HOME > スポンサー広告 > title - 醜さとのたたかい  -『よだかの片想い』 島本理生HOME > 友情・恋愛 > title - 醜さとのたたかい  -『よだかの片想い』 島本理生

スポンサーサイト

 --, -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。





  •   --, -- --:--
  • 醜さとのたたかい  -『よだかの片想い』 島本理生

     19, 2016 17:04
     タイトルを見た瞬間、名作であることを確信しました。「よだか」。この本を手に取った人の多くは、この3文字に反応したでしょう。よだかと言えば、すぐに宮沢賢治の名作、「よだかの星」が思い出されます。自分の醜さを恥じ、命を捧げることで光を放とうとしたよだか。このブログでも昨年末に紹介しましたが、「よだかの星」は宮沢賢治の作品の中でもとりわけ辛く、胸の詰まるような傑作でした。

    よだかの片想い (集英社文庫)
    島本 理生
    集英社 (2015-09-18)
    売り上げランキング: 197,208


     そんなことを思い出しながら、改めてタイトルを見てみます。「よだかの『片想い』」-そうあるのです。「よだかの星」という話のストーリーを思い出しながら想像してみます。この作品には、自分のことを醜いと思う主人公が出てきて、消えてしまいたいと思いながら息が詰まるような片想いをする・・・そんな内容がすぐに想像できます。タイトルを見ただけで、こんなに想像が膨らんだ本は久しぶりです。

    (約3700字)



    消えないアザ



    よだかは、実にみにくい鳥です。顔は、ところどころ、味噌をつけたようにまだらで、くちばしは、ひらたくて、耳までさけています。



     今日は、「よだかの星」とクロスさせる形でレビューを書いていくことにしましょう。よだかは醜い容姿をしていますが、心は透き通るように優しく、そしてきれいでした。よだかは、自分の醜さを、そして自分が生きていることを責め続けるのです。

     この話の主人公、前田アイコの顔には、大きな「アザ」がありました。アザのせいで、彼女は暗く悲しい人生を送ってきたのです。道を行き交う人に目をそらされ、後ろ指を指され、避けられ、からかわれ。「普通の女の子」になどなることはできませんでした。いや、なることは「許されませんでした」という言い方のほうが合うのでしょうか。彼女は下を向き、恋も遊びもあきらめ、大学院で研究に没頭するしかなかったのです。

     言うまでもなく、この主人公と「よだか」を重ねて読んでいくことになります。顔にアザ・・・というこの設定だけで、私はもう逃げ出したくなりました。なぜなら、私もまた、アザを見て「目をそらす」側の人間だからです。このブログでどれだけきれいごとを書いていたって、私は道で顔に大きなアザのある人とすれちがったらまず驚きの目線を向け、そして目をそらすでしょう。この話を読めば、アザを負っている人が、どれだけ苦しんで、自分を責め続けているかが分かります。

     ・・・それでも、目をそらす。どうしてそんなことをしてしまうのでしょうか。何を言おうと自分の反射的な行動は変えられないと私は思います。ここに、大きなアザ以上に醜い人間がいることを告白しなければいけません。そして、私のように「目をそらす側」だという自覚のある人には、ぜひこの作品を読んでいただきたいのです。

    誰のせいでもないのに、どうして人は、誰かのせいにしなくちゃいられないのだろう。



     アザがあることによって、彼女は避けられ、からかわれ、全てをあきらめてきました。誰かが悪いことをしたのでしょうか。アザを持って生まれて来た彼女が悪いのか、アザを持つ子を生んだ彼女の母が悪いのか。アザを見て目をそらしてしまう多くの人が悪いのか。どれも違うと思います。誰かが悪いわけではない。それでも人間は、「誰かのせいにしなければ生きていけない」。ここにもまた、人間の醜さがありました。

     彼女は生まれてきたことを責めました。それは、誰よりも優しかったからだと思います。自分に蔑みの目線を向けてくる人たちのことを恨みながら生きていくことも出来るのです。けれど、彼女はそれをしない。優しいからこそ、刃の先は全て自分に向けていた。そして、自らの身に刃を突き立てる痛みに耐えながら生きつづけていた。

     そんな彼女の前に、運命の男性、飛坂さんが現れたのです。

    身を焦がす



    CacYqedUMAkGmxQ.jpg


     彼女のアザから目をそらす人ばかりが蠢いている世界の中で、彼女のアザを「見つめる」人が現れた。簡単なことのように思えて、それがどんなに困難なことか。「目をそらす」側の人間である私にはよく分かります。

     飛坂さんは映画監督をしています。彼の人柄に、そして彼が撮る作品に、アイコは惹かれたのでした。普通の人が目をそらしてしまうもの、あるいは気付きもしないようなものをまっすぐに見つめる。飛坂さんはそんな人でした。彼は、彼女のアザの中に、彼女がこれまで必死に湛えてきた苦しみと悲しみ、そして醜さの存在を見たのだと思います。そして、彼女はそんな彼に惹かれて「片想い」をしました。

     徐々に距離をつめていく2人。2人ともとても優しい人なのです。優しい人は誰かのせいにせず、全てを自分で背負い込む。そんな優しい人には、自分が背負う重い荷物を下ろしてくれる、同じように優しい人が必要だと思います。2人はお互いに荷物を下ろしあい、支え合うのです。

     そして、2人の会話の中に出てきました。「よだかの星」です。

    「そっか。岩手といえば宮沢賢治ですものね」
    「そう、イーハトーヴだ。賢治の童話は、暗くて激しくて、僕は少し、読むと苦しくなるけど」
    私は、そうかもしれない、と思って、頷いた。

    「あ、でも、一つだけ好きな話があったな。『よだかの星』」



    a1180_006171.jpg

     「よだかの星」に直接言及する描写があるのか、それとも言及はせずに暗に「よだかの星」を匂わせておくのか。どちらもありだと思うのですが、この話では直接言及する場面がありました。「よだかの星」と「よだかの片想い」が交錯する大事な場面です。噛みしめるように読みました。

     飛坂さんは、宮沢賢治の作品の中で「よだかの星」が「一つだけ好き」と言いました。名作はたくさんありますが、この話だけが好きだというのです。私は驚き、そして考えました。「よだかの星」だけが好きだというのはいったいどういう人だろう。

     ・・・「自分の醜さを理解した、優しい人」。月並みですが。こんな人だと思います。「よだかの星」が1つだけ好きだという人は、自分の醜さを自覚している人です。自分の醜さを自覚して、自分があまりにも醜いから、消えてしまいたくなる。醜さを見つめた先にある、本当の優しさを持ち合わせている人でもあります。それはまさに飛坂さん、そしてアイコそのもので、私はその時、この話に「よだかの星」が使われた意図を理解したような気がしました。

     そしてこのあと、飛坂さんはこう言います。彼が「よだかの星」をどう解釈しているか、それが分かる場面です。

    栞

    「たしかに理不尽ではある。一方的に、まわりから罵られて、汚いと言われて。でも、そんな痛みを知っているよだかでさえも、もっと小さな生き物を殺して食う。だから自分はなにものも傷つけずに燃えて星になりたいと願う。すごい繊細さと崇高さだと思う。

    僕だったら、他者を傷つけて、なあなあにしながら、生き長らえると思うから




     タイトルを見た時の予感通り、この作品は傑作でした。こうやって「よだかの星」を想っている人が本の中にいることが、私にとって何よりの幸せでした。

     自分は他者を傷付けながら生きている―彼はそう言います。けれど、それは違います。他者を傷付けながら生きているのは私を含む他の大勢の人間であって、彼は違います。彼は決して誰のせいにもしませんし、読んでいる側にはそれが分かります。けれど、彼は自分を責め続けるのです。それは本当に優しい人に課された「宿命」のようなものだと私は思いました。

    「一緒にいるっていうのは、相手を肯定しながら、同じ場所にいることなんだからさ」



     今まで殻に閉じこもって生き続けてきたアイコのもとに、こんなことを言ってくれる男性が現れたのです。彼女は初めて「肯定」されたのではないでしょうか。生まれて来たことを初めて肯定された―その喜びは、私の想像など到底及びもしないほどのものだったでしょう。

    それでも、片想い



     そんな2人だから、結ばれてほしいと思いました。それでも、片想い。この話は、最後までタイトルを貫くのです。どうしようもなく悲しかったのですが、「よだかの星」という話を考えればそのほうが合っていたのだと思います。「よだかの片想い」、読み終えて、空っぽの心の中で小さくタイトルがこだましました。

    「お日さん、お日さん、どうぞ私をあなたの所へ連れてって下さい。灼けて死んでもかまいません。私のようなみにくいからだでも灼けるときには小さなひかりを出すでしょう。どうか私を連れてって下さい。」



     よだかは強い。あまりにも強いのです。「世界で一番強いのは誰?」と聞かれたら、私は「宮沢賢治の『よだかの星』に出てくるよだかです」と答えてもいいです。それくらいの強さ、厳しさ、気高さ。あまりにも辛いけれど、私はやっぱり「よだかの星」がどうしようもなく好きです。そして、この物語も。

     私はよだかのように強くなれませんが、「自分の醜さを見つめる」ことの大切さだけは忘れずにいようと思います。美しくなろうとするのではなく、醜さを見つめながら生きていくことです。本当の美しさや優しさがあるとしたら、醜さを見つめた先にしかないと、私は確信しています。

     辛くて体がちぎれるくらい、誰かに心から片想いしてみたい―そんなことを思いました。



    オワリ

    『よだかの星』 宮沢賢治

     関連作品はもちろん「よだかの星」です。レビューを書きながら本当に苦しかったです。本当の傑作というのは、書き手と、そして読み手の魂を削ります。

    スポンサーサイト

    小説, 島本理生,



    •   19, 2016 17:04
  • 上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。