。話が進むにつれ、彼女の「こじらせ」はますます加速します。匙を投げたくなるようなどうしようもない女性ですが、これから読もうとされる方は、どうか寛大に、最後まで付き合ってあげてください・・・。

すがすがしいまでのこじらせ



「妄想二股女」を挟む、二人の男性を紹介することにしましょう。

 まずは「イチ」。主人公の良香は、中学2年生の時に同じクラスになってから、ずっとイチに思いを寄せています。イチと同じクラスになったのはたったの1年。会話をしたのは、1年間でたった3回。中学2年の1年間だけ一緒のクラスになって3回話しただけの人を、26歳になってもずっと思い続けているわけです。いい意味ですごいのか、悪い意味ですごいのか判断に困るところですが、彼女のいちずな想いだけは痛いほど伝わってきます。

 好きだからこそ、「無関心」を装う―これが彼女なりのアプローチでした。話さない、目も合わせない、そうやって「あなたには興味がないの」という態度を示し続けることで、彼女はイチに振り向いてもらおうとしたのでした。

 大人になった彼女は、別の同級生の名前を使って、同窓会の開催を持ち掛けます(自分の名前ではなく、別の人の名前を騙るのがなんとも巧妙です)。どうしても、またイチに会いたくなったのです。そして、彼女はイチと再会することができました。

笑うと居酒屋の電灯の明かりが映りこんできらきら光る黒目がちの瞳、長い睫毛を伏せてきちんと整理された財布のなかから会費分の札を抜き取る静かなしぐさ、どれもいちいち私のツボで、とにかくイチならオールオッケーだった中学時代から萌え具合がまったく変わらない。大人になりちょっとくたびれたイチは夕焼けのようなあたたかさ、私はイチのかたちが好き、おちついたたたずまいと、背が伸びても変わらない、あのとがった肩と顎のかたちが好き。



 居酒屋の片隅から、彼女はイチのことをさりげなく、けれどじっと見つめているのです。上の部分から分かるように、彼女はかなり細かくイチを観察しています。鋭い観察眼や繊細な心の動き・・・綿矢さんの描く主人公は恋する女性をリアルに捉えているのではないでしょうか。まるで落ちない線香花火のような、か細いか細い恋愛模様。

 ドラマや映画のような派手な展開はないのですが、日常の隅に縮こまって体を潜めているようなか細い恋心に、胸が小さくはじけます。一つ一つの描写が本当に瑞々しく、女性の恋愛をありのままに、飾り気なく書いています。こういう「作られた感じのしない」恋愛小説は、ありそうでなかなかないのです。現実にもありそうな、そんなそっと溶け込めるような雰囲気が好きです。

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 一人の男性にこうやって片思いを続けるお話なら私も背中を押すような気持ちで読めたと思うのですが、ややこしいのはもうひとりの男性、ニの存在です。そして、彼女は恋愛をこじらせてとんでもない行動に出ます。

 ニは良香の会社の同僚でした。一目見て良香のことを好きになり、デートに誘って速攻で告白してきます。一人の男性にこんなに思ってもらえてとても幸せじゃないか、と思うのですが、彼女の中には絶対的な男性、イチがいます。彼女にとって、ニは別にどうでもよい存在だったのです。片思いをしながら、片思いをされ・・・恋愛の神様はなかなか意地悪ですね。

ニがもし完全に私に無関心になればどれだけ素敵だろう。ニがタクシーの座席の隅っこに座り、私の存在さえ忘れて窓の外を眺めながら物思いにふけっていれば、私は彼の横顔をつくづくと眺められるのに。私のことを好きだ好きだと言っていた彼が急に冷たくなったら、せつなくて好きになってしまうかもしれない。



 わがまま!・・・でも、私は分かります。

 この部分を読んで気付きますが、彼女は「無関心」が好きなのですね。イチの気を引くために、彼女はあえて無関心を装いました。そして、自分に言い寄ってくるニに対しては、無関心になってくれたら素敵なのに、と思っています。

 好きな人に「好き」と言われるのが一番だと、普通はそう思ってしまいます。でも、恋愛は一概にはそうとは言えません。好きな人が自分に無関心で、待っても待っても「好き」と言ってくれない。思いが成就するのではなく、そうやって焦がし続ける恋心の方に人はときめいてしまうのでしょうか。

 「好きな人にあえて無関心を装う作戦」、実は私もやったことがあります。恥ずかしさ半分、振り向いてほしい気持ち半分というところでしょうか。大好きなのに、あえて興味がないようなふりをする・・・おかしな光景ですね。無関心のふりを続けていたらそのまま無関心だと思われてしまって、結局何の進展も生まれなかった・・・ああおかしいおかしい。

 彼女のそんな儚い恋心はかわいく思えるのですが、後半になって彼女は先程も言ったようにあるとんでもない行動を起こしてしまいました。恋は盲目とは言いますが、なかなかとんでもないことをしてくれたものです。

 一気にぐちゃぐちゃになって、そのままラストに向けてやけくそで進んでいくような、後半はそんな雰囲気です。綿矢さんはよく描き切ったなあ、と私は半分感心して、そして半分顔をひきつらせながら読み終えました。
 

目を血走らせる恋



栞

昼休みに自分の席に座ったまま、ただひたすら彼を視野見で見るだけ。

視野見とはイチを見たいけれど見ていることに気づかれないためにあみ出した技で、黒板やら掃除道具入れのちりとりやらを眺めているふりをして、ほんとは視界の隅に入っているイチに意識を集中させる。目の血管が切れそうになる複雑な作業だけれど、視界の隅でちらちら動くイチを本人に気づかれずに観察できるのは昼休みの一番の楽しみ。



 好きな表現を一つ選んでピックアップする「栞」のコーナーです。今回の栞はこの部分に挟みました。良香はイチに気づかれないように、視野見という技をあみ出します。目の血管が切れそうになってまでイチを見ようとする彼女の執念にあきれつつ、でも愛おしくて仕方ありませんでした。

 大好きだけどあくまで無関心。そんな歪な恋愛を貫く彼女の心情ががよく伝わってくる描写ですね。「目の血管が切れそうに」の部分がとくにいい。彼女の狂気すら匂わせる恋心を端的に表現したフレーズです。
 
 2人の男性に挟まれて、彼女はどんな行動に出るのでしょうか。着眼点、繊細さ、そういったところも素晴らしいと思うのですが、もう一つこの作品で光るのは「バランス感覚」だと思います。

 イチと離れてはニに、ニと離れてはイチに・・・。シーソーのようにゆらゆらと揺れてはバランスを保ち続ける彼女を、綿矢さんは見事なバランス感覚で描いています。これは、小説家としての才能というより、女性としての本能的な部分が大きいのでしょうか。女性の「器用さ」の部分を、改めてまざまざと見せつけられたような気がします。

 この小説の彼女の場合、器用さと同時に信じられないくらいの「不器用さ」も持ち合わせている、というのがなんとも現実らしく、味のあるところです。



オワリ

 恋愛小説。読むのは大好きですが、レビューを書くのは一番苦手なジャンル・・・。私が恋愛もののレビューを書くとどうもぎこちなくて、自分で苦笑してしまいます。今回はあえて選んで書いてみた自分に拍手。

『黒ねこ』 綿矢りささん

 綿矢りささんはこのブログ2回目の登場です。前回紹介したのは絵本「100万回生きたねこ」に捧げたトリビュート短編でした。タイトルからも分かるように、あの名作のパロディーです。

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  •   09, 2015 18:00