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  • 美しい星の住人  -『美しい星』 三島由紀夫

     13, 2016 19:09
     今年に入って、三島由紀夫の本を紹介するのはこれが3冊目になります。同じ作家の作品はスパンを開けて読むことが多い私にとって、これはかなりのハイペースです。以前は敬遠していてほとんど作品を読んでいなかった三島由紀夫ですが、ここにきてすっかりはまっているようです。ガチガチの純文学ではなく、どちらかというとライトな作品を開拓できたことが私にとってはよかったようです。

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     さて、今回紹介する作品も、三島の本流である純文学ではない作品です。なんと、ジャンルは「SF」です。三島由紀夫が書いたSF・・・。全くイメージが浮かばず、読む前から心がときめきます。本を読み始めて、さっそく驚かされるのです。なんと、「空飛ぶ円盤」が上空からやってきたではありませんか・・・。



    突然の目覚め



     三島由紀夫がSFを書いている、という事実は、ツイッターのタイムラインに流れてきたツイートで知りました。「ん!?」思わず二度見です。検索して事実を確かめ、「これは読まなければ!」と近くの書店に走りました。こうやって文字に起こしてみると、かなり素早い行動です。私は、自分が思っている以上に三島由紀夫の作品に夢中になっているようです。

    三島由紀夫のSF小説『美しい星』、55年を経て映画化 リリー・フランキー&亀梨和也出演で現代設定に大胆脚色(オリコンスタイル)

     ↑こちらのニュースですね。三島由紀夫の『美しい星』を、現代風に大胆にアレンジするそうです。原作を読んだうえで言わせてもらいますが、映画のほうもきっと面白くなると思います。

     さて、あらすじの紹介に移りたいと思います。三島文学らしい硬派で難儀な雰囲気は、序盤の描写でいきなりの崩壊を見せます。

    「でも残念なことに」と重一郎は、朗々とした、しかしいつも直線的な口調で言った。

    「今朝は私もお母さんも、自分の故郷を見ることはできない。あの小さな一点の光りを見さえすれば、忘れていた記憶もいろいろと蘇って来る筈なんだが。むかし、たしかに私は故郷の火星から、こうして地球を見ていたことがあるんだ



     どこにでもいるような普通の人間の一家が、冒頭、山の上に車を走らせました。その後、突然の告白が始まります。なんと彼らは「宇宙人」でした。正確に言えば、「空飛ぶ円盤を見て、自分たちが宇宙人であることに目覚めた人々」です。

     突然の「宇宙人一家」の登場。これだけでもかなり鮮烈な幕開けですが、この作品の設定はそこからさらに斜め上へと進みます。なんと、宇宙人の一家は、それぞれ出身が別の惑星なのです。父の大杉重一郎は火星人、母の伊余子は木星人、息子の一雄は水星、そして娘の暁子は金星が自分の故郷であると、それぞれが思い込んでいます。

    わかりやすい説明は、宇宙人の霊魂がおのおのに突然宿り、その肉体と精神を完全に支配したと考えることである。それと一緒に、家族の過去や子どもたちの誕生の有様はなおはっきり記憶に残っているが、地上の記憶はこの瞬間から、贋物の歴史になったのだ。



     それぞれが別の惑星からやってきた家族という設定に、馬鹿げた設定だと思った方もいるかもしれません。しかし、馬鹿げた作品を書いている、という意識は三島にはまったくないようです。実際、全く馬鹿げた作品ではありませんでした。例えるなら、純文学とSFを融合したような、他では読めない本格的な作品です。

    SF的美的感覚



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     奇想天外な設定にもかかわらず、読みごたえがあり、随所で唸らせてくる『美しい星』。その魅力は大きく分けて2つあると思います。まず、円盤が空を飛んでやってくる場面で「美」が徹底して追及されていること、そして、終末観と人間への憂いを実に巧みに作品に取り込んでいることです。

     三島由紀夫の作品に共通しているテーマに、「美」があります。三島は、ある種異常とも思えるくらいに、「美」を徹底的に見つめ、そして追求していきます。その姿勢はこの作品でも変わりませんでした。SF作品でどこに美を追求していくのか、というと、それは円盤が空を飛んでくる場面でした。

     円盤がやってくる場面の描写を見てみます。

    それは薄緑の楕円に見え、微動だにしなかったが、見ているうちに片端からだんだん橙いろに変った。それがものの四五秒のうちだったと思われる。急に円盤は激しく震えおののき、まったく橙いろに変り切ったと思うと、非情な速度で、東南の空へ、ほぼ四十五度の角度で一直線に飛び去った。



     円盤を目撃した登場人物は、自分が宇宙人である!という自覚に突然目覚めます。一見すると笑いだしそうな設定ですが、作品を読んでいると、食い入るように文字を追っていました。それくらい、円盤がやってくる場面が迫真で、鬼気迫るものさえあるのです。

     三島由紀夫は、空飛ぶ円盤がやってくるという奇想天外な場面を、どうしてこんな「リアルに」書けたのだろう。その疑問は、巻末に合った解説が解き明かしてくれました。解説の牧野伊三夫さんによると、三島由紀夫はSFや円盤にかなり興味があり、一時期没頭していた時期もあるそうです。

    この作品を書く一年ぐらい前から、作者は北村小松氏などに影響されたのか、空飛ぶ円盤について、異常なほどの興味を示し、円盤観測の会合にも参加したりしていた。今考えると、それは『美しい星』を書くための準備であったのだろう。



     没頭するほど円盤に熱中していたとすれば、実体験に裏打ちされたような迫真の描写にも頷けます。

     


     私はツイッターでこんなことをつぶやきました。「美」を追求していく三島の姿勢には、改めて圧倒されます。上にもありますが、何かに憑かれたような異常性すら感じるのです。三島が美を追求していくさまは狂気と隣り合わせにあるような危うさを覚えます。しかし、そんな危うい領域に踏み込まなければ、本当の美を表現することはできない、という一面もまたあるのではないでしょうか。

     上のツイッターにはリプライをいただきました(ツイートからご覧ください)。三島の最期、つまりあの切腹もまた「美」の1つであった、というご指摘です。私もそう思います。自分の死までも芸術の一部にしようとした。彼の危うい「美的感覚」が結実したような最期だと思います。

     そんな狂気さえ感じさせる三島が円盤の襲来を描くことでさらに見つめようとしていたもの。それがこの作品の魅力の2つ目になります。この作品はやはり「SF的純文学」であったと強く思わせます。

    愚かな住人



     魅力の2つ目に、「終末観と人間への憂いを実に巧みに作品に取り込んでいること」を挙げました。この作品のタイトルは「美しい星」で、これは地球のことを指しています。そして、作品を読むと解るのですが、「美しい星」地球と対置される形で、「愚かな人間」というものが問われているのです。

    「どうしてこんな醜さをこのままにしておくんだ。醜い恐竜や翼肢竜は一匹残らずほろんだのに、人類はまだその醜さを臆面もなくさらけ出して栄えている。地上の人間がみんな滅んで、地表がすっかり花に覆われたら、地球はまるで薬玉のようになるだろうに!」



     「美しい星」と「愚かな人間」が分かりやすく対照的に描かれている箇所です。激烈に人間の愚かさを断罪する三島。しかし、彼はただ感情を爆発させていたわけではありません。法廷に立ち証拠を淡々と突き付けて行く検事のように、彼の言葉を借りれば「人間悪」を断罪していきます。

     人間がいかに愚かか、弾丸のように論を重ねていく箇所がありました。この場面はSF小説という枠からは完全に逸脱していたように思います。書いているうちに、彼の感情の高ぶりも最高潮に達したのでしょう。文章が轟轟と燃えていました。

     そして、私が最も唸らされたのが、「水素爆弾」に関する描写です。三島は人間が核兵器を製造することを嘆き、その愚かさを断じます。その過程で三島は水素爆弾を指して「ある呼び方」をしたのです。私は思わずのけぞりました。記事を読んでいただいている方には、ぜひ想像していただきたいと思います。

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     三島はこんな風に書いています。

    一方、水素爆弾が、最後の人間として登場したわけです。それはまるで、現代の人間が、自分たちには真似もできないが、現代の人間世界にふさわしい人間は、こうあらねばならぬという絶望的な夢を、全部具備しているからです。



     痺れました。人間が製造した水素爆弾というのは、「最後の人間」である、と。そして、その水素爆弾は人間の「絶望的な夢」を具備している、と。恐ろしいくらい、研ぎ澄まされた思考だと思います。この表現で、三島が「人類」という存在を一太刀で仕留めたような、そんな印象を受けました。

     人類は、戦争に備えるために核兵器を製造しました。何発か放てば地球が滅びてしまうような核兵器を製造して「防衛」しようとしている。よく指摘されることではありますが、どうしてこうなってしまったのだろう、と思わされる話です。核兵器を製造して互いにファイティングポーズを取り合う世界を、三島は断じました。彼の言う通り、水素爆弾は私たち人間の絶望的な夢が詰まった、最後に行きつく姿なのかもしれません。

     レビューの後半を読んでいただければ分かりますが、SF小説と言いつつ、後半はかなり強く彼の思想が反映され、思想小説の側面も強めていきます。宇宙人という地球人を「見下ろす」視点を手に入れた三島が、円盤という美を追求しながら、人類への批判を激烈に展開していくさまは圧巻です。

     世界に終末の匂いが漂うたび、この小説が何度も手に取られるそうです(前述の記事より)。円盤が襲来し、一家全員が違う星からやってきた宇宙人。そんな奇想天外な設定ですが、決して馬鹿げた作品ではありません。もしかしたら、世界の終末はこの作品の中に描かれているのかもしれない―。そんなことすら思わせます。



    オワリ

    『命売ります』 三島由紀夫

     同じく三島由紀夫のライトな作品から。命を売るという男の逃避行・・・文句なしに面白いです!このシニカルさはくせになります。

    映画「美しい星」 公式サイト

     映画は2017年5月公開ということです。早くから公式サイトが立ち上がって、宣伝に力が入っていますね。すでに原作本のこの本は増刷されたようです。

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    三島由紀夫,



    •   13, 2016 19:09
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