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家族点描 #4 俺の城 (「家においでよ」 / 奥田英朗さん)

 14, 2016 20:27
 「うわっ!」。先日、家に帰って電気を付けた時、思わず声を出してしまいました。自分の部屋のあまりの散らかり具合に、です。「足の踏み場もない」「泥棒に入られたような」、そんな表現がさっと頭をよぎります。「誰がこんなに散らかしたんだよ」「お前だよ」、むなしいノリツッコミを一人でこなして、私は足の踏み場もないような部屋へそっと足を踏み出しました。

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 今日紹介する小説は、奥田英朗さんの短編集、『家日和』に収録されている「家(うち)においでよ」という短篇です。『家日和』は家族をテーマにした短編集で、続編も出版されている人気作ですね。この作品と、私の部屋が散らかっているというどうでもよい冒頭の話題に、何の関係があるというのでしょうか。実は、両者を結び付けるテーマがあります。それは、「部屋のこだわり」です。

(約3800字)



部屋は自分の城



 こいつの部屋はいつも散らかっているのか、と思われると困るので、私はまず言い訳をしておかなければいけません。私の部屋はいつも散らかっているわけではありません。その時は大学の試験期間の真っただ中で、いわば部屋の散らかりは「戦闘モード」だったのです。

 試験の勉強をしたり、レポートを書いたりする試験期間。勉強しながら物の出し入れをしているうちに、部屋はみるみるうちに汚くなっていきます。その果てに、足の踏み場がなくなってしまうのですね。

 机の上にはレポートを書くパソコンと電子辞書。そして、レポートの構成や下書きを書きなぐるメモ用紙とボールペン。これでだいた机はいっぱいになってしまいました。ですが、まだまだ必要なものがたくさんあります。レポートを書くときには参考にする本がたくさんあります。引用する箇所に貼る付箋も欲しいですね。そして、本のページを印刷したりスキャンしたりするためのプリンターがいります。本だけでなく、講義で配布された資料も使わなければ・・・

 勉強しながら飲み物もあるといいですね。すぐに手の届くところに・・・などと思い始めるともう止まりません。いろいろなものを、すぐに自分の手の届く位置に配置しはじめてしまいます。レポートを書きながら、何のストレスもなく必要なあらゆるものがすぐ自分の手の届くところにある―そんな快適さを目指して!

 他の人から見ると散らかってどうしようもない私の部屋ですが、私に言わせればそこは快適さと効率を追求した空間。最高にスタイリッシュな「俺の城」状態なのです。・・・・・・



 自分で書いていて、情けなくなってきますね。

 さて、この「家においでよ」という短編の話に移りましょう。主人公は38歳の営業マン、田辺正春です。物語は、彼の奥さんが家を出て行ってしまうところから始まります。特に深刻な問題があったわけではないのですが、すっかり夫婦生活が惰性になってしまった二人。離婚までには至らず、別居生活がスタートしました。正春は久しぶりの一人暮らしを始めます。

世田谷の経堂、賃貸物件の2LDKは、寒いばかりである。リビングは何もなく、寝室は大きなダブルベッドがあるだけで、六畳の和室は物置と化している。

ともあれ、久しぶりの一人暮らしが再開された。遠慮なく放つオナラがよく響く。トイレはドアを開けっ放しで用を足す。カーテンがないので、朝は早くに目が覚める。


 そして、一人暮らしを始めた彼がとった行動が、そう、「俺の城」作りだったというわけです。

一国一城の主



 家や部屋など、自分が暮らす空間には誰しも「こだわり」があると思います。心を休めることのできる自分の拠点ですから、こだわりがいもあるというものですね。そんな意味で、こだわって作ったその人の空間というのは、その人の心の中身を映したような場所とも言えるかもしれません。

 正春さんの「お城」作りを楽しく読み進めて行きます。誰かさんのように戦闘モードと称して散らかした部屋ではありませんよ。彼は、どうせこだわるならこだわりぬこう、ということで徹底的に家を自分好みの空間にしていきます。

 カーテン、ソファ、カーペット。キッチン用品に電気スタンド、インテリア雑誌まで買い込んでかなり本格的です。そんな感じで彼の城作りが進行していく・・・それだけといえばそれだけなのですが、まるで自分の部屋を改造しているようなワクワクを味わえるのは、奥田さんの自然体な文章がなす技でしょうか。

 こだわりぬいた彼は、ついに城の「本丸」に着手します。若いころから夢中になっていたCDやレコード。本格的に聴いてみようとオーディオセットに手を伸ばすのです。

試聴したシステムは五十万円を超えるものだった。五十万円かあ。ため息が漏れる。でも、買えないわけではない。なんといってもマンションを買うつもりだった資金があるのだ。

(中略)「買います」正春は力強く言っていた。あーあ、買っちゃった。心の中で別の自分がからかっている。



 ごじゅうまんえん。これまでとはスケールの違う価格の登場に、思わず口を開けてしまいました。しかし正春さん、迷っているようで全く迷いがない。すぐに「買います」と言ってしまうのです。

 ここを読んで、金遣いの荒い人だとか、自分には想像もつかないようなお金持ちだとか、そんな風には思いませんでした。「本当に好きなものにはお金をつぎ込んでしまう」「自分のこだわりにはこだわりぬきたい」、何だか、そんな思いのほうが理解できるような気がしたのです。もちろん、今の私の財力では五十万円をポンと出すことはできませんが、私ももし自分が払える額のお金だったら、すぐに出してしまうような気がしました。自分の「城」のためなら・・・そんな魔法の力が働くのでしょうか。

 自分の部屋が自分の理想の空間になっていくにつれて、正春さんには精気がみなぎってきます。最初はお弁当屋さんでトンカツ弁当を買う、という描写があるのですが、中盤になると自分でご飯を炊いてカツ丼を作るのです。そんな些細な描写にも、彼のみなぎるエネルギーを感じます。五十万円を出したのは正解だったのではないでしょうか。

 ただこの話、メインテーマは「城づくり」にあるわけではありません。そう、奥さんが出て行ったということを思い出さなければいけないのです。

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 自分の部屋を自分の好き勝手にレイアウトできるのは、一人暮らしをしているからこそ。物語の後半で、そのことに気付かされるのです。そういえば私も、今でこそ一人暮らしですから好きなようにできますが、実家では一人部屋がもらえず、「俺の城」なんて作りようもなかったのです。そんなことはすっかり忘れていたので、はっとさせられます。

家族点描

「でもさあ、好きなものがちがうってことは、女房もおれの趣味や性癖にずっと違和感を覚えていたんだろうな」天井を見て言った。

(中略)「はは。きっと、そんなものだろうな。おれも新婚時代、台所で歯を磨くのは止めてくれって百回ぐらい言われたもんだ。続けてたら離婚されたかもしれない」
「夫婦も他人ってことさ」



 少しシニカルですが、ここがとてもよい。「夫婦も他人」、そうなのです。自分の好きな時にご飯を食べて、自分の好きなように部屋を作って、自分のしたい時にしたいことをして・・・。そんな一人暮らしの気楽さに比べたら、誰かと暮らすということはなんと制約の多いことか。がまん、いら立ち、疲れ・・・そんなことの繰り返しでしょう。その本質を突いているのが、「夫婦も他人」というこの部分なのです。

 それでも、人は家族をつくる。この物語は、結局はそこに帰っていくのです。がまんして、いら立って、疲れて。理想的な「俺の城」を作ることはあきらめて、自分とは違う人と狭い家の中に暮らすというのですから、よくよく考えれば不思議な話です。どうしてそんなことをするのか、私なりに考えてみました。そうすると気付くのです。どれだけお金をかけても、一人暮らしでは絶対に手に入らないものが1つだけありました。

 家に帰って、「ただいま」と言った時に帰ってくる「おかえり」の声。そこに、家族の「意味」があるのです。

部屋を片付けよう



 この短編集は、「『明るい隙間』を感じた人たち」が共通のテーマになっているようです。明るい隙間、それはまさにこの話にぴったりの言葉でした。自分好みにつくった自分だけの城。明るくて理想的な空間。でも、そこにあった「明るい隙間」。味のある短編ですね。

 奥さんとこのままじゃいけない。そう思った正春さんは、奥さんと連絡をとるのでした。すっかり変わって「俺の城」になってしまった正春さんの部屋を見て、奥さんは最初「全否定」された気持ちになったと言っています。家族の意味を放棄して作った空間だから、そう思ってしまうことも無理はないと思います。それでも、時間が二人の距離を埋めました。奥さんがこう切り出します。

「今度の週末、遊びに行ってもいい?」仁美が、軽い口調で聞いた。
「うん。もちろん。おいでよ」正春は三段跳びのテンポで答えた。



 正春さんはどうしてすぐに「おいでよ」と反応したのか。それは説明するまでもないと思います。これからまたやり直されるであろう二人の関係に期待を膨らませつつ、物語は終わりを迎えるのです。

 改めてタイトルを見返してみます。「家においでよ」-この話にぴったりの、これしかない、と思わせるようなタイトルが目に飛び込んできて、思わず頬が緩んだのでした。



家族点描

 ちなみに、試験期間が終わったら部屋は片付けます。「俺の城」は解体して、今はもう元通りです。でも、きれいな部屋と散らかった部屋のどちらが居心地がよいか、と聞かれたらそれはそれで難しい問題ですね。

「家族点描」スケッチブック

 家族点描はこんな感じで家族について考えていくコーナーです。今回は「部屋」をテーマにしましたが、テーマはいろいろと広がりそうでわくわくしますね。

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小説, 奥田英朗,



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