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  • 見ざる聞かざる -『SOSの猿』 伊坂幸太郎

     07, 2015 22:52
     ブックレビューも第10回となりました。今回紹介するのは伊坂幸太郎さんの「SOSの猿」です。300ページに満たない本なので、2日で読もうと思っていたのですが、なかなか時間がかかりました。「難解な伊坂哲学」という感じ・・・。では、以下、「SOSの猿」のレビューです。

    SOSの猿SOSの猿
    (2009/11/26)
    伊坂 幸太郎

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    極上のエンターテイナー



     伊坂幸太郎さんの作品は、これで4作目になります。他の作家と比べて際立つのはそのエンターテインメント性の高さ。想像の斜め上を行くような展開に度肝を抜かれます。今作も伊坂さんらしさは健在!2つの物語が交錯していくあたりからは驚かされっぱなしです。

     2つの物語を見ていきましょう。まずは1人目の主人公、遠藤二郎。彼の特性は、人の痛みや悲しみ、そういったことにとても敏感であるということ。人が苦しんでいるとき、そのSOSが聞こえてしまいます。おせっかいで、お人よしの彼。そんな彼が断わり切れずに引き受けてしまった仕事、それは「引きこもり少年の悪魔祓い」でした・・・。

     もう一人の主人公、五十嵐真。彼もなかなかの曲者。「因果関係」を突き詰めていくことに傾倒する、変人システムエンジニアです。一瞬で300億円もの損失を出してしまった、というとんでもない株取引の因果関係を探ります。原因は担当者の操作ミスとすぐに結論付けられそうな事案なのですが、彼はそこでは納得しません。操作ミスの原因は?その原因の原因は?さらにその原因の原因の原因は?・・・うーん、頭が痛くなってきますね。

     全くつながりそうにもないこの二つの話がつながっていきます。その役目を果たしたのが、先程出た「引きこもり少年」、そして「孫悟空」でした。(何のことかさっぱり、という方もいると思います。私もさっぱりです、読んだのに 笑)

    どうして猿なの




     猿というとどのようなイメージがありますか。「猿まね」「猿知恵」など、否定的なイメージがありますね。狡猾で、浅はか、そしてずるがしこい。かなりひどいレッテルが張られている感じはあります。無意識のうちに、「猿」と聞いて馬鹿にしている節はありませんか?

     で、伊坂さんが「猿」(この作品では「孫悟空」)をどのように捉えたかというと・・・。こんな印象的な部分が終盤にありました。

    眠る大猿は、自我の深層に隠れた無意識の存在ではないだろうか

     
     そんなことを言われたら、そんな風にも思えるような、思えないような・・・。作品の中で猿は大きな役割を果たします。この作品では「感受性」が一つのテーマになっていて、猿はその一つの結実として描かれています。感受性が極限まで高められていくことで、当たり前だと思っていた世界がグワングワンと歪んでいきます。

    「分かる、と無条件に言い切ってしまうことは、分からないと開き直ることの裏返しでもあるんだ。そこには自分に対する疑いの目がない」


    「これがすべて」と言い切ることは難しい。本当にすべてを知っているか、もしくは、全てを知っていると勘違いしているかのどちらかで、大半は後者だ、と五十嵐真は知っている。


    「全部が正しいとか、全部が悪い人間はいない」



     普遍的に正しいことなどない、ということが強調されています。人のSOSが聞こえる二郎や、徹底的に因果関係を突き詰めていく真。何だか変な人たちだと思っていたのに、いつの間にかこちらが彼らの方に引きずり込まれていく、そんな感じがしました。

     そして、この「感受性」の象徴として、そして物語をつなぐ存在として登場したのが「引きこもり」。この設定がまた上手いのです。「引きこもりなんてただの甘え、社会不適合者だ」なんて断定する人もいるかもしれません。でも、この本を読んだらそんなことは言えなくなります。すぐに結論付けて、実は何も考えようとしていない・・・そんな私たちが見ている世界がひっくり変える瞬間に度肝を抜かれます。

    思考を開放せよ



     猿と言えば、こんな有名なことばがありますね。

     見ざる、聞かざる、言わざる

     日本では、いわゆる「事なかれ主義」という意味で使われる言葉です。世の中で生きていくときに、人々は多かれ少なかれ「思考停止」をしなければいけません。時には割り切らなければいけないこともあるし、他人に構っていられないこともある。そんな風に生きていくために必要な「思考停止」ですが、そのせいで盲目になっていることが多いということも忘れてはいけません。

     たまには、「見てみる」「聞いてみる」「言ってみる」。そうした時に、世界が大きく動き出すかもしれません。私たちが全く想像もしていなかった方向へ・・・。
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    小説, 伊坂幸太郎,



    •   07, 2015 22:52
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