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命、売れます? -『命売ります』 三島由紀夫

 20, 2016 00:39
 以前、三島由紀夫の評伝を紹介した記事でコメントをいただきました。三島由紀夫は三島事件(自衛隊駐屯地での割腹自殺)に理解ができないこともあり、これまで1冊も読んだことがないとのことでした。至極真っ当な感覚だと思います。昭和の時代に自らの腹に刀を突きさして死んだ男の小説です。敬遠したくなる方が普通だと思います。

命売ります (ちくま文庫)
三島 由紀夫
筑摩書房
売り上げランキング: 516


 そんなことを冒頭で言っておきながら、今日は三島由紀夫の小説を紹介します。たしかに三島由紀夫には三島事件と絡むような血生臭い作品もありますが、ご安心ください、今日の作品にはそういった雰囲気は一切ありません。三島が書いたことなど忘れ、ただ面白いストーリーを追うことに夢中になれるエンタメ小説、『命売ります』を紹介します。

 実は、今日はレビューを書く前に結構気合が入っています。なぜでしょうか?・・・その理由は記事で紹介します。

(約3,700字)

本を買ったんじゃありません



 この『命売ります』は、文庫本を購入して読みました。ですが、この本がもし「普通の状態」で本屋さんに並べられていたとしたら、私は絶対に購入しなかったと思います。なぜなら、大学の図書館で無料で読めることが分かっているからです。

 大学の図書館には、著名な文学作家の全集が取り揃えられています。三島由紀夫ももちろんその一人です。私もよく三島由紀夫全集にお世話になりますし、この作品が全集に収録されていることは当然知っています。図書館で三島由紀夫全集が順番待ちになることもまずありません。・・・つまり、はっきり言ってしまうと「買う必要がない」!

 そんな本を手に取ったのには理由がありました。「普通の状態」では買わないのですが、この本には素敵な「あるもの」が付いていたのです。

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 帯についていた、気合満点のポップです。しびれてしまいました。この作品を読んでほしいんだという熱い思いが伝わってきます。写真はのせていませんが、熱い文句は裏面にも続きます。

 一部抜き出してみることにします。

 「想像よりも数十倍オモシロイ」
 「ラスト10頁の衝撃的どんでん返しまで一気読み」
 「こんな面白い作品、ほっといていい訳ない」(裏)
 「これを読まずして三島を語るべからず!!」

 本を売るための誇大要素が含まれているとはいえ、なんとも威勢のよい文句が並びます。図書館で全集が読めることなどすっかり忘れ、レジに直行していました。本を読むことは好きですが、それと同じくらい「人から本を勧められる」ことも好きな私です。特にこのようにその人の熱い思いが伝わってくるものにはこちらまで胸が熱くなります。このポップを作った知らない誰かと思いを交わしたような錯覚に陥って、ワクワクしながらページをめくりました。

 本の中身は図書館に行けば読めてしまいます。というわけで、本を買ったのではありません。帯を買ったのです!

 (参考:本体価格680円+税)

命売りの逃避行



 三島由紀夫と言えば純文学が中心ですが、この作品は100%エンタメ小説です。気を張る必要はありませんし、肩が凝る心配もありません。文学の素養など全く必要ではありませんし、難解な批評もまた全く必要ではありません。当然、三島が割腹自殺をした作家である・・・といった云々も読んでいるうちにすっかり忘れてしまうでしょう。

 まず、「命売ります」というタイトルが興味をそそる秀逸なタイトルです。主人公の羽仁男(はにお)は冒頭で睡眠薬を飲んで自殺を試みますが、失敗に終わります。この世に戻ってきた羽仁男は、新聞の字がゴキブリに見えてきて(!)こんなことを悟るのです。

「ああ、世の中はこんな仕組になってるんだな」
それが突然わかった。わかったら、むしょうに死にたくなってしまったのである。



 彼は、自分の命に全く未練がなくなりました。新聞の字がゴキブリに見えて、全てがどうでもよくなる。一見荒唐無稽な展開に思えますが、読んでいると妙な説得力があることに気付きます。全てがどうでもよくなる瞬間というのはきっと誰にでも突然訪れる可能性があるもので、「新聞の字がゴキブリに見えて」でその瞬間を捉えたのが何とも絶妙です。このように、軽いタッチの小説なのですが、天才作家三島の「巧さ」は堪能することができます。

 個人的には、このように気楽な感じで書いた小説にこそ、その作家の本当の力量が表われるものだと思っています。渾身の描写を放った作品が大事なのはもちろんなのですが、このように茶目っ気たっぷりの「お遊び」小説には、ごまかせないその作家の本当の才能が見える気がするのです。そして、この小説を読んだ後の私の感想は、「やっぱり三島はすごい」というものでした。

 命がどうでもよくなった青年は、自分の命を投げ打って商売を始めることにします。彼はこんな広告を出しました。

「命売ります。お好きな目的にお使い下さい。当方、二十七歳男子。秘密は一切守り、決して迷惑はおかけしません」



 なんだそれは!?という感じだと思います。それでいいのです。なんたってこれはエンタメ小説。エンタメ小説というのは楽しむために生み出された小説です。

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 命売ります、という広告を出した彼のもとに、多くの人が駆け込んできます。連作短編集のような感じで物語は軽快に進んでいきます。この後の展開は、私も瞬時に想像することができました。そう、「死にたいと思っているのになかなか死ねない」という王道の展開です。男は自分の命などどうでもよく、命を売ろうとするのですが、なかなかどうして簡単には死ねません。命売りますと言いながらのらりくらりと「死」から逃れ続ける男。それはまるで、「命がけの逃避行」ならぬ「命売りの逃避行」を見ているようでした。

 三島はこの作品に大きな皮肉を込めていると思います。自分の命を投げ出すというのはなかなか覚悟のいる決断に思えますが、実はそれは「無責任」な決断である、という皮肉です。

自殺は億劫だし、大体、あんまりドラマティックで趣味に合わなかった。また、殺されるには何か理由がなくてはならない。そんな怨恨や憎悪は何ら身に覚えがなく、殺されるほど他人に関心を持たれるのはきらいだった。命を売る、というのは無責任ですばらしい方法だった。



 命売ります、という男にとっては全てがどうでもよいことになります。日本経済の先行きを心配する必要もありませんし、老後のためにコツコツと積み立てをする必要もありません。自分の好きなタイミングで、命を売ってコロッと死んでしまえばいい。何だかパラダイスな人生に見えてきてしまうのが不思議です。これこそが、三島由紀夫がこの小説に込めた皮肉なのではないでしょうか。

 もちろん、小説の中だからこそすべてが上手く転ぶわけです。この小説を読んで「よし、私も命売ります!」とはならないのがなんとも上手い落としどころです。楽しく面白く、そして巧い小説であることが伝わったでしょうか。

衝撃の結末とやら



 ちょっと待て、とおっしゃる方がいるでしょう。この本の帯に「衝撃的どんでん返し」の文字があることを紹介しました。これについても説明しておかなければなりません。

 正直、私はこの「衝撃的どんでん返し」にはあまり期待していませんでした。衝撃衝撃と、セールスをする側は安易に使ってしまうものです。毎週のように次回予告で「衝撃の真実」などとうたうドラマ『相棒』はその最たる例です。「衝撃」というのは「ダークナイト」のような話を言うのであってですね・・・

 話がそれてしまいました。要するに、「衝撃」というのは煽りであまり信用できないということが言いたかったのです。この作品にもあまり期待していなかったのですが、さすが三島由紀夫、オチはなかなかのものでした。

 最後に出てきた痛快なセリフを引用したいところですが、ここはこらえるところです。真相は書かないのですが、ぼかした言い方にしたいと思います。

 「三島由紀夫は、最後にもう一つの『皮肉』を用意していた」、こんなところでしょうか。命を売りますという男がなかなか死なずに生き延びる、それはとても面白い皮肉なのですが、話の終盤にはそんな男の心境が変わり、最後にはもう一つの皮肉が突き付けられる、とでもいった感じです。

本体価格680円+税

 最初に書いたとおり、0円でも読めたものです。680円+税を払うことには馬鹿馬鹿しさを覚える人もいるかもしれません。ですが、読み終えてみると全くそんなことはありませんでした。熱意が伝わるいい帯に、皮肉たっぷりの面白ストーリー、それに見事なオチがついて680円+税というのはなかなかよい買い物でしょう。

 レビューもほうも真面目な話はほとんどなく、なんだかおっちゃらけたものになってしまいましたがたまにはいいと思います。こういう感じで文章を書くのもなかなか楽しいもので、何よりあっという間に記事が完成してしまったことに驚きます(お遊び小説に作家の本当の力量が表れるように、お遊び記事にもブロガーの本性のようなものがのぞいてしまうのでしょう)。面白い小説を流れるように読み終えたのと、流れるようにレビューを書いてしまったのが何だか似ているようで笑ってしまいます。

 読めばきっと三島由紀夫が好きになる、そんな一冊です。本当に「これを読まずして三島を語るべからず!!」でしたね。



オワリ

 三島由紀夫とまっっっったく関係ありませんが、今夜放送の「相棒」は恒例の陣川回です。予告には例のごとく「衝撃の」事態とありますが、さてどうでしょうか。記事の中で馬鹿にするような形になってしまいましたが、もし本当に衝撃の結末なら謝らなければいけませんね。さてさてどうなることでしょう。

『三島由紀夫―豊饒の海へ注ぐ』 島内景二さん

 三島由紀夫の評伝です。三島事件についてもたっぷり語られています。今日紹介した本や記事とは全く異なり、とてもシリアスな内容なのでご注意を。あまりに落差が激しくて、自分でもびっくりします。

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