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  • 無益な空想  -『わたしを離さないで』 カズオ・イシグロ

     10, 2016 00:00
     「受け入れる」というのがこの作品のキーワードになりそうです。意味は2つ。この作品に出てくる彼らが、彼らを待つ悲劇的な運命を「受け入れる」ことができるかどうか。そして、読者である私たちが、あまりに残酷なこの物語の設定を「受け入れる」ことができるかどうか。

    わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)
    カズオ・イシグロ
    早川書房
    売り上げランキング: 23


     カズオ・イシグロさんの渾身の一作、「わたしを離さないで」をご紹介します。綾瀬はるかさんの主演で現在ドラマも放送されています。ドラマと原作では内容や世界観が異なる部分が多いのですが、どちらも読み手の心をえぐる、残酷で絶望と悲しみをまとった物語です。ここに書かれていることを、どう受け入れればよいのか。かつて、これほどまでに苦しくなる作品があったでしょうか。

    (約3,700字)



    抑圧された戦慄



     5歳の時にイギリスにわたったカズオ・イシグロさん。初めて作品を読ませていただきましたが、やはりというか、日本の作家さんにはない雰囲気をまとった筆致が印象的です。「抑圧」や「静謐」といった言葉で表現するのが適切だと思います。

     読者は、作品を読み進めて行くうちに、この作品の中にある世界の恐ろしさに気付くことになります。SF作品というのは私たちに「異なる世界」の存在を突き付ける作品であり、この作品もその1つなのです。ですが、この作品には他の作品とは違う一種の「凄味」のようなものを感じます。

     「提供者」「介護者」「保護官」「施設」

     作品の冒頭から、そんな言葉が散りばめられます。この作品の世界では何が起こっているのか。何か物々しい雰囲気を背に、恐る恐るページを進めていきます。やがて、それらの言葉が結びついてきます。彼らはヘールシャムという施設で保護官の監視を受けながら隔離されてきた。そして、将来は提供者や介護者になる・・・

     臓器提供のためのクローン

     ・・・なかなか飲み込めないし、何か得体の知れない恐ろしさが私たち読者にも襲い掛かってくるのです。そうさせるのは、徹底的に抑えつけたイシグロさんの文体の力だと思います。私たちには想像もつかないような恐ろしい世界が広がっているのですが、語りは決して過剰になることがなく、淡々と物語を進めます。まるで、作品全体に大きな「あきらめ」が広がっているかのようです。

     「彼らは、普通の人間ではない」

     そのことを、彼ら自身は受け入れるのか。そして、私たち読者は受け入れられるのか。それが、この作品の大きな「関門」になるのでしょう。原作やドラマで「脱落してしまった」という声もちらほら聞くのですが、私はそれはいたって自然なことだと思います。あまりにも残酷な世界ですから、受け入れられずに物語から降りて行く人がでるのは仕方のないことです。その意味で、とてもハードな作品と言えると思います。

    ルースの言うとおり、マダムはわたしたちを恐れていました。蜘蛛嫌いな人が蜘蛛を恐れるように恐れていました。そして、その衝撃を受け止める心の準備が、わたしたちにはありませんでした。蜘蛛と同じに見られ、同じに扱われたらどんな感じがするか・・・・・・計画時には夢想もしないことでしたから。



     外界からやってきたマダムという女性に、彼らが恐怖の視線を向けられた場面です。彼らが普通の人間ではないということが、彼ら自身に、そして読者にも突き付けられる場面の1つです。この時点では、彼らは自分たちが普通の人間ではないということにうすうす気付いています。しかし、まだ完全には受容できていない状態です。あまりにも衝撃的すぎて、追いつかないというか…。

     はたして、「受け入れる」ことはできるのか。まだまだページはたくさん残っています。底知れぬ恐怖がよぎった瞬間でした。

    未来は、ない



     彼らには、将来や未来はありません。最後には、自分の臓器をむしり取られて死んでいくことがすでに運命づけられているのです。それ自体、とても残酷なことでしょう。ただ、本当に残酷なのはそこではありません。

     未来などないのに、未来を思い描こうとする
     すべてが決まっているのに、愛し合おうとする

     ドラマのほうも「ヒューマンラブストーリー」とうたっていますが、それはただのラブストーリーではありません。将来などなく、全てが運命付けられている彼らの間に芽生える愛。言ってしまえば、全ては無益なことです。そんな絶望しかないような空間にも、愛が芽生えるというのです。悲劇しか待ち受けていないそんな空間で・・・胸が張り裂けそうになります。

    あなた方の人生はもう決まっています。これから大人になっていきますが、あなた方に老年はありません。いえ、中年もあるかどうか・・・・・・。いずれ臓器提供が始まります。あなた方はそのために作られた存在で、提供が使命です。



    あなた方は、一つの目的のためにこの世に産み出されていて、将来は決定済みです。ですから、無益な空想はもうやめなければいけません。



     頭では分かっていても、それを言葉にされた時、体が一気に重くなりました。そう、全ては「無益な空想」。これ以上残酷な設定があるでしょうか。

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     ドラマのほうも、「無益な空想」の残酷さを容赦なく描いていました。映像にされると、いっそう残酷さも増すというものです。「プロのサッカー選手になりたい」、そう言った少年がいました。原作を知っている視聴者は、それが決して叶わぬ夢だと、彼は最終的に臓器をむしり取られるだけだと分かっていて、その言葉を聞かなければいけないのです。

     絶望しかないような原作には、唯一と言ってよい、希望の要素がありました。

    「男の子と女の子がいて、二人が愛し合っていて―ほんとうに、心底、愛し合っていて―それを証明できれば、ヘールシャムを運営している人たちが何とかしてくれるんですって。いろいろと手を回してくれて、提供が始めるまでの数年間、一緒に暮らせるようにしてくれるんですって」



     愛し合っていれば、道が開けるかもしれない―。かすかな希望が灯りました。二人の愛を証明できれば、提供が猶予されるのです。まさに「究極のラブストーリー」でしょう。折れそうな、壊れそうな心を、たった一つ、「愛」というかすかな希望が支えてくれるのです。

     愛によって彼らは救われるのか。一瞬、そういう思いもよぎりました。しかし、すぐにそんな思いは打ち消されます。「この話に、ハッピーエンドなど待ち受けているはずがない」、読み進めていると、直感ですが、何か確信めいた思いが芽生えてくるのです。

     そんな直感どおり、全てを打ち砕く結末に向かって・・・。物語は、それでも静かに進んでいきました。

    究極の愛



     抑圧された文体は最後まで変わりません。あくまで淡々とした語りが続くのです。しかし、最終盤は、抑圧された文体の中にも激情が波を打ち、読者を圧倒します。

    栞

    「確信と言いましたね。愛し合っている確信がある。どうしてそうわかります。愛はそんなに簡単なものですか。二人は愛し合っている。深く愛し合っている。そういうことですか」



     キーボードを叩きながら息が乱れてくるような、そんな激しい場面です。読みながら前のめりになり、耳を押さえつけたいような衝動と、「彼らの答えが聞きたい」という衝動、相反する二つの思いに襲われます。「心臓が口から飛び出そうな」というのはこういう時に使う表現でしょう。彼らに、そしてここまで恐れながら読み進めてきた読者に、容赦なく襲い掛かり、そして叩き付ける。

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     ドラマのほうがどういう進み方をするのかは分かりませんが、原作が上のような展開ですから、ドラマも絶望を叩き付けるような終わり方になるような気がします(これを書いている時点で4話まで進みましたが、全く救いがない・・・)・

     原作を読む前は、「ドラマを見てください!」とアピールするようなレビューにしようと思っていました。しかし、原作を読み、そしてドラマを見ると軌道修正せざるを得ませんでした。なかなか人におすすめできる内容ではないですし、正直、金曜の夜に見る内容では・・・(4話では性行為のシーンもあって、「この時間に大丈夫!?」と思ってしまいました。絶望をまぎらわすためだけの、「無益な」性行為・・・これ以上ない残酷さです。かなり攻めてます)。

     ただ、クオリティーはとても高いドラマです。最初は希望に満ちた目をしていたのが、彼らを待ち受ける運命に打ちのめされ、死んだような目に変わっていく先生役の伊藤歩さん。そして、主人公から彼を略奪し、見せつけようとする親友役の水川あさみさん。このお二方の演技が特に素晴らしいと思いました。絶望の底を行くようなドラマですが、役者さんの渾身の演技に惹きつけられ、最後まで視聴することになりそうです。

     ドラマは途中から見ることが難しそうなので、気になった方にはぜひ原作をおすすめします。映像を通して訴えかけてくる絶望と、静かな語りを通して地底から沸き起こってくるような絶望。どちらも、見る人や読む人を圧倒する渾身の作品だと思います。



    オワリ

    ドラマ「わたしを離さないで」 公式サイト

     公式サイトは撮影の裏側なども分かり大変充実したものになっています。個人的に、このTBSの金曜10時の枠が一番いいドラマを作っていると思います(残酷でハードな作品も多いのですが・・・)。

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