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宮沢賢治のオノマトペ・ラボ ( 鑑賞編 )

 02, 2016 23:57
スクリーンショット (24)

 前回に引き続き、「宮沢賢治・イーハトーヴへの旅」の1周年記念スペシャルです。「宮沢賢治のオノマトペ・ラボ」と題して、宮沢賢治の作品に登場する数々の創作オノマトペを紹介し、その秘密に迫っています。

 前回は「実験編」と題し、宮沢賢治の創作オノマトペに見られる様々な法則を紹介しました。宮沢賢治が慣習的なオノマトペに少し手を加えて独自のオノマトペを生み出していく様はまるで面白い実験でも見ているかのようで、「実験編」というタイトルを付けるに至りました。さて、今回は「鑑賞編」をお届けします。宮沢賢治が独自のオノマトペを生み出していったメカニズムを理解したところで、今回はそこから生まれる文学的な味わいをじっくりと鑑賞してみようと思います。



イントロダクション



賢治オノマトペの謎を解く
田守 育啓
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 前編では、田守育啓さんが書かれたこの本を参考にさせていただきました。田守さんの専門は言語学であり、文学ではありません。というわけで、この本も文学的視点からではなく、言語学的視点、特に音象徴学的視点から書かれています(p246)。私はいつも文学の視点からのみで賢治の作品を読んでいるので、この「文学から切り離したアプローチ」というのはとても新鮮でした。賢治作品の魅力がこれまでよりもさらに増したように思うのです。

 今回の鑑賞編では、田守さんの言語学的なアプローチを生かしつつ、私が普段このコーナーでやっている文学的なアプローチと絡めていく形でオノマトペを鑑賞してみたいと思います。鑑賞の対象として、これまでこのコーナーで紹介してきた作品の中から3つの作品を選びました。紹介する作品は、『なめとこ山の熊』『どんぐりと山猫』、それに『やまなし』の3作品です。

『なめとこ山の熊』×オノマトペ



なめとこ山の熊 (日本の童話名作選)
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#17 『なめとこ山の熊』

 『なめとこ山の熊』はこのコーナーの前回に紹介した作品です。「人間と動物が心を通い合わせる」という賢治の願いが追及された作品だと思います。最後に人間の小十郎は死んでしまうのです。悲しさと、やるせなさと、しかしどこか満たされたような、そんな感情が込み上げてくる結末は賢治の作品の中でも指折りの完成度だと思います。

 この作品にはたくさんのオノマトペが出てくるのですが、作品を覆う雰囲気である、悲しさややるせなさをまとったオノマトペが多いように感じます。人間も動物も植物もその価値は平等である、それが宮沢賢治の信念でした。しかし、現実の世界ではそうはいきません。食うもの、食われるもの―自然界にはピラミッドがありました。そして、人間同士でもピラミッドは存在しています。まるで作品全体が、そのことを嘆いているようです。この作品から1つオノマトペを紹介することにしましょう。

onomatopoeia lab

小十郎がまっ赤な熊の胆をせなかの木のひつに入れて血で毛がぼとぼと房になった毛皮を谷であらってくるくるまるめせなかにしょって自分もぐんなりした風で谷を下って行くことだけはたしかなのだ。



 「ぐんなり」した風、という表現が使われています。「ぐんなり」は力が抜けたり衰えたりするさまを表す語句ですね。「ぐんなり」は慣習的なオノマトペにも存在しますし、ぐんなりした風、という表現がとりわけ奇特なものである、というわけでもありません。しかし、この表現を作品全体を踏まえて見つめてみると、これがただ力の弱い風ではないことが分かります。

 風も共に悲しんでいる

 私が感じた印象を一言で言い表すとそうなります。先程、この作品は作品全体が悲しみややるせなさをまとっている、と書きましたが、そう感じさせるのは、風や山、川など、この作品に出てくる自然の事物が、印象的なオノマトペを伴って、まるで感情を持っているかのように描かれているからです。

 人間が生きるために熊を殺さなければいけないこと。人間である小十郎も、熊も、そして自然も、そんなことは望んでいないのです。それなのに、小十郎は熊を殺さなくてはいけない。「熊が憎いわけではないんだ」、小十郎の言葉に自然が呼応しているようです。この「自然も一緒に悲しんでいる」ということを、作品を読んでぜひ感じていただきたいと思います。

『どんぐりと山猫』×オノマトペ



 悲しみのオノマトペから、打って変わって面白いオノマトペを紹介することにします。このコーナーでは第6回で紹介した『どんぐりと山猫』です。

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#6 『どんぐりと山猫』

 深い悲しみをまとった作品だけではなく、賢治はユーモラスで茶目っ気たっぷりな児童文学作品もたくさん世に残しています。『どんぐりと山猫』はその一つです。こういった楽しい作品では、まるでスキップでもするような、軽快でリズミカルなオノマトペがたくさん見られるように思います。

onomatopoeia lab

まはりの山は、みんなたったいまできたばかりのやうにうるうるもりあがつて、まつ青なそらのしたにならんでいました。



一本のぶなの木のしたに、たくさんの白いきのこが、どつてこどつてこどつてこと、変な楽隊をやつてゐました。



 「うるうる」というと、目から涙がこぼれる様子や、しっとりしたものを表す時に用いる言葉です。山が「うるうる」盛り上がる、という文脈に当てはめられて、このオノマトペがもっているみずみずしさが見事に生かされています。たった今できたばかりのような、という表現がさらにいいですね。自然の生命力を感じることが出来ます。

 この記事を書いている今、ちょうど町は春でいっぱいです。賢治のこの表現を知っているからでしょうか、町のいたるところに「うるうる」があるように思えます。こういったところからも、改めて賢治の「自然をつかまえる力」を感じるのです。

 2つ目に紹介するのは「どってこどってこどってこ」です。とても楽しくて踊るような表現ですね。この例のように、賢治の作品には「3回の繰り返し」がよく登場します。凡人の私だったら、「どってこどってこ」と2回の繰り返しにしているような気がします。日本語のオノマトペでは同じ音を2回繰り返すものが多いですし、おそらくそのほうが形としてはしっくりくるのでしょう。しかし、賢治は独特の「3段オノマトペ」を用いるのです。

 この効果は、声に出してみると分かりやすいと思います。私などは、黙読をしていても、3段オノマトペに出会うと思わず声を出してしまうのです。それくらい、作品に勢いをつける表現ということでしょう。3回の繰り返しのうちの3回目は、念を押すように、力強く読みたくはならないでしょうか?賢治が意識してやっていたかどうかは分かりませんが、こういうところでもそのセンスが光っています。

『やまなし』×オノマトペ



 最後は国語の教科書にも掲載されている『やまなし』です。悲しみ、面白味、との流れにのれば、この作品に出てくるのは「不思議なオノマトペ」とでも言えるでしょうか。

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#1 『やまなし』

 前回紹介した「かぷかぷわらう」もそうですが、凡人の私たちには決して思いつけないような、奇想天外な創作オノマトペがたくさん登場します。あまりにイレギュラーなそれらに、最初は目を丸くしてしまうかもしれません。ですが、それらは決して遊びで適当に作られたわけではなく、その場その場にフィットした、絶妙な表現になっているのです。2つ紹介したいと思います。

onomatopoeia lab

三疋(ひき)はぼかぼか流れて行くやまなしのあとを追いました。



やまなしは横になって木の枝にひっかかってとまり、その上には月光の虹がもかもか集まりました。



 小学校のテストで太字の部分が空欄になっていたとします。「ぼかぼか」や「もかもか」を記入しても、おそらく×になってしまうでしょう。そういう意味で小学生に「こんな表現もあるんだよ」とは教えにくいのですが、こういった変則的なオノマトペにこそ賢治の特筆すべき感性を見出すことが出来ます。

 上の文なら、普通は「ぷかぷか」流れて行く、となるでしょう。それなら○がもらえそうです。それを「ぼかぼか」と表現した賢治。やまなしの重量感、そして、そんなやまなしが鈍い動きで浮き沈みしながら流れて行く様子が見事に表現されています。テストの正解は別にして、文学としてどちらが優れた表現か、と問われれば私は迷わず「ぼかぼか」です。こんな風に、賢治の創作オノマトペは時に慣習的に存在するオノマトペを超えた見事な表現を見せます。

 虹が「もかもか」集まる、というのも何とも不思議な表現です。「もやもや」が変形したのでしょうか。様子を思い浮かべると、「ぼやぼや」あたりも近いかもしれません。賢治が選んだ表現はそのどちらでもない、「もかもか」でした。ここから先は想像力の領域です。それぞれの人が目の奥に異なる景色を浮かべることでしょう。私は、賢治の想像の世界に存在していた「もかもか」を思い浮かべるだけでわくわくします。

 「宮沢賢治のオノマトペ・ラボ」、いかがでしたでしょうか。オノマトペ、という新たな視点から賢治の作品を再構築できて、私自身とても楽しく、そしてたくさんの発見ができたシリーズでした。次回以降は通常のレビューに移ろうと思います。今回のシリーズで得た「オノマトペ」という視点も生かしながら、今度はどんな作品を紹介しようか、今から考えています。



イーハトーヴ

宮沢賢治のオノマトペ・ラボ (実験編)

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宮沢賢治,



  •   02, 2016 23:57